4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 22:41:12.94 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「うん、下絵はこんなもんかな」
 
鉛筆でA4の用紙にざっとイラストを描き上げる。
いわゆるラフデザインだが、ここから大きく変えるつもりはないので本番さながらだ。
 
 
    /⌒ヽ
   ( ^ω^)
  ⊂   つ
   |   |
   し⌒.J
 
 
今度のクライアントのご所望は、どこか抜けた感じのマスコットキャラだ。
何でも、全国マシュマロ協会の販促キャンペーンに使われるらしい。
 
初めて耳にした協会だが、クライアントの意図に沿う様、白くて丸いデザインを心がけた。
これまで既に10点ほど自ら没にしているが、今度のは中々気に入った。
余り狙い過ぎず、線はシンプルで少なめ、そして何より、そのものを連想しやすいデザインが欲しかった。
 
今度のこの子はそれらの条件を十分満たしていると思う。
 


5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 22:43:20.96 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「取り込んで仕上げるか……」
 
書き上げたラフデザインをスキャナに挟む。
以前なら、紙の段階でペン入れをして、余分な線を消したりしていたが、
今はそれらの作業は全てPC上で行っている。
 
昔はグラフィック作業にはそれなりに高スペックのPCが必要な上、今までで慣れていた手書きの方が
描きやすかった為、ほとんどそうしていたが、最近はPCも安価で高性能の物が手に入る。
 
加えて、一旦覚えてしまえば作業効率が手描きとは段違いに良く、入稿もデジタルデータで、というクライアントも
増えたので、時代の波に乗るように僕の作業もPC上に流れていった。
 
このくらいのシンプルなキャラクターならペンタブレットを使って直接PC上に描いた方が線の均一も図れて
良いのだが、何となく、下書きとして鉛筆を使う事だけは捨てられずにいる。
 
(´・ω・`)「鉛筆にこだわりがあるわけでもないんだけどね」
 
ペンタブレットがないわけではない。
PCに作業を移した後はそれを使う。
 
何となく、ただ何となくだ。
使い慣れたそれを、手放せずにいるだけだ。
 


6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 22:45:46.38 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「さて、まずは線を取るか……」
 
ペイントソフトを立ち上げ、取り込んだ画像を開く。
シンプルな絵なので、そこまでの高い解像度は必要ない。
 
( ^ω^)
 
画面上に何とも言い難い間の抜けた顔が浮かび上がる。
自分が描いておきながらなんだが、どうにも気の抜ける顔だ。
 
(´・ω・`)「マシュマロのイメージには合っているかもね」
 
あとは線を減らして、色でふわっとした感じが出せれば御の字だろう。
 
( ^ω^)
 
最近はこういった、いわゆるゆるキャラの依頼が増えた。
僕は、子供向けのキャラクターを中心に描く、お世辞にもあまり繁盛しているとは言い難い
フリーのイラストレーターだった
 
しかし、どこぞやの企業や地方自治体がこの手の緩いキャラをヒットさせたお陰で、どこもこぞって
そういったキャラを求めるようになった。
 


8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 22:48:30.47 ID:d+jr+Yf5O
 
そのお陰で描き手が不足し、僕のような者にまで依頼が来るようになってしまった。
 
(´・ω・`)「きっかけは何だったかな」
 
単純な作業に没頭するあまり、考えた事をそのまま思わずつぶやいてしまったが、きっかけは忘れようがない。
 
ある雑誌に、僕の事が載ったからだ。
新進気鋭のイラストレーター20人という記事だった。
 
本当は僕が載る予定はなかったのだが、色々と手違いがあったらしく、
急遽空きが出来たので僕を載せる事になったらしい。
 
仕事がないわけではないが、イラスト1本で食べて行くのは苦しかった僕にとって、
そんな申し出を断る理由はどこにもなかった。
 
(´・ω・`)「あれは運が良かったとしか言いようがなかったな」
 
空きが出来たとは言え、本来なら僕みたいな全く名の知れていない、フリーの人間が載る事は
なかっただろう。
 


9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 22:51:04.70 ID:d+jr+Yf5O
 
たまたま担当の編集者の方が子持ちで、たまたま僕のイラストを目にしたことがあったお陰で、
僕にお鉢が回ってきた。
これは本当に幸運だったとしか言えない。
 
少なくとも、これから数年ぐらいはその人に感謝し通しだろう。
 
ただ、記事には活動ジャンルに子供向け、その他と書かれてしまったので、その所為で今回のような
マスコットキャラの作成の依頼が来るようになってしまった。
 
(´・ω・`)「嫌なわけじゃないんだけどね」
 
絵を描く事自体が好きで、目指したこの道だ。
請け負ったからにはいい絵を描きたいと思う。
 
ただ、僕が本当に描きたいのは、子供向けのイラストだ。
子供に夢を与える絵で、受ける事を前提に計算されたキャラではない。
 
(´・ω・`)「……この子も変わっちゃうのかな」
 
( ^ω^)
 


