- 1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:08:13.75 ID:7WeqmR4Y0
私は卵から生まれた。
我ながら荒唐無稽なセリフに聞こえるだが、それが事実だから仕方がない。
もちろん私はれっきとした哺乳類。
といってもカモノハシとかいうようなオチはなく、ホモサピエンス、いわゆる普通の人間だ。
何でそうなったかなんて、私が知るはずもない。
だって私はその当時、卵そのものだったのだから。
ζ(゚ー゚*ζは卵を割るようです
- 2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:09:02.84 ID:7WeqmR4Y0
当時の事は公にはなっていないそうだった。
色々研究はされたものの、特にわかったこともなく、ただ母親から卵が生まれ、卵を割ったら赤ん坊が出てきた。
ただそれだけのことらしい。
生まれた子供、つまりは私に何のおかしな点も見られず、お母さんも問題なし。
そしてお父さんにも特に問題なく、結局は普通の子供、普通の親子として認定される事になった。
いや、されたはずだった、のかな?
人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。
公にされてないはずの卵のことは、近所では知らぬものがいないほど知れ渡っていた。
どこの誰が、などと今更詮索したところでしょうがない。
大方、噂好きの看護士さん辺りが意図的にうっかり漏らしでもしたのだろう。
テレビ報道でもされて、日本全土に知れ渡らなかっただけでもよしとするべきか。
そんなこんなで私はご近所様から奇異の目を向けられながらも、それなりにすくすくと成長していった。
- 3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:09:51.94 ID:7WeqmR4Y0
お父さんが消えたのは私が小学校に上がる頃だった。
当時の私は、何でお父さんがいなくなったのかなんてわかるはずもなかったけど、今なら理解出来る。
簡単に言えば、耐えられなくなったのだ。
卵の親でいる事に。
影で日向で色々と言われていたようだ。
鳥に寝取られただの、鳥人間だの、ひどい言われ様には何というか同情を禁じ得ない。
仕事を、家庭を放り出し、お父さんはどこかへ消えてしまった。
いや、家庭は放り出してはいないのかもしれない。
未だに仕送りは毎月送られてくるのだ。
律儀というか何と言うか、私達に罪はないと思っているのか、人が良過ぎるのかは知れないが。
お母さんと離婚もしていないらしい。
それならば出て行かず、自分が家族を守るというぐらいの気概を見せて欲しいと思ったが、言ってもしょうがない話である。
お母さんの話だと、もともと神経質で繊細な人だったようだ。
そういうとこは鳥っぽかったのかもね。
今も私の知らないどこかで元気に働いてるらしい。
- 4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:10:40.36 ID:7WeqmR4Y0
お母さんが消えたのは私が中学校に上がる頃だった。
理由はお父さんと同じ、さらに言えばお父さんがいなくなり、噂の対象が一人減った事による負担の増加というところだろうか。
卵の親でいることはどうやらとても大変なことらしい。
卵の親になったことのない私には理解出来ないことなのだろうが。
お母さんもお父さん同様、家庭は放り出していない。
こちらも未だに仕送りをしてくる。
お父さんより額は少ないものの、お父さんはお母さんの分まで送ってきてるのだから、仕送りする必要もないと思うのだが。
揃いも揃って律儀な親だ。
二人がそうする本当の理由を想像したこともあるが、それは考えないことにした。
考えたところで私にはどうしようもないのだから。
お母さんも私の知らないどこかで元気に働いているようだ。
お父さんとは一緒にいないみたいだけど。
二人の愛の巣を鳥の巣にしてしまって申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。
- 5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:11:28.00 ID:7WeqmR4Y0
そういうわけで私は一人になった。
しかしながら、親はなくとも子は育つという言葉通り、私は健やかに育っていった。
健やかに、という言葉は私個人の成長にのみ係る。
私の周りは何というかずっと変わらなかった。
わかりやすい、いつの時代になっても何ら変わることのない反応を見せてくれた。
端的に言えば私はいじめられていた。
理由は卵から生まれたから。
ただそれだけだ。
どこか他の子と違う所がある子がいじめられる。
どこにでも転がってるようなありふれた話だ。
でも、彼らに私のどこが他の子と違っているかわからなかっただろうけど。
どこかで耳にした噂を根拠にいじめていただけだろう。
- 6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:12:16.11 ID:7WeqmR4Y0
小学生の頃、私のあだ名は玉子だった。
何のひねりもない、ストレートなネーミングセンスだ。
点が一つなければ、ちょっとカッコ良かったかもしれない。
私は女だけど。
いじめる子はもとより、特に悪意を持っていない子もそう呼んだ。
その背景を意識することもなく、気軽にタマちゃんなどと呼んでくれた。
まるでどこかのアザラシのような名前だと思った記憶がある。
しっかり物の同級生でも可。
クラス全体からいじめられていたわけでもなかったのは不幸中の幸いだっただろう。
友達がいたとも言えないけれど。
たぶん、親の方が私と自分の子が友達になるのは嫌がってたんじゃないかと思う。
そんな風だからいじめられて、よく泣かされて家に帰ったものだ。
その都度慰めてくれた母だったが、そのことも負担になっていたのかもしれないと今にして思う。
この身を不幸だと悲劇のヒロインぶるつもりはないが、親不孝であったことには間違いないだろう。
- 7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:13:04.35 ID:7WeqmR4Y0
一人になった私は、強く生きる事に決めた。
というより、強くなければ生きられない、とまでは言わないが、少なくとも、泣いて帰ったところで誰も慰めてくれる
人間はいないのだ。
もちろん慰めてくれる鳥もいない。
だから、ただ漠然と私は強くなる事に決めた。
泣かないこと、身体を鍛えること、勉強は……まあ、赤点取らないこと。
友達のいなかった私は、もともとよく一人で野山を駆け回って遊んでいたから、身体を鍛えるのは特に苦はなかった。
いじめられてた割に引き篭もってなかったのは、家の中もそれほど快適な空気とは言えなかったからだ。
私は毎日人気のない山を走り、人気のない川を走り、人気のない谷を走った。
何というか走ってばかりだった。
その甲斐あって、中学三年間、皆が嫌がるイベントの代名詞的なマラソン大会ではぶっち切りの一位だった。
それはほんの少し、私に自信を与えてくれた。
強くなれば強くなるだけ、私は私自身でいられるような気がしていた。
- 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:15:06.51 ID:7WeqmR4Y0
そんなこんなで今に至る。
私は私でいるために、今も強く生きている。
ζ(゚д゚#ζ「アタシは蛇魔護倶楽部特攻隊長デレ、死にてえ奴から前に出ろ!!!」
だから、そんな私が順調に道を踏み外しても、それはしょうがない話というものであろう。
- 9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:16:15.98 ID:7WeqmR4Y0
- ・・・・
・・・
ζ(゚、゚*ζ「ふぅ……」
いつもの集会場所に戻ってきて一息つく。
今日のカチコミはなかなか骨が折れた。
いつもの倍は木刀を振らされた気はする。
ζ(゚ー゚*ζ「人が多いと面倒なんだよね」
相手が何人だろうが負ける気はしないのだが、手加減するのが難しいのだ。
やっぱり女の子の顔を殴るのも気が引けるし。
大体の子は獲物を無力化すれば大人しくなってくれるけど、中にはやんちゃな子もいて大変だった。
川,,゚Д゚)「お疲れっした、姐さん」
ζ(゚ー゚*ζ「ギコ子ちゃんもお疲れさま」
ねぎらいの言葉をかけてくれるギコ子ちゃんに笑顔で返し、私は差し出された椅子に座る。
- 11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:17:14.78 ID:7WeqmR4Y0
ここは潰れて久しい工場の跡地。
潰れる前からの汚れと、潰れた後の埃でお世辞にも清潔とは言い難い場所だが、雨露や寒さも防げる、たむろするには
なかなか優秀な場所ではある。
とはいえ、この季節だと若干寒いのは寒いのだけど。
場所がないならこんな所じゃなくて、一人暮らしである私の家に招いても構わないのだが、あまりアットホームな雰囲気
過ぎるのもどうかと思うと皆にやんわりと断られた。
ζ(゚、゚*ζ「まあ、一応レディースなんだし、それもしょうがないのかな?」
川,,゚Д゚)「何の話です?」
ζ(゚ー゚*ζ「ううん、何でもない。気にしないで」
思わず漏れたつぶやきに耳聡く反応したギコ子ちゃんをあしらって、私は回りに目を向ける。
他の皆もその辺りに適当に座っている。
椅子を使っているのは私一人だ。
皆はこういう人達がよくやるああいう座り方をしているが、流石に女の子がそれははしたないんじゃないかと抵抗がある。
川,,゚Д゚)「どうぞ、飲みものっス」
ζ(゚ー゚*ζ「ありがと、ギコ子ちゃん」
- 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:18:15.14 ID:7WeqmR4Y0
私はギコ子ちゃんから飲み物の瓶を受け取り、代わりに財布を取り出そうとするが、ギコ子ちゃんはもう別の人の所に行っている。
というかまた逃げられた。
毎回毎回おごってもらうのもどうかと思うので、お代を渡そうとするのだが、姐さんから受け取るわけにはいかないとかなんとかで
一度も受け取ってもらったことはない。
ζ(゚、゚*ζ「というか、こういう世界では上の人がおごるもんじゃないの?」
一人ごちてもギコ子ちゃんは戻ってこない。
しょうがないので今度お昼でもおごる事にしよう。
ζ(゚、゚*ζ「でも、私が上の人ってわけでもないんだけどね……」
特攻隊長などと大げさな肩書きをもらってはいるが、私はギコ子ちゃん達よりは年下だ。
蛇魔護倶楽部は1個上のハインが作ったので、その年齢の子が多い。
人数はそんなに多くもなく、全部で十五人程度だ。
私は手の中の瓶を手持ち無沙汰に眺める。
ノレ´^ω^`)「どうぞ、姐さん、いつものやつっス」
ζ(^ー^*ζ「ショボ子ちゃん、ナイスタイミング」
考え事をしていた私にどこからか走って来たショボ子ちゃんが私にアンパンを手渡す。
ショボ子ちゃんはギコ子ちゃんと仲良しで、このチームのムードメーカー見たいな賑やかな子だ。
- 13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:19:11.36 ID:7WeqmR4Y0
私はアンパンの袋を空け、それにかぶりつく。
うん、疲れてる時はやっぱり甘いものだよね。
私は牛乳瓶の蓋を開け、アンパンと牛乳を交互に味わう。
ζ(^ー^*ζ「美味しいー。やっぱりアンパンはゐむら屋だよね」
毎回ちゃんと私の好きな銘柄を買って来てくれるショボ子ちゃん。
わざわざどこのコンビニなら売ってるか調べてくれてるみたいである。
ショボ子ちゃんも私が財布を取り出そうとする素振りを見せるとどこかへ行ってしまった。
ζ(゚、゚*ζ「もう、たまにはちゃんと払わせて欲しいのに……」
从 ゚∀从「相変わらずアンパンか? 好きだな、お前」
ζ(゚ー゚*ζ「あ、ハイン、お疲れ」
从 ゚∀从「おう、お疲れ」
ショボ子ちゃんと入れ替わるようなタイミングで私の前に来たハイン。
女の子にしては長身の痩躯と切れ長の目に、透き通るような銀の髪が印象的だ。
- 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:20:14.85 ID:7WeqmR4Y0
ハインはアンパンやジュースの代金は、自分があいつらに渡しとくからお前は気にするなと言う。
私が毎回おごってもらうのもどうかと思うと渋ると、先輩には素直におごらせとけとハインは笑った。
从
゚∀从「でも、あんま甘いもんばっか食ってると太るぞ?」
ζ(゚ー゚;ζ「ゔっ……、ま、まだ全然太ってないもん」
从
゚∀从「そのうち顔もアンパンみたいにまん丸になるかもな」
ζ(゚ー゚;ζ「な、ならないよ……」
从
^∀从「ハハハ、冗談だよ、冗談」
そう言ってハインは快活に笑うが、痩せ型のハインに言われるとちょっと堪える。
最近ちょっとおなかが気になってたとこなのに……。
私は恨めしそうにハインを睨んだ。
从
゚∀从「しかし、今日も大活躍だったな」
ζ(゚ー゚*ζ「んー? 大したことはしてないけどね」
从
゚∀从「よく言う。たまにはアタシの出番も残しとけよ」
ハインは高笑いとともに私の肩をバンバン叩く。
両手のふさがっていた私は、牛乳をこぼさないようにするのに難儀した。
- 15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:21:13.80 ID:7WeqmR4Y0
从 ゚∀从「まあ、次辺りはアタシの出番もあるだろうけどな」
ζ(゚ー゚*ζ「次? そうなの?」
从
゚∀从「ああ、次はあいつも出てくるだろうからな。あの狐野郎がよ……」
ζ(゚ー゚*ζ「あー……」
さっきも言ったように、私達のチーム、蛇魔護倶楽部はハインが作ったチームだ。
私は高校に入ってすぐ、ハイン達とぶつかった。
ハインは私のことを知っていてスカウトに来たようだが、私はそのふざけたチーム名が気に入らず、その誘いを蹴った。
当時の私は、強く生きてる真っ最中だった。
今思えば、だいぶ若気が至ってたと思う。
身体を鍛え、強くなった私は、私のことを馬鹿にする人間は男女問わず手当たり次第ボコボコにしていた。
この頃は手加減とかしてなかったが、一応の段階は踏んでいたと思う。
あくまで口で言ってわからない相手だけをシメていた。
そんな私の前に、こんなふざけたチームの名を名乗る女が出て来たのだ。
私がブチ切れてもしょうがないというものだ。
そんなこんなで私はハインと一対一のケンカ、タイマンを張る事になった。
- 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:22:11.95 ID:7WeqmR4Y0
結果から言えば私達は引き分けた。
強くなってからは負けたことなかったので、ハインの強さには驚いたし、何となくランナーズハイ的な高揚感から語り合って
ハインと気が合ってしまった。
私はその後、このチームに入り、特攻隊長という実質ナンバー2のポジションをもらった。
あんまり大仰しいのは嫌だったんだけど、皆が仲良くしてくれて、やっと私の居場所が出来たような気がして嬉しかった。
今でもチーム名はちょっと気に入らないけど、ある時ハインに何でこんなチーム名にしたのかって聞いたら、ハインは皆には
内緒だとこっそり教えてくれた。
曰く、子供が好きだからと。
その答えでこのチーム名はどうなのかと色々ツッコミたいことはあったが、ちょっと恥ずかしそうに言うハインに何も言えなかった。
本当はもっと別のチーム名が良かったらしいのだが、その名前は既に使われていたのだ。
私達が対立してるチームの名前に。
从 ゚∀从「次こそあの野郎をぶっ倒して、火夜弧倶楽部を潰してやんよ」
ζ(゚ー゚*ζ「うん、そうだね、がんばろう」
- 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:23:27.22 ID:7WeqmR4Y0
火夜弧倶楽部もレディースだから、正しくはあの野郎という言い方はおかしいのだが、あの子達はちょっとおいたが過ぎるとこがある。
私達、蛇魔護倶楽部は走るのがメインで、なるべく無意味に世間様に迷惑かけないようにしているのに対し、あの子達はそういうの
全然考えてない。
もちろん、私達も法的には正しくないこともしてるって自覚はあるけど、それでも無闇に他人や物をを傷付けるようなことはしない。
そんな私達が、火夜弧倶楽部と対立するのは必然的な流れだ。
