2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:04:34.66 ID:ReAo5sDF0

 ダイ2ワ オナジ セカイ ガ ツヅク ト シンジテ ウタガワナイ ノハ


川 ゚ -゚) 「……朝……だな」

その日はいつもの朝とは少しだけ違った。
ほんのわずかな違い、少しだけ湿気を帯びたような空気の感じが、今日一日を憂鬱にさせる予感がする。

「続いて天気予報です──さん──」

「はい──です──地方は──午後──生憎の雨となり──」

川 ゚ -゚) 「やはりか……」

いつもの工程の一番最後、予想はしていたが今日の天気は芳しくないようだ。
私は傘を手に取り部屋を出る。
いつもの様に無人の部屋に出掛けの挨拶を残して。

・・・・
・・・


3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:07:26.86 ID:ReAo5sDF0

幸いにも雨はまだ降り出さず、職場まで辿り着いた。
このまま降らずにいてくれれば帰りも助かるのだが、今の天気予報の精度からすると、それは叶わぬ願いだろう。

川 ゚ -゚) 「さて……ん?」

外務省の看板を見上げ、いつもの作業に取り掛かろうとするも、今日は紙は剥がされてはいなかった。
剥がされてはいなかったが……
  _,
川 ゚ -゚) 「何だこれは?」

私が貼った“省”の文字の周りに、紙で出来た花が貼ってあった。
選挙で議員等が当確の時に貼るようなアレだ。

何の意図があってこうしているのかはわからないが、少なくとも、好意でやっているわけではないというのは窺い知れる。
簡単に言えば馬鹿にされてると。

そうなってくると、どこの誰がこんな事をしたのかだが、少なくとも課長ではないだろう。
そんな事をするようなタイプではないし、そんな事をしたらどうなるか想像ぐらいは出来るだろうから。

