4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 00:27:08.31 ID:wxcdMwlyO
 
 ダイ6ワ チガウ セカイ ヲ ミツメ オナジ セカイ ヲ シル
 
 
「……子や孫に、夢を託す事は──」
 
あの時、じいちゃんは何と言おうとしたのだろうか。
 
在り来たりの言葉がいくつも浮かび、恐らくどれも遠く外れてはいないと推測出来る。
しかし、そのどれも100点満点の答えとは言えない気もする。
 
どれも85点ぐらい。
私が取り慣れた点数ぐらい。
 
  _,
川 ゚ -゚) 「畳だな……」
 
近代的なそれを過度に期待していたわけでもない。
辿り着いてからここまで、それらしき建造物は1つも見当たらなかった。
 
むしろ竪穴住居等ではなく、藁屋根でもないこの家はそれなりに近代的な部類だ。
 

6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 00:29:21.81 ID:wxcdMwlyO
 
ワタナベに案内され、遠慮なく使ってくれと案内された部屋は、玄関から一番遠い、2階の奥の間だった。
6畳一間で襖張り。セキュリティやらプライバシーの面を考えれば、現代人には到底住めた部屋では無いが、郷に入っては郷に従うべきだろう。
 
川 ゚ -゚) 「郷と言うより故郷に帰って来たような錯覚も受けるがな」
 
昔ながらの田舎の家にでも投宿しているような心持だ。
私は部屋の隅にボストンバッグを下ろし、備え付けてあったハンガーにマントを引っ掛けた。
 
歩き疲れ、汗をかいた身体にシャワーでも浴びたい所だが、そんな近代的な施設がこの部屋にあるとは思えない。
風呂ぐらいはこの家にあって欲しい所だが、なかった場合も考えておかなければ。
まあ、流石に水ぐらいはあるだろう。
 
川 ゚ -゚) 「……やれやれ、私とした事が」
 
そこまで考え、明らかに仕事そっちのけで身の回りの事ばかりに気を向けてしまっていた事に気付く。
私はここに遊びに来ているわけではない。
そんな事は二の次で、最悪、着の身着のまま、臭いままでもこの仕事を成し遂げなければならないのだ。
 
……いや、まあ、臭いままはちょっと勘弁してもらいたいが。
向こうも嫌だろうし。
 

7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 00:32:18.38 ID:wxcdMwlyO
 
从'ー'从 「失礼しまーす」
 
あれこれと考えていると、階下に降りたはずの渡辺が戻って来た。
その手にはお盆らしき物とガラスのコップが2つ。
ノックをされたのかわからなかったが、した所で襖だ。あまり響かないかもしれない。
 
ワタナベはお盆を部屋の真ん中に降ろし、収納の中から座布団を取り出す。
 
从'ー'从 「ずっと歩いて来て喉乾いただろうから冷たい物にしたよ。どうぞ召し上がれ」
 
川 ゚ -゚) 「ありがとう。……これは?」
 
从'ー'从 「お茶だよ?」
 
川 ゚ -゚) 「そう……か」
 
お茶と言われて差し出されたそれは、凡そ私が知るそれとは異なる色合いをしていた。
 
紫。
 

8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 00:35:06.76 ID:wxcdMwlyO
 
いや、見た目でだけで判断するのは早計だろう。
ここは異世界なのだ。ここではこれが普通で、美味しいのかもしれない。
それに、私が知らないだけで元の世界にも紫のお茶があるかもしれない。
 
川 ゚ -゚) 「紫蘇茶とか……」
 
うん、響きだけならお茶の元祖みたいな気もして来た。
これは飲めそう。いや、きっと飲める。
 
从'ー'从 「私も飲むね」
 
川 ゚ -゚) 「ああ、どうぞ──」
 ゲホッ!
从'д'从.・。 ’
 
川;゚ -゚) 「うお!?」
 
ワタナベはお茶を含むなり吹き出してしまった。
寸での所で降り掛かるのは避けたが、畳には飛び散ってしまう。
 

9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 00:38:47.26 ID:wxcdMwlyO
 
从;'ー'从 「ゲホッ、ごめん、これ、ゲホッ、傷んで──ゲホッゲホッ!」
 
私はワタナベにこちらはいいから自分のケアをしろと伝え、バッグからタオルを取り出し畳を拭く。
飲まずに良かったと胸を撫で下ろしながら。
.  _,
川;゚ -゚) 「異世界だからと何でも受け入れるのも危険なのか……」
 