10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 22:54:03.53 ID:d+jr+Yf5O
 
顔の周りの線を少しずつ消していき、輪郭線を抽出する。
レイヤー機能のお陰で、線の確保が非常に楽だ。
 
あなたの絵には、あざとさがない。
 
先の編集者の方に言われた言葉だ。
 
(´・ω・`)「あざとさ……ね……」
 
あざとさ、計算、考えられたウケる要素。
 
あの記事の取材の後、出版社がその面子で飲み会を開催してくれた。
記事に足りない分を引き出すための、仕事ついでのような物だったが、
同じ仕事で違う畑を耕している人の話を聞くのは純粋に面白かった。
 
人当たりは悪くないが、積極性は少ない僕は、もっぱら聞き役として大いに楽しませてもらった。
後から件の編集者の方に聞いた話では、僕は他の人達から結構気に入られていたみたいだった。
 
こういったクリエイティブな仕事を生業にする者は、良くも悪くも我が強い方が多いので、
まず自分の事を話したがるらしい。
 
あなたは編集者に向いているとも言われた。
イラストレーターで食べられなくなってしまったら、カウンセラーやバーのマスターでも目指そうか。
 


11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 22:58:17.69 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「ふぅ……」
 
作業が一段落すると、少し肩に凝りを感じた。
それなりの時間、集中し続けた対価だろう。
 
僕は立ち上がり、コーヒーを淹れにキッチンへ向かった。
 
電気ポットの沸騰ボタンを押し、お湯を沸かし直す。
インスタントとは言え、ちゃんと沸かしたお湯で淹れた方がほんの少し美味しく感じる。
 
(´・ω・`)「まあ、猫舌なんだけどね」
 
お湯が沸くまで手持ち無沙汰になった僕は部屋を見回した。
1ルームのマンションは、1人暮らしをするには十分な広さがある。
 
1度ぐらいは契約の更新をした部屋だ。
それなりに僕に馴染んでいる。
 
不満点は特にない。
高望みをしないのが、僕の美徳らしい。
 


14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:01:12.10 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「沸いたかな」
 
沸騰し切る前に、カップにお湯を注ぐ。
湯気と共に匂い立つ、インスタントコーヒーの香りが僕の鼻腔をくすぐる。
 
(´・ω・`)「そういえば食事も取ってないな……」
 
朝から何も食べていない事に今更ながら気付く。
時刻は現在15時を回った所。
このままではまた、朝兼、昼兼の晩ご飯になりそうだ。
 
元々食が細い方とは言え、流石に一日一膳がこうも続くとまずいだろうか。
 
(´・ω・`)「どう思う?」
 
僕は、コーヒーを片手にモニターの前に戻り、こちらを覗いている顔に聞いてみた。
 
( ^ω^)
 
先ほどまでよりは滑らかになった顔からは、当然のごとく返事はない。
 


16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:04:06.35 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「まだ大丈夫だよね」
 
僕は、勝手に返事を受け止め、また作業に戻る事にする。
 
単純な作業は一段落着いた。
ここからはそれなりに緻密な作業になる。
 
(´・ω・`)「と言ってもまあ、感覚的なものだけどね」
 
ここから、キャラとして自分が思う姿に仕上げていく。
線の太さやパーツのバランスだったり、細かい所では余白の大きさだったりだ。
初めに意図した形に近付け行くわけだが、描いている内に当初とは少し違った完成図に変化している。
 
自分のセンス、好みの姿に仕上げていくのだ。
 
(´・ω・`)「……」
 
( ^ω^)
 
(´・ω・`)「……どうするかな」
 


17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:06:07.72 ID:d+jr+Yf5O
 
ペンを持つ手が止まる。
 
いつもなら、線を取る作業の間に完成図は大体頭の中に出来ているのだが、
今日はまだ漠然とした物しか描かれていない。
 
(´・ω・`)「余計な事を考え過ぎたか……」
 
あなたの絵には、あざとさがない。
 
あんな言葉を思い出した所為だろう。
 
いや、思い出す出さない以前にその言葉自体は忘れようがないのだ。
僕は毎回その言葉を思い知らされているのだから。
 
(´・ω・`)「この子は何が付くのだろうか」
 
服や帽子ぐらいならかわいい物だ。
角や牙が生えるのか、それとも羽か、尻尾でも生えるかもしれない。
 


19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:08:04.36 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「何だかなぁ……」
 
