3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 22:49:48.79 ID:+7T+ByvmO
 
その店の名前は“TIME”と言うらしい。
 
看板にはそう書かれていた。
 
ごく普通のコーヒーショップ。
喫茶店ではなくコーヒーショップ。
 
喫茶店のそれよりは安価で、テイクアウトも可能。
 
その店がチェーン店でない事を除けば、ごく普通のコーヒーショップだ。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「まあ、確かに、この辺りでこういうお店はチェーン店しか見ないわね」
 
 
特徴的な巻き毛の、この店唯一の店員兼店長さんが自分でもそういうことを言っていた記憶がある。
 
寂れた外観、都市部からは少し離れた立地。
そんな悪条件を背負いつつも店がそれなりに賑わってるのは、偏にこの人がいるからだろう。
 


4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 22:51:03.30 ID:+7T+ByvmO
 
単純に言い表せば美人だから。
 
テイクアウトが可能にも関わらず、特に何もない店内に入り浸る客がいるのは、つまりそういう事なのだろう。
 
それでも経営は苦しいらしいという事も、以前に話を聞いたことがある。
 
僕はそういう事とは関係なく、店に立ち寄っていると思う。
基本的に、テイクアウト専門だから。
 
僕が好きな道のそばに、このお店があったから。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「いらっしゃいませー」
 
ζ(゚ー゚*ζ 「今日もアイス? まだ寒いのに、変わってるよね」
 
 
数度通う内に、顔は覚えられてしまった。
何でも、寒い日でもアイスコーヒーばかり買って行く変わった客として覚えたらしい。
 
コンビニの店員が、常連客にあだ名をつけるような感覚かもしれない。
 


5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 22:53:04.61 ID:+7T+ByvmO
 
アイスコーヒーが好きだから。
その時はそう返事をしたと思う。
 
嘘ではないし、他に理由も無い。
 
ほんの少しの会話を交わし、プラスチックのカップに蓋をされたアイスコーヒーの入った紙袋を受け取る。
店の名前が斜めに印刷されたカーキ色の紙袋。
 
よくある何の変哲も無い紙袋だが、僕はこれが結構気に入っている。
 
このお店の物で、3番目ぐらいには。
 
 
ζ(゚ー゚*ζ 「毎度ありがとうございました。気をつけていってらっしゃい」
 
 
僕はその言葉を背に、受け取った紙袋を抱えて店を出る。
表に停めていた、銀色の自転車のかごにそれをそっと乗せ、自転車を漕ぎ出す。
 
人通りのほとんどない道は走りやすく、流れる去る景色に目を向けて走る余裕が持てる。
 


7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 22:55:14.41 ID:+7T+ByvmO
 
角を曲がり、川沿いに出る。
 
冷たい風が心地よく、ついスピードを上げてしまいそうになる。
 
スピードを上げると、紙袋が倒れてしまう事がある。
 
蓋は閉まっているが、そのままにしておくといずれコーヒーが染み出し大惨事になる。
僕は紙袋を引き起こし、再びかごに立て掛ける。
 
適当な場所で自転車を止め、土手に腰掛ける。
 
くすんだ空が季節の有り様を告げるが、僕はそれを気にしない。
 
走りながら飲む事もあれば、座って飲む事もある。
日によって、気分によって変わる。
 
寒い日でもアイスコーヒー。
 
好きだからそうしているだけ。
理由は他に思い付かない。
 
 
いつだって、僕のやる事に理由なんて大した物は無い。
 
 
僕は、プラスチックのカップを開け、ガムシロップだけを流し込んだ。
 


9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 22:57:16.80 ID:+7T+ByvmO
 
ζ(゚、゚*ζ 「うーん……、でも、答えを探しているのなら、それはちゃんと向かい合ってると思うけどね」
 
 
店に通い続ける内に、いつの間にか自分の罪を告白していた。
でも、彼女はそれを罪だと思わないと言う。
 
大学を休学し、日々何もせずぶらぶらしている僕。
無理矢理作り出したモラトリアムな時間を、ただ浪費している。
 
浪費が自分の時間だけならまだ救われる。
 
現実には、生きて行くためにはお金が要り、僕は親という自分ではない他人の金銭を食いつぶして生きている。
それが僕の罪だと思っていた。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「若い頃は誰だってそうやって悩んだりするもんじゃないかな?」
 
