5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:15:10.05 ID:351B+mqrO
 
 ダイ7ワ ワタシ ハ チガウ セカイ ノ アサ ニ オモウ
 
 
川 ゚ -゚) 「見渡す限りの草原……か」
 
現前に広がる草原地帯は風にそよぎ、波の様な模様を描いている。
こちらの世界に来た直後とは違い、視界の端には山も見える。
 
川 ゚ -゚) 「……」
 
腰を曲げ、草に触れてみた。
私が知っている元の世界のそれと何も変わらないと思えた。
 
川 ゚ -゚) 「さてと……」
 
立ち上がり、再び前方を見据える。
どこまでも続く様に見える草原は、そう遠くない先に果てがあるという。
いずれそこまで行く必要がありそうだが、今はこの辺りを捜索するに止める予定だ。
  _,
川 ゚ -゚) 「しかし……何処へ行ったもんかな……」
 
・・・・
・・・
 

7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:17:12.81 ID:351B+mqrO
 
从'ー'从 「本日の予定を発表します」
 
川 ゚ -゚) 「……ゴクン」
 
何となく覚えがある味の合わせ味噌の味噌汁を飲み込み、ワタナベの方へ視線を向ける。
ワタナベに今日のことをどう切り出すか考えながら食べていたら、食べ終わるのが遅くなったらしい。
既に食べ終えたワタナベが、立ち上がりあのメモ帳を開いていた。
 
从'ー'从 「終日自由行動です」
  _,
川 ゚ -゚) 「いや、ちょっと待ってくれ」
 
現状、投げっ放しというのが一番困る。
一応の指針、次元の裂け目を消すという目的は得たものの、その具体的な内容はまだよくわかっていない。
聞きたい事は相変わらず山積みである。
 
私は、一先ず昨晩の次元の裂け目に付いての確認と、その対処法をワタナベに問う。
 
从'ー'从 「ああ、星の傷ね。ちょっと待ってね……」
 
川 ゚ -゚) 「星の傷?」
 
ワタナベはメモ帳を捲り、そちらに目を落とす。
AA界では次元の裂け目の事を星の傷と呼んでいるらしいが、それはワタナベが名付けたらしい。
 
程なくして目当てのページを見つけたのか、ワタナベは嬉々として答える。
 

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:20:05.64 ID:351B+mqrO
 
从'ー'从 「ちっちゃいのはね、クーちゃんが触れば消えるんだって」
 
川 ゚ -゚) 「触れば……消える?」
 
ワタナベの説明、と言うよりはメモ帳の説明によると、この世界の異物である私が触る事により、力場の反発が起り、
次元の裂け目が消失するという事らしい。
 
川 ゚ -゚) 「なるほど、私がこちら側に来る必要があったわけはそういう事か……しかし」
 
その理屈で言えば、こちら側に来る時のあの次元の裂け目はどうだったのかという疑問が持ち上がってくる。
下手をすれば私との接触で次元の裂け目自体が消えてしまい兼ねなかったのではないかと。
 
从'ー'从 「それは大丈夫みたい。おっきいと、星の傷自体の力場が強くて、クーちゃんの方が消えちゃうんだって」
  _,
川 ゚ -゚) 「あ、そう……」
 
全然大丈夫ではないが、その為のマントやら中和剤やらだったのだろうから、今更怯えても仕方のない話ではある。
20年前の消失事故はそういう事なのだろう。
逆に言えば……という様な嫌な考えも浮かびはしたが、それを取るほどあの国は狂ってもいないのだろう。
 

11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:22:07.88 ID:351B+mqrO
 
川 ゚ -゚) 「では、見つけ次第触って消せばいいのか。しかし、反発という事は少し痛いのかな?」
 
从'ー'从 「ロマさんはちょっとピリってするって言ってたよ」
 
メモ帳の説明によると、AA界の次元の裂け目は元の世界のそれよりは小さい様だ。
ワタナベが首を傾げながら、昨夜のボールのイメージ参照と書いてあると言う。
 
川 ゚ -゚) 「……そういう事か」
 
イメージ通りなら、AA界の方が元の世界より小さい。
その比率がどのくらいかは知らないが、恐らく昨夜見せられた染みの様に、元サイズより大きく外側、
元の世界に反映されてしまうのだろう。
 
