- 115 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
21:48:23.58 ID:+8a9KrXIO
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('A`)「……」
空に向け、吸い込まれるように落ちて行く白いボール。
無論、一般的な表現からすれば全く逆の事象なのだが、首をそらし、空に顔を向けると、
真っ白な点が真っ青な床に落ちて行くようにも見える。
やがてその落下は速度を落とし、完全に止まる。
そして今度は、浮き上がるように自分の眼前に向けて戻って来る。
('A`)「おっと……」
ずっと見ていたらそのまま顔でボールを受け取るといういささか愉快でない事態になるので、右手にはめた
グラブで白いボールを受け止める。
皮と皮がぶつかる乾いた音が人気のない河原に鳴り響いた。
受け止めた右手に少々痺れを感じるのは、まだ不慣れなせいなのか、それとも一生残るものなのかはわからない。
軽く首を振り、グラブを傾け、左手にボールを落とす。
青い空の中では真っ白に見えたボールも、こうして間近で見れば色褪せてくすんだ白だ。
- 119 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
21:50:19.93 ID:+8a9KrXIO
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傷だらけで薄汚れたボール。
取り損ねて、何度も地面にぶつけたからだろう。
('A`)「……」
再び白いボールを空に落とす。
いつまでも落ちて行くように見える白い点。
しかしいつかは止まり、再び自分の元へ戻って来る。
一般的に見ればごくあたり当たり前の事。
この星には重力があり、空へ投げ上げたボールは、いつしか重力に負け、自由落下へ移行するのだ。
('A`)「……」
またボールに目を落とす。
投げても投げても、自分の元へ戻って来るボール。
何度空へ落としても、自分の元へ帰って来る。
グラブに収まるボールを、何の感慨も抱かぬ目で追う。
目を離したところで取り落とすことはない
- 120 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
21:51:30.28 ID:+8a9KrXIO
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何千、何万と繰り返した所作。
一度途切れはしたものの、また同じ動作を反復し続けた。
たとえ用いる手が変わった所で、身体全体がこの感じを忘れていないらしかった。
乾いた音を聞き、再びボールを空に落とす。
白いボールは青い空に吸い込まれ、吐き出される。
左手から離れ、右手に収まる。
当初は違和感を覚えて仕方がなかったが、もうあれから一年近く経つのだ。
流石に慣れてきたらしい。
('A`)「……」
軽く息を吸い込み、今までより力を込めてボールを投げ落としてみた。
先程より早く落下していったようで、しかし、さほど変わる事のない時間でこの手の中に
戻って来たようにも思える。
結局の所、大差はないのだろう。
自分の力など、所詮はその程度なのだ。
比べる場所の差で、過大に見えていただけだったと、自嘲的に笑う。
- 122 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
21:53:05.23 ID:+8a9KrXIO
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(゚、゚トソン「まだ高く飛ばせたんですね」
無人だったはずの河原に涼やかな声が響く。
振り向かずともわかる、いつもと変わらぬきっちりとしたスーツ姿の彼女がそこにいるはずだ。
('A`)「……またあんたか」
(゚、゚トソン「こんにちは、ドクオさん」
視界に入る彼女の姿は違わぬ事なくいつものスーツ姿で、いつもの愛想のない表情だ。
当初は、直接人に会う事を仕事にしてる割にはそういった仏頂面はどうなのかと思いはしたが、
無愛想なのはお互い様だとも思う。
それに彼女は自分に比べれば何倍もマシで、整った顔立ちをしている。
ただ、一見するとこざっぱりとした身嗜みで、男装しているようにも見えるのは、どちらかと言えば
周りは男性ばかりの職業柄なのかもしれない。
挨拶に無言で一礼を返し、再び空へボールを落とす作業を再開する。
- 123 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
21:55:06.71 ID:+8a9KrXIO
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聞かずとも用件はわかっているし、聞かれても答えは変わらない。
これ以上、彼女と話す事は何もないのだ。
(゚、゚トソン「上手いものですね」
ボールが右手のグラブがら左手に滑り落ちる頃、彼女はそう言った。
それに答える事はなく、また空へボールを投げ落とした。
(゚、゚トソン「一時間以上、一球の落球もなし。やはり守備の面でも十分通用しますよ」
('A`)「……いつから見てたんだ?」
顔を向けることなく、戻るボールから目を離さず彼女に問う。
彼女は肩をすくめ、言葉通りだと言う。
なるほど、一時間以上見ていたというわけらしい。
確か休日手当ても残業手当もつかない、ほぼ出来高制の仕事だったはずなのにご苦労な事だ。
- 125 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
21:57:04.76 ID:+8a9KrXIO
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('A`)「そういえば、気配を消すのは上手かったな……」
(゚、゚トソン「仕事柄、相手に気付かれずに観察したい場合もありますしね」
集中しているのを邪魔をしたくないというのもありますが、と彼女は続ける。
グラブに収まったボールを右手に残したまま、彼女の方へ向き直る。
集中が途切れたわけでもないが、そろそろ肩を休める時間だ。
ひょっとしたらそれをわかっていて姿を見せたのかもしれない。
('A`)「……それで?」
聞くまでもなく用件はわかっていたが、それ以外に特に話すこともない間柄だ。
わかっていても聞く以外、作業に戻る事も出来ないだろう。
(゚、゚トソン「何故空に向けて投げ続けているのですか?」
