- 3 :投下するぜオラオラオラァァッ:2007/11/18(日) 20:06:15.61 ID:Jcd7lIP7O
- 川 ゚ -゚)「……これで最後、と」
引越しの為に持って来た荷物が梱包されている段ボールを全て、新居であるマンションの一室へ運び込み、
私……素直クーは首から掛けたタオルで汗を拭きつつ、一息ついた。
川 ゚ -゚)「思ったよりも重労働だったな……」
引越しの費用は最低限に抑えたために、女一人でこの作業を熟す羽目になったので、
結局休日を丸々使ってしまい、古巣のアパートを出てからかなりの時間が経っていた。
- 4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:08:23.74 ID:Jcd7lIP7O
- 川 ゚ -゚)「さて……まずはお隣りさんに挨拶に行かねば」
疲労の溜まった身体に鞭を打ち、私はタオルを段ボールの上に投げ、
「つまらないモノですが」と言って渡すつもりの某チェーン店のドーナツを持って、
両隣の部屋の住人に挨拶をすべく玄関に向かった。
川 ゚ -゚)「ご在宅だと良いのだが……」
私は先に左隣の部屋の呼び鈴を鳴らした。
「はーい」
川 ゚ -゚)「すいません。本日隣の部屋に越して来た者ですが」
左隣に住んでいたのは中年の夫婦だった。
対応に出た女性は私を歓迎し、何かあったら頼ってくれて構わないと温かい言葉を掛けてくれた。
続いて右隣の住人に挨拶をすべく呼び鈴を鳴らす。
「……」
返事はない。
それからしばらく待って、呼び鈴をもう一度鳴らそうかと考えたときだった。
- 7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:11:05.78 ID:Jcd7lIP7O
- ドアがゆっくりと、しかもほんの少しだけ開いた。
('A`)「……何」
中から顔を覗かせたのは若い男だった。
黒いTシャツと黒いダボダボしたズボンを着ていて、
髪は良く言えば無造作ヘアー、悪く言えば寝癖が付きっぱなしだ。
顔も作りそのものは悪くないのだろうが、負の雰囲気が漂っているようで生気が感じられなかった。
多少の嫌悪感を抱きつつ、私は表面は平然を保って挨拶を述べた。
川 ゚ -゚)「この度隣に越してきた素直クーと言います。
これ、つまらないモノですが」
ドーナツを差し出す。
('A`)「……どうも」
男は軽く会釈をしてドーナツを受け取る。
- 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:11:57.57 ID:Jcd7lIP7O
- 川 ゚ -゚)「失礼ですが、苗字はどう読むのでしょうか」
几帳面かつ好奇心旺盛な性格はこういう場合損をすると自分自身理解しつつも、
私は男の苗字の読み方についての疑問をぶつけられずにはいられなかった。
('A`)「……ブスジマです。毒島ドクオ」
男は抑揚の無い声で返した。
川 ゚ -゚)「ブスジマ……ですか。
成る程。無知ですいません」
('A`)「いえ……」
男は私との会話が煩わしくて仕方がないかのように話す。
相手がそう思っているのを理解しながら話を長引かせるような性格ではない。
川 ゚ -゚)「では、これからよろしくお願いします」
('A`)「……こちらこそ」
軽く会釈をして、自分の部屋へと戻った。
- 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:14:21.93 ID:Jcd7lIP7O
- 川 ゚ -゚)「ふぅ……」
明日の朝には使う日用品や、衣服などは出しておいて、取り敢えずはやるべき事を終え、もともと配置されていたソファーに腰を下ろす。
そのまま身体を横に傾け、横たわると、眠気が襲って来た。
ベッドはあるものの、まだ布団は出していない。
お風呂はおろか着替えすらせずに就寝するとは一応は乙女の身としてあるまじきことだと思いつつ、
私はその睡魔に逆らうことは出来なかった。
最後に消灯だけ行って、めくるめく睡眠の旅へと再び身を投じた。
- 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:16:52.61 ID:Jcd7lIP7O
- 「……」
男はただじっとしていた。
唯一部屋に一定のリズムを刻み、音をもたらす時計を眺めながら。
男はただ待っていた。
その時を。
- 13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:19:40.91 ID:Jcd7lIP7O
- 翌日。
ミ#゚Д゚彡「捜査を始めて一ヶ月だぞ!!