昨日はこちらに出てきたばかりで気付く余裕もなかったが、恐らく私が出て来たあの次元の裂け目も、
元の世界で見た時よりはかなり小さくなっていたはずだ。
 
川 ゚ -゚) 「既存の次元の裂け目への対処はわかった。しかし──」
 
根本的な対処、次元の裂け目の発生自体を止める方法が未だわからない。
私は、そのメモ帳にそのことが書いていないのかワタナベに問うが、ワタナベはメモ帳を見ずに返事をする。
 

13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:24:08.65 ID:351B+mqrO
 
从'ー'从 「それは、クーちゃん自身で見つけて欲しい」
 
川;゚ -゚) 「は?」
 
・・・・
・・・
 
川 ゚ -゚) 「私自身で……か」
 
結論から言えば、ワタナベ、と言うよりAA界自体の見解として、その発生原因はわかってない様だ。
正しくは、同一ではなく、ケースバイケースという事らしいのだが、それがどういう事なのかはよくわからない。
わかっているのは星が傷付いた時に起きる、そういう事らしい。
 
川 ゚ -゚) 「星の傷ね……」
 
そう言えば元の世界でも、世界を酷使した事により傷が生じたという説が有力とされていた。
あれはこの話を、じいちゃんが伝えたりした所為なのかもしれない。
 
私はどこまでも続く様に見える草原の先を見詰める。
世界はとても綺麗に見え、傷を負っているようには見えない。
 

15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:27:08.08 ID:351B+mqrO
 
川 ゚ -゚) 「まあ、一先ず適当に歩いてみるか」
 
私は、シャツの胸ポケットから丸い金属の製の物体を取り出す。
仰々しい言い方をしたが、簡単に言えばこれはコンパスの様なものだ。
AA界の地図は大雑把な物しかないらしいので、これを頼りにワタナベの家に戻る事になる。
 
ただのコンパスというわけでもなく、ボタンで指す方向を方位とワタナベの家と切り替えが出来るので帰れなくなる事はないだろう。
星の反対側でぐるぐる回る様な事態にでもならなければ大丈夫のはず。
材質も使われている技術も私には理解できないが、使う分には支障はない。
 
詳細な地図がないのは、必要がないかららしい。
何せ、建造物はほとんどなく、目的とするものがほとんどないから、地図だけを見て移動するのは難しい。
一応、地図ももらっているが、既に現在地はかなりアバウトでしか把握していない。
 
地図といえば、元の世界の地図も私の荷物に入っていた。
こちらはかなり詳細なやつだった。
 
私が入れたわけでは無いが、それが必要なわけは何となく察しはついている。
ミルナの言葉と、あのボールの説明でそれに気付いた。
私はそれをワタナベに手渡した。
 

18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:29:10.58 ID:351B+mqrO
 
コンパスをポケットに戻し、北に向かい歩く。
何故北なのかは特に意味はない。
強いて言うなら、北には川があり、そこから東へ行くと湖もあり、進む先としてはわかりやすい目印があるからというような理由だ。
 
時折、腕等肌が露出した部分に違和感を感じることがあるが、それがどうやら極小の次元の裂け目らしかった。
歩くだけで小さいものは除去出来ているらしい。
 
川 ゚ -゚) 「……しかし、長閑だな」
 
気候も穏やか、私自身もTシャツに重ねたラフなシャツ、ソフトジーンズにスニーカーと、ピクニックに行くかの様な格好だ。
緊張感など皆無に等しい。
 
川;゚ -゚) 「普段着はまともでよかった……」
 
すっかり失念していたのだが、こちらに持ってきた荷物、主に着替え等を用意したのはトソンだった。
 
川 ゚ -゚) 「帰ったらアイツは殴る。うん、絶対殴る」
 
昨日、風呂に入るために着替えを取り出そうとして私が目にしたのは、凡そ公の場に向くとは思えないラフな服装ばかりだった。
こちらの現状を知った今、そのこと自体は問題ない。
 