从 ゚∀从「んじゃ、また後でな」
手を振り、背を向けるハインに私はアンパン側の手を振って応えた。
振り向きざまに見せた横顔が真剣味を帯びたところをみると、どうやら本当に次ぐらいに火夜弧倶楽部と本格的にぶつかりそうだ。
ζ(゚、゚*ζ「うーん……、本当を言えば、仲良く出来ればいいんだけどね」
私はアンパンをかじりながらつぶやく。
私はあんまりケンカは好きじゃない。
私が言ってもものすごく説得力のない言葉だけど、私はただ、生きるために戦って来ただけだ。
卵から生まれた私が生きるために。
だから、やらなくてもいいケンカならやらないに越したことはないと思ってる。
ζ(゚、゚*ζ「ま、だから頭潰してチーム解体すればいいんだよね」
- 20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:24:16.46 ID:7WeqmR4Y0
無駄な争いを避けるなら、それが一番手っ取り早いだろう。
頭が変われば解体までは行かなくとも、チームの体制も代わるだろうし、代わったのが話のわかる相手だったら協調路線も
取れるかも知れない。
ミセ*゚∀゚)リ「うお、姐さん、殺る気まんまんっスね」
ζ(゚ー゚*ζ「あ、ミセリ子ちゃんお疲れさま」
言葉の響きだけ取ればやる気に満ち溢れて聞こえる私の言葉を、嬉しそうに持ち上げるミセリ子ちゃん。
彼女はこのチームでは珍しい、私と同い年のメンバーだ。
標準より少し小柄な私より、もう一回り小柄なミセリ子ちゃんはやんちゃな子供という印象を受ける。
その性格も外見そのままなので、チームの皆のよいいじられ役だ。
ミセ;゚ー゚)リ「いや、ミセリ子じゃなくてミセリですよ! いい加減覚えてくださいよ」
私は、はいはいとミセリ子ちゃんをなだめ、残ったアンパンの最後の一欠けをその口に押し込む。
ミセ*゚〜゚)リ「もがが……ムグムグ……もがががが?」
ζ(゚ー゚*ζ「ちゃんと飲み込んでから喋ろうねー」
- 21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:25:03.06 ID:7WeqmR4Y0
ミセリ子ちゃんがアンパンを飲み込む間に、私はミセリ子ちゃんが何を言いに来たか察しが付いた。
周りの皆が立ち上がり、ゴミの片付けを始めている。
ミセ*゚ー゚)リ「で、姐さん、そろそろ軽く流して解散しようかって……」
ζ(゚ー゚*ζ「うん、そうだね、そろそろ時間かなって思ってたとこ」
私としてもそろそろ帰りたい時間だったので丁度いい。
夜更かしはあまりしたくない。
明日の授業に響くからだ。
ζ(゚ー゚*ζ「よし、じゃあ、いこっか?」
ミセ;゚ー゚)リ「いや、姐さん……」
ζ(゚ー゚*ζ「ん?」
ミセリ子ちゃんが渋い表情で私の足元を指差す。
正確には、靴を履き替えてる私の姿をだろう。
- 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:25:57.69 ID:7WeqmR4Y0
ミセ;゚ー゚)リ「だから何で運動靴に履き替えようとしてんですか?」
ζ(゚ー゚*ζ「走って帰るんでしょ?」
ミセ;゚д゚)リ「その走りじゃないんですってば!」
ミセリ子ちゃんが激しく突っ込むが、私だって走るの意味がそうじゃないことぐらいわかってる。
ただ今日は、原付のメンバーもいたから自分の足で走っても付いていけるぐらいの速度で流すはずだ。
ミセ;゚д゚)リ「いや、いくら姐さんの足が速いって行っても、バイクと一緒に走るのは無理っスよ?」
ζ(゚ー゚*ζ「そう? テレビでやってるマラソンとかは白バイと一緒に走ってるよ?」
ミセ;゚ー゚)リ「あ……、そう言われてみればそっスね」
ミセリ子ちゃんはちょっとお馬鹿なとこがあるけど、それはそれでかわいいものだ。
今日はちょっと走りたい気分なので、ミセリ子ちゃんを軽くあしらって立ち上がる。
いや、アンパンの件が気になってるわけじゃなくてね、うん。
- 24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:26:47.62 ID:7WeqmR4Y0
冬の夜の空気が冷たく肌を刺す。
着込んではいても少し寒い。
ζ(゚ー゚*ζ「よし、行きますか」
私はそう宣言し、走り出そうと少し身をかがめた。
その瞬間、背後から誰かに特攻服の襟を掴まれる。
从;゚∀从「待て待て待て、ホントに走って行こうとすんなよ」
ζ(゚、゚*ζ「えー? 何で?」
私の襟を掴んだハインは、私の反論を聞く気はさらさらないようで、そのまま自分の単車の方へ私を引きずっていく。
今日は自分の後ろに乗れという事らしい。
ζ(゚、゚*ζ「自分で走った方が健康にいいのに……」
从;゚∀从「この時間にこの格好でマラソンしてる集団なんて、怪しくてしょうがねーだろうが」
私は文句を言いつつも渋々とハインが跨った単車の後ろに座る。
というか、自分の足で走るのは私だけのつもりだったのだが、その場合は皆も付き合ってくれる気だったのだろうか。
- 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:27:38.44 ID:7WeqmR4Y0
このチームで単車か原付を持ってない子は私以外いないので、私はいつも誰かの単車の背に乗せてもらっている。
自分の足で走ってもいいのだが、いつもこうやって誰かに止められてしまう。
大体ギコ子ちゃんかショボ子ちゃんか、比較的運転の上手い子に乗せてもらう。
一度、ミセリ子ちゃんの原付の後ろに乗せてもらった時はヤバかった。
原付なのにがんばって飛ばそうとするから、おもいっきり事故りそうになって、それ以来怖くて乗せてもらっていない。
今は安全運転を心がけさせてはいるが、スピード狂はなかなか直らない。
あのまま二輪免許取ったら、ちょっとどころじゃなく怖い事になるかもしれない。
ζ(゚、゚*ζ「まあ、お馬鹿だからまだしばらくは取れないだろうけど」
从 ゚∀从「ん? 何か言ったか?」
ζ(゚ー゚*ζ「ううん、なーんにも」
私はハインのほっそりした腰に手を回し、顔をその背に押し当てる。
ハインは普段あまりベタベタされるのは嫌うから、こういう時でもないとくっつけない。
いや、そういう趣味はないけど、ハインがちょっと困ってる感じがするのは面白いのだ。
- 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:28:27.47 ID:7WeqmR4Y0
从 ゚∀从「んじゃ、行くぜ? しっかり……いや、適切に掴まってろよ?」
ζ(>ー<*ζ「はーい」
私はわざとらしく顔をさらに押し当て、両手に力を込める。
ハインの露骨なため息が聞こえたが、それもすぐエンジンの音にかき消された。
しばらくして、頬に冷たい夜風が感じられる頃、私は真っ暗な世界から浮かび上がる。
押し付けていた顔を上げ、力を込めていた両手を少し緩める。
工場跡を出て、海沿いへ抜ける道。
いつもの私達の走りのコース。
車通りは少なく、人通りは皆無。
明かりも少ないので、周りは大して見えない。
お世辞にも綺麗とは言えない景色だけど、私はこの景色が好きだ。
今日は先頭を走るハインの後ろなので、テールランプが見えないのは残念だけど、遮るもののないまっすぐな道を進むのも
良いものだ。
- 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:29:15.63 ID:7WeqmR4Y0
暴走というほどにはスピードは出ていない。
今日は原付の子もいるので、法定速度以下だろう。
こういうバイクにありがちな、近所迷惑な騒音も立ててない。
それは私がチームに入った時に止めてもらった。
というか、その無意味さを理解してくれた。
うるさいだけで風情がない。
折角の風を切る音も聞こえない。
そう私が提案したところ、意外にもそういうの一番凝ってたギコ子ちゃんやショボ子ちゃんが真っ先に頷いてくれた。
自分達も、ちょっと疑問を感じてた。
こんなにお金をかけるぐらいなら、もっと走りやすくしたかったとかで。
ハインはもともとそんなに音鳴らしてなかったみたいだし、後はすんなり皆が納得してくれた。
そんなわけで、今はこんな静かな走りになってるわけなんだけど、それはそれで味気なさ過ぎるって声もありまして……
从
゚∀从「ようし、そろそろ誰か歌え!」
騒音を止めた結果、走る時、近所迷惑にならない程度に音楽を鳴らすか、誰かが歌う事になっている。
どうやら今日はラジカセ持ちはいないみたいだ。
- 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:30:12.09 ID:7WeqmR4Y0
从 ゚∀从「……」
しかし、ハインの呼びかけに誰からも返事はない。
意外とみんな、人前で歌うのは照れくさいらしい。
そういうところはみんなかわいいと思う。
まあ、こういう流れになった時は、大体においてあの子にお鉢を回すことになっている。
ζ(゚、゚*ζ「おやおや、総長命令をシカトとはちょっと頂けませんよ?」
从 ゚∀从「……だな」
私達はわざとらしい物言いで少し速度を落とし、集団の中に入り周りを見回す。
みんな露骨に目を背けるけど、ちゃんと前を見て運転しないと危ないからね?
やがて私は、一人の原付に跨った少女に向けビシりと指を突き付ける。
ζ(゚ー゚*ζ「よーし、ミセリ子ちゃん、張り切って行ってみよー!」
ミセ;゚д゚)リ「また私っスか? てか、ミセリ子じゃなくてミセリですってば!」
- 30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:31:01.52 ID:7WeqmR4Y0
ミセリ子ちゃんの抗議の声を他所に、周りからはミセリ子コールが沸き上がる。
ミセリ子ちゃんはひとしきり狼狽した挙句、ハインの方へ涙目を向けた。
从 ゚∀从「よし、ミセリ子、行け!」
ミセ;゚д゚)リ「総長までー! チクショー!!! 不肖、ミセリ、行かせてもらいます!」
やがて始まるミセリ子ちゃんの少し調子の外れた歌が耳に届く。
結構な回数を歌ってる割にはあんまり上手くならないのは何でだろう。
私はミセリ子ちゃんの外した音程は拾わず、恐らく正しいであろう音程で同じ歌を小さく口ずさむ。
ζ(-、-*ζ「このままだと笑ってるね きっと♪」
从 ゚∀从「……飛ばすぜ?」
私は歌を止めず、ハインの背に顎を押し当てることで答えた。
ハインは少し姿勢を前に倒し、スロットルを強く握る。
単車は速度を上げ、私達を包む風が少し鋭く、冷たくなる。
- 31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:31:50.56 ID:7WeqmR4Y0
ζ(-、-*ζ「街を追い越して この世の果てまで〜♪」
从 ゚∀从
私達二人は走る。
歌はあれど言葉はなく、ただ走るだけだ。
海沿いの道、目的地までのそう長くもない時間。
真っ暗な世界を小さなライトで照らし、私達は走る。
全てを忘れ、ただまっすぐに。
私達はほんのわずかな間だけ風になる。
ζ(-、-*ζ「地平線に届くように〜♪」
从
゚∀从
- 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:32:42.95 ID:7WeqmR4Y0
私は走るのが好きだ。
昔は他にやる事もなかったから、好きにでもならないとしょうがないから走ってたのかもしれない。
でもいつからか、走ること自体が好きになっていた。
風を感じる瞬間が、すごく心地よい。
強くなるために走り出した私だったが、強くなった今も走っている。
朝に夕に、気が向けばいつでも、そして今も。
今の走りは、私の好きな走ることとは少し違っているけど、風は同じように感じられる。
むしろこちらの方がより強く、はっきりと感じられる。
私はハインの細い背に目を向ける。
この風は私一人では感じられなかった風だ。
だから私は、こうやって走ることも好きなのだ。
さっきは、道を踏み外したなんて言っちゃったけど、こういう道もありかなと思ってしまう。
自分達がやっていることが社会からはみ出しているのはわかっていても、ここには私のいる場所があり、風を強く感じられる。
- 34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:33:38.15 ID:7WeqmR4Y0
私が風を好きなのは、たぶん本能的なものなんだと思う。
卵から生まれた私が、風に憧れるのはきっと……。
ζ(゚ー゚*ζ「Woh! Clash! Into the rolling morning Flash! I'm in the
coolest driver's high♪」
从 ゚ー从
ζ(゚∀゚*ζ「最高のフィナーレを♪」
从 ゚∀从「Yeah!」
私達は一陣の突風になり、冷たい冬の闇夜を走り抜けた。
- 35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:34:27.97 ID:7WeqmR4Y0
- ・・・・
・・・
ひよこは自分で卵の殻を割って生まれてくる。
でも私は、自分で卵の殻を割れなかった。
お医者さんが卵の殻を割って取り出してくれたのだ。
だから私は、ひよこ以下。
ひょっとしたら、未だに卵のままなのかもしれない。
ひよこにもなり切れなかった卵。
暖める時間が足りず、育ち切れなかった。
どろどろに溶けた私を寄せ集めた何か。
やっぱり私は、今も卵そのものなのだろう。
- 36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:35:33.60 ID:7WeqmR4Y0
ζ(゚ー゚*ζ「おっはよー」
いつものように軽い挨拶とともに教室に入る。
返事は返って来ないが、それもいつものことなので気にしない。
たまに挨拶を返してくれる子はいるが、それはむしろ親しくない子だ。
親しくない人という言い方は少し語弊があり、正確に言えば私のことをよく知らない人だろう。
私は自分の定位置、窓際の一番後ろの席に座る。
教室全体を見渡すと、一部の空気が緊張しているのがわかる。
簡単に言えば怖がられてるだけなんだけど。
私はこれといって特徴のない普通の高校に進んだ。
中学までとは違い、広い地域から人が来てるので、私のことを知らない子も多い。
一部の知ってる子、中学まで一緒だった人は怖い方の私の噂を知ってるから、率先的には関わってこない。
ζ(゚、゚*ζ「まあ、昔を知らなくても今を知ってればねー」
誰に言うでもなく窓の方へ向けて呟く。
空は今日も快晴だ。
- 37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:36:23.77 ID:7WeqmR4Y0
今の私、つまりは蛇魔護倶楽部特攻隊長の私だが、そのことを知ってる子ならまず関わってこない。
チームのことを知らなくても、目立つハイン達と親しげに話してるのを見かけたら、たぶん関わるのを躊躇するだろう。
ハイン達は学校で暴れたりはしないものの、雰囲気的に親しげに話せるタイプじゃないし、色々怖い噂が流れてたりする。
ζ(゚、゚*ζ「あの髪は目立つもんねー」
ハインの銀の髪はハーフとして生まれた故のもので、別に染めたりしてるわけじゃない。
ハイン自体は海外とか行ったことなく、父親不在の母子家庭で育ったらしいから色々複雑な事情もある。
さらに言えば素行不良というわけでもなく、単に親の教育方針からああいう風にやんちゃに育ったらしい。
ζ(゚、゚*ζ「まあ、しょうがない面もあるんだろうけどね」
ハインは私と似ている所がある。
生まれ付き、他の人と違う所があったのだ。
私は卵、ハインは銀の髪。
通って来た道も似ている。
ハインも子供の頃はそれが元でいじめられたらしい。
しかしハインは、その親の教育方針もあり、早い内から力でねじ伏せ来たみたいだけど。
- 38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:37:13.45 ID:7WeqmR4Y0
それでも、変なあだ名をつけられたりはあったという。
前にこっそり教えてくれたが、白髪ネギというあだ名だったらしい。
たまたま緑の服を着てた時のことだったそうな。
ζ(゚、゚*ζ「物知りな子供もいたもんだねー」
白髪ネギなんて言葉、小学生がよく知ってたものだ。
本当のところは白髪ネギというものが本当にあるとも知らず、見た目で付けただけなのかもしれないが。
上下逆な気はするけど。
ハインも自分と私は似ていると言っていた。
似たもの同士、二人合わせてネギ玉牛丼だ、なんて言ってたけど、牛丼はどこから来たのだろうか?