出来た絵にクライアントから注文が付く事は不思議な事でも珍しい事でもない。
向こうの意図にそぐわなければ、この子は必要のない子になってしまう。
 
この子は、僕の絵であって僕の絵ではない。
 
僕は今回の仕事では、イラストレーターであってアーティストではないのだ。
僕が買われたのは、僕の腕であって僕の好みやセンスの全てではない。
僕の絵を気に入って買ってもらうのではなく、僕が向こうの気に入る絵を描かなければならないのだ。
 
それが仕事を請け負った僕の責務だ。
 
(´・ω・`)「まあ、それもこれも、僕自身の問題だよね」
 
細かい事にこだわり過ぎだ。
他人に話せば、きっとそう言われるだろう。
だから、他人に話した事はない。
 


22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:10:55.54 ID:d+jr+Yf5O
 
それ以前に、僕の描く絵が無条件に相手に気に入ってもらえればそれで済む話でもあるのだ。
僕が相手意図をちゃんと汲みとめるか、その意図すらも塗り替えられるほどの物を描くかだ。
 
(´・ω・`)「意図か……」
 
求められている事は何となくわかる。
僕は聞く方は得意なのだ。
でも、それを伝えるとなると途端に覚束無くなる。
 
僕は口下手だ。
 
だから、絵で語る事にしたのだが、そちらも口達者とはいうレベルには達していない。
どうにも慎ましいようだ。
 
しかしそういった事とは関係なく、商業的な意図を持ち出されるとこちらはお手上げになる。
 
(´・ω・`)「兄弟が出来るかもね」
 
( ^ω^)
 


24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:13:03.70 ID:d+jr+Yf5O
 
単純にグッズの種類を増やすため、色違いの兄弟が出来たりするかもしれない。
パーツのパターンを変えて、色んなスタイルのキャラになるかもしれない。
 
その為に、デザインを変えた事はこれまでに何度もある。
 
(´・ω・`)「あざとさ……か……」
 
その辺の計算も含めての話なら、あざとさがないのは僕の絵だけではなく、僕自身もだろう。
むしろどちらかと言えば、僕自身がそう言われたのだと判断するべきか。
 
流行に疎く、計算も出来ない僕は、そう言われて然るべきなのだろう。
 
(´・ω・`)「僕はただ、いい絵が描きたいだけなのにね」
 
( ^ω^)
 
モニターの中の顔は、やはり無言で笑っているだけだ。
 


25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:16:03.05 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「出来ればこのまま、笑ったままでいさせてあげたいんだけどね」
 
( ^ω^)
 
どうなるかはわからない。
全ては相手次第だろう。
 
(´・ω・`)「君はきっと、楽しい事があって笑っているんだろうね」
 
マシュマロ君(仮称)は、お菓子の国の旅人だ。
ふわふわと風に乗り、人々に笑顔を届けて回る。
雨はちょっと苦手だけど、お日さまが元気いっぱいの日はマシュマロ君(仮称)も一段と晴れやかな笑顔を見せる。
 
そんな話が頭の中に思い浮かんだ。
 
僕が考えるこの子の笑顔は、そんな所から来ている。
 
(´・ω・`)「……もうちょっと何かないかな」
 
はっきり言って僕に文才はない。
あれば僕はイラストレーターではなく、絵本作家を目指していた。
 


27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:19:02.20 ID:d+jr+Yf5O
 
(´-ω-`)
 
目を閉じれば浮かんでくるおぼろ気なストーリー。
 
( ^ω^)
 
マシュマロ君(仮称)は雲の様に、ふわふわと空を行く。
青い空をゆっくりと、世界中を流れて回る。
 
いつもはお空から皆を見ているだけのマシュマロ君(仮称)だけど、あるものを見つけた時はすぐに空から降りてくる。
 
それは泣いてる子供を見た時だ。
 
( ^ω^)
 