私は、改めて己が置かれた状況の難しさを噛み締めていた。
 
・・・・
・・・

从;'ー'从 「ごめんねー。道理で変な色してると思ったんだー」
 
緑色の液体で喉を潤しながら、私はワタナベに気にするなと返す。
次に出されたそれは、私が知る色合いで、私が知る味に近しい物だった。
これとあの紫を間違える事自体が不思議だが、今はそんな事より聞くべきことが山積みだ。
 
川 ゚ -゚) 「さて、それではお互い色々と話したいことがあると思うのだが」
 
私は頷くワタナベに、ここに来た経緯を説明した。
一通りの事は理解しているのかもしれないが、まずは事実関係を明確にして、抜けがあるなら補ってもらうつもりで説明したのだが、
これといって口を挟まれる事もなく説明を終えてしまった。
 

11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 00:43:11.54 ID:wxcdMwlyO
 
川 ゚ -゚) 「というわけで、ここまで来たのだが」
 
从'ー'从 「大変だったねー。お疲れ様でした」
 
川 ゚ -゚) 「うん」
 
从'ー'从 「……」
 
川 ゚ -゚) 「……」
 
从'ー'从 「……」
 
川 ゚ -゚) 「……え?」
 
从'ー'从 「ふえ?」
 
川 ゚ -゚) 「あ、いや、出来ればそちら側の状況等を説明してもらえると助かるのだが」
 
从'ー'从 「え? せつめい? ……ああ、そだね。ちょっと待ってね」
 
そう言ってワタナベはまたメモ用紙を取り出した。
しかし、何やら難しい表情で首をかしげている。
揺れる艶やかな黒髪が、風呂の心配はしなくて良さそうだと思わせてくれる。
 

12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 00:46:06.61 ID:wxcdMwlyO
 
从;'ー'从 「えっと……、これからの予定を発表いたします」
 
川;゚ -゚) 「え? あ、はい」
 
しばらく黙り込んでいたワタナベが居住いを正し、大仰に宣言する。
 
从'ー'从 「19:00にお食事、その後お風呂、そして就寝です」
 
川;゚ -゚) 「……は? いや、話とか──」
 
从'ー'从 「空き時間は自由行動となってます。以上です!」
 
川;゚ -゚) 「い、以上って……こっちの説明とか話し合いとか……」
 
从'ー'从 「それはまた後です」
 
川;゚ -゚) 「何故後なんだ?」
 
从'ー'从 「えっとね、メモ帳にそう書いてあるんだ。これは後回しって」
 
流石にその理由では、曲りなりに国家の代表として来ているこちらとしては色々と納得いかないのだが、
食事の支度があるからと階下に降りるワタナベを引き止められなかった。
 

14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 00:50:11.72 ID:wxcdMwlyO
  _,
川 ゚ -゚) 「何なんだ、一体……?」
 
お互いの現状認識に齟齬があるのは、ある意味仕方がないとは思う。
同じ人間同士でも、食い違い、行き違いから諍いを招く事もある。
ましてや彼女は私が知る所の人間とは異なる。
 
見た目でつい人間に接している錯覚に陥る事もあるが、今の所、彼女はれっきとした不確定生物なのだ。
 
川 - -) 「どの程度までこちら側の常識を適用するかの匙加減が難しいな……」
 
私は気を取り直し、今1人で出来る現状分析に務める事にした。
壁に掛けられた時計を見て、手持ちの時計の類の時間を合わせる。やはり時差があったようだ。
 
その後、部屋や家の中を見て回ったが、これといって目立った収穫はなく、この家がただの古めかしい家だという事がわかっただけだった。
 
・・・・
・・・
 

16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 00:53:03.83 ID:wxcdMwlyO
 
川*゚ -゚) 「ふぅ……」
 
湯船に肩まで浸かり、背を岩肌に預ける。
激動の一日に振り回された身体に、少々温めの湯が心地良い。
 
川*゚ -゚) 「しかし……まさかこんな所で温泉に入れるとはな」
 
家の中を捜索中、風呂らしき設備を発見出来なかった時には軽い絶望感を覚えたが、食事の後、
ワタナベから家の裏手小さな温泉があるから入るといい、と教えてもらった時には一目でそれとわかるほど笑顔だっただろう。
 