ζ(゚、゚*ζ「ハインはネーミングセンスないからなー」
ハインの名前に、朝の少し騒がしい雰囲気が私の周りだけ沈静化する。
どうやら私の独り言は聞かれているようだ。
もう少し音量を落とさねば。
ζ(゚ー゚*ζ「まあ、独り言言うなって話よね」
私は自分の呟きにくすりと笑う。
それほどおかしなことを言ったわけでもないが、天気が良いと気分も良いのだ。
- 39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:37:57.72 ID:7WeqmR4Y0
ζ(゚、゚*ζ「ハインか……」
その言葉に、私の隣に座ってるかわいそうな鈴木さんの肩がピクリと揺れた。
私の隣になった時点で、私の邪魔にならないよう静かに勉強に集中するか、別の離れた席に話しに行くしかないと
理解しているのだろう。
今日は真面目に予習中だったようで、あまり怖がらせるのもかわいそうかもしれない。
しかし、それに関しては大いに誤解はある。
私に対してふざけたことを言ってこなければ、大いに騒いでもらっても構わないのだが、今更何を言ってもしょうがないのだろう。
ζ(゚、゚*ζ「ハインの名前も、そんなに怖がる必要がないんだけどね」
失敗。
またも思わず呟いてしまった。
しかも今の内容だと、明らかに回りに向けたように聞こえてしまう。
ああ、鈴木さんちょっと涙目だ。
ごめんね、鈴木さん。
私は視線を窓の外に戻し、努めて頭の中だけで呟くように心がける。
- 41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:38:50.71 ID:7WeqmR4Y0
ハインと私は似ていて、通ってきた道も似ている。
私は思考を先ほど考えていた地点まで巻き戻す。
といっても何度も考えたことだ。
今更答えは変わらないのだけど、それでも何故かその問答を反芻してしまう。
ハインと私は似ているけど、それは似ているだけで、全く同じというわけでもない。
それは当たり前のことだ。
ハインと私、その最大の違いはハインには親が残り、私には残らなかったことかもしれない。
ζ(-、-*ζ(その事については別に、二人を責めるつもりはないけどね……)
私は独り言が口から漏れるのを抑えるのに成功し、心の中でごちる。
二人が出て行ったのは私のせいだ。
だから、恨んではいない。
卵から孵ってすぐ一人で生きていく生物もいるのだ。
それに比べれば私はまだ恵まれていた方だ。
ハインの銀の髪は父親の遺伝だと説明がつくのに対して、私の卵は結局説明がつかないまま投げ出された。
ハインは受け入れられても、私は受け入れられない事に不思議はない。
- 42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:39:40.68 ID:7WeqmR4Y0
ζ(-、-*ζ「まあ、結局、私のせいなんだよねー」
今度は独り言を抑える努力をせず、呟いてそのまま盛大に机に突っ伏す。
隣で椅子からずり落ちそうになる鈴木さんの気配を感じた。
これ以上考えるのはご法度だ。
これ以上考えれば、私はまた一人になるのだから。
私はホームルーム開始のチャイムを聞きながら眠りに落ちる。
昨日はちゃんと寝たのだが、この気持ちを紛らすためにはこうするしかない。
出席はちゃんと付けてくれるだろう。
授業には出るのだし。
よっぽど目が悪い先生でもなければ、返事はなくとも私がここにいるのは見えるはずだ。
そんなことを考えてる内に、私の意識は闇に溶けて行った。
・・・・
・・・
- 44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:40:44.66 ID:7WeqmR4Y0
ζ(-、-*ζ「……んあ?」
騒がしくなった教室の気配に、私の意識は覚醒した。
ζ(゚、゚*ζ「おーう、昼休みじゃん。誰か起こせっての……」
ちょっとだけ眠って、二時間目ぐらいからちゃんと授業を受けるつもりだったのだが、どうやら豪快に寝過ごしたらしい。
私は無茶振りに近い言葉を呟きつつ、周りを見回す。
鈴木さんはたぶん、隣のクラスにでも行って食事を取っているのだろう。
私の周り机3つ分ぐらいの席には誰も座っていない。
ζ(うー゚*ζ「やれやれ、これじゃ完璧に不良だね……」
聞く人を気にする必要がなくなった呟きとともに私は目を擦る。
今更何を言うと思われるような呟きだが、一応授業は真面目に受けている。
成績はそこまで良くはないが、赤点を取るほどでもない。
欠席も滅多にしないし、今日みたいに寝てることは珍しい方だ。
ζ(゚、゚*ζ「ノートを貸してもらえる当てもないからね」
自分で取るしかない以上、寝てばっかりもいられないのだ。
- 45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:41:29.47 ID:7WeqmR4Y0
別にこれは私だけに限ったことではなく、チームの他の皆も授業は真面目に受けている。
それなりにやんちゃはしているが、その結果で人生を棒に振るつもりはない。
それぞれなりたい職業や行きたい大学もあり、そのためには勉強をする必要がある。
そういうことは理解した上で、皆、蛇魔護倶楽部での時間を楽しんでいるのだ。
だから皆、真面目に学校に来るし、無意味に馬鹿な行為をしたりしない。
私達はただ、走るのを楽しみたいだけなのだし。
皆がちゃんと、望むべき道に行けたらいいと切に思っている。
その道が険しくても、夢がある皆を私は応援したい。
ζ(゚ー゚*ζ「ハインなんか幼稚園の先生だもんね……」
私は思わず呟いてしまった口を押さえるが、そういえば誰も聞いていないのを思い出した。
子供好きを隠しているハインの将来の夢は、私の他には数人にしか知られていない。
流石に自分の容姿やら立ち位置とのギャップは本人も感じているのか、あまり大っぴらにしたがっていない。
どうせそろそろバレると思うのだが。
進路希望の紙とか受ける大学とか、流石に隠し通すのは無理だろう。
ζ(^ー^*ζ「その時ハインが何て言うか見ものだなー」
- 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:42:15.03 ID:7WeqmR4Y0
私はしどろもどろにチームの皆に自分の進路を説明するハインの姿を思い浮かべながら鞄を開けた。
お昼だし、そろそろお昼ご飯にしようと思う。
ζ(゚ー゚*ζ「アンパンと……」
私はいつものアンパンを一つ取り出し、机の上に置き、さらに鞄をまさぐる。
ζ(^ー^*ζ「アンパーン」
さらにもう一つアンパンを取り出し、紙パックの牛乳も取り出して机の上に置いた。
残念ながらこの学校の購買にはゐむら屋のアンパンは置いてないので、通学途中に買って来ることにしている。
牛乳も冬場ならまあ、朝に買ってても問題ないので一緒に。
買ってるのを忘れて、鞄に入れっぱなしにしてると大変なことになりかねいのでそれだけは注意している。
ζ(゚、゚*ζ「てか、どれだけアンパン好きなのかっちゅー話ですよね」
私は一つ目のアンパンの袋を開けながら呟く。
セルフでツッコミを入れたくなるぐらい、私のお昼は毎日アンパンだ。
私がこんなやつ見かけたら、付けるあだ名は間違いなくアンパンマンだ。
- 47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:43:06.90 ID:7WeqmR4Y0
ζ(-、-*ζ「ま、そっちの方があのあだ名よりはいいけどね……」
納得のいくあだ名で、変えようがあるあだ名だから。
私はその思いを振り払うように大きく首を振り、アンパンにかぶりつく。
ζ(^ー^*ζ「美味ー」
一人暮らしが長いと順調に独り言が増えるという現象を体現しながら、私は瞬く間に一個目のアンパンを食べ終える。
何とも寂しい光景だが、もう慣れているので特に思う所はない。
たまにミセリ子ちゃんと一緒に食べることもあるが、基本的には一人の昼食がほとんどだ。
ミセリ子ちゃんはまあ、ああいう外見と性格のため、私たちと付き合ってても全く怖がられてないので、普通の友達とも
上手くやっている。
ζ(゚、゚*ζ「まあ、普通の生徒の友達がいないのって、私ぐらいだろうけどね」
ミセリ子ちゃんといえば、あの子だけは何というか、真面目に授業に出てるにもかかわらず成績がヤバいことになっている。
普段のミセリ子ちゃんを見ていればわかることだが、基本的にお馬鹿だからしょうがないのかもしれないけど。
大らかに育てられた結果、大馬鹿になったと、昔からの知り合いらしいギコ子ちゃんがぼやいていたのを覚えている。
ζ(゚、゚*ζ「来年は一緒のクラスになれればいいな……」
流石に何とかしなければまずいかなとは思っているが、今はクラスが違うので、授業中とかは助けてあげられない。
しかしながら私と同じクラスになり、私と仲良くしてるとミセリ子ちゃんまで孤立しそうなので、今のままの方がいいのかもしれないが。
- 48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:44:02.97 ID:7WeqmR4Y0
ζ(-、-*ζ「難しい話だねー」
私はぼやきながら、二個目のアンパンにかぶりつく。
ミセリ子ちゃんのことは、放課後とか集会中にでも勉強させる方がいいかなと結論付けた。
ζ(゚〜゚*ζ「ムグムグ……ん?」
ふと窓の外を眺めると、三つの人影が見えた。
校庭の端、体育館の裏手方へ向かう道。
ζ(゚、゚*ζ「おやおや……」
視力は良い方である私は、それが何を意味するのか瞬時に想像がついた。
三つの人影は全て男の子のようだったし、色っぽい話でないことは確かだ。
色っぽい話ならそれはそれで喜びそうな層は知っているが、私にはそっちの趣味もない。
ζ(゚、゚*ζ「いじめ、カッコ悪いねー」
単に仲良く昼食という雰囲気でもないのは、両脇から二人に詰め寄られて妙に萎縮した様子の真ん中の子の足取りでよくわかる。
大体、冬空の下、外で遊んだり昼食を取ったりする元気な生徒はこの学校では皆無である。
だから私には余計にその三人が目立って見えたのだ。
- 50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:44:56.12 ID:7WeqmR4Y0
ζ(゚、゚*ζ「……」
私には全く関係のない話である。
あの三人の内の誰かが私の友達である可能性は0だ。
この学校に男の子の知り合いはいないし。
ζ(゚、゚*ζ「……」
やがて三人の姿は見えなくなる。
重ねて言うが私には全く関係のない話である。
ζ(゚〜゚*ζ「ムグムグ……ゴクン」
私はアンパンの口の中に放り込み、牛乳を一気に飲み干して立ち上がった。
私には関係のない話ではあるが、見てしまったものはしょうがないかなーと思ってしまうのであった。
何ともめんどくさいことである。
・・・・
・・・
- 52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:45:54.49 ID:7WeqmR4Y0
( ^Д^)「というわけでさ、内藤ちゃん、俺達ちょっとお金に困ってるんだよねー?」
(・∀
・)「だからちーっとばかり貸してくんない?」
(:^ω^)「お……でも……」
天気は良いとはいえ、季節は冬だ。
外に出ると寒い。
ちゃんとコートを羽織ってくるべきだったと後悔しつつ、私は体育館裏に辿り着く。
日の当たらない体育館裏は余計に寒い。
こんな中で随分と古臭いテンプレートなやり取りを繰り広げてる彼らは、色々な意味ですごいと思う。
(・∀ ・)「貸すだけだって言ってんだろ?」
( ^Д^)「「後でちゃんと返──」
(;^ω^)「お?」
いじめっ子君達の視線がいじめられっ子君から元いじめられっ子の方へ向く。
はずみで転倒したいじめられっ子君の方は何が起きたか気付いていないようだが、私は構わず歩みを進める。
- 53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:46:44.34 ID:7WeqmR4Y0
( ^Д^)「「よー、姉ちゃん、今ちょっと取り込んでるんで、他所行ってくんねーかな?」
ζ(゚ー゚*ζ「どうぞお構いなく」
私は気にせず歩み寄る。
その様子に、いきがっていた二人は、少し狼狽した表情を見せたが、すぐにまた私に向かってわめき散らす。
(・∀ ・)「お構いなくじゃねーよ」
( ^Д^)「「邪魔だっつってんのがわかんねーのか、ああん?」
ζ(゚、゚*ζ「おー、ちょっと意外な展開」
見たところ、三人とも私と同じ一年生のようだが、どうやら私の事は知らないらしい。
少々悪ぶってる人間の方が、私の事を知ってると思ったのだが当てが外れた。
ああいう噂を知らなければ、私はただの小柄な女の子で見た目は全然怖くないとよく言われる。
ζ(-、-*ζ(めんどくさいな……)
別にこいつらをぶっ飛ばすのはわけないが、寒いしスカートだしで色々めんどくさい。
などと考えてる内にも、今にも殴りかかってきそうな様子のチンピラ君である。
うん、女の子に手を上げようとする男はチンピラ君で十分であろう。
- 55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:47:34.97 ID:7WeqmR4Y0
( ^Д^)「……お、おい、こいつ?」
(・∀ ・)「ん?」
ζ(゚、゚*ζ(お?)