川#゚ -゚) 「……アイツか」

さして考えるまでも無くすぐに思い当たった顔に憤りをおぼえ、若干強めにドアを開ける。



5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:10:59.75 ID:ReAo5sDF0

川#゚ -゚) 「おはようございます」

(;‘_L’) 「ああ、素直君、おは──」

( ・∀・) 「おッはよーごッざいまァーっす」

弱々しい課長の声を遮って響く、間の抜けたやけに甲高い声が私の推測の正しさを証明する。
その声の発信源につかつかと歩み寄り、半眼で睨み付けた。

川#゚ -゚) 「やはりお前か」

( ・∀・) 「はァーい、私ですよ。総務省監察課、あなたと私のモララー君です」

左の掌を上に向け、胸の下に添えて恭しく一礼をするモララー。
やけに芝居ががった態度だが、基本的にコイツはいつもこんな風だ。

それが演技か天然なのかは知らんが、どちらにせよ、人の神経を逆撫でする事には変わりない。



7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:13:07.34 ID:ReAo5sDF0

川#゚ -゚) 「で、その監察課様が朝っぱらから何の御用だ?」

( ・∀・) 「やだなァー、気軽にモララーって呼んでくださいよ、クーちゃん?」

川#゚ -゚) 「断る。ちゃん付けすんな、キモいんだよ」

(*・∀・) 「ウフフ、相変わらずつれないなァー。でも、そういう所がまた……フフフフフ」

両の手の平を胸の前で組み、身体をくねらせるモララー。
苛立たしい事この上ないが、仮にも自分よりはかなりの上役ではあるので、迂闊に殴り飛ばせない。

その結果が自分に返って来るだけなら良いのだが、恐らくまず課長が責任を取らされるだろうから。

川#゚ -゚) 「用がないならさっさと──」

(;‘_L’) 「ああ、素直君、お客様にお茶をお願い出来るかな?」

川#゚ -゚) 「こんなやつに──」

(;‘_L’) 「素直君、よろしくね」



8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:16:41.41 ID:ReAo5sDF0

川#゚ -゚) 「──わかりました」

険悪な空気に課長の穏やかな声が割って入る。
若干震えたトーンなのは、怒りの為ではなく、恐れの為であろう。

主に私への。

私は、目を瞑り、大きく息を吐き出し、心を鎮めると、大股に歩き部屋を出た。
背後からモララーの、お茶は熱めで、という注文が届いたが、返事はせずに給湯室へ向かった。

電気ポットを見ると、コンセントが外れていた水のままだったので、直接電気コンロで湯を沸かす事にする。

川 ゚ -゚) 「……ふぅ」

何もせず、ただお湯の沸く様を眺めていると、幾分気持ちは落ち着いた。

総務省監察課監査室長・高良菜モララーは私の仇敵だ。
私の、というよりは外務省のと言うべきなのだが、個人的にもムカつくのでそれはそれでいい。

先程は、何の用だと聞きはしたものの、やつがここに来る理由は1つしかない。

ずばり、外務省を潰す為。



10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:19:50.93 ID:ReAo5sDF0

川 ゚ -゚) 「まあ……それが仕事なのはわかってるが」

監察課というのはそういう所だ。
各部署を回ったり、書類を調べたり、その仕事振りを逐一チェックする。
その結果、問題のある部署にはそれ相応の対処を執行する。

当然の如く、この外務省は問題だらけの部署ではあるので、ちょくちょく監査の手が入る事になるのだが……。

川#゚ -゚) 「……ったく、普通に監査しろっての」

あのにやけ面を思い浮かべると、折角落ち着いた気持ちも波立って仕方がない。
やつは時々外務省に来るが、査察らしい査察は行わず、色々と奇行を働いて帰って行く。
看板に貼ってあったあの花もやつの奇行の1つだろう。

一応、外務省を無くしましょう的な事を話す事もあるのだが、存在自体が冗談みたいなやつなので、どこまで本気か全くわからない。

川 ゚ -゚) (無くす……)

普通に考えてみれば、国が1つしかない現状で外務省が存在している意味は皆無に等しい。
また世界が荒れて、必要になる日が来るのかもしれないが、起こってからの事を考えるよりは、起こさない事に尽力すべきだと思う。

現在、外務省が残っているわけは、慣習的に残されてきたに過ぎない。
無くす事により発生する精度やら書類やらの整理の手間の方が、残す事により発生する予算より重いからかもしれない。



11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:24:36.41 ID:ReAo5sDF0

だが、そこに人がいなくなれば、当然、無くさなければならなくなるだろう。

私と課長が外務省を辞める、ないし移動願いでも出せば、色々と手っ取り早く片が付く。
少なくとも、我々が在籍したまま無くす手続きをするよりは、その何倍も手間がかからないだろう。

治世においては人権はそれなりに強い権利を主張する。

川 ゚ -゚) (辞める……)

私は辞めても、再就職はさして苦労はしないだろう。
また国家公務員になれるかは別として、この若さと知性、それに美貌が備わっている私ならば造作もない。
……いや、ホントに。これ、客観的評価ですよ、トソンの。

問題は課長だろう。

年齢もさることながら、のんびりとしてそうな割には、神経細そうな胃弱持ち。
体力はなさそうだし、覇気もない。ルックスもドンマイ。
そんな中年男がどこに行く当てがあると言うのだろうか?

私は、沸騰したお湯を電気ポットに移し、今度はお湯を注いだ湯飲みをコンロの上に置く。



12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:28:23.92 ID:ReAo5sDF0

私は別に課長の為に外務省にこだわっているわけでは無い。

外務省に来た目的を、まだ果たしていないからだ。

もっとも、その目的すら曖昧な物で、私自身、どうしたいのか今一つ測りかねている。

川 ゚ -゚) 「そろそろかな」

コンロの上に置かれた湯飲みは、大量の湯気と泡が噴出し、程よく沸点を保っている。
そこにお茶っ葉を数枚振り落とし、火バサミで湯飲みを持つ。

先に用意していた2人分の湯飲みを乗せたお盆を片手で持ち、給湯室のドアを足で軽く蹴り開ける。
少々所ではなく、お行儀のよろしくない行為だが、どうせ誰も見ていないだろう。