 
彼女の言葉は、僕の心を軽くした。
 


10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:00:04.97 ID:+7T+ByvmO
 
本当を言うと、誰でも良かったのかもしれない。
言葉をぶつけられる相手がいればそれで。
 
そこに至るまでは、自問自答を繰り返した。
執行猶予期間だと、1人で割り切る事は出来なかった。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「私もねー、もう少し若い頃に遊んでおけば良かったなーって思ってる」
 
 
少し的外れに聞こえる彼女の解答を聞いた時、僕は訝しげに彼女を見詰めてしまっていた。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「いやね、若い頃に遊んでおけば、今苦労しててもその所為だって責任を押し付けられるじゃん?」
 
 
ずっと苦労してきて今もまだ苦労してるのは馬鹿らしいな、と呟く彼女の顔がほんの一瞬だけ、酷く冷たく見えた。
 
僕はそれには気付かぬフリで、少しだけ口の端を歪めた。
変な論理だと、呆れた顔をして見せて。
 


13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:02:02.02 ID:+7T+ByvmO
 
ζ(^ー^*ζ 「なんてね。まあ、過去があって今があるんだ、悩め若人よ」
 
 
彼女はにこやかに微笑んで、僕に紙袋を押し付けた。
僕は銀と銅の硬貨を数枚彼女の手に落とした。
 
告解のお布施には、安過ぎると思う。
 


16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:05:40.78 ID:+7T+ByvmO
 
灰の冬空に佇む銀色の自転車。
 
景色に溶け込んだように見える自転車のかごに、いつものように紙袋を乗せる。
ここに来るまでに、彼女の温かみが全て僕に移ってしまった無機質なカーキ色の紙袋。
 
僕は自転車にまたがり、ゆっくりと漕ぎ出す。
 
当てはなく、でも、道はある。
 
行き先は決めてなくても、行く場所はあそこしかない。
 
僕は道に従い、自転車を漕ぎ進める。
そこに僕の意思は介在しなくても、反射と慣習によって、あの場所には辿り着く。
 
冬の河川敷は、ただ寒々とそこにある。
生命を感じさせない、枯れた世界。
 
この紙袋を脱色したような、薄いカーキ色の世界。
 
僕は自転車を止めずに、紙袋からプラスチックのカップを取り出し、片手で蓋を開ける。
速度は落とすがそのまま走りながら、また片手でガムシロップを取り出し、口に挟んで蓋を取り去る。
 
重りを失った紙袋が、冬の空に舞った。
 


17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:07:04.41 ID:+7T+ByvmO
 
灰色の空を舞い、アスファルトの濃い灰色の上に落ちる紙袋。
放って置けば、また風に飛ばされるだろう。
 
僕は自転車を止め、紙袋を拾った。
 
それほど道徳的な人間ではないと思う。
ここはシンガポールでもない。
でも、この紙袋が捨てられていればあのお店に、あの人に迷惑がかかるかもしれないと、反射的にそう思った。
 
幸いな事に、紙袋は再び空に舞う事は無く、僕の手の中に納まった。
 
僕はそれを、無造作に上着のポケットにねじ込んだ。
コーヒーフレッシュが残ってはいるけど、破れたりはしないだろう。
 
どうせ使わないのだから、今度からは最初からもらわないようにしようと思った。
 
僕は自転車に戻り、そのまま立ってコーヒーを飲む。
 
相変わらず、誰ともすれ違わない寂しい道だ。
僕はそれが気に入って、この道を選んだのかもしれない。
 


18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:09:02.50 ID:+7T+ByvmO
 
ζ(゚、゚*ζ 「まあね、もうちょい立地条件がいいとこに店を構えるべきだったとは思わなくもないわね」
 
 
混み合わない道は、1人走るには心地良くとも、商売をするには向いていないだろう。
近場に観光地があるというわけでもない。
何もない、ただの道。
 
偶然通りか掛からなかったら、僕もこの店には気付かなかっただろう。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「広告代って高いんだよ。雑誌にちょっと載っけてもらうだけでウン十万」
 
 
そう言って彼女は肩をすくめた。
雑誌、ラジオ、テレビ、どの媒体も広告代は高いと言う。
 
 
ζ(゚ぺ*ζ 「チラシでも撒くかなー」
 
 
紙のチラシを撒いた所で、どれだけの人がそれに目を通してくれるのだろう。
 


20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:12:07.82 ID:+7T+ByvmO
 
今はネットの時代だ。
 
 
ζ(゚ー゚;ζ 「パソコンはチンプンカンプンだなー」
 
 
彼女は頬に汗を浮かべ、首を振った。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「まあ、来る人拒まず、去る人追わずだね」
 