ただ、寝衣の類がアレだった。
うん、何て言うかその、ネグリジェ。
 
すごい透ける。
 

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:31:04.72 ID:351B+mqrO
 
川;゚ -゚) 「あんなもん着れるか」
 
まあ、ワタナベしかいないのだから、そこまで気にせずともいいとも考えられるが、流石にあれは無理。
 
川;゚ -゚) 「ジャージとかにしといてくれればいいものを……」
 
……いや、楽だよね、ジャージ?
コンビニぐらいまではセーフじゃないかな、うん……。
 
兎に角、あれは着れなかったのでどうするかと思ったが、部屋には備え付けの浴衣があったのでそれを使うことにした。
後でワタナベに聞いたら、じいちゃんに教わって作ったという事だった。
ワタナベも夜はそれを着ていた。
温泉がある事と相俟って、すっかり旅館気分だが、まあ、リラックスして仕事が出来るのは悪い事ではないと思う。
 
そんなこんなで、寝衣の問題は片付いた。
 
だが、一難去ってまた一難、先程より深刻な問題に気付いたのはその直後だった。
 
川 ゚ -゚) 「……蹴りも追加だな」
 
トソンに任せたのは一生の不覚と言ってもいいかもしれないが、あの状況は私抜きで進んでいたのだから仕方がない。
仕方がないが、後悔せずにはいられない事だった。
 

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:34:04.68 ID:351B+mqrO
 
下着。
 
何かすっごい際どいの紐みたいなのとか、すっごいフリフリのモコモコでピンキッシュな色合いのかの2択しかなかった。
その全てがぴったりとサイズが合っていて尚の事ムカついたが、こればっかりは着けないというわけにもいかない。
 
……今どっちを着けているかは想像にお任せする。
 
畜生。
 
アイツ絶対ぶっ飛ばす。              + d(゚、゚*トソン ←アイツ
ついでに段取りを教えなかったアイツもだ。  + d(・∀・ ) ←アイツ
 
川;゚ -゚) 「そもそも誰得だよと」
 
色々と突っ込み所満載だが、突っ込む相手もいないので今は忘れる事にする。
 
帰ったら思い出して殴るけど。
 
私は頭を大きく振り、横道に逸れていた思考を引き戻す。
 

23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:37:09.81 ID:351B+mqrO
 
やはり周りを見渡せば、ここは異世界なのだと実感させられてしまう。
 
恐ろしいまでに生命の気配がない。
 
これだけ草原が広がっていると、虫の一匹でもいそうなものだが全く見当たらない。
実際はいるのかもしれないが、少なくとも私が少し探した程度では見つけられなかった。
 
空を見上げれば元の世界と同じ様に太陽はあり、青空が広がっている。
しかし、雲は1つもない。
昨日もなかったが、たまたまなのかとワタナベに聞くと、この世界には雲はないそうだ。
地面に落ちたとよくわからない解答が返って来た。
 
 
そうなると雨が降らないのではないかと疑問を持ったが、地図には川がある。
地図によると昨日見かけた山から川は伸びているが、地下水でも湧き出ているのだろうか。
ただ、地下水も元を辿れば雨からなのだろうが。
 
色々と疑問は尽きないが、相変わらずの秘密主義と、明らかに知らなさそうなワタナベの反応で解答保留のままどんどん山積みされていく。
 
川 ゚ -゚) 「歯痒いな」
 
強烈な使命感に駆られているわけではないが、やはり明確な目的を持って国の代表として来た身としては、多少苛立つ部分もある。
 

25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:39:07.77 ID:351B+mqrO
 
今日の自由行動を素直に受け入れたわけは、そんな苛立ちを解消するためでもあった。
 
ワタナベがダメなら、他の誰かから話を聞けばいい。
そう思い立ち、周辺を捜索する事に決めた。
 
決めたはいいのだが……
 
川 ゚ -゚) 「人気無し」
 
このスレ──ではなく、歩き始めて早、2時間以上、誰とも何とも遭遇しない。
大きく蛇行してみても、草を掻き分けてみても、寝っ転がってみても、何の変化も見られない。
聞こえるのは草を踏む私の足音と草を撫でる風の音ぐらいなものだ。
 