二人のチンピラ君の内の片方が私の顔を指差す。
何とも失礼な輩だが、どうやら気付いてくれたのだろうか。
( ^Д^)「こいつ、藤堂か?」
(・∀ ・)「知り合いか?」
ζ(゚、゚*ζ(知らなーい)
私はチンピラ君二人の顔を改めて見る。
見たことない顔……あれ? どこかで……?
( ^Д^)「そうだ、藤堂だ、こいつあの藤堂かよ」
チンピラ君の一人が笑い出す。
もう一人のチンピラ君は、その様子を不思議そうに見ていた。
- 56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:48:23.46 ID:7WeqmR4Y0
……ああ、そういう事か。
私も思い出した。
この学校で私を知ってるのは、先に挙げた二種類の人の他にもう一種類いる。
小学校までの私を知っていて、中学校での私を知らない人だ。
ある意味幸せで、ある意味不幸せな人。
そのまま私に関わらなければ幸せでいられて、関わってしまえば不幸せになる人。
ζ( 、
*ζ(あーあ……こういうの久しぶりだから忘れてたねー……)
私の心が一気にどす黒い何かに包まれる。
まるで卵の殻のように私を覆うもの。
ああ、面倒だ。
またあの名で呼ばれるのか。
ζ( 、
*ζ(嫌だなー……)
言った瞬間、そいつの口はしばらく聞けなくなるだろうけど、言われた私も悲しくなる。
悲しくて、痛い。
あとどれだけ殴れば、私を閉じ込めている殻を割れるのだろうか。
- 57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:49:07.48 ID:7WeqmR4Y0
( ^Д^)「知らねーの? 傑作だぜ、こいつ。なんせ──」
私はただその時を待つ。
言わせる前にぶっ飛ばせば済む話だが、せめて殴られる理由ぐらいは作ってあげようと思っている。
しかし、その時はいつまで経っても訪れず、代わりに響くのは凛とした聞き慣れた声だった。
从
゚∀从「おっと、ガキ共、その辺にしときな」
(;^Д^)「ゲッ!? 高岡……さん!? 何で……」
. _,
从
゚∀从「何で? だと? 知らねーの? こういう場所はアタシらみたいなのがいるのがデフォだろ?」
そう言って突然現れたハインは、私を指差したままのチンピラ君の方へ詰め寄る。
背後にはギコ子ちゃんにショボ子ちゃん、そして何故かミセリ子ちゃんが私の方に向かってピースサインを向けている。
チンピラ君は明らかに戦意を喪失し、震え上がらんばかりに怯えている。
从 ゚∀从「……で、だ。何をしていたのか聞きてーんだが」
(;^Д^)「いや、その、あの……」
一向に要領を得ないチンピラ君の発言に、ハインはめんどくさそうに頭をかいた。
- 58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:49:59.98 ID:7WeqmR4Y0
- . _,
从 -∀从「あー、もういいや。聞かなくても状況はわかるし」
だったら聞かなきゃいいのにと、ツッコミそうになるのを押さえ、ハインの方へ目を向ける。
ハインは目で、何もするなと私に返した。
从 ゚∀从「んじゃ、ちょっと向こうで話そうか。心配すんなアタシは平和主義者だから取って食ったりはしねえよ」
ハインの合図にギコ子ちゃんとショボ子ちゃんがチンピラ君二人の左右に付き、押しやるように歩き出す。
チンピラ君二人は怯えた表情で、なされるがままに歩く。
ζ(゚、゚*ζ「ハイン?」
从
゚∀从「……ミセリ子がお前がここに行くのを見たって教えてくれたんだよ」
ζ(゚ー゚*ζ「そっか……、ありがとね、ミセリ子ちゃん」
ミセ;゚ー゚)リ「いや、大したことないっスと言いたいとこですが、ミセリですってば……」
ハインは後は任せろと私に手を振り、生意気言うなとミセリ子ちゃんにヘッドロックををかけながらギコ子ちゃん達の方へ
歩いていった。
あんまり無茶しないといいんだけど、まあ、たぶん、私にぶっ飛ばされるよりは彼らの被害は少なくて済むだろう。
これで明日からはあのチンピラ君達も少しは大人しくなるはずだ。
- 59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:50:49.63 ID:7WeqmR4Y0
ζ(-、-*ζ「しっかし、毎度毎度過保護だねー」
私が蛇魔護倶楽部に入ってから、そして私の昔の話をハイン達が知ってからは、こうやって私の代わりにハイン達が手を出すことが
多くなった。
曰く、私にやらせると容赦ないし、その後、不機嫌でチーム内がピリピリするしで面倒だからだということらしい。
本当のところは、手は自分で汚すべきかなとは思っている。
私の問題で、私の過去だ。
あんまり皆に迷惑はかけたくない。
でも、ほんの少し嬉しいのも確かなのだ。
そんな風にしてくれる皆がいることに。
ハインが私を守ると言ってくれた事に。
ζ(゚ー゚*ζ「というわけだから、君はもう行ってもいいんだけど?」
(:^ω^)「お……」
私は未だ転倒したままだったいじめられっ子君に声をかける。
何が起きたかわからないという顔でこちらの様子を恐々と眺めているが、それもまあ、しょうがないことだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「立てる?」
- 60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:51:36.26 ID:7WeqmR4Y0
(:^ω^)「お、大丈夫ですお!」
差し出した私の手を掴むことなく、いじめられっ子君は意外に俊敏な動きでぴょこんと立ち上がった。
ちょっと失礼じゃないかなとは思うものの、ケガはなさそうで何よりだ。
ζ(゚ー゚*ζ「そんじゃ、そろそろ授業始まるし、戻った方がいいと思うけど?」
(:^ω^)「あ、はい、その……」
私は校舎の方を指差し、戻るように促す。
いじめられっ子君はこちらの顔色を伺いながらおずおずと歩き出す。
ζ(-、-*ζ(警戒してるねー。なーんにもしないんだけど、まあ、助けられる覚えもなかっただろうからねー)
呟くと確実に怯えそうな様子に、私は心の中でごちる。
何と言うか、自分の行動ながらよくわからないちょっかいを出したと思う。
(:^ω^)「……」
ζ(゚、゚*ζ「……」
- 61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:52:17.97 ID:7WeqmR4Y0
不審者の如く、こちらと校舎をキョロキョロと交互に見ながら歩くいじめられっ子君の様に、流石にちょっと気の毒というか
呆れてきた。
いい加減寒いし、この場から帰りたいのでいじめられっ子君に話しかける。
ζ(゚ー゚*ζ「明日からはたぶん、あの二人は君にちょっかいかけて来ないと思うよ?」
(:^ω^)「お……?」
ζ(゚ー゚*ζ「見てたでしょ? あの二人の怯え様。明日からは大人しくなるよ、きっと」
(:^ω^)「……」
私の言っていることが理解出来たのか、いじめられっ子君は何度も頷く。
表情が硬いままなのは、自分をいじめてた子達よりも怖いとわかった私が目の前にいるからだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「もちろん、私やハイン達も君に何かしようってわけじゃないから、気にしないで」
私達に話しかけてこなければ、きっと平和な学校生活が送れるよと、私は笑って言った。
(:^ω^)「お……」
ζ(゚、゚*ζ「まあ、出来れば、いじめられてるだけじゃなく、自分の力で何とかした方が良かったと思うけどね」
いつも誰かが助けてくれるわけじゃない。
むしろ、助けてくれる人がいることの方が珍しく、自分で何とかするしかないことが大半なのだから。
- 62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:53:16.62 ID:7WeqmR4Y0
(:^ω^)「……」
ζ(-、-*ζ(……って、私は何を言ってんだろ)
不思議そうな顔をしているいじめられっ子君の様子で、私は自分が随分とお節介なことを言っていると気付いた。
そこまで私が口を出す問題じゃない。
これ以降は、彼が自身の問題だろう。
ζ(゚、゚*ζ「お?」
(:^ω^)「お?」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
午前中いっぱいサボった私は、午後からはちゃんと授業を受けると決めているのだ。
早いとこ教室に戻らなければ。
ζ(゚д゚*ζ「ダッシュ!」
(:^ω^)「おおっ!?」
私の掛け声と振りかざした指に釣られ、弾かれるようにいじめられっ子君は走り出した。
一目散に、こちらを振り返ることなく。
- 64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土)
23:54:19.77 ID:7WeqmR4Y0
ζ(゚、゚*ζ「おー、意外と速いねー」
ちょっとぽっちゃり系な印象だったが、どうやら足は速いらしい。
私もその後を追うように、教室に向けて走り出した。
体育館裏から校庭に出た時、いじめられっ子君の姿は校舎の方に消えた。
本当に速い。
今度勝負してみたいぐらいだ。
ζ(゚、゚*ζ「おっと、私も急がないとね」
校舎に辿り着く間際、無常にも授業開始のチャイムは鳴ってしまったが、私は気にせず教室に走る。
遅れて授業に入るのも不良の特権だ。
別に不良のつもりはないのだが、どうせそういう風に見られているのなら、精々その特権は利用させてもらおうと思う。
私は、誰もいない廊下を全速力で走った。
・・・・
・・・
- 68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
00:10:01.96 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚〜゚*ζ「ムグムグ……」
今日もアンパンinお昼休み。
明けて翌日、これといって何もなく平和な学校生活を送っていたが、お昼になってちょっとした変化があった。
ζ(゚、゚*ζ「……」
教室の外、後方の扉の窓に先ほどからちらちらと見切れている一つの影。
その姿には何となく以上の見覚えがあり、状況を考えれば用件の想像は付かないこともない。
|ω^)|
ζ(-、-*ζ(あらま、意外……)
昨日助けたいじめられっ子君の姿に、私が抱いた感想はまずそれだった。
てっきりもう関わってこないと思っていたのだが、どうやら予想は外れたようだ。
あの様子ではきっと、参らない方のお礼でもしに来たのだと思うが、自分の教室以外には入り辛いのか、さっきから
扉の前をうろうろしている。
ζ(゚、゚*ζ「うーん……どうしようかなー」
このままシカトして放って置いた方が、私と関わるよりは彼のためには良い気はする。
しかしながら、あのままうろうろしてて、他の生徒に目をつけられてまたいじめられるようになるのも寝覚めが悪い。
傍から見れば明らかに怪しいし。
- 69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
00:11:55.91 ID:L3jk9E8T0
ζ(-、-*ζ「しょうがないなー……」
私はアンパンを口の中に詰め込み、牛乳で流し込んだ。
少々はしたないが、どうせ誰も見てないだろう。
私はゴミを持って立ち上がり、いじめられっ子君がいる方のドアに向かい、ゴミ箱にゴミを捨てた。
そしてそのままドアを開け、だいぶ距離を空けてこちらを見ているいじめられっ子君の方は見ずに廊下をゆっくりと進む。
途中で足を止め、後方を振り返るといじめられっ子君はさっきの場所から動かずにこちらを見ている。
ζ(-、-*ζ「察し悪いな……」
さりげなく誘導しようとしてみたのだが、どうやら私の意図は伝わらなかったらしい。
私は向き直り、いじめられっ子君の方は見ずに彼から見えるように前方を指差した。
ζ(-、-*ζ「これで気付かなきゃもう知らない」
私はまた歩き出す。
今度は振り返らず、廊下を曲がり、階段を上り、屋上へ出る扉に向かった。
扉は施錠されているので、私は窓を外し、そこから屋上に出る。
これが出来る人間は限られているので、屋上に人が来ることは滅多にない。
来たとしても私を知っている普通の生徒なら、私がいるのを見ればどこかに行くだろう。
- 70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
00:13:50.33 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚ー゚*ζ「うーん、今日もいい天気だねー」
私は屋上の端の方、転落防止のフェンス方まで進み、空を見上げた。
今日も空は青く、上々の天気だ。
風もさほど吹いていないので、そこまで寒くない。
ζ(゚ー゚*ζ「こっちでお昼取ればよかったかなー……お?」
視界の端に、窓枠に引っかかって転倒しながら転がり込んでくるいじめられっ子君の姿が見えた。
足は速いが運動神経は良いというわけでもないようだ。
まあ、運動神経の良い子は、この年齢ぐらいになるといじめられにくくなると思うけど。
特に大事はなさそうなので、私はその場でいじめられっ子君が来るのを待った。
いじめられっ子君は転んだ体勢のまま、キョロキョロと辺りを窺い、やがて私の姿を見つけたようだ。
(;^ω^)「あ、あの……」
ζ(゚ー゚*ζ「お礼参り?」
私の言葉に、きょとんとした顔を浮かべたいじめられっ子君だったが、その意味を理解すると盛大に首を振り、否定する。
- 72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
00:16:01.15 ID:L3jk9E8T0
(;^ω^)「ち、違いますお……その……」
ζ(゚、゚*ζ「関わらない方が平和な学校生活送れるって言わなかったっけ?」
私は目を細め、少し脅すような口調でいじめられっ子君を睨む。
いじめられっ子君はびくりと身体を震わし、すみませんという言葉を繰り返す。
ζ(゚ー゚*ζ「だから、行った方がいいよ、私の事は気にせず……ね?」
(;^ω^)「……」
口調を柔らかくした私の提案に、いじめられっ子君は頷きかけたが、また首を振った。
私が首を傾げると、いじめられっ子君は、突然おもいっきり頭を下げた。
(;-ω-)「その……助けてくれてありがとうございましたお!」
ζ(゚、゚*ζ「……」
(;-ω-)「……」
ζ(゚、゚*ζ「……」
(;-ω^)「あの……えっと……」
- 74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
00:18:11.56 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚ー゚*ζ「……プッ」
(;^ω^)「お……?」
ζ(^ー^*ζ「アハハハハ」
私はいじめられっ子君の必死な様に、思わず噴き出してしまっていた。
たぶん、私のことが怖いのだろう。
緊張したように顔は強張ってしまっている。
(;^ω^)「あの……」
ζ(゚ー゚*ζ「ああ、ごめんねー。あんまり一生懸命だったから、つい、ね」
私は笑った理由を説明し、わざわざ礼儀正しいねと茶化すように言った。
これで彼の用件は済んだであろう。
こういう礼儀正しい子は嫌いではないが、嫌いでないからこそ私と関わらせない方がいいだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「わざわざ律儀だね。用件はそれだけでしょ? わかったから行っていいよ」
(;^ω^)「……」
- 75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