 
偶然通り掛った人が、この店に立ち寄る可能性はどのくらいなのだろうか。
特に目を惹くわけでもない、古ぼけた店構え。
何の店かわからない店名。
 
僕が何故立ち寄ったかは、もう忘れた。
決して入りやすい雰囲気の店ではなかったけど、何故かドアを開けてみる気になった。
 


21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:14:05.44 ID:+7T+ByvmO
 
ζ(゚、゚*ζ 「ネット広告なんて効果あるの?」
 
 
昨今の広告費のかなりの割合がネット広告に流れていると聞いた事もある。
だからきっと、効果はあるのだろう。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「あるのかー。うーん……ちょっとはパソコンの勉強でもしてみるかな」
 
 
0から素人がやるには、初期投資も含めて少し辛いと考えられる。
それよりも先に彼女が上げたチラシを撒く方が、この店の雰囲気には合っている気もする。
 
チラシに彼女の写真でも載せれば、少しは客も増えるのではなかろうか。
そう思いはしたが、僕はそれを提案はしなかった。
 


22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:17:05.88 ID:+7T+ByvmO
 
僕は生きる為に悩んでいる。
 
そして彼女も生きる為に悩んでいる。
 
同じ事で悩んではいるものの、僕のそれより彼女のそれの方が切実さを感じる。
 
僕がこれから進む道で迷っている事よりも、彼女のお店の1日の売り上げの事の方が悩みとして大きい物なのかもしれない。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「まあ、稼がないと生きていけないからねー」
 
 
僕は悩んでいても、答えを出さずとも生きていける。
今はまだ、生きていけるのだ。
 
 
ζ(゚ー゚*ζ 「ああ、引き止めてごめんね。はい、今日も寒いのにアイスコーヒーなんだね」
 
 
カーキ色の紙袋は、いつもの様に彼女の暖かみが込められていた。
 
僕はそれを受け取り、店を出る。
 


23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:20:03.39 ID:+7T+ByvmO
 
いつもの道を走り、いつもの場所に出る。
 
何度となく、試算を繰り返した結果。
この道の先には、答えは置いてないかもしれない。
 
どんな答えが正解なのか、答え合わせをしてみるまでわからない。
 
その答え合わせは、いつ行うのだろう。
 
 
それはきっと死ぬ時ではないだろうか。
 
 
だとしたら、この先にもし答えがあったとしても、それを手にする意味はあるのか。
 
そもそも僕は、答えを探しているのだろうか。
 
僕は僕が何を探しているのか、僕にはよくわからなかった。
 


26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:22:56.47 ID:+7T+ByvmO
 
ζ(゚、゚*ζ 「そういうことってあるかもね」
 
 
手段の為の目的のはずが、いつの間にか手段をその物が目的にすり替わっている。
本末転倒な事だ。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「そう、その本転?」
 
 
彼女は普通とは言い難い略し方をして、尚も言葉を続ける。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「結果が最初っからわかってれば楽なんだけどね」
 
 
結果のわかっているゲームは、果たして楽しいのだろうか。
勝てるのなら楽しいのかもしれない。
負ける勝負は避けられるかもしれない。
 
それが楽しいのかは、僕にはやってみないとわからない。
 


27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:26:09.37 ID:+7T+ByvmO
 
ζ(゚、゚*ζ 「いい結果を得るために勝負に挑むのなら、勝てるとわかってるなら楽しいんじゃないかな?」
 
 
結果がわかる事と、結果が勝ちと出る事とは全く違うものだ。
きっと結果がわかっても、僕には負けの結果しか見えない気がする。
 
これまで逃げ続けていた結果が、これからも逃げなくてはいけない結果に繋がるだけだ。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「私?」
 
ζ(゚、゚*ζ 「うーん……」
 
 
たわいもない言葉遊びに、彼女は眉根を寄せ、考える。
彼女の顔はほんの少し困ったような風にも見える。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「わからないねー。でも……」
 