裏口から出てみると、果たしてそこには樹木と塀に囲まれた、石造りの湯船があった。
 
川*- -) 「ゔぁ゙〜……」
 
他人に聞かせられない類の呻きと共に大きく四肢を伸ばす。
凝った身体がほぐされるのが感じられる。
割とオープンな風呂だが、まあ、今の所生き物はワタナベとあのトーテムポールぐらいしか見てないし、大丈夫だと判断した。
どちらかと言えば、風呂に入りたいという欲求に負けた感じだが。
 

18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 00:56:34.58 ID:wxcdMwlyO
 
川*- -) (しかし……どうするかなぁ……)
 
私は、ここに着いてからの事を思い返す。
一番の問題は重要事項を後回しにされた件だ。
それを聞かない事には話が進まないのだが、ワタナベはメモに書いてないからわからないという始末だ。
 
そこから、いくつも可能性は推察できるのだが、結局向こうの動き次第になるので、こちらからはどうしようもないというのが結論だ。
 
川*- -) (だから、ワタナベ自身が知っている事を聞き出す事に切り替えたのだが……)
 
食事は意外な程に見慣れたものだった。
肉らしき何かを焼いた物、野菜らしき物を焼いた物、生の野菜らしき物、スープらしき物。
どことなく野菜の形が見覚えのないものが混ざってた事以外は、どれも身構える必要のある色合いはしていなかったし、味も普通に美味かった。
 
ワタナベが言うには、野菜類は裏、つまりはこの温泉のそばで育てているとの事で、肉類は動物性蛋白質を精製した物らしかった。
後者は急に近代的と言うか、未来的な物になったが、ワタナベの説明ではよくわからなかった。
 
川*- -) (ボタンを押せばお肉が出て来る、だったからな……)
 
恐らくは、動物性蛋白質を培養、加工しているのだろう。
詳しいメカニズムは見当も付かないので、貧相な想像の域を出ないが、恐らく高度な技術が使われている事だけはわかる。
これがあれば、食糧問題の多くを解決出来るのではと考える程に。
 

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 00:58:03.97 ID:wxcdMwlyO
 
その他には特にめぼしい情報は得られなかった。
食事風景やら家全体やらがやけに和風な印象を受けたのは、どうやらじいちゃんのせいらしかった。
ロマさんから色々なことを教わった、とワタナベは右手に持った箸を器用に扱いながら嬉しそうに説明してくれた。
 
川*- -) (……あのじじい……それが目当てで10年前も飛び込んだわけじゃないよな?)
 
私は、湯船に身体を滑らせ、仰向けに浮かんで閉じていた目を開けた。
空には月がない。星もない。でも、明るい。
不思議な夜空だ。
 
川 ゚ -゚) 「やれやれ……前途多難だな、こりゃ……」
 
そう呟いてみるも、もちろん何の返事もない。
もっとSF小説やら映画やら見ておけば良かったと思いもしたが、生憎、私はミステリの方が好みだった。
フィクションの知識がどこまで役立つかは眉唾物だが、発想の切っ掛けぐらいにはなれそうではあった。
 
だが、今更それを後悔しても仕方がない。まずは1人で、やれる事をしよう。やれる事を探そう。
私はため息を1つ吐き、それを振り払う様に勢いよく立ち上がった。
 
・・・・
・・・
 

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:00:14.68 ID:wxcdMwlyO
 
川 - -)
 
枕が変わった位で眠れなくなる程繊細な神経の持ち主ではない。
疲れた身体が違和感を訴えてはいたが、同時にその疲れが私を眠りの海に引きずり込んでくれていた。
 
そんな中その音に気付けたのは何故だろうか。
  _,
川う -゚) 「……ん?」
 
わずかに感じられる人の気配。
かなり近い。
 
私は頭を急速に目覚めさせ、辺りを伺う。
近いと感じたのは、ここが襖張りだからか、実際は部屋の外、襖の向こうの様だ。
ワタナベが部屋の前を通り掛ったのだけかと考えたが、気配は部屋の前から動く様子はない。
 