執務室の前で、お盆を曲げた右手の肘の辺りに乗せ、左手でドアを開ける。
これでもバランス感覚はいい方だ。

( ・∀・) 「おッかえりなさァーい。遅かったですねェ、ウフフフフ」

川 ゚ -゚) 「失礼、お湯が沸いてませんでしたので」

甲高い割りに纏わり付くような錯覚を覚えるモララーの言葉に、私は丁重に言葉を返す。
御注文通り、熱めにしておきましたと火バサミに挟んだ湯飲みを差し出しながら。



15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:33:20.80 ID:ReAo5sDF0

(;‘_L’) 「す、素直君、それは……」

川 ゚ -゚) 「お茶ですが、何か?」

( ・∀・) 「わァーお! 御注文通りですネ!」

おどけた調子で両手を胸の前で、ポンと打ち合わせるモララー。
私の行動を予期していたのか、スーツのポケットから厚手の革手袋を取り出し、両手に装着する。

( ・∀・)つ 「頂きまァーすね」

川 ゚ -゚)つ<旦 「はい、どう──」

川 ゚ヮ゚)ノ彡旦 「おおっと、手が滑ったァー」

私は、見事な演技で転んだフリをしつつ、モララーの顔面目掛けて湯飲みを放り投げた。
直接攻撃はNGだが、仕事の上での事故ならば問題ないだろう。

(;・∀・) 「どわっちゃァァァァ!?」

(;‘_L’) 「素直くぅぅぅぅん!?」



16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:38:25.75 ID:ReAo5sDF0

川 >一<)ヾ 「てへ、失敗失敗」

かわいらしく舌を出し、額を軽く叩いてみる。
蒼白だった課長の顔がさらに引きつった真意は後で問い質すとして、熱湯を浴びた割には意外と元気そうにのた打ち回る
モララーに謝るフリをする。

川 ゚ -゚) 「すまない、転んだ」

(;・∀・) 「あっつ! あっつぅい、これ! 流石にヤバイ! 僕ヤバイ!」

(;‘_L’) 「素直君、何か拭く物を!」

恐らく水でも汲みに行ったのか、慌てて飛び出していった課長の言葉に従い、掃除用具入れから雑巾を取り出し、
お湯で濡れた床を丁寧に拭く。

水の入ったバケツを抱えて戻って来た課長が、それを見るなり頭を抱えたので、何か言われる前に雑巾をモララーの顔に投げつけた。

川 ゚ -゚) 「それで顔でも拭け」

(;‘_L’) 「す、素直くぅぅぅぅん!?」


17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:42:03.64 ID:ReAo5sDF0

(;・∀・) 「いやァーさすが、クーちゃん。ものスゴいドSっぷりだよねェー」

川 ゚ -゚) 「そりゃどうも。もう一杯お茶を如何ですか?」

首を振り、緩やかに立ち上がるモララー。
雑巾を畳み、恭しく差し出してくる。

やはりリアクションの割には大したダメージは受けてないようだ。
毎度のことながら丈夫なやつだ。

(*・∀・) 「でェも、そういう所がイイんだよねェー、ウフフフフ」

川 ゚ -゚) 「心底気持ち悪い」

(;‘_L’) 「素直君、もう少し、ね、その、オブラートにね」

必死に取り成す課長だが、今のは向こうもセクハラ気味だったのでお相子だろう。
そもそも、コイツは今更この位の事を言われたぐらいで応える面の皮ではない。



19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:45:51.41 ID:ReAo5sDF0

(*・∀・) 「だ・か・ら・こんな部署さっさと潰しちゃってェ、うちに来ませんかァ? クーちゃんなら大歓迎ですよ?」

川 ゚ -゚) 「断る」

考えるまでも無く即答。
部署云々の話以前に、コイツからの誘いには一切乗る気がしない。

(*・∀・) 「いやん、フラレちゃった。何なら、僕の上司として来て貰ってもいいんですけどねェ」

ドSな上司、素敵! と、クネクネ悶えるモララーを蹴り飛ばしたい衝動を抑え、視線を外す。
明らかに冗談めかした口調で言ってはいるが、多分私が了承したら、コイツは本当に私をそのポストに付けるだろう。
コイツはそういうやつだ。