ζ(゚ー゚*ζ 「明日は明日の風が吹く、かな?」
 
彼女は笑った。
 
僕には風が吹かない方が、楽に進める気がしていた。
 


28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:28:08.30 ID:+7T+ByvmO
 
カーキ色の紙袋を抱え、自転車に向かう。
 
いつも通りの工程を繰り返す作業。
 
慣らされる事に慣れ、考える事を減らす事で平坦にする。
効率の良い生き方。
 
風のない道を選ぶ、無駄のない生き方。
 
向かい風も追い風も、横風も吹かない道は走りやすいのだろうか。
 
ただ僕は、自転車で風を切る感覚は好きだった。
それを味わえないのは、少し寂しいかもしれない。
 
物事の良い面だけを得られるのなら、誰も苦労はしない。
 
表裏一体、糾える縄の様に、切り離せないものなのだ。
 
この道にも、この川にも、あのお店にも。
 
そして
 


29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:31:06.90 ID:+7T+ByvmO
 
いつも通り自転車を走らせ、いつも通り川辺でアイスコーヒーを飲む。
 
この道から外れる事が僕には出来ず、いつもを変える勇気もない。
そんな事をずっと煩悶し、選択を先延ばしにしている。
 
悩む事。
選ぶ事。
答えを出す事。
 
僕は考える時間を与えてもらっている。
 
無限と錯覚しそうな有限の時間。
いずれ答えを提出する日が来る。
 
それまでの執行猶予期間。
 
自転車を止め、紙袋からアイスコーヒーを取り出す。
蓋を外し、ガムシロップだけを流し込んだ。
 
コーヒーフレッシュはまだ紙袋に入っていた。
 


31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:34:25.80 ID:+7T+ByvmO
 
ζ(゚、゚*ζ 「過去には戻れないからね」
 
 
彼女はしみじみとそう言った。
過去に戻れたら、僕はどこでの選択をやり直しに行くのだろう。
 
 
ζ(゚、゚*ζ 「うーん……戻って選び直した結果が良い方に変わるとは限らないしね」
 
 
良い機会を手に入れても、良い結果が手に入るとは限らない。
 
 
ζ(゚ー゚*ζ 「だから、悩むのは今で、今の事を悩むしかないんだね」
 
 
結局の所、連続した時間の中で生きている僕は、今ある機会に今手に入る結果を得るしかない。
今の結果が未来になり、未来の悩みは今の悩みなのだ。
 
僕の今は、今ここにある今で、僕の悩みは今しか答えを出せない悩みだ。
 
僕の今はここにあり、今の僕はここにいる。
 
 
ならば僕は、今ここで答えを選ぼう。
 


32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:37:03.67 ID:+7T+ByvmO
 
ζ(゚ー゚*ζ 「それでいいんじゃないかな」
 
 
僕は今という時間に
 
 
ζ(゚ー゚*ζ 「自分の答えが自分には一番正しいんだよ」
 
 
僕の答えを
 
 
ζ(゚ー゚*ζ 「それが自分の選んだ道で──」
 
 
僕が選び
 
 
ζ(^ー^*ζ 「自分の答えなんだから」
 
 
僕の答案用紙に記入した。
 


34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:39:50.58 ID:+7T+ByvmO
 
久しぶりに訪れた大学は、どこか見覚えのない知らない建物の様で空々しかった。
 
だだっ広く、背の低い門。
季節にそぐわない、深い緑を湛える常緑樹。
くすんだ白の無機質な講義棟。
 
どれも僕には不要なものに見えた。
 
そんな事で簡単にわかるほど、僕の答えは明確な物だったのかもしれない。
ここは僕の望んだ場所ではなかった。
 
馴染みのない中央の棟に向かい、小奇麗な廊下を進む。
 
馴染みのない人に会い、馴染みのない文面を馴染みある文字で書かれた馴染みのない書類を提出する。
 
馴染みのない話をして、馴染みのない部屋を出る。
 
僕は馴染みのない大学を出た。
 
 
それが今の僕が選んだ答えなのだ。
 


36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:42:07.89 ID:+7T+ByvmO
 
選んだ答えが正しいかどうかは、まだわからない。
 
でも、彼女の言葉を借りれば、僕の選んだ答えが、僕にとって一番正しいのだ。
 
僕の心は随分と軽くなった。
彼女の言葉で軽くなった。
 
僕は彼女に礼を言うべきなのだろう。
 
彼女にしてみれば、言われる覚えのない言葉かもしれない。
それでも僕は、礼を言いたい。
 
彼女がどうであれ、僕の背中を押したのは彼女の言葉なのだ。
 
 
 