何の手掛かりも掴めんとはどういう怠慢だ!!」
フサギコの机が思いきり叩かれ、激しい音と共に机の上に乗っている湯飲み茶碗が跳ねた。
川;゚ -゚)「……申し訳ありません」
やや俯き気味の私の口から、静かな声が漏れる。
ミ#,゚Д゚彡「謝ってる暇があったら、さっさと手掛かりの一つでも持ってこい!」
私は「失礼します」と早口で言って、踵を返した。
( ゚∀゚)「フサギコ監察官も酷いっスよねぇ、自分は何もしないくせに」
私は自らが勤務する美府警察署を発ち、相棒……というには所属三ヶ月目という経歴が些か頼りないのだが……ジョルジュ長岡と車に乗り込んでいた。
川 ゚ -゚)「文句を言っても仕方ないだろう。
本庁から来た上官の命令は絶対だ。
私達がこの事件に対して全く役に立っていないのも事実だしな」
( ゚∀゚)「ですけどねぇ……このヤマはかなり変ですよ」
事件をヤマと言う辺り、どんな理由で警察官を志したかが予想できるジョルジュが、ため息混じりに言った。
- 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:22:21.74 ID:Jcd7lIP7O
- 私とジョルジュ、そして警察が全力を挙げて捜査している事件。
公には「美府市連続猟奇無差別殺人事件」と呼ばれるそれは、ジョルジュの言う通り奇怪な事件だった。
5人の被害者の死因は、全て心臓を抜き取られた事によるショック死。
しかし、共通事項はそれだけで、事件発生の時間帯や被害者の年齢、性別はバラバラで、それぞれの被害者同士の関係は皆無。
そして何よりも奇怪なのは……。
( ゚∀゚)「三件目の犯行現場を目撃した男性によれば、
犯人の外見は「漫画に出て来るような真っ黒な人の姿をした化け物」ですよ?
その人がパニックで生み出した幻想か、はたまた犯人がコスプレでもしてんですかねぇ……」
川 ゚ -゚)「……」
私は無言でハンドルを切った。
一ヶ月前に始めて発生してから、同様の事件が既に五件。
これ以上被害が拡大すれば、警察の威信は崩れ去る。
それでなくとも、善良な一市民が無差別に殺されている状況を許しておくわけにはいかない。
川 ゚ -゚)「……もう一度聞き込みだ」
( ゚∀゚)「うぃーす」
- 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:24:56.25 ID:Jcd7lIP7O
- 男は待っていた。
もはや、虚ろな瞳は何も捉えず、ありとあらゆる感覚を遮断して。
自らが為さなければならない事を為すべき時間を、ただじっと待っていた。
そして。
その時は来た。
- 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:28:23.19 ID:Jcd7lIP7O
- ( ゚∀゚)「やっぱり何も有益な情報は聞けませんでしたねぇ」
交差点を赤信号で停車中の車内。
両手を頭の後ろで組み、助手席のシートに背を預けながら、ジョルジュが呟いた。
川 ゚ -゚)「そうだな……」
私は半ば無意識に適当な相槌を打った。
( ゚∀゚)「……クーさん。
気負い過ぎッスよ。他の誰が捜査したって同じ結果になりますって。
クーさんは有能だって皆言ってるし、俺だって同意です」
川 ゚ -゚)「……有り難う。
だが、それで許される問題でも無いさ」
思い付く限りの手段を講じても、事件の手掛かりは全く浮かび上がらない。
捜査は完璧な袋小路へと迷い込んでいた。
私がふと、隣の車内を覗くまでは。
- 19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:32:38.86 ID:Jcd7lIP7O
- 本当に無意識だった。
横を向いて、隣の中型車のハンドルを握っている男性を視界に入れた。