川;゚ -゚) (……どうする)
 
いきなり襲い掛かるという手はもちろんアウトだ。
相手が誰かも、意図も、武器の有無もわからない。
加えて、こちらに武器は無く、私自身が戦闘訓練を受けているわけでもなく、そして私はここに外交に来ている。
事を荒立てるわけにはいかない。
 

21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:02:31.74 ID:wxcdMwlyO
 
冷静に考えれば、一番可能性がある人物はワタナベだが、彼女は早々と床に着いたはずだった。
部屋は一階。明確な目的が無ければ二階のこの部屋の前には来ないだろう。
しかし、昼に調べた時には他に誰がいたとは思えなかったが、もちろん、今来たばかりの人物の可能性もある。
 
川;゚ -゚) 「……」
 
沈黙を保ち、息を殺したまま様子を伺うも、襖の向こうの誰かは動く気配が無い。
ひょっとしたら、こちらが起きたことに気付き、向こうも様子を伺っているのかもしれない。
であるらなば、黙っていては却って向こうに警戒心を抱かせる可能性もある。
 
私は、わずかの逡巡の後、襖の向こうに声を掛ける事に決めた。
 
川;゚ -゚) 「ワタナベ……?」
 
从 ー从 「……あれ、クーちゃん起きてた?」
 
悩んでいた時間が馬鹿らしくなるくらいあっさりとワタナベからの返事が来る。
これで1つの懸念は拭えたが、まだ安心出来るわけでもない。
 
川 ゚ -゚) 「こんな時間にどうしたんだ? 何か用か?」
 
从 ー从 「うん、ちょっとね……後回しにしてた件で」
 

23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:05:05.03 ID:wxcdMwlyO
 
私はワタナベの返答に身を起こし、布団に座り直した。
後回しとは言われたものの、まさかこんな時間とは思いもしなかったが、その話をするのはこちらとしても願ったり叶ったりだ。
早めに話しておきたい事ではある。
 
川 ゚ -゚) 「この世界の状況を話してくれるのか?」
 
ワタナベからは肯定の返事があり、私はそれに弾かれる様に立ち上がり、襖の方へ歩み寄った。
しかし、ワタナベは襖は開けずにこのまま聞いて欲しいと言う。
 
从 ー从 「ごめんね、ちょっと問題があってね」
 
そんな曖昧な解答で納得のいくはずも無いが、私は一先ずそれに従う事にした。
少し声が掠れ気味で、何かしら病気の様な事で体調が悪いのかもしれない。
無理をさせているのなら申し訳もないので、明日でも良いと提案するが、ワタナベは大丈夫だから今聞いて欲しいと言う。
 
从 ー从 「まず、クーちゃん、あなたが多分一番聞きたい事は、次元の裂け目についてだよね?」
 
川 ゚ -゚) 「優先順位的にはそうだな」
 
色々と聞きたい事は山積みだが、それさえ何とかすれば元の世界に及ぼす影響が無くなると言うのなら、極端な話、他は知らなくても済みはする。
しかし個人的な興味、また、その事でAA界に及ぼす影響なども危惧される事から、実の所はそれだけで済ますつもりは無いが。
 

25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:08:12.05 ID:wxcdMwlyO
 
从 ー从 「それには、こっちの世界、クーちゃん達の言葉を借りればAA界だっけ? それと向こう側、地球って呼ぶよ、その関係性を話さないとね」
 
川 ゚ -゚) 「ああ、是非聞きたい所だ」
 
ワタナベからの返事は無く、そのまま説明が始められた。
恐らく、襖の向こうで頷きでもしたのだろうが、残念ながら襖に影は映っていない。
それは現在、ワタナベがどんな姿なのかわからないという事でもある。
 