コイツがここを潰すと宣言したら、本当にここはなくなるはずだ。

しかしまあ、上司としてなら美味しいかもしれん。
その場合の最初の仕事は、モララーの首を飛ばす事だが。

川 ゚ -゚) 「特に用事はないのだろう? もう帰れ」

( ・∀・) 「心外だなァー。用事はちゃんとあるんですけどねェ」

大行に両手を挙げ、言葉に合わせて首を振って見せるモララー。
道化師にでも転職した方がその才を生かせそうだ。


21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:50:18.14 ID:ReAo5sDF0

しかし、どこで道を間違ったのか、コイツはここで公務員という仕事に就いてしまっている。
私がもっと昔に出会っていたら、有無を言わさずサーカスにでも放り込んでいた所だ。

川 ゚ -゚) 「ほう……そうか、ならばその用事とやらを言ってみろ」

( ・∀・) 「そんな物は決まってるじゃァないですかァ?」

モララーは立てた人差し指をくるくると回し、もったいぶった口調で言う。
私は何も言わず、顎で言葉の続きを促した。

(*・∀・) 「あなたとお話するためですよ、ク・ゥ・ちゃん?」

私は、一切の躊躇い無くそのニヤけ面を張り飛ばした。

・・・・
・・・



22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 21:55:20.45 ID:ReAo5sDF0

いつの間にか雨が降り出していた。
やはり昨今の天気予報は優秀だ。

憂鬱な気持ちに拍車を掛けるかのように、しとしとと雨が降り注ぐ。
窓の外は霧ががかかった様な白いフィルターに覆われる。

モララーの退場後、課長にお小言を言われはしたものの、それ以上は特に何も無く、通常業務を進行している。
暴力は駄目だと課長は言うが、何も私は毎回好き好んで張り飛ばしてるわけでもない。
どうしてもそうせざるを得ない状況に持って行くモララーが全面的に悪い。

当の本人は、軽いスキンシップだとにこやかに回りながら帰っていた。
あんなのとスキンシップを図りたくもないから、私としては暴行でも構わないのではあるが、
それだと問題になりかねないと言う課長の言葉にそこはぐっと堪えてはいる。

途中の葛藤は一体何だったのかと思わずにはいられないが、それもまあ、あんな馬鹿が相手だから仕方のない事だろう。

川 ゚ -゚) (次……1980年度……)

分厚いファイルを開き、文面に目を通す。
必要な箇所を抜き出し、コンピュータに打ち込む。

仕事がないと嘆いていても始まらないので、仕事は自分で作る。
曲がりなりにも公務員、給料泥棒と言われないだけの働きはしたいものだが、現状で足りているかは甚だ疑問だ。
回ってくる仕事は大概他部署の雑用的お手伝い業務だ。



23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:00:44.77 ID:ReAo5sDF0

それすらない時は、今日の様に過去のファイルをコンピュータに移す作業をしている。
紙資料ではいざ必要となった時に探すのに手間だし、嵩張って場所も取る。

そういった点を考えると、紙資料はナンセンスだとも思われるが、また世界が滅ぶような事態になった場合には、
紙資料の方が残る可能性が高いという事が歴史によって証明されている。

必要とされる時が来るのかは置いといて、この作業自体はその当時の状況もわかって中々面白くもあるが、こうも気持ちが
ささくれ立っている時には向いている仕事とも思えない。

川#゚ -゚) (あの馬鹿はホントに何しに来てんだ?)

あの馬鹿、モララーは何週間に1度かは外務省を訪れるが、1番最初に来た時は外務省の存続に付いてどうのこうのという
用件を携えてきたものの、それ以降は毎回ふざけた用件のみを伝えて帰って行く。

その意図を探ろうと試みてはみるも、終始あんな調子なので、大体最後は肉体言語によってシメられる。

それとなく、総務省の方も探っては見たが、今の所外務省に関する何らかの措置は取られる様子はないようだ。

川 ゚ -゚) (……まさかホントに顔を見に来てるだけじゃないよな)