マシュマロ君(仮称)は、泣いてる子供にやさしく笑いかける。
僕が見ているから、君は一人じゃないんだと、柔らかな身体で包み込む。
 
子供が泣き止むと、あまーいお菓子をプレゼント。
両手いっぱいのふわふわのマシュマロを差し出してくれる。
 
マシュマロ君(仮称)は、またお空へブーンと飛んでいく。
 


31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:21:04.19 ID:d+jr+Yf5O
 
    /⌒ヽ
   ( ^ω^)
  ⊂   つ
   |   |
   し⌒.J
 
 
(´-ω-`)
 
(´・ω・`)
 
(´・ω・`)「うーん……やっぱりお菓子のマシュマロをあげるのに名前もマシュマロ君だと変かな」
 
文才はないが、好きなものは好きなのだ。
こうやってお話を考える時間は、絵を描く時間と同じくらい好きだ。
 
(´・ω・`)「やっぱり何か名前を付けたいな」
 
 
    /⌒ヽ
   ( ^ω^)
  ⊂   つ
   |   |
   し⌒.J
 


32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:23:20.57 ID:d+jr+Yf5O
 
僕はペンを持ち、腕組みをして画面を見据える。
両手を広げたこの子は、とても楽しそうだ。
 
この子はこの両手でふわふわと空を飛び、でも、泣いてる子を見たらブーンと勢いよく飛んでくるのだ。
 
(´・ω・`)「……ブーンと……か」
 
( ^ω^)
 
(´・ω・`)「うん、君の名前はブーンだ」
 
僕はペンをタブレットに走らせ、絵の足元に名前を書いた。
 
    /⌒ヽ
   ( ^ω^)
  ⊂   つ
   |   |
   し⌒.J
      ブーン
 


33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:26:04.59 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「中々いいかも……」
 
(〃^ω^)
 
心なしか、ブーンの笑顔も一層晴れやかに見えた。
 
 
【】<PiPiPiPiP
 
(;´・ω・`)「うおっと!?」
 
満足げに画面を眺めていたら、滅多にしゃべる事のない、携帯電話が自己主張を始めた。
メールならまだしも、この電話番号を知ってる人間はほとんどいない。
仕事の用件はほぼ全てメールで賄える。
 
(´・ω・`)「仕事の催促じゃないのは助かるけど……」
 
僕は携帯電話を開き、画面に映る名前に目を落とした。
 


34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:29:05.28 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「伊藤さん?」
 
電話は件の編集者、伊藤さんからのようだ。
僕は受話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てた。
 
(´・ω・`)】「はい」
 
(´・ω・`)】「あ、まだです。後は仕上げだけですね」
 
(´・ω・`)】「いえ、回して頂いて感謝してますよ、ホントに」
 
(´・ω・`)】「アハハ、まあ、趣味は趣味ですからね」
 
(´・ω・`)】「身の程は弁えてますよ」
 
(´・ω・`)】「それで、今日はその確認……ファックス?」
 
(´・ω・`)】「いえ、見てませんが。ああ、これから送るんですね、はい」
 
(´・ω・`)】「わかりました。返信もファックスの方が……はい、わかりました」
 
(´・ω・`)】「それでは」
 


38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:31:10.58 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「ふぅ……」
 
今回のこの仕事は、伊藤さん経由で僕の所に来た。
てっきりその進行状況の確認かと思ったら、用件はまた別で、何でもアンケートに答えて欲しいとの事だった。
 
また前回のような企画をやるみたいだ。
と言っても、今度はもっと広く浅く、新進のデザイン関係の仕事に就く人間にアンケートを取って記事にするらしい。
 
雑誌に名前が載る事は、こちらとしては願ってもないことだから断る理由がない。
あれ以降も伊藤さんには色々と目をかけてもらっている。
本当にありがたい事だ。
 
そんな事を考えていると、ファックスの着信を伝える電子音がキッチンの方から聞こえてきた。
 
(´・ω・`)「どんなアンケートなのかな?」
 
僕はアンケート用紙を手に取り、中身にざっと目を通す。
 
(´・ω・`)「あなたがこの仕事を目指したきっかけは何ですか」
 
(´・ω・`)「あなたが今までで一番気に入っている作品をあげてください」
 


40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:33:09.58 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「随分と真面目な質問だな……」
 
アンケートはオーソドックスな物で、経歴やら考え方などそう珍しくもないものだった。
これなら楽に書けるだろう。
 
(´・ω・`)「しかし、これならメールでもいいのにね……」
 
先に述べたように、デジタルデータでやり取りする仕事がほとんどだ。
まれにこうやってファックスでやり取りをし、郵送なり手渡しなりでデータを届けたりする事もある。
 
ただ、今回の場合は相手が伊藤さんだからだ。
彼女はあまりPCが得意でない。
絵はともかく、文章などはこうやってファックスで送るか電話で話す事がほとんどだ。
 
(´・ω・`)「ちょっと昔気質なんだよね」
 
これを本人に言うと殴られるだろう。
年寄り扱いするなと。
 


41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:36:12.61 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「今の内に書いてしまうか」
 