00:20:15.20 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚、゚*ζ「ん? まだ何かあるの?」
(;^ω^)「……」
何故かいじめられっ子君は立ち去ろうとせず、尚も何か言いたげに立ち尽す。
ζ(゚ー゚*ζ「私のこと、誰かに聞いたんでしょ?」
面識のないはずの彼が、私のクラスの前に来ていたのはたぶんそういうことだろう。
ならばその時に、きっと私がどういう人間か聞いたはずだ。
私の言葉にいじめられっ子君はゆっくりと頷く。
ζ(゚ー゚*ζ「どんなこと聞いた?」
(;^ω^)「えっと……その……レディースの人だと……」
それだけ聞いていれば後はわかるだろう。
関わらない方がよいことも含めて。
ζ(゚ー゚*ζ「怖い人だって?」
(;^ω^)「あ……はい……」
- 77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
00:23:15.64 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚、゚*ζ「はぁ……」
馬鹿正直に答えるいじめられっ子君に私はため息を吐く。
そりゃまあ、どういう風に思われているかぐらいは理解しているが、面と向かって言われると多少は堪えるものだ。
(;^ω^)「あ、いや、違うんですお!」
自分が言ったことの意味に気付いたのか、いじめられっ子君は慌てて訂正する。
間違いではないのだから別に構わないのだが、その必死な様は笑いを誘う。
ζ(゚ー゚*ζ「いいって、気にしてないし、怒ってもいないから」
(;^ω^)「いや、そのそうじゃなくてですお……」
(;^ω^)「その、怖いっていうか、怖そうって噂は聞いたんですけど……その……」
ζ(゚ー゚*ζ「その?」
(;^ω^)「誰も悪い人達だとは言わなくて……」
いじめられっ子君が言うには、あの後、私とハイン達のことを人に聞いたらしい。
もっとも、この学校には仲の良い友達はほとんどいないので、別の学校に行った中学生時代の友達とかが多かったらしいが、
その人達から聞いた私達のチームの噂は、それほど悪いものではなかったようだ。
- 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
00:26:23.13 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚、゚*ζ(まあ、悪いことした覚えないしね……)
とはいえ、そういうチームというだけで色眼鏡で見られがちになるはずが、そんな風に思われているのは驚いたと同時に、
少し嬉しかった。
(;^ω^)「それに、藤堂さんも、その、全然怖そうに見えないし、むしろかわいいし……」
さらっと変なこと言い出してるが、彼は意外とスケこまし君なのだろうか。
私は茶化そうかとも考えたが、相変わらず必死な表情で言葉を搾り出そうとしているいじめられっ子君を見守ることにした。
いじめられっ子君はその後もたどたどしく言葉を続ける。
(;^ω^)「何より、すごくやさしい言葉をかけてくれましたし……」
ζ(゚、゚*ζ「やさしいねえ……」
あれのどこがやさしい言葉だったのか知りたいところだが、まあ、何となく話はわかった。
色々勘違いしているとは思うが、私自身がよくわからない行動を取ったせいでもあるのだろう。
(;^ω^)「その、そういう風にはっきり言ってくれる人も今までいなかったので……」
普段は普通に接してくれてる人達でも、いじめられてることは腫れ物のように扱い、見ないふりをする人ばかりだったという。
関わりたくないと思う気持ちはわかる気はするが、薄情な話だとも思う。
しかしながら、往々にして人はそんなものだと、私は他ならぬ自分の経験からよく理解している。
- 80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
00:30:05.21 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚、゚*ζ「……」
(;^ω^)「……」
私は、いじめられっ子君のを見詰める。
その視線に気付いているのか気付いていないのか、いじめられっ子君は次の言葉を探して考え込んでいるようだ。
この子も私と似ているのだろうか。
ふとそんな考えが思い浮かぶ。
しかしながら彼は、少々ぽっちゃり型で気弱に見えるが、ごく普通の高校生だ。
とはいえ私も、何も知らない人が見たらただの高校生にしか見えないはずである。
ぽっちゃり型ではないが。
そういった意味では同じで、いじめられていたという同じ経験もして来たのだろう。
ζ(-、-*ζ「ふぅ……」
(;^ω^)「お……?」
ζ(゚、゚*ζ「君の名前は?」
(;^ω^)「え? あ、な、内藤です、内藤ホライゾンといいますお」
- 81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
00:33:05.93 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚、゚*ζ「内藤君ね。私は……もう知ってるか。あんまり苗字は堅っ苦しくて好きじゃないんでデレって呼んで」
(;^ω^)「あ、はい、デレ……さん」
いじめられっ子改め内藤君は、素直に私の質問に答え、言う通りにしてくれる。
うん、聞き分けのいい子はお姉さん好きですよ。
ζ(゚ー゚*ζ「で、内藤君は私に何を話しに来たのかな?」
先ほどまでの話を総合すれば、内藤君の目的はただお礼を言いに来たというだけではなさそうだ。
私に何を期待しているのかわからないが、たぶん私に期待するのは間違ってるんじゃないかなと思う。
(;^ω^)「は、話というかその……」
そこで言葉に詰まる内藤君。
私は何も言わず、視線も内藤君から外し、空に向ける。
白い雲がわずかに流れる青い空。
澄んだ空気の中で、ずっと見上げていると吸い込まれそうな錯覚を覚える空。
- 89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
01:02:24.24 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚ー゚*ζ「……わからない?」
私は、いつまでたっても何も言えない内藤君に、空を見上げたままで聞いてみる。
答えはわかってて聞いた質問だから、無言を肯定とみなして私は言葉を続ける。
ζ(゚ー゚*ζ「わからないけど、誰かに話したかったってとこかな」
自分の事をわかってくれそうな誰かに。
ただ話をしたかっただけなのだろう。
今度はちゃんと声での返事が聞こえたが、これも答えはわかっていた。
だって内藤君が今いる場所は、きっと昔、私が通って来た道なのだろうから。
ζ(-、-*ζ(……とはいえ、やっぱりお節介かなー)
わずかに浮かんだ自嘲的な気持ちを振り払うかのように、私はくるりと身を翻し、内藤君の方を向いた。
世界が真っ暗なのは、私が目を閉じたせい。
眼前に立つはずの内藤君の姿は見ず、そこにいるのがかつての自分のような気持ちで口を開く。
- 90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
01:04:33.56 ID:L3jk9E8T0
ζ(-ー-*ζ「私のあだ名って知ってる?」
少しだけ痛んだ胸を気にしないように努め、眼前にいるはずの人物に問い掛ける。
私のことを聞いて回ってたのなら知っているかもしれない。
私が一番聞きたくない私のことを。
(;^ω^)「あだ名……ですかお?」
正確には、昔のあだ名だけどと私は付け加える。
しかし、内藤君は返事の代わりに私の顔を見て首を傾げていた。
いささか唐突に思える質問だが、私の事を聞けば付きまとうそれを知っていても不思議ではない。
(;^ω^)「おー……」
内藤君は、私の顔ばかりを不思議そうに見て、一向に答えを告げる気配がない。
外見に起因する話ではないので、私の顔を見てもしょうがないのだが、ひょっとしたら彼はあの名を聞いてなかったのだろか。
(;^ω^)「あ……」
ζ(゚、゚*ζ(お?)
どうやら思い出したのか、内藤君は私の視線に一つ頷いて、やおら口を開く。
- 91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
01:06:43.80 ID:L3jk9E8T0
(;^ω^)「アンパンマン?」
ζ(゚、゚*ζ
(;^ω^)「お?」
ζ( 、 *ζ「……」
(;^ω^)「あ、あれ? 違いましたかお? その……」
ζ( 、 *ζ「……」
(;^ω^)「いや、その、いっつもアンパン食べてるって話ありましたし、その、さっきも食べてたり……」
;;ζ( 、
*ζ;;「……」
(;^ω^)「その見た目も、そのちょっとふっくらと言うか丸いってか……」
もう駄目だ。
ζ(^ヮ^*ζ「アハハハハハハ」
そう思った瞬間、私は馬鹿みたいに笑い出していた。
- 92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
01:09:42.20 ID:L3jk9E8T0
(;^ω^)「お……?」
何が起こったのかわからないといった感じで呆気に取られる内藤君を他所に、私は涙が出るくらい笑っていた。
うん、確かに知らない人が見たらそう思うよね。
私だってそう思ったし。
ζ(;ヮ;*ζ「あっはハハハハ」
もう、何だか色々吹っ飛んでしまった。
真面目に考えて、真面目に話そうとしてた矢先にこれだ。
内藤君に罪はないにしろ、ホントに私が馬鹿みたいに思えてきた。
私の事を、私の出自を知らない人から見ればそう見えるのだ。
私は自分がただの人に見えることが嬉しかったんだと思う。
でも……
ζ(゚、゚#ζ「いや、ふっくらって何? 何か最後ちょっと聞き捨てならなかったんだけど?」
(;^ω^)「おお!? す、すみません、それは言葉のあやというかその……」
- 93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
01:12:11.10 ID:L3jk9E8T0
急にぴたりと笑うのを止め、睨み付けた私に内藤君は目に見えて狼狽する。
全く、さらっと失礼なことを言う子だ。
どちらかといえば、ぽっちゃり型の内藤君の方が顔なんかまん丸でアンパンマンじゃないかと思う。
ζ(゚ー゚*ζ「なーんてね、冗談……でもないけど、ふっくらしてないし。まあ、怒ってはいないから心配しないで」
内心ちょっとムカッとしたとこもあったけど、このくらいで怒るほど大人気ない私ではないのだ。
笑顔を返し、怒ってないことをアピールする。
(;^ω^)「お……そうですかお」
ζ(゚ー゚*ζ「そうですよー」
それに何だか、怒るより呆れるというか何というか、笑ってしまってどうしようもないのが正直なところだ。
色々吹っ飛んだ、さっきもそう言ったけど、自分が考えていた事が、決め付けていた事が、色々と吹っ飛んだのだ。
ζ(゚、゚*ζ(アンパンマンか……)
そのあだ名が嬉しいわけじゃないけど、自分の行動の結果、ごく当たり前にそう思われていたのなら納得出来る名前だ。
案外、自分の気にし過ぎだったのかもしれない。
そう思えるほどには過去の経験は生易しくもないんだけど、あれからそれなりの時間も流れた。
- 95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
01:14:27.67 ID:L3jk9E8T0
自分が思うほど他人は自分の事など気にしていないのだ。
ζ(-、-*ζ(本当にそうならいいのにね……)
そう思って前向きに考えようとした事も何度かある。
でも、その度に昨日のような人に出会ったりと、嫌でも思い出させてくれる。
それに何より、両親が帰って来ない現状、簡単に忘れられる話というわけでもない。
それでも、前向きにならなきゃ申し訳ないかなとも思う。
こんな私のそばにいてくれる人達もいるのだから。
(;^ω^)「あの……」
ζ(゚、゚*ζ「あ、ごめんね、ちょっと考え事してた」
急に黙り込んでしまった私に、内藤君がおずおずと声を掛ける。
会話中に考え込んだ私が悪いのだが、内藤君はもう少しはきはきと喋るべきだと思うな。
ζ(゚ー゚*ζ「で、あだ名の話だったね」
(;^ω^)「あ、はい……」
- 96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
01:18:42.22 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚ー゚*ζ「私の昔のあだ名はね……」
そこで言葉を切り、軽く息を吸い込む。
この話を、この言葉を自分から口にするのはハインとやりあった時以来かもしれない。
ただの言葉のはずなのに、私に重く圧し掛かる言葉を。
ζ(゚ー゚*ζ「玉子って言われてたの」
意外にすんなりと口を吐いてくれた言葉に驚きつつも、こっちの漢字のと中空に文字を書いてみせる。
内藤君はきょとんとして曖昧に頷いていた。
それもそうだろう。
何故そう呼ばれていたのかを聞かない事にはわからないだろうし。
(;^ω^)「えっと、それは……」
ζ(゚ー゚*ζ「何でかわかる?」
私の質問に、反射的に内藤君の目が私の身体ある一点に向けられているのがわかった。
- 97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
01:20:56.50 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚−゚#ζ「えーっと、内藤君?」
(;^ω^)「は、はい!? あ、違いましたかお?」
私は左手を後方のフェンスに添え、力を込める。
柱が傾いてる気がするけど気にしない。
ζ(゚、゚#ζ(もう……)
そりゃね、体格の割には大きいとはよく言われますけどね、主にハインに。
そういうのが由来ではないと少し怒気を込めて内藤君に答える。
全く、男の子ってのはどうしてこうなんだろうなと思う。
いや、私自身はそういうのあんまり実感した事なかったんだけどね。
ショボ子ちゃんが前にそんな事言ってたけど、ようやく意味がわかった気がする。
ζ(゚−゚#ζ「また話がそれた」
(;^ω^)「すみませんお」
別に内藤君のせいではないのだが、私のペースを狂わせているのは内藤君だから結局の所は内藤君のせいにしても良いだろう。
- 99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
01:26:01.36 ID:L3jk9E8T0
しかし私はそこからはすんなりと話す事が出来た。
怒ってたせいもあるのかもしれないが、昔の事を、いじめられていた話を、心痛む間も無く話し終える事が出来た。
これもケガの功名というべきなのだろうか。
( ^ω^)「そんな事が……」
内藤君は神妙な顔をして頷いていたが、私の話を信じたのだろうか。
いじめられていた話はともかくとして、卵の話は何の証拠もなければ、証明する手段もないのだ。
まあ、そんな証拠も何もない話でいじめられていたんだけども。
嫌な思い出だし、進んで話したい話でもないのだが、今回はしょうがない。
乗りかかった船である。
ζ(゚、゚*ζ(あ、別にいじめられてる話だけで、卵の話はしなくてもよかったかも……)
考えてみれば、恐らくいじめの事で悩んでいるだろう内藤君に話すのなら、いじめの部分だけでよかったよね。
( ^ω^)「……」
そんなことを考えてると、また内藤君が私をじっと見詰めているのに気付く。
その目線の先は、うつむき気味だった私の頭の方に向けられてるようだった。
- 102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