私は、不意に浮かんだ恐ろしい想像を振り払う様に強く頭を振り、思考を現実へと引き戻した。



24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:02:39.93 ID:ReAo5sDF0

時刻は既に昼を過ぎた。
課長は先程から珍しくかかってきた電話の応対中だ。

川 ゚ -゚) (どうせ課長は外には出ないだろうから、食事にでも行って来るかな……)

程なくして電話を終えた課長に話し掛けようとするも、先に向こうから用件を切り出された。

(‘_L’) 「素直君はお昼はどうするの?」

川 ゚ -゚) 「食べます」

(;‘_L’) 「いや、そうじゃなくて……」

反射的に答えはしたが、すぐに課長の意図に気付き外で食べるつもりだと訂正した。
朝ないし、昼に何か買って来てここで食べるか、外に食べに行くかの二択しかない。
外は雨なので、出歩くのも億劫だが、苛立った気持ちの気分転換には丁度良いだろう。

(‘_L’) 「そうかい? それならちょっとお使いを頼まれてくれないかな?」

・・・・
・・・



26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:10:42.57 ID:ReAo5sDF0

外務省は区の東側に位置する。
いくつかの省庁の庁舎が密集しているが、同じ様に他の場所にもそういった庁舎郡がある。

今回、私が向かうのは区の中央に位置する庁舎、内閣府や総務省、財務省など主要な省がそこに集まっている場所だ。
正直、中央に行くのはあの馬鹿と再度遭遇しかねないので気が進まなかったが、仕事は仕事、文句を言うわけにもいかない。

それに、用事があるのは総務省という訳ではないので、アレに会う可能性はそう高くもないだろう。

などと楽観的に考えていたら、内閣府への用事は恙無く終わり、少々拍子抜けした。

川 ゚ -゚) 「今日はついていない日だと思っていたが……そうでもなかったかな」

時間確認の為に携帯電話を取り出す。
腕時計の類はつけない。
体質に合わないのか、よく肌荒れを起こしてしまう。

時間はお昼を回って久しい。
この時間なら、どの店も空いている頃合で丁度良さそうだ。

ディスプレイの端に浮かぶ、着信2件と表示されているメールはスルーで。
どうせ送り主はあいつしかいない。
後で見ることにする。



28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:14:36.68 ID:ReAo5sDF0

「先輩!」

川 ゚ -゚) 「……噂をすればというやつか」

不意に背後から浴びせられた声に、ゆっくりと振り向く。
声の主はどこからか全力疾走でもしてきたのか、幾分呼吸の荒い、予想通りの後輩の姿だった。

(゚、゚*トソン 「こんにちは、先輩! こんな所でお会いするなんて、これは運命的と言っても差し支えありませんよね!」

川 ゚ -゚) 「やあ、トソン、同じ国家公務員同士、どこかの庁舎内で会うことは別に珍しくもないだろうな」

私は、興奮気味で少々声のトーンが高いトソンを制してこれからの予定を聞いた。
残念と言うべきか幸いと言うべきか、トソンの用事はまだ済んでいなかったので、この場で軽く話す事にした。

川 ゚ -゚) 「特務対策課の現場主任が何の用事だ? こんな事務処理の拠点みたいな場所に」

トソンの仕事は主に現場仕事だ。
事務関連は同じ課の中で別の人間が負っている様な事を以前にメールで聞いた覚えがある。

(゚、゚トソン 「それに関してはまだよくわかってないのですが……」

わずかに眉をひそめ、静かな口調で説明するトソン。
何でも、ここ最近の次元の裂け目の動向に不審な点が見られる事と関係があるらしいという話だ。


29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:18:43.42 ID:ReAo5sDF0

(゚、゚トソン 「この2週間で、急激に減ったんですよ」

川 ゚ -゚) 「減った? それなら喜ぶべき事なんじゃないのか?」

目下の所、国民の危機感は低いものの、一応は社会問題とされている次元の裂け目の出現が減ったのであれば、
その対策に当たる者としては手放しで喜ぶべき状況であろう。
しかし、トソンの顔色は優れない。