私は、少ないSF知識の中でも有りがちな想像を振り払い、ワタナベの言葉に集中する。
 
从 ー从 「そうだね、まずは基本的なとこ。このAA界自体は、地球と何の関係もない星に有るんだよ」
 
川 ゚ -゚) 「それは、宇宙に浮かぶあの星だよな?」
 
从 ー从 「うん、そう。AA界と地球、この2つの位置関係には何の繋がりもないの」
 
遠く離れた距離にあり、地球からは確認出来ないのではないかとワタナベは言う。
 
从 ー从 「でもね、位置的に繋がりは無くても、因果的に繋がりを持ってしまったの」
 
川 ゚ -゚) 「因果的?」
 

28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:10:24.83 ID:wxcdMwlyO
 
翻訳器を通した言葉だ。本来の意味から多少、こちらのわかる言葉に変換されてはいるのだろうが、それでもピンと来ない。
ワタナベは言葉での説明は難しいと言うが、何でも、空間的な繋がりの対応とでも言うべき状況らしい。
具体的に言えば、私が入った次元の裂け目が、私が出て来た次元の裂け目に空間的に対応した、つまりは繋がったらしいとの事だが……
  _,
川 ゚ -゚) 「……えっと、つまり、その、AA界のある地点が、地球のある地点とリンクしたというような考え方なのか?」
 
私の何とか捻り出した精一杯の解答に、ワタナベは、アバウトに言えばそんな感じだと応じてくれた。
 
从 ー从 「厳密には違うんだけどね、イメージとしてはAA界は地球の内側にある感じかな」
 
その言葉が終わると共に、襖がほんの少し開けられ、中にボールが1つ転がり込んできた。
大きさはソフトボール程の大きさで透明、中にもう1つ、2回り程小さいボールが入っている。
不思議な事に中のボールは、端に寄ることなく、常に中央に位置している。
 
川 ゚ -゚) 「これは?」
 
从 ー从 「世界の関係図の視覚的イメージってとこかな?」
 
いつの間にか襖は閉じられていて、その奥からワタナベの掠れがちな声が届く。
私は、手の中でボールを回転させてみたが、やはりその位置関係は揺らがない。

30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:13:09.44 ID:wxcdMwlyO
 
从 ー从 「外側のボールが地球、内側のボールがAA界だと思ってね」
 
その言葉と同時に、内側の、つまりはAA界を表すボールが光りだした。
青白く、暗い部屋に浮かぶ幻想的な光を眺めていると、内側のボールに小さな黒い染みが浮かんで来る。
亀裂のような細い、小さな染みだが、それが光を遮り、外側の、地球を表すボールに影を作る。
 
川 ゚ -゚) 「……なるほど」
 
从 ー从 「わかってくれた?」
 
川 ゚ -゚) 「ああ、この染みが次元の裂け目なのだな?」
 
AA界で生じた次元の裂け目が、地球に影、次元の裂け目を作り出す。
そしてこのボールの喩え通りなら、AA界で出来た物より大きな次元の裂け目が地球に出来る事になる
 
从 ー从 「うん、理解が早くて助かるな。ロマはすぐには理解できなかったよ」
 
川 ゚ -゚) 「あの人はどちらかと言えば体育会系だからな。習うより慣れろのタイプだった」
 
私の喩えに吹き出した様なワタナベの笑い声交じりの返答が届く。
そんな感じだったと。
作業をしていく内に理解した様だったらしい。
 

33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:16:17.39 ID:wxcdMwlyO
 
从 ー从 「というわけで、取り敢えずここからクーちゃんがやるべき事はわかるかな?」
 
川 ゚ -゚) 「AA界の次元の裂け目を消す」
 
从 ー从 「正解」
 
川 ゚ -゚) 「だが──」
 
从 ー从 「当然、まだ疑問は山積みだろうね」
 
その通りだ。まだ数多くの疑問があり、知る必要のあるものが多数だ。
単純に、出来た次元の裂け目を消すだけなら、単に作業をこなせばいいだけだ。
しかし、その発生原因を特定し、根元から潰さなければ、終わる事無くこの作業を繰り返さなければならなくなる。
 
事実、未だ次元の裂け目が発生しているという事は、30年前から根本的解決には至っていないのだろう。
 
その発生原因が特定出来ているのであれば、それを解消する事が最善策ではあろうが、それをしないという事は、
原因が特定出来ていないのか、特定出来ていても解消する手段がないかのどちらかなのか。
 