そんな時に、彼女の背を街中の雑踏で見付けたのは偶然だろうか。
 


38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:44:01.33 ID:+7T+ByvmO
 
突然の事に、今日は店休日なんだなと、どこかずれた様な感想を抱いた。
 
いつもの様に笑顔を向ける彼女。
 
いつもとは違い、首を横に向けて笑顔を見せる彼女。
 
そんな事を考えなかったわけではない。
僕も子供ではないのだ。
 
彼女がいつもと変わらぬ笑顔でいられるのなら、それでいい。
 
 
ζ(゚ー゚*ζ
 
 
たとえここが、歓楽街の真ん中でも。
 
 
たとえ彼女が、お金を受け取る場面を目にしても。
 
 
たとえ彼女の笑顔が、僕に向けられるそれと同質のものだったとしても。
 


39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:47:03.53 ID:+7T+ByvmO
 
昨日は店休日だった。
 
それが彼女の答えだった。
 
 
僕はいつも通りカーキ色の紙袋を受け取り、いつもの笑顔に見送られた。
 
表に停めていた、銀色の自転車のかごにそれを乗せ、自転車を漕ぎ出す。
人通りのほとんどない道は走りやすく、流れる去る景色が無為に過ぎ逝く。
 
角を曲がり、川沿いに出る。
いつもよりはスピードが出ているが、誰もいない道にはそれを咎める人もいない。
誰かいたとしても、その位で咎める人はいやしないだろう。
 
寒々とした冬空の下、いつもの川辺を走る。
 
いつも止まる辺りは既に過ぎ去った。
 
僕はただ、自転車を漕ぐ。
 
僕はただ、道を走る。
 


41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:50:09.59 ID:+7T+ByvmO
 
僕は何だと問いかける。
 
 
スピードを上げ、冷たい風を浴び、また自分に問いかける。
 
 
僕は何だ。
 
 
僕は、誰なんだ。
 
 
カーキ色の紙袋が、横倒しになる。
 
 
“ME”
 
 
ただそれだけが見えた。
 
 


43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:53:07.62 ID:+7T+ByvmO
 
自転車を止め、紙袋を雑に掴み上げた。
 
いつもよりはだいぶ先まで走ったものの、いつもと同じ川沿いは、いつもと変わらない様な景色が広がっていた。
僕の進む道の先には、同じ様な世界があるだけだった。
 
カップの蓋を開け、ガムシロップを流し込む。
コーヒーフレッシュは忘れずに断った。
 
彼女に礼を言うのは忘れた。
 
蓋を閉め、ストローを刺す。
苦味、酸味、甘味、いつも通りのコーヒーの味。
 
それを口する自分も、いつも通りのはずだ。
 
冬空の下でアイスコーヒー。
それがあまり普通と言われない事はわかっている。
 
でも、それは僕の選んだものだ。
 
 
冬空の下でアイスコーヒー。
 
 
それも僕の答えなのだ。
 


45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:56:49.53 ID:+7T+ByvmO
 
彼女の答えはなんだったのだろうか。
 
彼女の選択は、彼女の悩みは。
 
彼女の選んだ道には、何があったのだろうか。
 
僕の知らない彼女。
 
知っている事の方が少ない彼女。
 
僕はいつもの彼女に、何を見ていたのか。
僕はあの日の彼女に、何を見ていたのか。
 
漆黒に広がった白い輝き。
純白に染み付いた黒い染み。
 
 
結局は、灰色なのかもしれない。
 
 
 
彼女が選んだ答えは、彼女の罪になっているのだろか。
 


46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/05(金) 23:58:17.35 ID:+7T+ByvmO
 
僕は時間の中にいる。
今という時間の中に。
 
 
もっと早く出会えてたならば。過去には戻れない。
ならば進むしかないのだ。未来はわからない。
 
 
僕の取り得る道はいくつもない。
 
結果もこの川沿いの道の様に大差がないのかもしれない。
 
 
それでも僕は悩み
 
 
それでも僕は選び
 
 
それでも僕は答えを出す
 


47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/06(土) 00:00:06.94 ID:z2ZnILCLO
 
僕は、カーキ色の紙袋を丸めて、力いっぱい川へ放り投げた。
 
音も立てず着水した紙袋は、ゆっくりと水面を河口のほうへ漂って行く。
 
ゴミの不法投棄。
 
 
これで僕も立派な罪人だ。
 
 
憲法だか民法だか慣習法だか、はたまた条例なのかはわからない。
でも、そのどれかには触れるだろう。
 
 
僕の犯した罪は。
 
 
これであの人と同じになれたのだろうか。
 
 
 
 ── She gives answer to me のようです 終 ──
 



※罪人合(ゲリラ)作参加作品
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