(゚、゚トソン 「以前にもそういったことがあったらしいのですが、その時は何と言いますか、その……」

川 ゚ -゚) 「その?」

(゚、゚;トソン 「嵐の前の静けさだったみたいなんです」

川 ゚ -゚) 「嵐の前……」

トソンは神妙な顔で、上司から聞いたというその当時の話を語りだした。

・・・・
・・・



31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:22:01.72 ID:ReAo5sDF0

川 ゚ -゚) 「ただいま」

相も変わらず無人の部屋に律儀に挨拶をする。
幼少の頃に躾けられた所作は、早々変わるものでもない。
3つ子の魂なんとやらだ。

結局昼に確認するのを忘れて、3件になっている未読メールをそのままに、マナーモードを解除した携帯電話を充電器に刺す。
機械的に帰宅後のいつもをこなしていると、時間は淀みなく過ぎていった。

川 ゚ -゚) 「今日もろくな番組はやってないか……」

元々ニュース程度しか見ないのに、バラエティやドラマに文句を言うのは筋違いだが、どれも同じ様に見えて仕方がない。
それほど几帳面と思えない私は、毎回続けて見ていないとわからなくなる連続ドラマよりは、その時限りの映画か、
2時間ドラマぐらいが丁度いい。

一巡りしたチャンネルは、結局いつもの国営放送のニュースに落ち着く。

「続いてのニュースです。今日未明──で──火災が──」

川 ゚ -゚) 「……」

平和なはずの世界も、どこかで誰かが苦しんでいる事もある。
変わらないのは自分の周りだけで、それすらも錯覚で、本当は絶えず、何らかの変化が起こっている。



33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:26:42.95 ID:ReAo5sDF0

「なお──放火の恐れもあり──近隣の──」

川 ゚ -゚) 「物騒な話だな……」

誰に聞かせるでもなく呟かれる言葉。
1人暮らしが長いと、独り言が増えるというのは本当らしい。
自重せねばと思いつつも、どうせ誰も聞いてないから独り言なのだと開き直ってる面もある。

あまりの空しさに、何かペットでも飼うかと思った時期もあったりしたが、先ほど述べた様に、
そう几帳面でもない私がペットを飼うのもどうかと危ぶまれたので思い止まった。
飼っても精々あまり手を掛けなくても死なないようなものだろう。

爬虫類か両生類か、はたまた魚類のタフなやつか。

川 ゚ -゚) 「どっちにしろ、ペットしか話し相手のいない寂しいOLに変わり無いが」

また独り言を呟くが、それに気付くのはしばらく後だった。
いっそ植物でも育てるかと思うが、動かないものを見てても面白くも何とも無い。

いつの頃からか、花を愛でる心は無くしたようだ。


34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:28:28.75 ID:ReAo5sDF0

【】< PiPiPiPiP♪

川;゚ -゚) 「……あ、メール……」

前触れ無く自己主張を始めた携帯電話に、朝から放置しっぱなしのメールを思い出した。
差出人は全て同じで、毎日よくもまあ、あれだけ書く事があるものだと感心するが、今日は昼の件があるので、
その辺りを聞いてみるのもいいかもしれない。

川 ゚ -゚) 「しかし……嵐か……」

嵐の前の静けさ。
そう称された現象は、過去にも同じようなことがあったからだと言う。

トソンの話では、次元の裂け目の発生が散発、次第に沈静化していった時期が十数年前にあったらしいのだが、
そのしばらくの後、巨大な次元の裂け目が出現したらしい。

幸いにも、その裂け目は海上に出現した事もあり、人的被害は皆無だったようだったが、現在までその裂け目は塞がっておらず、
その場所は近辺は立ち入りが禁じられているらしい。