さらに言えば、何故地球側の人間、つまりは私がこちらに来る必要があったのかという話もある。
 

34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:18:24.21 ID:wxcdMwlyO
 
何かしら、我々にしか出来ない事があるのかもしれない。
こちらに来てから見た生物は、ワタナベとあのトーテムポールだけだし、単純に人手不足なだけなのかもしれないが。
 
一旦考え出すと疑問は湯水のように湧き上がる。
 
いい加減、出し惜しみは止めて欲しい所だが、どうも私の周りの人間は勿体付けるのが好きなやつが多い様だ。
その辺りはまた後日、今日は旅の疲れもあるだろうからこの辺でと打ち切られてしまった。
 
从 ー从 「明日もまた話すからさ、今日はこの辺でね」
 
川 ゚ -゚) 「事は急を要するのではないのか?」
 
そうでもあり、そうでもないと、ワタナベは曖昧な返事を返す。
監視はしているので、今の所は緊急を要す物は見当たらないとの事だ。
 
从 ー从 「そろそろ寝ないと、明日に響くよ?」
 
川 ゚ -゚) 「わかった、では後1つだけ」
 
从 ー从 「……何?」
 

35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:21:05.85 ID:wxcdMwlyO
 
私は、浮かんだ疑問の中からある1つを選び出し、ワタナベに問う。
 
川 ゚ -゚) 「じいちゃん、杉浦ロマネスクはどんな人だった?」
 
从 ー从 「……」
 
川 ゚ -゚) 「……」
 
この世界と元の世界、この2つで起っている問題からすれば瑣末な問い。
今聞くべき様なことでもないのかもしれないが、ここにじいちゃんが来ていた事、じいちゃんが私に託した事、
これらも私が知りたい事である。
 