この世界にはワタナベ以外誰もいないというわけではない。
まず先日のトーテムポールがいる。
手始めにアレに会おうかとワタナベに居場所は聞いたのだが、神出鬼没でどこにいるかわからないらしい。
 
昨日は偶然会えて、話している内に迎えを引き受けてくれるという事になったらしい。
基本的に温厚でいい奴らしいのだが、人見知りが激しいらしく、昨日のあの案内はその所為ではないかとワタナベは言った。
 
それ以外にも色々と生命体はいるらしいが、あまり外を出歩かないというワタナベは、よく知らない様だ。
 

27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:41:25.12 ID:351B+mqrO
 
AA界は元の世界の様に人類のみ、と言っては語弊があるが、それのみで構成された社会を作っているわけではない。
ワタナベはホモ・サピエンスの様な外見をしているが、あのトーテムポールはどう見ても違った。
全体のシルエットは小人の様ではあったが、目の大きさや手足のバランスなど、明らかに異なっている。
 
それに、あの時触った感じでは、材質が随分固かったし、ひょっとしたらあの3人は繋がって一体の生き物なのかもしれない。
何にせよ、会って話した方が早いのだが、今の所この辺りには見当たらない。
 
川 ゚ -゚) 「どうしたもんかな……」
 
外交の仕事で来ているものの、交渉相手が見当たらないのではその手腕を示す事も叶わない。
まあ、外交なんてやった事もないんだけど。
 
川 ゚ -゚) 「そうか、逆転の発想だ」
 
いないのであれば呼び寄せればいい。
向こうからこっちに寄って来てもらえばいいのだ。
 
そう思い立ち、私は腰に着けた小型のポーチを漁る。
何かしら、目立つ物を持っていれば寄ってくるだろうか。
 
川 ゚ -゚) 「いや、逆に警戒されてしまうかもしれんな……」
 

28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:44:20.57 ID:351B+mqrO
 
生物の中には、敢えて派手な色合いをする事で威嚇して警戒させるものもいる。
この案は一長一短、相手の知能レベルにもよる。
 
同様に匂いとかもダメな気がする。
美味そうな匂いなら寄りたくもなるが、残念ながら強い匂いの出る様な食料は持ち合わせてない。
 
川 ゚ -゚) 「じゃあ……音……歌でも歌うか?」
 
こう、楽しげな歌でも歌ってみれば、何かしら寄ってくるかもしれない
 
川 ゚ -゚) 「歌……歌……」
 
考えるも目ぼしい物は思い付かず、ピクニックの時に歌う歌など思い返してみるが、やはりどれもピンとこない。
私は周りを見回し、目に付いた物から連想して思い浮かんだ歌を歌ってみた。
 