影響があったのは一部の海運コースだけなので、これと言って話題にもならなかったが、当時の政府内ではそれなりに
大きな問題として扱われたようだった。



36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:31:38.12 ID:ReAo5sDF0

その裂け目の調査は未だ継続中らしいが、その情報はほとんど機密扱いだ。

ただ、それにより、次元の裂け目の補修に多少の技術向上がもたらされた様ではあった。

現状、トソンから知り得た情報はこの位だ。

川 ゚ -゚) 「……しかしまあ、何だ」

私は、トソンからのメールを読みつつ考える。
朝昼のたわいもないメールは軽く流して、夕方以降のメールをじっくりと読んだ。

川 ゚ -゚) 「どんだけハブにされてるのかと……」

未知の情報ばかりではあったが、その内の一部は各省にも情報は伝わっていたはずだ。
当然、外務省にも。

現在、私は丁度その当時の資料も紙からコンピュータに移してる最中だと言うのに、まったくそれらしい情報は目に付いていない。

これが何を意味するかと言えば、前述の通りだ。

川 ゚ -゚) 「……ん?」


37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:34:12.19 ID:ReAo5sDF0

トソンの最新のメールを読み進めていると、気になる記述があった。


『 でもですよ!(b゜∩゜)

  びっくりなことに、もうすぐ何か起りそうって話なんスよ!(゜∀゜;ノ)ノ

  それが何を意味するのかワカンナインデス(><)けど、

  何かしらワン・インポータントみたいっス!(」゜□゜)」

  続報にこうご期待!(≧ε≦)

  お返事待ってまーす!!!(;▽;)/~~

                                    o(^ー^トソンo 』


川 ゚ -゚) 「……」



39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:36:20.45 ID:ReAo5sDF0

川;゚ -゚) 「ウゼエ……」

携帯電話を投げ付けたくなる衝動を必死に抑え、その意を解読する。
ワン──多分、一大事のことではあろうが、何かしら起る事が予測されてるようだ。

それは過去の経験からなのか、それとも何かしら別のことに起因するかは不明だが、とにかく宜しくない事態ではあるらしい。

川 ゚ -゚) 「とは言え、わかったからといってこちらには何の手の打ち様もないのだがな」

私は、携帯電話をベッドに放り投げ、そのままフローリングの床に横になった。
この件に関して、そこまでわかってて何の報道もされてない所を見ると、今回も大して危険はないのか、それとも、
報道しても無駄かのどちらかなのだろう。

どちらにしろ、何もする事はない。

変わらないいつもを、ただ過ごすだけだ。

例え、それで世界がまた壊れたとしても、その間際まで自分は何も知らずに過ごすのだろう。



40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:40:28.53 ID:ReAo5sDF0

川 - -) 「なんだかなぁ……」

そう思うと色んな事が馬鹿らしくも思えてきたが、結局は明日も変わらない朝を迎える。
自分に出来る事はそれだけなのだから。

選んだ道が、きっとそこにしか繋がっていないのだろう。

川 - -) 「私は……道を……まち…………」

【】< PiPiPiPiP♪

川;゚ -゚)そ 「おおぅ!?」

いつの間にか眠りに落ちかけていた私を、不意に自己主張を始めた携帯電話が強引に叩き起こす。
無粋な同居人ではあるが、いなくなると困るのは私の方なので、ベッドの方まで這い進む。

川;゚ -゚) 「うん……まあ、予想は出来ていた」

当然の如く、メールはトソンからで、本日6件目。
今回は前の5件に1度も返信をしていない私に非があるだろうが、何とも面倒な話だ。



42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:42:35.56 ID:ReAo5sDF0

川 ゚ -゚) 「面倒は流石にひどいか」

散々情報を得ておいて、その扱いは酷いし、トソンの事も嫌いではない。
むしろ、大学時代から話も合い、数少ない、気に入ってる部類の人間だ。

面倒なのはメールなだけだ。
話すのは、直接顔を会わせた時でも良いし、日にそう何度も話す内容があるわけでもない。

だが、トソンのメールを見る限りでは、話題に関しては際限なくある様で、どうやら私の引き出しが小さいだけとも思える。

川;゚ -゚) 「泣き顔だらけのメールだな……」

ずっと返事をしなかったからだろう。
偶然とは言え昼に会ったのだから、その辺りも少しは考慮して欲しいとも思う所だが。

川 ゚ -゚) 「えっと……今日は……ありがとう……またあの件の情報よろしく……と……送信──」

送信ボタンを押そうとして、ふと思い付き、手を止めた。



44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:45:50.42 ID:ReAo5sDF0

川 ゚ -゚) 「いや、待て、えっと……今度飲みにでも行こう。私が奢るから……と……送信」

たまには良いだろう。

なんだかんだで、色々と世話になっている。
トソンは大学時代の恩を返しているだけだと言うが、今の私には気軽に話せる様な友達もいない。

主に、人間関係に不精な私の性格が災いしたのだろうが。

近場に住み、大学に行けば会えていた友達は、物理的距離が離れてしまえば疎遠になってしまった。
直接会えばまた昔のように話せるのかもしれないが、会えない現状に何を言っても仕方がない。