01:30:13.64 ID:L3jk9E8T0
ζ(゚、゚*ζ「ん? 頭に何か付いてた?」
( ^ω^)「あ、いや、卵の殻とか付いてないかと思って……」
ζ(゚−゚#ζ「カリメ○じゃねえよ」
再び後方のフェンスに当てた手に力を込めると、今度は完全に柱が折れたらしく、軽い音が響いた。
内藤君が震え上がって謝っていたが、私はそれを無視してフェンスごと柱を引きずり倒した。
(;゚ω゚)「な、な、何を……」
別に内藤君に何かするってわけじゃなく、私は柱を引っ張り、フェンスの金網部分が斜めになるように倒した。
そしてそこに足を掛け、坂になったフェンスを登り、倒れてない柱の上にまで辿り着いた。
ζ(゚、゚*ζ「おー高いねー」
学校の屋上のフェンスの上から見る景色は思いの他絶景だった。
近隣に高いビルがないこともあり、ずっと遠くの方まで見渡せる。
前々から上って見たいと思ってはいたのだが、丁度よい機会が訪れたものだ。
訪れたというより無理矢理作ったようにも思えるが、このフェンスもだいぶ老朽化していたからそろそろ張り替えの時期にしよう。
女の子の私の力で折れるくらいのフェンスは少々危ないのではないかと一人納得する。
- 107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
02:05:04.48 ID:L3jk9E8T0
(;^ω^)「あ、あの……」
ζ(゚ー゚*ζ「内藤君も上って来ない? 風が気持ちいいよ」
内藤君は激しく首を振り、拒否の意を示した。
まあ、確かに、ここは高いしバランス感覚に自信がなければすぐに落っこちそうだよね。
でも……
ζ(゚ー゚*ζ「ちゃんと断れるじゃん?」
(;^ω^)「お……?」
ζ(゚ー゚*ζ「普段からそうやって、嫌な事には嫌って言った方がいいよ」
(;^ω^)「お……」
他人にお説教出来るほど私は真っ当な生き方をして来たとは思わない。
私が内藤君に話せるのは、過去の自分の経験と、今みたいにちょっとしたことぐらいだろう。
あとは自分で何とかして欲しいと思う。
男の子はなんだしね。
- 108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
02:06:30.99 ID:L3jk9E8T0
(;^ω^)「あの……」
ζ(゚ー゚*ζ「何ー?」
(;^ω^)「どうしてそんな話を僕に?」
ζ(゚、゚*ζ「うーん……」
ζ(゚ー゚*ζ「何となく……かな?」
昔の自分に重なったからだとか、いじめ自体が嫌いだからとか色々理由はあるんだろうけど、たぶん何となく、
ただの気まぐれなんだと思う。
私は私がまだよくわからないから。
私がやる事もよくわからないのだ。
私は自分が何なのかわからないから。
私は卵なのか、それとも……
- 111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
02:08:41.24 ID:L3jk9E8T0
ζ(-ー-*ζ
吹く風が季節に相応しい冷たさで頬を撫でる。
私は目を閉じ、その風を全身に感じ、両手を大きく広げた。
ζ(゚ー゚*ζ「ねえ、内藤君、私、飛べると思う?」
(;゚ω゚)「飛べませんお!!!」
ζ(゚、゚*ζ「お?」
内藤君の切羽詰ったような言葉に、私はこけそうになる。
何というか空気を読めない子だ。
そこは飛べると言って欲しかったねえ。
空の下、風の中、両手を広げた私は我ながら様になってたと思うのに。
(;゚ω゚)「に、人間は飛べないように出来てるんですお! だ、だから早まらないで降りて来てくださいお!」
ζ(゚、゚*ζ「お? ……ああ」
そういう事か。
私は内藤君の言葉に思わず噴き出してしまった。
- 112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
02:10:57.73 ID:L3jk9E8T0
(;゚ω゚)「お?」
別に私は今ここで飛ぼうと思ってたわけではない。
もちろん、自殺する気なんて毛頭ないのだ。
そんな気があれば、私はとっくに自殺してる。
世間的にはしても許されるぐらいの環境にいたと思う。
でも、私は自殺する気はない。
そんな簡単に許されていいものだろうか、何てカッコいい話でもなく、単に知りたいだけなのだ。
私が何なのかを。
それを知るまでは、生きていたいと思う。
ζ(゚ー゚*ζ「今の話じゃないよ。いつか、って話」
いつか私は飛べるのだろうか。
当然、比喩的な表現である。
私を縛る色々な物から解放され、私はいつか飛べるのだろうか。
- 114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
02:13:14.09 ID:L3jk9E8T0
( ^ω^)「お……」
内藤君は私の言葉を理解したのか、ゆっくりと何度も頷き、私の方を見上げる。
てか、これ以上近付かれると色々ヤバい気がする。
主にスカート的な話で。
ζ(゚ー゚*ζ「いつか私、飛べるかな?」
( ^ω^)「いつか、羽が生えるかもしれませんお!」
ζ(゚ー゚*ζ「え?」
( ^ω^)「デレさんが卵から生まれたのなら、いつか羽が生えて、そしたら飛べるかもしれませんお」
ζ(゚ー゚*ζ「……」
( ^ω^)「きっとこの青い空を、鳥のように自由に飛べますお」
ζ(゚ー゚*ζ
( ^ω^)「羨ましいですおー」
- 115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
02:15:23.38 ID:L3jk9E8T0
内藤君はそう言って、出会ってから初めてとも言える笑顔を見せてくれた。
その笑顔にはウソはなく、その言葉にはウソがなかった。
ζ(゚、゚*ζ(羨ましいか……)
卵から生まれた事を羨ましいと言われたのは初めてだ。
鳥って言葉も、貶めるための言葉でしか聞いた事がない。
( ^ω^)
しかし内藤君は、それを笑顔で言ってくれた。
意地の悪い笑顔ではなく、まっすぐな瞳で、心からの笑顔で。
私のこれまでの大変さを考えてない無神経な言葉かもしれないけど、私は少し嬉しかった。
私を認めてくれるその言葉が嬉しかった。
ζ(-ー-*ζ「……でも、ニワトリだったら飛べそうもないなぁ」
( ^ω^)「大丈夫ですお、ニワトリでも羽ばたくぐらいは出来ますお!」
ζ(゚、゚*ζ「いや、ニワトリ否定しろよ」
(;^ω^)「お……」
ζ(゚ー゚*ζ「……なーんてね。ありがと、内藤君」
- 117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
02:18:13.50 ID:L3jk9E8T0
私はくるりとその場で向きを変え、また空を見上げる。
飛ぶつもりかと勘違いした内藤君が寄って来る気配がしたので、後ろ手でスカートを押さえた。
ζ(-、-*ζ(私は何なんだろうね?)
ずっと自分に問い続けて来た。
私は人間なのか、卵なのか、それとも……
ζ(-、-*ζ「楕円の壁 つつき割って♪」
生れ落ちた時、覆われていた殻を自分の力で割れていたら、私の今は変わっていたのか。
ζ(-、-*ζ「光をうけた小鳥たち♪」
私が浴びた光は、誰かに与えられたもの。
ζ(-、-*ζ「空に憧れて 生まれただけか♪」
私の空は、誰かに与えられたもの。
私は、自分の力では生まれて来れなかったのだ。
いくら憧れてみても、この空に私の羽は届かない。
- 119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
02:21:30.74 ID:L3jk9E8T0
それでも私は生まれて来た。
誰かに望まれ、誰かに捨てられ、それでも私はここにいる。
私は人間なのか、それとも卵なのか、それとも……
私は自分が何なのかわからない。
でも、どうせわからないのなら、私は鳥になりたいと思う。
ζ(゚ー゚*ζ「いつか夢を抱いた腕で♪」
内藤君が言う様に、私のこの腕が羽になればいいと思う。
ζ(゚ー゚*ζ「青い空の壁を破れ♪」
そうすれば、私はこの空に届く。
ζ(-ー-*ζ「命の変わるとこまで 繰り返せば 繰り返せば 風になれる♪」
青い空を鳥のように飛び、風になれるのだ。
- 2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
21:43:23.98 ID:C7vYBgTo0
不意に後ろから拍手が響いて来た。
( ^ω^)
内藤君が笑顔で拍手をしている。
私の歌を褒めてくれるが、私は少し照れくさかった。
何で急に歌いたくなったのかを考えると、たぶん内藤君の言葉が嬉しかったからだと納得して、その拍手を受け取る事にした。
ζ(゚ー゚*ζ「さて、そろそろ戻らないと授業始まっちゃうよ?」
( ^ω^)「お?」
少々屋上に長居しすぎた。
もうすぐ昼休みの終わりのチャイムが鳴る頃だ。
腕時計は付けていないが、そのくらいの時間は感覚的に察せられる。
ζ(゚ー゚*ζ「ちょっとそこ、離れてもらえるかな?」
(;^ω^)「ひょっとして飛び降りるつもりですかお?」
内藤君はすぐ私の意図を察してくれたが、それは危険だから止めるようにと言い出した。
別にこの程度の高さから飛び降りるくらい、私にとっては何でもないのだが、内藤君は頑として言う事を聞かない。
この短い時間で自分の主張を簡単に曲げないようになったのは喜ばしい事かもしれないが、あんまりのんびりしてると授業に遅れてしまう。
- 3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
21:44:46.00 ID:C7vYBgTo0
ζ(゚、゚*ζ「いいからそこ、ちょっと下がってってば」
(;^ω^)「危ないですお!」
もう、頑固だな。
まあ、元々心のやさしい子なんだろうね。
自分の事は言えなくても、他人の事には親身になれるような。
ζ(゚、゚*ζ(まあ、そこにいても飛び降りは出来るんだけどね)
それなりに広い屋上だ。
内藤君がそこにいても飛び降りる場所には事欠かない。
事欠かないのだが、内藤君にそこにいられると少しばかり問題があるのだ。
ζ(゚、゚*ζ「私は、内藤君が何と言おうと飛び降りるよ?」
相応に鍛えてるし、これくらいでどうにかなるようなやわな身体じゃない。
ζ(-、-*ζ「でもねー……内藤君にそこにいられると、ちょっと困るんだよねー……」
(;^ω^)「お?」
- 4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
21:46:22.15 ID:C7vYBgTo0
ζ(-、-*ζ「……主にスカート的な話で」
(;^ω^)「お……お!?」
どうやら内藤君は私が言わんとせん事の意味がわかったらしい。
顔を紅潮させに、しきりに頷いている。
ζ(゚ー゚*ζ「というわけで、ちょっと下がって向こう向いててもらえるかな?」
(;^ω^)「そ、それは出来ませんお!」
ζ(゚、゚;ζ「お? 何でよ? 私の話し聞いてた?」
聞き返した私に返って来た内藤君の声は、万が一着地の際に転んだりした場合などすぐに助けなければ危険だと主張する
言葉だった。
いや、流石にその言い分には無理があるというか、そもそもこのぐらいの高さは全然平気だと言ってるのに。
ζ(-、-;ζ(そんなに見たいのか……)
男はケダモノよ、と言ってたショボ子ちゃんの言葉が思い出される。
うん、本当にどうしようもないね、男の子って。
- 5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
21:47:40.59 ID:C7vYBgTo0
ζ(゚、゚*ζ「あのね、もし見たら明日から1ヶ月間毎日お昼にアンパンおごらせるよ?」
(;^ω^)「はい、3千円ぐらいでパン──デレさんの安全が確認出来るなら安いもんですお!」
_,
ζ(゚ー゚*ζ「パン……?」
私は眉根を寄せ、大きくため息を吐く。
この子、別に私のアドバイスなんかなくてもたくましく生きていけたんじゃないかと今更ながら思う。
ζ(-、-;ζ(男の子って馬鹿なんだなぁ……)
私はそう思い、色々とめんどくさくなって前置きなく、ひょいっとフェンスから飛び降りた。
ζ(゚、゚*ζ「いよっと」
(;^ω^)「おお!?」
内藤君の上を目掛けて。
(;゚ω゚)「グファッ!?」
- 6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
21:49:13.30 ID:C7vYBgTo0
ζ(゚ー゚*ζ「着地成功」
私はうつ伏せに潰れた内藤君の上に両手を広げて立ち、問い掛ける。
ζ(゚、゚*ζ「見えた?」
;;(;゚ω゚);;「……」
ζ(゚、゚*ζ「?」
;;(;゚ω゚);;「……────」
_,
ζ(゚ー゚*ζ「……」
私は、なおも小刻みに震え、悶絶する内藤君を踏み台に屋上の入り口に向かって飛び跳ねる。
ζ(-、-*ζ(やれやれ、男の子ってのは……)
潰れたカエルのようなうめき声が聞こえたが、あの様子だとどこもケガはしていないだろう。
私はまたね、と振り向かずに声を掛け、屋上の窓からその身を校舎に滑り込ませた。
その瞬間、昼休みの終わりを告げる間の伸びたチャイムの音が響いた。
- 7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
21:50:34.94 ID:C7vYBgTo0
- ・・・・
・・・
いくつもの殻を割って来たつもりだったけど、私は割ったその殻を、そのままかぶっていたのかもしれない。
守るものは私自身。
弱い私自身を守る為。
繰り返す毎日。
繰り返す出来事。
強くなろうと決めた自分の考えが間違ってたとは思わない。
でも、暴力じゃ何も解決しないっていうのもよくある話。
じゃあどうすればよかったのかも、誰も教えてくれない。
私が我慢すればいいってのも、何だか理不尽な話である。
結局、私はまだ卵の中に閉じこもっていたのかなと思う。
答えなんてわからない。
でも、1つだけわかってた事がある。
私は私が嫌いだった。
私が卵でなければ、私は私を好きでいられただろうか。
- 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
21:52:11.62 ID:C7vYBgTo0
ζ(゚、゚*ζ「寒ぅ……」
三寒四温とはよく言ったものだ。
昨日までは暖かかったのに、今日は急に冷え込んできた。
こんな日に集会なんてやらなくてもいいのにと思うものも、流石に今日ばかりはそんなことも言ってられないのだろう。
爪#'−`)「逃げずに来たことだけは褒めてやんよ」
从#゚∀从「あ? 言ってろ、ボケが。何でアタシらが手前如きから逃げなきゃなんねーんだよ?」
ζ(゚、゚*ζ「おーおー、寒いのに元気だねー」
既に一触即発のお二人さん。
片方は説明するまでもなく、うちの総長のハイン。
そしてもう1人は、うちの抗争相手である、火夜弧倶楽部の総長のフォックスちゃん。
爪#'−`)「あ? 何だとこの蛇女が!」
从#゚∀从「うるせー、狐野郎!」
ζ(゚、゚*ζ「どっちもどっちだよねー」
- 9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
21:54:47.01 ID:C7vYBgTo0
二人とも切れ長の目で鋭い目付きをしているので、その喩えはあんまり外れてもいない気がする。
野郎じゃないけど。
二人は幼馴染だったとか何とかで、昔っから色々やらかしてきたらしい。
味方によっては、子供のケンカの延長線上みたいでかわいらしいものなのかもしれない。
使ってる言葉はあんまりかわいらしくもないけども。
ノレ´^ω^`)「姐さん、寒くないっスか?」
ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと寒いけど平気だよ。ショボ子ちゃんは大丈夫?」