ワタナベは、何故か黙り込み、微動だにしない。
私はただ、その何の変哲もない興味本位の質問の解答を待った。
 
从 ー从 「……それは、明日の昼にでも改めて私に聞いて欲しいかな」
 
程無くして開かれたワタナベの口から出た解答は、保留を伝えるそれであった。
私は当初浮かんでいた疑問に確信に近い物を抱きつつも、今はそれを了承した。
 
川 ゚ -゚) 「……わかった、そうしよう」
 

37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:25:13.00 ID:wxcdMwlyO
 
从 ー从 「それじゃ、おやすみ、クーちゃん」
 
川 ゚ -゚) 「ああ、おやすみ」
 
襖の向こうの気配が遠ざかるのを感じる。
 
从 ー从 「……えっと、私から1つだけ」
 
川 ゚ -゚) 「うん?」
 
从 ー从 「……いい人だった」
 
途中で立ち止まり、こちらに声を掛けるワタナベ。
私は、即座にそれが何に対する1つ、解答なのか即座に理解した。
 
川 ゚ -゚) 「そうか……ありがとう」
 
再び聞こえたおやすみの声と共に、今度は完全に気配は遠ざかり、消えていった。
 
私は身体を倒し、布団に寝転がる。
少しだけ、安堵の気持ちに包まれ、やがて意識が遠ざかって行った。
 
・・・・
・・・


39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:26:50.33 ID:wxcdMwlyO
 
ノll ゚ -゚) 「これなんてどうだ?」
 
(;ФωФ) 「いや、流石にじいちゃんにピンクの財布は似合わんと思うぞ?」
 
ノll ゚ー゚) 「そんな事はないって。じいちゃんは意外とそういうの似合いそうなタイプだよ」
 
(*ФωФ) 「そ、そうかの? どれ……」
 
ノll ゚ー゚) 「……」
 
(*ФωФ) 「……」
 
ノll ゚ -゚) 「……」
 
(´ФωФ) 「……」
 
ノll ゚ -゚) 「……こっちの臙脂色のとかどうだろ」
 
( ФωФ) 「そういうのが相応かのぉ……」
 
・・・・
・・・
 

41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:29:16.93 ID:wxcdMwlyO
 
( ФωФ) 「どうするかの、どっかでお茶でも飲んで帰るか?」
 
ノll ゚ -゚) 「……なあ、じいちゃん?」
 
( ФωФ) 「なんじゃ?」
 
ノll ゚ -゚) 「じいちゃんは、今までの人生ってどうだった?」
 
(;ФωФ) 「な、なんじゃ、藪から棒に? 何かじいちゃん死んじゃうみたいな質問じゃのぉ……」
 
ノll;゚ -゚) 「いや、その、そういうつもりはないんだが……、一度聞ける時に聞いておきたいと前から思ってたんだ」
 
( ФωФ) 「……フフフ、まあ、確かにワシからは聞ける時に聞いておくべきじゃのぉ」
 
( ФωФ) 「そうじゃな、確かにこの歳まで生きると色々な事があり、そしてその中には辛い事や悲しい事も沢山あった」
 
ノll ゚ -゚) 「……」
 
( ФωФ) 「じゃがな、それもこれも全てワシが選んだ道の上の事、後悔なんぞ1つもしとりゃせん」
 
( ФωФ) 「ワシはワシの生きたい様に生きた。その結果、ばあさんを早くに亡くした事は、とても悲しいことではあった」
 
ノll ゚ -゚) 「……」
 

42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:32:02.27 ID:wxcdMwlyO
 
( ФωФ) 「じゃがな、クーよ、お前を始め多くの子や孫に恵まれ、誰もが立派に育ってくれた事は掛け替えのない喜びじゃ」
 
ノll ゚ -゚) 「……じいちゃん」
 
( ФωФ) 「禍福は糾える縄の如し。良い事もあれば悪い事もある。それら全てをひっくるめてワシの人生じゃった」
 
( ФωФ) 「ワシは精一杯生きた。そのことに後悔はないんじゃよ」
 
ノll ゚ -゚) 「そっか……」
 
ノll ゚ー゚) 「答えてくれてありがとう、じいちゃん。少しすっきりしたよ」
 
(*ФωФ) 「何の何の、かわいい孫の頼みじゃ、この位朝飯前じゃて」
 
( ФωФ) 「しかし、そんな悩みを持つとは、何かあったんか、クーよ? じいちゃん、何でも相談に乗るぞ?」
 
ノll ゚ー゚) 「そういうんじゃないよ、そういうんじゃないけど、ただ──」
 
・・・・
・・・
 

43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:35:05.56 ID:wxcdMwlyO
 
またじいちゃんの夢を見た。
 
作為的と感じる程に頻度が高い気もするが、じいちゃんの絡みの話ばかりに囲まれた現状、心の何処かで気にしているのは
当然と言えば当然なのかもしれない。
 
川う、-) 「朝……だよな? 何時だ……?」
 
眠い目を擦りながら部屋の壁に据え付けられた時計に目を向けると、時刻は平日の起床時間と同じ頃。
我ながら時差ボケもせず、疲れも物ともしない優秀な身体だ。
 
もっとも、少しばかり身体の凝りは感じるが、筋肉痛が時間差で来ないのは若い証拠だろう。
 
川 ゚ -゚) 「起きる……のか?」
 
今日から行動を起こすにしろ、いつも通りに起きる必要があったのかはわからない。
一応の行動指針は仕入れたものの、具体的な手法に事に関しては未だ不明だ。
ワタナベに聞く必要があるのだが、もう起きているのだろうか?
 
川 ゚ -゚) 「ここで起こしに来るのを待っていた方がいいかな?」
 

45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:38:13.24 ID:wxcdMwlyO
 
擡げていた頭を、再び枕に沈める。
掛け布団、敷布団、毛布に枕と、この家同様、純和風の寝具だ。
枕のじゃらじゃら感から蕎麦殻の様な気もするが、この世界に蕎麦はあるのだろうか。
 