川 - -) 「煌く星空は夢の随に 漂っている私へと語りかける さざめく風の音は扉を開く音 いま始まる物語の開く音♪」
 
風の音を歌った歌が、草原に響き渡る。
歌っている内に段々気分が良くなり、一気に一曲歌い終えた。
 
川 - -) 「♪」
 

33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:46:26.97 ID:351B+mqrO
 
川 ゚ー゚) 「……」
 
……無反応。
 
川 ゚ -゚) 「……」
 
まあ、音も威嚇と捕らえられ兼ねないから仕方のないことかと思う。
学生時代、1度カラオケに誘われた人から2度と誘われなかった記憶は関係ないはずだ。
 
川 ゚ -゚) 「そういう事もある」
 
悩んだものの良いアイデアは浮かばず、取り敢えず川までは直進しようと決め、また歩き出す。
眼前の景色も背後に流れ行く景色も、全く同じに見える。
 
草の色も形もずっと同じ。
人口的に植えでもしたのか、それともここにはこれしか存在しないのか。
 
私は緑の絨毯を踏みしめ、これが全て知性を持った生命体であったらどうしようかと考えつつ歩みを進めた。
 
・・・・
・・・
 

34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:48:19.14 ID:351B+mqrO
 
それから30分ほど歩き続けた。
地図からするとそろそろ川が見えてくる頃だ。
 
川 ゚ -゚) 「水棲の生き物ぐらいいるだろう……」
 
そんな期待と共に歩き続ける。
いた所で、話を聞けなければ意味がないのだが、まずは見つけなければ何も始まらないのもまた事実だ。
 
辺りは未だ緑一面。
水辺に近付くのなら生えている草の種類も変わって良さそうな物だが、ずっと変わらず細長い草しか見当たらない。
 
塵1つない風景は、清々しい物だが、こうも何もないとやはり味気ない。
 
川 ゚ -゚) 「元の世界なら確実にゴミが不法投棄されてそうな場所だよな……」
 
何世紀か前の世界は、ゴミがかなり大きな問題となっていた。
人間の生活、生産活動により排出されるゴミは、人口密集地から過疎地域へ運ばれた。
都市部から山間部、先進国から途上国へと。
 
それにより、衛生や土壌汚染の問題が噴出し、捨てられた側、持たざる物の不満が爆発した。
そこから大きな争いになった歴史も記録に残っている。
 

35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:50:18.14 ID:351B+mqrO
 
今はその時代よりは人口も少なく、国自体も1つしかないので、それほどの社会問題にはなっていない。
しかし、その時代よりも土地が少なくなっている事もあり、多少はゴミ問題も発生している。
山間部への不法投棄は、不要家電の引き取りが有料になった時に件数が跳ね上がった。
 
こういった自然のままの景観が見られる事はまずないだろう。
 
川 ゚ -゚) 「人間とは斯くも……ん?」
 
等と感慨深く辺りを眺めていたら、残念な事に白い布切れの様なものが右手の方に捨ててあった。
  _,
川 ゚ -゚) 「やれやれ、何処の世界にも不心得者はいるものだな……」
 
ようやく見つけた草以外のオブジェクトがゴミという事実に、いささかがっかりしながらそちらへ向かう。
拾った所でどうしようもないのだが、最悪、持ち帰って処分してしまおう。
 
川 ゚ -゚) 「意外と大きいな……」
 
近付いてみるとそれは、布団ぐらいの大きさはあり、丸い形をしていた。
大きなクッションの様だが、はみ出した様に包む綿の所為でスポンジのようにも見える。
 

37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:53:15.51 ID:351B+mqrO
 
川 ゚ -゚) 「意外と綺麗だな。白い。捨てられて間もないのか──」
 
( ^ω^) 「おー?」
 
川 ゚ -゚) 「……お?」
 
( ^ω^) 「……」
 
川 ゚ -゚) 「……」
 
これで何度目の失敗だろうか。
何度も何度も言い聞かせてるのに、ここは異世界なのだと。
不自然にここに落ちているこれを、無機物だと判断した自分の愚かさを戒めながら、同時に訪れた好機に感謝した。
 
川 ゚ -゚) 「始めまして、こんにちは」
 
( ^ω^) 「おいすー。始めましてだお」
 
スポンジの中央に現れた顔は、極めてフレンドリーに挨拶を返してきた。
一先ず害意がないことに安堵し、次の言葉を捜しながら平行して観察も進める。
 

39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:55:08.44 ID:351B+mqrO
 
顔は現れたと言うより、裏面から移動して来た様に見えた。
正確には、目と鼻だか口だかな様なものだけで、輪郭などはない。
巨大なスポンジに落書きされた小さな顔といった感じだ。
 
よくよく見ると柔和で、そこそこ愛敬のある顔をしている。
明らかに凶悪な生命体という感じは受けない。
 
だが、この世界であったどの人よりも我々ホモ・サピエンスとは異なる姿形をしている。
 
川 ゚ -゚) 「えっと……私はクーというのだが、君の名前は何だ?」
 
( ^ω^) 「お! 僕はブーンだお。よろしくだお」
 
よろしくと言葉を返し、握手の為手を差し出そうとしたが、ブーンには手はなさそうだった。
仕方ないのでブーンに触れてみたが、ふわふわとした手触りで中々心地良い。
比喩としては布団やスポンジでも間違いはないが、それらよりももっと上質な手触りだ。
 