特攻服自体が冬使用なので暖かいので、下がTシャツでもそんなに寒くはない。
流石にサラシ1枚は厳しいものがあるのでTシャツだ。
皆もその方が良いと勧めてくれた。
特にハインが苦々しげな顔をしていたのはあまり触れないでおくのがやさしさかもしれない。
ノレ´^ω^`)「自分は全然平気っすよ」
冬場なのに上半身サラシのみという姿で力こぶを作ってみせるショボ子ちゃん。
見てるこっちの方が寒く感じるぐらいだが、無理してるようには見えないので頷いておいた。
ζ(゚、゚*ζ「しかし、早いとこ初めて欲しいかなーって感じだよね」
私は少し大きめに、にらみ合ってる二人に聞こえるぐらいの声で呟いた。
ハインはちょっと笑ってたが、フォックスちゃんはこちらをきっと睨んだ。
- 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
21:57:04.35 ID:C7vYBgTo0
爪#'−`)「随分余裕じゃねーか」
从 -∀从「実際、余裕なんだろうな、アイツは」
憤るフォックスちゃんとは対照的に、ハインは呆れたような笑みを浮かべていた。
まあ、実際余裕なんだけどね。
フォックスちゃんはハインに譲るとしても、残りは私一人でも別に問題ない。
ζ(^ー^*ζ「というわけで、こっちはこっちで片付けるから、あとはよろしくね」
そう宣言し、笑顔で前に出る。
両方のチームがざわめき出すが、明らかに向こうはちょっとビビってる感じだ。
これまでの抗争で私の事は文字通り身を持って知ってるだろうから、それも無理はないだろう。
川,,゚Д゚)「姐さん」
ギコ子ちゃんやショボ子ちゃん達がすぐに私の前に出ようとするが、私はそれを止める。
ζ(゚、゚*ζ「んー? 私一人でいいよ? 寒いし、さっさと終わらせたいし」
完全に相手を馬鹿にした挑発とも取れる言葉だが何も言い返して来ない。
私が視線を向けると、慌てて視線をそらしてしまう。
- 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
21:58:44.25 ID:C7vYBgTo0
ζ(-、-*ζ(ビビり過ぎ。でも、こんなんで良く争う気になったね……)
今日、この場所に出向いたのは向こうの呼び出しがあったからだ。
決着をつけるとかそんな感じの果たし状みたいなやつが。
その割にこの様子はいささか不自然な気はする。
何かしら手は打っていると思ったのだが……。
ζ(゚ー゚*ζ「引き伸ばし?」
爪;'−`)「!?」
私の大きめな呟きに、露骨に表情を変えるフォックスちゃん。
なるほどね、話ばかりで一向にやり合おうとしないのは何かを待っているってわけね。
从
゚∀从「なるほどな……。何かは仕掛けてるだろうと思ったが、やはりそうか」
納得したように頷くハイン。
ミセ*゚∀゚)リ「ハッ、手前らの小細工なんてお見通しなんだよ!」
それに追従するように怒鳴るミセリ子ちゃんだが、何かを仕掛けてるのを予想はしてても別に対策はしてこなかったんだから、
そんなに偉そうな顔出来る立場じゃないんだけどね。
面倒くさいからいいやってレベルでそのまま来ちゃったし。
- 15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:00:33.62 ID:C7vYBgTo0
ζ(゚ー゚*ζ「どうする? さっさと終わらせる?」
しかし、仕掛けがあるのをわかってるのなら待つ必要もない。
また一歩踏み出した私に、向こうは露骨に後退る。
从 ゚∀从「……だな」
ハインも同じ様に一歩前に、フォックスちゃんの方に踏み出す。
他の皆もそれに呼応するように前進し掛けた時、不意にフォックスちゃんが笑い出した。
爪'ー`)「……間に合ったようだ」
その言葉の意味を察するよりも早く、いくつもの轟音がこちらに向かっている。
耳障りな音を響かせ走り来るバイクの集団。
それがどういう事か、容易に察する事は出来る。
ζ(゚、゚*ζ「なるほどね」
私の呟きはセンスの悪い馬鹿みたいな轟音でかき消される。
向けられるライトに手をかざして遮り、20台ほどのバイクが止まるのを確認した。
- 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:01:59.93 ID:C7vYBgTo0
(=゚д゚)「待たせたラギね」
先頭のバイクから少し小柄な金髪の男の子が私の前を通り、フォックスちゃんの元に歩み寄る。
爪'ー`)「いや、ベストなタイミングだったよ」
从
゚−从「……チッ、まさか野郎共に助力を願うたあ、落ちたもんだな、フォックスよぉ?」
吐き捨てるように言うハインに、またフォックスちゃんは下品な高笑いで答える。
そしておもむろにタバコを取り出した。
爪'ー`)y-「ハッ、卑怯とでも喚くのかい? これも人望さ。勝てばいいんだよ」
何とも陳腐な三下紛いの台詞を吐き、タバコをくわえて仲間に火を点けさせた。
やれやれ、タバコは身体に悪いと思うけどな。
ζ(゚、゚*ζ「だから肌荒れとかひどいんじゃないかなー」
またも大きめに呟いた私を、フォックスちゃんがきっと睨む。
しかし、タバコを捨てたところを見ると少しは気にしてたらしい。
- 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:03:44.85 ID:C7vYBgTo0
爪#'−`)「この状況で随分と余裕じゃねーか」
(=゚д゚)「なるほど、噂通りの大した度胸ラギね」
憤るフォックスちゃんを制し、さっきの男の子がこっちを見る。
どっちかと言えばかわいい顔立ちのように見えるが、なかなか強そうな雰囲気でもある
(=゚д゚)「自己紹介しておくラギかね。虎都誇倶楽部総長トラギコ、よろしくという言葉も変ラギが、故あってお前らを潰すラギよ」
从 ゚∀从「ハッ、アタシらを潰す? 笑わせてくれる」
トラギコ君の言葉に、今度はハインが心底おかしそうに笑った。
私もちょっと微笑んで見せたが、正直寒いので早くして欲しいという位しか考えてなかった。
爪#'−`)「手前、この状況がわかってんのか?」
そんなハインの様子が気に入らないのか、フォックスちゃんはハインを睨みつける。
もう少し私達にビビって欲しいのだろう。
皆緊張した表情はしているものの、あたふたしてるのはミセリ子ちゃんぐらいだ。
爪#'−`)「倍だぞ倍? お前らの倍以上の人数集めて、なおかつ男手も借りたんだ!」
見ればわかることをがなり立てるフォックスちゃん。
しかし、ハインはなおも笑顔のままだ。
- 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:05:54.17 ID:C7vYBgTo0
ζ(゚、゚*ζ「まあ、そうだねー。数多いと面倒なんだよね」
私は1人呟き、虎都誇倶楽部の人達の方へスタスタと歩み寄る。
慌ててギコ子ちゃん達も走って来るが、その前に先頭の残念な頭を主張した男の子の前で足を止めた。
((((((((((@))
(´・_ゝ・`)「んだ、てめぇはよぉ? やんのか、あぁん?」
外見に則した残念な語彙で威嚇する男の子。
この子の親がこれ見たら悲しむだろうなと思うも、こんなのにも悲しむ親がいるのにと考えると何だか遣る瀬無い。
ζ(゚、゚*ζ(まあ、いないかもだけど……)
だとしても私よりはマシな人生を送って来たはずだろうに、どこでこうも間違っちゃったんだろうね。
私は無造作に手を伸ばし、男の子が抱えていた鉄パイプを奪い取る。
あまりに自然な動きだったからか、男の子は特に抵抗することもなく鉄パイプから手を放していた。
((((((((((@))
(#´・_ゝ・`)「て、てめぇ──」
ζ(゚、゚*ζ「いよっと……」
私はその鉄パイプを両手で軽々と曲げて見せた。
屋上のフェンスに比べれば柔らか過ぎる。
- 20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:07:50.57 ID:C7vYBgTo0
- ((((((((((@))
(;´・_ゝ・`)「お……お前……」
さらに鉄パイプを折り曲げ、八つ折に畳んだ辺りで男の子にそれを手渡した。
男の子は呆然とした面持ちで、それを素直に受け取る。
ζ(^ー^*ζ「さて、それじゃやろっか?」
私がにこやかにそう宣言すると、騒然とした空気と共に虎都誇倶楽部の人達は数歩後退る。
ζ(゚、゚*ζ「お?」
爪;'−`)「バ、化け物め……」
(;=゚д゚)「聞きしに勝るラギね……」
忌々しげにこちらを睨むフォックスちゃんと、少し焦った表情でこちらを見るトラギコ君の方に顔を向ける。
ハインはまだ大笑いしている。
いい加減さっさと終わらせて欲しいんだけどな。
ζ(゚、゚*ζ「化け物はないんじゃないかな?」
私は少し真顔でフォックスちゃんを睨みつける。
フォックスちゃんは少し怯んだように見えたけど、総長の意地かその場から後退る事はしなかった。
- 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:09:50.81 ID:C7vYBgTo0
爪;'ー`)「……フッ」
ζ(゚、゚*ζ「?」
強張った表情をしながらも、フォックスちゃんは口元を緩める。
どこにそんな余裕があるのかわからなかったけど、その笑みの理由に私が気付くのにさほどの時間はいらなかった。
爪;'ー`)「正真正銘の化け物じゃねーか、手前はよ?」
ζ(゚−゚*ζ「!?」
从;゚∀从「!?」
爪;'ー`)「調べたぜ、手前の事はよ?」
押し潰されて無機質になったようなフォックスちゃんの言葉が頭の中に響く。
また私を黒い何かが包む。
爪;'ー`)「まさか本当に化け物だったとはな、笑わせてくれる」
ζ( − *ζ「……」
何度も何度も殻を割り、前に進んだつもりでいたけれど、私はまた囚われる。
たった一言の言葉で。
- 24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:11:06.82 ID:C7vYBgTo0
从;゚∀从「止めろ、馬鹿野郎!」
爪'∀`)「こいつは卵から生まれた化け物だ、人間じゃねえんだよ!」
ζ( ζ
全ての音が消えたと思ったのは気のせいだろう。
この耳に届く哄笑が何よりもの証拠だ。
全ての光が消えたと思ったのも気のせいだ。
この目に映る嘲るような笑い顔、私を指す指が何よりもの証拠だ。
ああ、やはり私は人間ではないのだ。
数多くの目が、口がその事を私に告げる。
ああ、やはり私は卵なのだ。
ああ、悲しい。
とても悲しい。
- 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:12:41.05 ID:C7vYBgTo0
ζ( ζ
爪'ー`)「クックック、戦意喪失したか……噂通りだったな」
(=゚д゚)「噂?」
爪'ー`)「ああ、こいつはその事がトラウマになってるらしくってな、その話をされると勝手に潰れちまうって話さ」
(=゚д゚)「……なるほどな」
爪'∀`)「ま、それも無理なかろう。化け物なのは本当の事だ。アタシなら、生きてられんよ」
从;゚−从「馬鹿が……」
爪'−`)「……あ?」
从;゚−从「どこで聞いた噂か知らねえがな、そいつは大きく間違ってる」
爪'ー`)「ハッ、今更何だ? 見てみろアイツの様子を? ピクリとも動かねえじゃねえか?」
从 ゚−从「……一つ言っておくぞ」
爪'−`)「あ?」
- 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:14:23.16 ID:C7vYBgTo0
从 ゚−从「ああなったら、アタシらでも止め切れる保障はねえからな?」
爪'−`)「何言ってんだ?」
从;゚−从「生命が惜しかったらこっからとっと逃げやがれ!」
爪'−`)「だから何の──」
#)=゚д゚)「グハッ!?」
爪;'−`)「!?」
私はまた私を覆った殻を破る作業を行う。
突き出した腕に鈍い感触が走る。
爪;'−`)「な!? て、手前!?」
ζ( ー ζ
私を覆う殻は幾重にも私を取り囲む。
卵の中のはずなのにやけにうるさい。
- 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:16:09.38 ID:C7vYBgTo0
爪;'−`)「チッ……お、お前らこいつを止めろ!」
足を踏み出し、腕を振るう。
私にまとわり付く殻が、悲鳴のような音ともにいくつも空に舞う。
爪;'−`)「な……!?」
私は卵である。
私は人間ではないのだ。
そんな事はずっとわかってたのに。
爪;'−`)「チッ……おい、お前ら私を守れ!」
いくつも殻が折り重なるように私を押し潰す。
私はそれをくぐり抜け、叩き割る。
袖の千切れた特攻服を脱ぎ捨て、私はまた一歩踏み出す。
爪;'−`)「クッ……なんて奴だ……」
- 30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:18:25.42 ID:C7vYBgTo0
((((((((((@))
(;´・_ゝ・`)「おい、こんなの聞いてねえぞ?」
((((((((((((((@))
(;∵)「総長! 総長! ……駄目だ、白目向いてやがる」
((((((((((@))
(;´・_ゝ・`)「クソッ、退くぞ、お前ら!」
爪;'−`)「待て、お前ら!? 何勝手に……」
飛び交う怒号と悲鳴が私を苛む。
耳を押さえたくなる衝動に耐え、私は目の前の殻に拳を打ち付ける。
((((((((((@))
(;´゚_ゝ゚(#「ゲフゥッ!?」
爪;'−`)「ヒッ……!?」
- 31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:21:34.85 ID:C7vYBgTo0
黒い、人の形をした殻がまた一枚立ち塞がる。
何事かを喚き立てながら、後ろに倒れるそれに向け、私は足を振り上げる。
目の前の殻を割るために。
得る物は痛みだけ。
失うものは既にない。
悲しい作業。
ζ(^ー^ ζ
ああ、悲しい。
とても悲しい。
どうして私は、人間に生まれなかったのだろう。
- 32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:23:26.05 ID:C7vYBgTo0
「そのくらいにしとけ!!!」
突然、何かが私の身体を掴む。
また別の殻が私を覆ったようだ。
私はそれを割るのは後回しにする事にして、目の前の殻に足を踏み下ろす。
爪 ;−;)「ひぃ!?」
从;゚∀从「ギコ子! ショボ子!」
また何かが私を抑える。
踏み付けた足は殻を割れなかった。
ああ、まだいっぱいある。
あと何枚、殻を割らなきゃいけないのかな。
从;゚∀从「デレ!」
ζ( ー ζ「……殻を……殻を……」
从;゚∀从「落ち着け、デレ!!!」
ζ(
ー ζ「……割らなきゃ……割らなきゃ……」
- 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:25:10.35 ID:C7vYBgTo0
川;,,゚Д゚)「姐さん!」
ノレ;´゚ω゚`)「姐さん!」
ζ( ー ζ「……私は……私は……私は……」
身体を大きく震わせ、纏わり付く殻を振りほどく。
目の前に落ちている殻に、また足を振り上げようとしたが、まだ一枚殻が纏わり付いたままだった。
从;゚∀从「デレ!」
ζ( ー ζ「……私は……私は……卵だから……私は……」
从;゚∀从「違う!」
ζ(
ー ζ「……私は……卵……」
从;゚∀从「違う! お前はデレだ! 人間だろ!」
ζ( − ζ「……私は……」
- 34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:27:36.67 ID:C7vYBgTo0
私が人間?