僕はモニターの前に戻り、アンケート用紙を机の上に広げた。
どうにも面白味のない回答を、上から順に1つずつ書き込んでいく。
 
(´・ω・`)「明日の昼までならそんなに急がなくても……ん?」
 
アンケートの最後辺りに、それまでと少し毛色の変わった質問を見つけた。
 
(´・ω・`)「あなたを動物に喩えるとなんだと思いますか?」
 
何だか心理テストの様な質問だ。
その他にもいくつか似たような質問がある。
どういう意図なのかは知らないが、単に伊藤さんが最近、心理テストにはまっているとかそういうオチかもしれない。
 
(´・ω・`)「何だろう? たぬき?」
 
おっとりしている動物といえばそのくらいしか思いつかない。
 
(´・ω・`)「ええっと、あなたは今の仕事に満足していますか?」
 
そこからは、はいかいいえの2択で答えるような質問がずっと並んでいた。
やはり構成に脈絡がないように思える。
 


43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:39:35.84 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「まあ、伊藤さんの事だからね。考え過ぎてもしょうがないか。はい、と」
 
僕には出来過ぎなくらい、今の仕事は安定してきた。
フリーのイラストレーターで何とか食べていけるくらいなのだから。
 
(´・ω・`)「あなたは今の自分に満足していますか?」
 
はい、はい、はい、質問に促されるまま、僕は回答を綴る。
こうやって改めて自分を顧みると、案外悪くない人生になって来ているのかもしれない。
 
(´・ω・`)「おっと、これで最後か……何々?」
 
「あなたは、自分の夢に正直に生きていますか?」
 
(´・ω・`)「……」
 
僕は反射的に、解答欄に答えを書き込もうとしたが、何故か手が止まってしまった。
はい、ただその一言を書くだけなのに。
 


44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:42:05.79 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「……僕は夢を叶えたよね」
 
大好きな絵を描く事を仕事に出来たのだ。
僕は本当に恵まれている。
それが僕の夢で、僕は今、夢を叶えてここにいるのだ。
 
でも……
 
(´・ω・`)「夢……か……」
 
僕は鉛筆を置き、画面に目を向けた。
 
( ^ω^)
 
相変わらずブーンは、にこやかな笑顔を僕に向けてくれる。
 
(´・ω・`)「……名前、消さないとね」
 
僕が依頼されたのは絵であって、キャラクターの設定ではない。
ネーミングは専門のコピーライターがやってくれるだろう。
僕がでしゃばる場面ではない。
 


48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:44:53.16 ID:d+jr+Yf5O
 
( ^ω^)
 
(´・ω・`)
 
でも、この子は僕の中ではブーンなのだ。
僕が描いた、僕のキャラクター。
 
ブーンは雲のようにふわふわと空を飛び、泣いている子供にマシュマロをくれる。
お空の旅人だ。
 
(´・ω・`)「夢……」
 
僕は、本当は絵本作家になりたかった。
僕には文才がなかった。
僕はいい絵が描けて、それで生きていけるならそれで良かった。
 
僕は……
 
(´・ω・`)「僕はいい絵を描いたよね」
 


50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:47:04.07 ID:d+jr+Yf5O
 
僕はいい絵を描いた。
僕は仕事としていい絵を描いた。
 
僕はいい絵が描きたかった。
僕はいい絵が描けて満足だ。
 
( ^ω^)
 
(´・ω・`)
 
僕はこの子を描けて満足だ。
僕は仕事としてこの子を描く機会を得られて満足だ。
 
僕はこの子──
 
( ^ω^)
 
いや、ブーンを描いたんだ。
 


52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:49:07.18 ID:d+jr+Yf5O
 
僕は椅子に座り直し、頭を集中モードに切り替えた。
モニターに目を向け、ペンを手に取る。
 
( ^ω^)
 
(´・ω・`)「まずは仕上げよう」
 
僕は描いたブーンは、いつも笑顔だ。
心優しいブーンは、皆を幸せにしてくれる。
 
 
僕はいい絵を描きたかった。
 
 
では、僕は何の為にいい絵を描きたかったのだろうか?
 