触られたブーンは特に嫌そうな顔を見せず、触って大丈夫かを事後だが直接聞いて見たが、別に構わないと言われた。
 
川 ゚ -゚) 「ブーンはそれがブーンの名前なのか? それとも種族名とかそういったものか?」
 
( ^ω^) 「おー? 種族? よくわからんけど、ブーンはブーンだお」
 

40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 00:58:24.39 ID:351B+mqrO
 
質問の仕方自体がよくなかったが、恐らく個体識別名なのだろう。
ただ、群れを為して行動をしているとかそういうのはなく、似た様な姿形の者もいないらしいことから、そのどちらでも差し支えはないのだろう。
 
私は、ようやく見つけたワタナベ以外の話の通じる相手に山の様に質問を繰り出す。
ブーンは戸惑いながら、ゆっくりではあるが丁寧に答えてくれる。
  _,
川 ゚ -゚) 「……なるほど、要は知らないという事か」
 
( ´ω`) 「ごめんおー。ブーンは難しい事よくわかんないお」
 
川 ゚ -゚) 「あ、いや、ブーンが悪いわけではないんだ。すまない、助かったよ、ありがとう」
 
わかった事は、ブーンは星の傷、次元の裂け目の事は知らない、でも、じいちゃんとは会った事があるという事だ。
何度かこの辺を歩いているじいちゃんと会って話しはしたが、じいちゃんが何をしていたかは知らなかったらしい。
 
ブーンの反応を見る限り、そう知能レベルは高い方ではない様に感じられるが、その性格は温厚だ。
外敵の多い環境なら、確実に生き残れなさそうだが、こうやって無事でいるという事はそういった心配が要らない事を推測させる。
 

41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 01:00:06.33 ID:351B+mqrO

そしてワタナベの事も知っているらしいが、あまり出歩かないワタナベとはほとんど話した事はないという。
 
川 ゚ -゚) 「ん? ワタナベ……?」
 
ワタナベの名前とブーンの姿、その2つで結びつく思い出される事があった。
それは──
 
川 ゚ -゚) 「君が雲か?」
 
( ^ω^) 「お? よくわからんけど、ロマネスクにもそう言われたお? でも、ブーンはブーンだお」
 
川 ゚ -゚) 「じいちゃんにか……。その、落ちたと聞いたが、昔は空に浮かんでたのか?」
 
( ´ω`) 「おー……」
 
川;゚ -゚) 「ど、どうした、急に?」
 
私の言葉にブーンが目に見えてしょんぼりとした顔をしてみせた。
何かまずい事を言ったかと聞き出そうとするも、ブーンからの返事はない。
 
よくみたらいつの間にか顔がなかった。
 

42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 01:02:15.99 ID:351B+mqrO
 
( ´ω`) 「ブーンは昔、お空に浮かんでたんだお」
 
しばらくそのまま様子を伺っていると、また顔がくるりと回って来た。
そしてしょんぼりとしたまま、おずおずと語りだす。
 
( ´ω`) 「でも、ある日、地面に落ちちゃったんだお」
 
落ちた原因はわからないという。
でも、落ちたならまた飛べばいいと思ったが、飛び方がわからない。
また、飛んだとしてもどうやって浮かんでたかわからないから、前と同じ様に浮かんでいられるのか心配だと言う。
 
そんなこんなで今に至るらしい。
 
( ´ω`) 「クーはお空の飛び方わかるかお?」
 
川;゚ -゚) 「え? そ、そうだな、体の上下の空気の速度を変化させて、揚力を発生させれば浮くかもしれんが……」
 
( ´ω`) 「くうきのそくど? ようりょく? 何だお、それ?」
 
残念ながら航空力学は専門外だ。
うろ覚えの知識を、全く知識のない人に教えるのは無理だと思う。
 

44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 01:04:08.72 ID:351B+mqrO
 
川;゚ -゚) 「すまない、私ではブーンの質問に答えられそうもないな……」
 
( ´ω`) 「クーは悪くないお。ごめんお、ありがとだお」
 
そういって再びしょんぼりとした顔が体の裏側へと回って隠れてしまった。
 
まさか雲に浮き方を聞かれるとは思わなかったが、雲ならば本能的にわかってそうなものではないのだろうか。
 
川 ゚ -゚) (……)
 
私は、反応の無くなったブーンを見詰めながら考えを巡らせる。
落ちた原因はひょっとしたらひょっとするかもしれない。
星の傷でブーンの身体が弾かれでもした可能性はある。
 