('A`)「……一人じゃキャッチボールも出来ないからね」
予想とは違う彼女の問いに答えを失いかけたが、ごく当たり前の理屈を返した。
答えではなく言葉を。
- 126 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
21:59:04.51 ID:+8a9KrXIO
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(゚、゚トソン「そうなのですか?」
全く納得していない目で彼女は言う。
それ以外に何があると、白々しい言葉で答える。
(゚、゚トソン「……」
('A`)「……」
沈黙で応じる彼女。
グラブから左手にボールを滑らせ、指で弾くようにボールを小さく空に落とした。
('A`)「……捨てようと」
(゚、゚トソン「……」
ほんのわずかな落下の後、ボールは左手に戻って来る。
('A`)「空に投げ落として捨てようとしても、戻って来るんだよな」
何故か答えが口を吐いていた。
無愛想な視線に、全てを見透かされたようで、それでいて、何かを期待して。
- 128 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
22:00:19.28 ID:+8a9KrXIO
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夢を見て、努力して、積み重ねて、勝ち得て、そして失った。
夢を見たのは自分。
努力したのは自分。
積み重ねたのは自分。
勝ち得たのは自分。
失ったのは自分。
全て自分の事なのだ。
自分で決め、自分で得た結果。
誰の所為でもない。
- 129 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
22:02:57.77 ID:+8a9KrXIO
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(゚、゚トソン「……」
('A`)「何でもない」
軽く首を振り、空へボールを投げ捨てた。
真っ直ぐに白い軌跡を描き、ボールはどんどん落ちて行く。
(゚、゚トソン「結果が全てではありません。でも……」
('A`)「……」
(゚、゚トソン「得た結果は、きっと自分の物なのでしょうね」
('A`)「……そうだな」
いつの間にか眼前に迫っていたボールを右手のグラブで包む。
捨てたはずのそれがここにある。
それも一つの結果なのか。
視線をグラブの中から動かせずにいると、彼女の涼やかな声が耳に届いた。
- 130 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
22:04:26.46 ID:+8a9KrXIO
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(゚、゚トソン「ただ、それは結果ではないと思います」
('A`)「……」
(゚、゚トソン「それはまだ過程で、結果には辿り着いていません」
('A`)「……」
(゚、゚トソン「あなたが望む結果に、辿り着くための過程なんだと私は思います」
('A`)「……どうだかね」
出会った頃からずっとの変わらない真摯な視線の前で、煮え切らない言葉で答える。
結果がこれなら、もうだいぶ前に出ていたはずだ。
ボールはこのグラブに収まったまま、二度と日の目は見なかっただろう。
左手をグラブに突っ込み、白いボールを取り出す。
傷付いて、薄汚れた白いボール。
こんなボールでも、高く舞えば純白に輝いて見える。
- 131 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
22:05:59.88 ID:+8a9KrXIO
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('A`)「それで、用件は?」
本題を切り出すよう再度促し、また空へ顔を向ける。
ボールの握りを確かめ、これまでより高く放り投げようと振りかぶった。
(゚、゚トソン「いつも通り……と言いたい所ですが、あれは諦めました」
('A`)「そうか……」
予期せぬ言葉にモーションを中断し、視線を彼女に向ける。
以外にあっさり引き下がってくれた事に、驚きと困惑の入り混じったそれを向けた。
(゚、゚トソン「色々考えたんですが……」
('A`)「……」
その視線の意味を理解しているのか、彼女は言葉を続ける。
(゚、゚トソン「用意された椅子じゃ、きっとあなたは満足しないんですね」
('A`)「そうかもな」
- 133 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
22:08:03.75 ID:+8a9KrXIO
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(゚、゚トソン「ですから……受けてみませんか?」
('A`)「何を?」
(゚、゚トソン「プロテスト」
('A`)
(゚、゚トソン「それならあなたも納得がいくのではないのですか?」
そういって彼女は軽く笑った。
恐らく笑ったのだとは思うが、滅多に見せない顔なので、判別出来た自信はないがきっと笑ったのだと思う。
('A`)「納得か……」
どっちに対して納得出来るのかはわからない。
しかし、自分が得る結果に対して、それが一番納得出来るのかもしれない。
捨てる気のない捨てる作業を繰り返していた過程は、どんな結果を望んでいたのか。
彼女はそれも理解していたのだろうか。
- 134 :('A`)心は空に投げ落ちるようです:2009/09/30(水)
22:09:49.05 ID:+8a9KrXIO
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('A`)「……同情で続けたくはないんだ」
(゚、゚トソン「はい」
('A`)「でも……」
(゚、゚トソン「……」
('A`)「今の自分の力で続けられるなら続けたいんだ」
(゚ー゚トソン「はい」
ようやく出した答えに向けられたのは、初めて見たにもかかわらず、はっきりそれとわかる笑顔だった。
('A`)
顔を空へ向け、力いっぱいボールを空へ放り投げる。
いつかきっと、自分が望む結果と共に、あの白いボールは自分の手の中に帰って来るのだろう。
− 終 −
- お題
・自由落下
・男装
・残業手当
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