 
僕がいい絵を描きたかったのは……。
 
 
( ^ω^)
 
僕はブーンの顔に綺麗な白を塗り付けた。
 
・・・・
・・・
 


53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:51:02.06 ID:d+jr+Yf5O
 
(´-ω-`)「……ん」
 
外が明るい。
どうやらカーテンも閉めずに寝てしまったようだ。
 
(´-ω-`)「朝か……」
 
時計を見ると、ギリギリ朝と呼べるぐらいの時間だった。
4時ぐらいまでの記憶はある。
その頃に完成させた絵をクライアントに送信した。
 
( うω-`)「あんな時間でも届けられる文明の利器に感謝したよね……」
 
眠い目を擦りながら立ち上がる。
身体の至る所が凝っているのがわかる。
自分の部屋なのに椅子で寝る無意味さは控えようと思う。
 
(´・ω・`)「ふぅ……」
 
顔を洗い、お湯を沸かし、コーヒーを淹れる。
その香りに妙に腹が刺激されると思ったら、昨日は結局何も食べていない事を思い出した。
一日一膳所の騒ぎじゃない。
 


56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:54:06.50 ID:d+jr+Yf5O
 
(´・ω・`)「食事でも買ってくるか……」
 
モニターの前に戻り、PCの電源を落とそうと思ったがいつの間にか一通のメールが届いていた。
 
(´・ω・`)「どこから──」
 
【】<PiPiPiPiP
 
(;´・ω・`)「うおっと!?」
 
昨日に引き続き、また携帯電話が鳴り出した。
週に2度もこの音を聞くのは久しぶりな気がする。
 
僕は携帯電話を開き、画面に映る名前に目を落とした。
 
(´・ω・`)「また伊藤さん?」
 
(´・ω・`)】「はい、もしも──ええ!? 昼までって……」
 
(;´・ω・`)】「いや、まあ、確かにお昼ですが……」
 
(;´・ω・`)】「僕が最後? はい、わかりました、この電話が終わったらすぐ……」
 
(;´・ω・`)】「え?」
 
(´・ω・`)】「……ええ、正直に書きますよ、はい」
 
(´・ω・`)】「では」
 
(´・ω・`)「ふぅ……」
 
電話を切り、アンケート用紙を探す。
 
(´・ω・`)「どこに置いたっけな……」
 
そういえば昨日、モニターの前で書いたはずだ。
そちらに目を向けると、多少よれよれになったアンケート用紙が見つかった。
絵を描くのに集中し過ぎてぞんざいに扱ってしまったのかもしれない。
 
(´・ω・`)「あ、メール」
 
伊藤さんのお陰で忘れそうになったメールを開く。
発信元は昨日、ブーンを送信したクライアントだった。
 
(´・ω・`)「随分と返事が早いな……」
 

57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:57:06.07 ID:d+jr+Yf5O
 
それだけ急を要する修正があるのだろう。
僕は、少しげんなりとした気分でメールを読み進めた。
 
(´・ω・`)
 
(´-ω-`)
 
(´・ω・`)「……フフ」
 
僕は読み終わったメールを閉じ、昨日送ったファイルを開いた。
 
昨日と何も変わらない、晴れやかな笑顔のブーンが姿を見せる。
 
(´・ω・`)「おめでとう、ブーン」
 
(〃^ω^)
 
 


58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/22(月) 23:59:21.40 ID:d+jr+Yf5O
 
僕はPCの電源はそのままで、財布を手に玄関へ向かった。
 
(;´・ω・`)「って、ヤバ、アンケート! 忘れたら伊藤さんに殺される!」
 
あわててモニターの前に戻り、アンケート用紙を引っつかむ。
 
(´・ω・`)「あ、まだ書いてない箇所が……」
 
モニターの方へ首を回し、ブーンの笑顔を眺める。
 
(´・ω・`)「正直に……ね……」
 
鉛筆を手に取り、1つ息を吐いた。
 
 
僕の答え、正直な気持ち。
 
 
(´・ω・`)「今はまだ……」
 



61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/23(火) 00:03:22.63 ID:AGKXJZYOO
 
 
僕の夢。
 
 
(´・ω・`)「でも……」
 
 
いつかきっと。
 
 
 
僕は1つだけ残っていた空欄に、はっきりと“いいえ”と書いた。
 
 
    /⌒ヽ
   ( ^ω^)
  ⊂   つ
   |   |
   し⌒.J
      ブーン
 
 
 − (´・ω・`)はいいえをかきたいようです おしまい −
 


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