ただ、それくらいなら再び自力で浮かべそうなものだが。
 
川 ゚ -゚) (……よく考えたら、ブーンは私が知っている雲とは違うんだよな)
 
雲は空気中の水分が凝結して、微細な水滴となった物が群れた物だ。
こんな綿だかスポンジだかなものではない。
 
この発想は少々メルヘンな世界だ。
 

46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 01:07:05.82 ID:351B+mqrO
 
しかし、同時に、ここは異世界で、元の世界よりはメルヘンな世界なのかもしれない。
少なくとも、近代的な世界と古い世界が融和しているように見え、こちらの常識、物理法則を前提に考えても意味がない可能性もある。
 
川 ゚ -゚) (物理法則を適用したとしても、ブーンに必要なのは揚力じゃなく浮力じゃないか……?)
 
今更どうでも今違いに気付き、心の中で訂正する。
どちらにしろ、何らかの力で空に持ち上げないといけない事はわかっている。
 
川 ゚ -゚)つ ガシッ
 
( ´ω`) 「お?」
 
私はブーンを掴み、持ち上げてみた。
材質から受ける通り、思いの他軽く、これなら空にも容易に浮けそうな気がしてくる。
 
( ´ω`) 「何をするんだお?」
 
川 ゚ -゚) 「……空、飛んでみようか?」
 
私は両手でブーンを抱え、少し丸めて肩に担ぐ。
一応、曲げても大丈夫か聞いてみたが、問題ないらしい。
骨格らしき物は見当たらないが、顔の構造なんかどうなっているのか少々疑問が湧く。
 

47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 01:09:03.59 ID:351B+mqrO
 
( ´ω`) 「お?」
 
川 ゚ -゚) 「行くぞ?」
 
( ´ω`) 「何処にだお?」
 
川 ゚ー゚) 「空にさ」
 
川つ゚ -゚)つ 「You・Can・Fl────y!!!」
 
私は掛け声と共にブーンを大空に放り投げた。
 
彡( ゚ω゚) 「おぉぉぉぉ!?」
 
でも、すぐ落ちた。
 
川;゚ -゚) 「あれ?」
 
( XωX)「きゅぅ……」
 
・・・・
・・・
 

48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 01:12:29.23 ID:351B+mqrO
 
その後も、手裏剣式、トマホーク式、ザトペック式と色々と投げ方を変えてみたが、一向にブーンが飛べる様子はない。
  
(メ´ω`) 「も、もういいお、クー、やっぱり無理だお……」
 
川 ゚ -゚) 「馬鹿な! 男が途中で諦めるとは何だ! 待ってろ、次の投げ方は自信があるんだ。このサブマリン式で……」
 
(メ´ω`) 「これ以上やると千切れちゃうお」
 
ブーンの切実な訴えに私は抱えていたブーンを渋々と地面に下ろす。
空に飛び出しさえすれば、この世界の何かそういったよくわからない力で自然に浮くのでは、という私の目論見は脆くも崩れ去った様だ。
 
異世界常識もそうそう都合良く働いてはくれないと実感した。
 
川;゚ -゚) 「……何かすまんな、1人勝手に盛り上がってしまって」
 
冷静に考えると、かなり馬鹿な事をしていた事に気付き、慌ててブーンに謝罪する。
常識に囚われず、自由な発想で試してみたのだが、こちらの非常識がAA界でも非常識に当たる物はあった様だ。
 
いや、まあ、当然あるのはわかっていたけど。
 

50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 01:14:30.92 ID:351B+mqrO
 
(メ´ω`) 「いいお。クーは僕の為にがんばってくれたんだお。それに……」
 
川 ゚ -゚) 「それに?」
 
(メ^ω^) 「久しぶりにお空を飛べてちょっと楽しかったお」
 
川 ゚ー゚) 「そうか……」
 
そんな些細な事で笑顔を向けてくれたブーンを、私は好ましく感じていた。
同時に、何とかして空を飛ばせてあげたいとも思っていた。
 
・・・・
・・・
 
私は、ブーンと別れまた川へ向かって北上していた。
汚したし、多少傷付けもしてしまった様だったから、ワタナベの家に連れ帰ろうと思ったのだが、
ブーンが言うにはすぐ直るから大丈夫なのだそうだ。
 