違う。
人間は卵から生まれない。
だから私は人間ではない。
誰もがそう言った。
私は卵なのだ。
だから、両親は去っていった。
私が卵だから。
私は一人で──
从;゚∀从「デレ!」
私は……一人?
- 37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:29:05.98 ID:C7vYBgTo0
从;゚∀从「デレ!」
デレ、それは私の名前。
人間であろうが卵であろうが変わらぬ私に与えられた名前。
その名を呼ぶのは誰?
川;,,゚Д゚)「姐さん!」
ノレ;´゚ω゚`)「姐さん!」
一人のはずの私の名を呼ぶのは誰?
ミセ;゚д゚)リ「姐さん!」
私の名を呼ぶのは──
从;゚∀从「デレ!!!」
ζ( − ζ「…………ハ……イン?」
- 39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:30:47.19 ID:C7vYBgTo0
黒に染まった視界が少し薄れる。
川;,,゚Д゚)「姐さん!」
ノレ;´゚ω゚`)「姐さん!」
ζ( − ζ「……ギコ……子ちゃん?…………ショボ……子ちゃん?」
私を覆う黒い殻がぼんやりと霞んでいく。
ミセ;゚д゚)リ「姐さん!」
ζ( − ζ「…………た……なかさん?」
ミセ;゚д゚)リ「一言一句たりともあってねえ!!! ミセリですよ!?」
从;゚∀从「デレ」
ζ(
− ζ「……ハイン」
真っ暗な世界に光が差す。
開いてはいたが何も映してはいなかった目を声の方へ向ける。
- 40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:32:34.69 ID:C7vYBgTo0
ζ(゚−゚*ζ「ごめんね──」
从 -∀从「……お前は悪くねえよ」
謝罪の言葉を言い終える前に、私はハインの胸に押し付けられるように抱き締められていた。
ζ(゚−゚*ζ「ごめんね」
从 -∀从「デレ……」
ζ(゚−゚*ζ「うん……」
从 -∀从「お前は人間だよ」
ζ(゚−゚*ζ「……人間は卵から生まれないよ」
从 -∀从「……かもしれない」
ζ(゚−゚*ζ「……」
从 -∀从「でも、デレはデレだ……」
ζ(゚−゚*ζ「……私……」
- 42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:34:08.85 ID:C7vYBgTo0
从 -∀从「デレはデレで、私達の仲間だ。それでいいだろ?」
ζ(゚−゚*ζ「……私は私……仲間……」
从
-∀从「ごめんな、つまらないこと聞かせちゃってさ。アタシがアイツをさっさとぶっ飛ばしてれば……」
ζ(-ー-*ζ「ううん、大丈夫。ごめんね、私、わかってたはずなのに……」
私は少し強めにハインの胸に顔を押し付け、溢れそうになる涙を抑える。
私が何であれ、ハインやみんなは私の事を認めてくれていたのに、また自分の弱さに負けてしまった。
私は自分自身の衝動を抑え切れなかった。
私は……
从 -∀从「守ってやるって言っただろ?」
ζ(-ー-*ζ「うん……」
私は頷き、腕の力を緩めたハインの胸からそっと抜け出す。
少し名残惜しい気もしたが、あんまり抱き心地が良くはないのでそうでもないかもしれない。
- 43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:35:53.31 ID:C7vYBgTo0
- . _,
从 -∀从「……お前、今なんか失礼なこと考えなかったか?」
ζ(゚、゚*ζ「ううん、べっつに〜」
私はくるりと振り向き、辺りの凄惨な様子に目を向ける。
ζ(゚、゚*ζ「死屍累々って感じだね〜」
ひどいもんだと呟くと、お前がやったんだろうがとハインに小突かれた。
ζ(゚、゚*ζ「ごめんね〜? 生きてる?」
当然の如く返事はないが、呻き声やら色々聞こえるところを見れば生きているのだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「ギコ子ちゃん達もごめんね」
ギコ子ちゃん達は大丈夫と返事をしてくれたが、毎度毎度項も面倒をかけてしまって申し訳ないと思う。
流石に慣れてはいるのか、うちのチームの皆は私の前面には立っていなかったので被害はないようだ。
ζ(゚、゚*ζ「……んで、大丈夫? 皆を連れて帰れる?」
- 45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:39:59.30 ID:C7vYBgTo0
爪 ;−;)「ヒッ……」
奇跡的に無傷みたいだけど、目に見えて恐慌に陥った様子のフォックスちゃんに私は声を掛ける。
しかし、どうにもまともな答えは返って来ないので、私はハインの方を見やる。
从
゚∀从「ま、見た所病院送りな奴はいなさそうだし、放っておくか」
やった当人が言うのも何だが、流石にそれはひどいと思うので私は取り敢えず手近に倒れてる子から起こそうとしたが、
誰もが私を見ると泣き出してしまうので早々に諦めざるを得なかった。
川;,,゚Д゚)「姐さん、ここは俺らが……」
ζ(゚、゚*ζ「ぶ〜」
自分の後始末ぐらいは自分でやりたかったのだが、たぶんギコ子ちゃん達に任せるべきなのだろう。
私は渋々倒れてる子達から離れた。
川,,゚Д゚)「総長、姐さん連れてお帰り下さい」
从
-∀从「んー……そうすっかな。悪いな、皆」
- 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:41:53.48 ID:C7vYBgTo0
ζ(゚、゚*ζ「え〜? 私もせめて何か手伝──」
ノレ´^ω^`)「どうぞ、姐さん、いつものやつっス」
ζ(^ー^*ζ「わー、ショボ子ちゃん、ありがとー」
どこから取り出したのか、ショボ子ちゃんがいつのものアンパンを手渡してくれる。
そんな食べ物に釣られる私ではないのだけど、気付けばハインの単車の後ろに乗せられていた。
ζ(゚、゚*ζ「お? いつの間に?」
从 ゚∀从「んじゃ、あと頼むわ」
川,,゚Д゚)「お気を付けて」
皆に見送られ、ハインと私を乗せた単車は緩やかに走り出す。
やれやれ、結局迷惑かけっぱなしで終わってしまった。
本当に申し訳ないと思う。
- 48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:43:34.95 ID:C7vYBgTo0
从 ゚∀从「気にすんな……と言いたいとこだが……」
昔に囚われるなとハインは言う。
幾度となく言われた言葉で、私自身もわかっていたはずの事だが、あの言葉を聞くとどうしても駄目らしい。
从
゚∀从「ま、そう簡単には治らないかな……」
ζ(-、-*ζ「ごめんね……」
从
゚∀从「気にすんな。……言ったろ、守ってやるって」
ζ(゚ー゚*ζ「うん……」
私はハインの背に顔を押し付ける。
ハインはくすぐったそうに身を震わせたが、私はハインの腰に回した腕にさらに力を込めた。
从 ゚∀从「さて、飛ばすぜ」
ζ(^ー^*ζ「うん!」
ハインの単車は速度を上げ、いつものように心地良い風が私達を包む。
私の背で羽織ってただけの特攻服が、白い羽のようにはためいていた。
- 50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:45:25.59 ID:C7vYBgTo0
- ・・・・
・・・
結局私は何なのだろう。
たぶんその答えは、一生出ないものなのかもしれない。
けれど一つわかっている事もある。
私はデレ。
そう呼ばれる、一個の存在。
それでいいのかもしれない。
それだけでいいのかもしれない。
そう呼んでくれる皆がいるだけで。
私はデレ。
私は卵かもしれない。
ひょっとしたら人間かもしれない。
けれど私は、どちらにしろデレなのだ。
それが今の私の答え。
- 51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:47:59.07 ID:C7vYBgTo0
ζ(゚ー゚*ζ「おっはよー」
いつものように軽い挨拶とともに教室に入る。
相変わらず返事はないが、それもいつものことなので気にしない。
明けて翌日、私の日々はいつも通りの変わらない朝で始まる。
取り立てて特筆すべきこともない、いつもの朝だ。
ζ(゚、゚*ζ「今日も良い天気だね〜」
私は鞄を机に投げ置き、滑り込むように椅子に座る。
何とも騒々しい私の通学風景に、反比例するように周りの空気は静かになる。
私はそれを気にすることなく、投げ置いた鞄の中のアンパンが潰れてないかのチェックを行う。
気にするぐらいなら投げなければいいのだが、何となく勢いでそうしてしまう。
ζ(゚ー゚*ζ「二個とも無事だね」
私は満足げに頷き、机の横に鞄を引っ掛ける。
相も変らずのアンパン昼食だが、多少の変化はあった。
賭けに負けた、いや、この場合は勝ったのか、内藤君がしばらくは毎日アンパン届けてくれるのでお昼に一個余分に食べられる。
- 54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:50:29.76 ID:C7vYBgTo0
ζ(-、-*ζ「しかし、男の子って……ホント馬鹿だよね……」
聞きしに勝るお馬鹿っぷりに、私は呆れると同時に少し羨ましくも感じていた。
単純で良いなと。
ζ(゚ー゚*ζ「さて、1時間目は……」
私ももっと単純に考えられたら、少しは変るのだろうか。
私を覆う殻に囚われることなく。
叩き割らずとも、あの殻を取り除く事は出来るのだろうか。
ζ(゚、゚*ζ「ああ、数学か〜……って、教科書忘れた」
正しくは、学校に置いておくのを忘れたなのかもしれないが、兎に角数学の教科書がない。
まだちょっと時間はあるので、ミセリ子ちゃんに借りに行っても間に合うだろう。
ζ(゚、゚*ζ「……単純に……か」
単純に考えればもっとも効率の良い方法は……
ζ(゚ー゚*ζ「ねえ、鈴木さん?」
/;゚、。
/「ひゃ!? ひゃい?」
- 57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:52:36.58 ID:C7vYBgTo0
ζ(゚ー゚*ζ「あのさ……」
/;゚、。 /「は、はい……」
ζ(゚ー゚*ζ「数学の教科書忘れちゃったんで、次の授業の時、見せてもらえないかな」
/;゚、。 /「はい! どうぞ!」
ζ(゚、゚;ζ「いや、そうじゃなくて、一緒に見せてもらえればそれでいいからさ……」
私はものすごい勢いで差し出される教科書をやんわりと突き返し、呆れたように呟く。
うん、まあ、この反応は予想は出来たけどね。
ζ(-、-*ζ(全く……単純な事ってのも、意外と難しいもんだね)
卵な私は、自分を覆う殻を破らなければならない。
でもそれは、別に力ずくじゃなくってもいいはずだ。
そんな簡単な事に気付くのに随分遠回りした気もするけど、それもまあ良い経験だったと思おう。
/;゚、。 /「えっと……」
ζ(゚ー゚*ζ「駄目かな?」
- 58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:55:22.09 ID:C7vYBgTo0
/ ゚、。 /「い、いえ、その私のでよろしければいくらでも……」
ζ(゚、゚*ζ(硬いなぁ……これだと脅してるみたいだけど……まあ、最初は仕方ないか)
そう、最初は仕方ないのだ。
ゆっくりでもいいからこうやって一つ一つ、私は自分を覆う殻を取り除いていくしかない。
私が私でいるために。
私を、守ってくれる皆が安心していられるように。
ζ(^ー^*ζ「ホント? ありがとね、鈴木さん」
/*゚、。
/「い、いえ……その……」
私の満面の笑みに釣られるように鈴木さんも少し微笑んでくれる。
やっぱりこんな風に、単純なものかもしれない。
私を覆う殻を割る事なんて、本当はもっと簡単なはずだったのだ。
私が自分で、難しくしていただけなのかもしれない。
ζ(゚ー゚*ζ「よっと」
私は机を右側に寄せ、鈴木さんの机にくっつけた。
- 60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日)
22:58:22.53 ID:C7vYBgTo0
机を動かすのには、ほとんど力はいらなかった。
机は簡単に動き、簡単に繋がった。
結局そんなものなのだ。
私はちょっと力み過ぎてたのだと、改めて思う。
ζ(゚ー゚*ζ「あ、そうだ、お礼にパンを一つあげよう」
/;゚、。 /「え、いや……お礼とか、その……」
ζ(゚、゚*ζ「ほら、アンパンとアンパン、あとお昼にもう一個アンパン来るけどどれがいい?」
/;゚、。 /「え、いや、どれも同じじゃ……」
ζ(゚、゚*ζ「微妙に大きさ違うよ? ほら、こっちがわずかに大きいし」
/;゚、。 /「えー……変わんないような……」
私はまた殻を割り続ける。
いつか卵から鳥になるために。
私が私でいるために。
ゆっくりと少しずつ、私は私を覆う卵を割るのだ。
ζ(゚ー゚*ζは卵を割るようです おしまい
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