川 ゚ -゚) 「どうせすぐ返事のメールが来るんだろうな……」

私は、そんな事を考えながら読みかけの文庫本を開いた。
意外にもすぐに返事が来なかったので、少々訝しんだが、いつの間にか本の中にどっぷりと浸り、いつしか忘れてしまっていた。

眠りにつく直前に、物凄い長文の感謝と、飲み会予定コースが第20案まで綿密に書かれたメールを開いた時に激しく後悔したが。

・・・・
・・・



46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:49:45.67 ID:ReAo5sDF0

川 ゚ -゚) 「……朝か」

若干高い湿度が、未だ雨が降り続いている事を暗に告げる。
いつもと変わらないはずの朝。

目覚ましの音も、ニュースを読み上げるキャスターの声も、昨日と何ら変わる所は無い。

「臨時ニュースを──今朝未明──巨大な次元の──」

川 ゚ -゚) 「……巨大な……次元の?」

ただ、その内容が昨日とは大きく違っていた事に、寝惚けた頭は少し気付くのが遅れる。
言葉が頭の中を巡り、その意味がつながった瞬間、私はテレビの音量を上げた。

川;゚ -゚) 「これか!? 随分と早い──」

【】< PiPiPiPiP♪

川;゚ -゚) 「メール? いや、電話」
  _,
川 ゚ -゚) 「ん……誰だこの番号?
 つ】

川;゚ -゚)】「はい、素直──」



48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:51:38.24 ID:ReAo5sDF0

【「おっはよォごっざァいまぁーッす!」

川;゚ -゚)】「……」

【「あれ? 電場状態悪いですかァー? もしもッしィー?」
.  _,
川#゚ -゚)】「……おい、コラ、なぜ貴様がこの番号を知っている?」

【「僕の役職ご存じなかったですかねェー? 監査室長ですから、全職員の携帯番号ぐらいすぐですよォー?」
.  _,
川#゚ -゚)】「チッ……まあいい、で、用件はなんだ? 切るぞ?」

【「いやいやいや、大した事はござぃませんよォー。大した事はないのですがァー」
.  _,
川#゚ -゚)】「いいから用件を言え。切るぞ?」

【「今日は中央に直接出向いてください。内閣府です」
  _,
川 ゚ -゚)】「……は?」

【「あれ? 聞こえませんでした? 内閣府に……」
  _,
川 ゚ -゚)】「それは聞こえた。何故だ? 何故私がお前の──」



50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/18(土) 22:55:56.76 ID:ReAo5sDF0

【「上からの命令です。それだけです。詳しい話はお着きになってからで」
  _,
川 ゚ -゚)】「おい、詳しく話せ。私がそれで納得するとでも──」

【「では、バッハハァーイ!」
  _,
川 ゚ -゚)】「おい、コラ、おい──切りやがった……」

一瞬、掛け直してみようかとも思ったが、あの馬鹿はこれ以上何も話しそうにも無いだろう。
それならば、些か不本意ながらも直接行って話した方が早い。

川 ゚ -゚) 「……やれやれ、なんだってんだ」

いつもと変わらないはずだった朝は、一転して引っくり返ってしまった。
変わらないはずの世界が、突如として崩れ去った。

いや、元から何かしら、変化はあったはずなのだ。
ただ私が、気付かなかっただけ。

私は、努めて普段通りの工程を再現し、いつもとは違う朝に抗いながら部屋を出た。



 第2話 了 〜 疑わなかったのも私、変えなかったのも私 〜


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