せめて顔の汚れを拭き、また会う約束をして分かれた。
ブーンは大体いつもこの辺にいるらしい。
あんな姿形だが、移動も出来るとの事だ。
 
地面を這うその姿は、足のない虫のそれを思い起こさせたが。
 

51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 01:17:35.90 ID:351B+mqrO
 
ブーンの事は当面の課題として保留にする。
後でワタナベに聞いてみてもいいだろう。
あの家には一応の近代的な設備もある。
何かしら、手掛かりが得られるかもしれない。
 
川 ゚ -゚) 「……そろそろかな」
 
再び続く緑一面の中、前方にわずかな変化が見えて来た。
耳を澄ませば、風の音以外に水の音も聞こえてくるかもしれない。
 
川が見える。
 
川 ゚ -゚) 「川だな……普通だな」
 
異世界で見た初めての川は、ごく普通の清流であった。
対岸はそう遠くも無く、流れも緩やかで、底も浅い。
精々膝までぐらいしか深さはないだろう。
 
しかし、水は驚く程澄んでいる。
よく磨いたガラスの様に、一点の曇りも無く水底まで窺える。
 

52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 01:20:05.50 ID:351B+mqrO
 
川 ゚ -゚) 「……何もいないな」
 
残念ながら水の中に生き物はいない様だ。
これだけ水が澄んでいると、見落とし様がない。
水中には、あまり大きな石らしきものもないし、その下に何かいたとしてもそこまでして探すのもちょっと気が引ける。
 
隠れているのを引っ張り出すのもなんだし、水も少々冷たい。
ワタナベからはこの水は触っても、飲んでも大丈夫とは聞いていたが、確かに触った感じはただの水の様だった。
 
私は水辺に腰を降ろし、休憩を取る。
そろそろお腹も空いて来た。
 
ワタナベからお弁当と称して渡されたおにぎりを腰のポーチから取り出す。
移動時の揺れで、かなり形が歪になってはいるが、見慣れた食べ物はやはり安心できる。
 
私はラップを剥がし、おにぎりを頬張った。
 
川*゚ -゚) 「美味い……」
 
程よく運動した後でもあるので、やはり相応にお腹は空いていた。
それを差し引いても、ワタナベの作ったおにぎりは美味しかった。
 
川*゚ -゚) 「米が良いんだよな」
 

53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 01:24:22.60 ID:351B+mqrO
 
それほど食にうるさいわけではないが、やはり好みぐらいはあるし、美味い物は美味いとわかる。
家の周りに水田らしき物は無かったから、これも例の機械製なのかと想像するが、炊いて握るのはワタナベが自分でやっていた。
 
私はあっという間に1つ目のおにぎりを平らげ、2つ目を取り出す。
1つ目同様、歪んで潰れてはいるものの、味が損なわれる事はないだろう。
 
川 ゚ -゚) 「うむ、いただきま──」
 
──ポチャンと、水の跳ねる音がした。
 
私は、視線をゆっくりと名残惜し気におにぎりから川の方へと向ける。
  _,
川 ゚ -゚) 「……何もいない?」
 
そこに生物は見当たらず、ただ川が流れている。
 
しかし──
  _,
川 ゚ -゚) 「波紋が……」
 
──ガサリと、背後で草を踏む音がした。
 
何かいる。
それは間違いない。
 

55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/05/08(金) 01:28:55.01 ID:351B+mqrO
 
音にせよ波紋にせよ、姿は見えないが痕跡は残っている。
だが、姿を見せない。
 
それが意味するところは……
 
川 ゚ -゚) (敵意……か?)
 
私はゆっくりと首だけで背後を見るも、やはりそこには何も見当たらない。
おにぎりをポーチに戻し、慎重に立ち上がろうとした瞬間、それは降って来た。
 
ζ(。▽。ζ
ζ   ζ
 
川;゚д゚) 「うお!?」
 
そこには逆さまの人形の様な姿の生き物が、こちらをじっと見詰めていた。
 
 
 
 第7話 了 〜 常識と非常識、それを分かつ境界線の場所 〜


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