川 - -) 「まあ、蕎麦よりラーメン派だがな……」
 
私は目を閉じ、今朝の夢を思い返す。
ほとんどは目覚めと共に霧散してしまったが、わずかに覚えている。
多分、あの日の事だ。
 
じいちゃんと、デパートに財布を買いに行った日の事。
 
ただの些細な思春期の悩みだった。
 
生まれ、歳を取り、やがて死ぬ。
そんな生命のサイクルに、本人曰く哲学的な疑問を持ち、答えを探す。
 
青過ぎて赤面する、そんな過日のモラトリアムだ。
 
川 - -) 「じいちゃんは、何1つ後悔はないと言い切った。でも……」
 

46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:40:35.15 ID:wxcdMwlyO
 
全てをやり遂げたわけではないのだろう。
生きた事に後悔はないとしても、心残りがないわけではないはずだ。
 
ないなら多分、私は今ここにはいなかったと思う。
 
川 - -) 「私は今、そんなじいちゃんの心残りを果たすべくここにいるのかな……」
 
そうも思う。でも、それだけだとも思わない。
ここに来たのは私の意志で、じいちゃんの遺志ではない。
 
その気持ちも受け取りはするが、私は私の意志で目的を果たす。
ただそれだけだ。
 
川 - -) (私は……私だから……)
 
私はそのまま、1時間ほどまどろみの中にいたが、結局ワタナベが起こしに来なかったので階下に降りる事にした。
 
・・・・
・・・
 

47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:43:05.36 ID:wxcdMwlyO
 
从;'ー'从 「ごめんねー、すぐ朝御飯にするねー」
 
階下に降り、10数分程食卓で惚けていたらワタナベがドタドタと駆け込んで来た。
新聞の様なものは無く、テレビらしきものも無い。
何をするでもなくぼうっとしていたら、反応が遅れた。
 
声を掛ける間も無く、ワタナベはさっさと台所に入り、食事の用意を始めてしまった。
 
私は椅子から立ち上がり、ワタナベを追って台所へ入る。
白いエプロン、と言うよりは割烹着を着たワタナベが鍋に火を掛けている所だった。
 
川 ゚ -゚) 「そんなに急がなくても大丈夫だぞ?」
 
从'ー'从 「うん、でも、私もお腹すいてるから」
 
そう答えながら、沸騰した鍋に茶色い何か、多分匂いから味噌と思われるものを放り込んでいる。
私は、昨日から疑問に思い、深夜に言われた通りにワタナベに聞いてみる。
 
川 ゚ -゚) 「それって味噌? ひょっとしてじいちゃんが?」
 
ワタナベの返事はイエスで、作ったのもじいちゃんだと言う。
 

49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:45:34.25 ID:wxcdMwlyO
 
ただ、作ったのがじいちゃんと言うのは少々信じ難い。
あの肉と同じ様に、機械で培養されている様なので、これをじいちゃんが、となると無理があり過ぎる。
 
从'ー'从 「味は、ロマさんに確かめてもらったんだよー」
 
ある朝起きたらこの機械を作ってくれていたそうだ。
 
川 ゚ -゚) 「ふーん……」
 
その他に醤油もある様だ。
基本的に調味料の類は、機械で培養されているらしい。
材料がどうなっているのかは知らないが、軽く永久機関が出来上がっている。
 
川 ゚ -゚) 「なあ、ワタナベ」
 
从'ー'从 「なあに?」
 
ワタナベは鍋をかき回しながら元気よく返事をする。
味噌汁の匂いが空腹に染み渡り、お腹が自己主張を始めそうだ。
 

50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/05(火) 01:48:21.21 ID:wxcdMwlyO
 
川 ゚ -゚) 「じいちゃんはどんな人だった?」
 
从'ー'从 「ロマさん? えっとね……」
 
ワタナベの手が止まる。
味噌汁の仕込みは終わったようで、鍋に蓋をして、こちらに振り返った。
 
从^ー^从 「優しくて、すっごくいい人だったよ」
 
川 ゚ -゚) 「……」
 
そう答え、満面の笑顔を見せるワタナベ。
きっとこの言葉に嘘は無く、じいちゃんはここで精一杯、自分の出来る事をしたのだろう。
その結果がこの笑顔で、それはじいちゃんから私に手渡された贈り物なのかもしれない。
 
川 ゚ー゚) 「そうか、それは良かった」
 
私は笑顔と共に、自分がここに来た意味と幸運を噛み締めていた。
 
 
 第6話 了 〜 世界と彼と過去と貴女と今と私と世界 〜


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