その次の瞬間。
男性は真っ黒に染まった。
川;゚ -゚)「な!?」
私は驚愕し、虚ろに眺めていた男性を凝視した。
見間違いでは無い。
男性はまるで影の様にのっぺりとした不気味な黒い人型となっていた。
一枚の紙の様に凹凸感を失い、違和感を醸し出すシルエット。
( ゚∀゚)「どーしたんすか、クーさん」
川;゚ -゚)「右隣りの車内を見ろ!」
( ゚∀゚)「え?」
ジョルジュはクーの言う通りに右隣りの車内を見る。
(;゚∀゚)「うお!何だあれh(ry」
私と同じ様に、黒い人型となった男性を見たジョルジュが上げた叫び声は、
同時に響いた粉砕音に掻き消された。
- 21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:35:42.94 ID:Jcd7lIP7O
- 男性の乗っていた車両が上から飛来した何かに踏み付けられ、その車高を半分近くにまで歪ませたのだった。
川 ゚ -゚)「ッ!」
私は咄嗟に両腕を翳して顔を背ける。
衝撃で飛び散ったガラス片が、車の側面を叩いた。
(;゚∀゚)「ク、クーさん!アレ!」
屈みながらも車窓に張り付くようにしてひしゃげた車の上を見ていたジョルジュが叫ぶ。
川;゚ -゚)「……!?」
倣うように車の上を見た私が見たモノは……。
屈み込む様な体制で車の上に佇む、黒いヒト……のような何かだった。
それはたった今私が見ていた人とは別だった。
「……」
唖然とする私達には気付かないまま、人型はその体勢で右肘を引いて振りかぶる。
そして、迷う事なく拳を車に打ち込んだ。
- 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:36:33.69 ID:Jcd7lIP7O
- 拳は易々と鉄板の屋根を貫通し、車体を更に軋ませながら人型の右腕は車内に食い込む。
(;゚∀゚)「……」
ジョルジュはもはや何かを言う余裕すらないらしい。
人型が右腕をすぐに引き抜いた時、右腕は赤く染まり、その手には何かを掴んでいた。
そして、人型は私を一瞥した。
目が合ったのはほんの一瞬。
しかし、こちらを吸い込んでしまいそうな、瞳や瞼もない完全な円形の真っ白な目に、私は背筋を駆ける悪寒をはっきりと感じた。
私など意に介していないのか、人型はそのまま視線を上へと向け膝を曲げる。
跳躍の体勢だ。
川;゚ -゚)「ま、待てッ!」
それを察知した私は車内から飛び出したが、
時既に遅く、人型は車を一層原型から掛け離れさせて飛び上がり、私の視界から消え去っていた。
- 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:39:01.91 ID:Jcd7lIP7O
- プレス機の餌食になったような車は、特に運転席が酷い有様だった。
乗車していたのは運転手の男性一人のみで、人型の着地による圧迫によって即死の状態。
しかも、心臓が無惨にも引き抜かれていた。
しかしその外見に関しては、私とジョルジュが目撃したような黒い影のような姿では無く、
ごく普通の服装で死んでいた。
私は自分が目にした、人型の掴んでいたモノが心臓だったのだと理解し、顔をしかめていた。
(;゚∀゚)「にしても……スゲェシーンを見ちまいましたね……」
捜査用の白い手袋を嵌めながら、ジョルジュは車内から引きずり出され、シートに覆われた、
見る影も無い男性を見下ろしながら言った。
川 ゚ -゚)「……」
車を男性ごと踏み潰し、果ては心臓を抜き去るなどという異常行動をやってのけた、あの人型。
私の頭の中にはそれしかなかった。
- 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:40:37.50 ID:Jcd7lIP7O
- 一体何者なのだろう。
ヤツの肉体的なポテンシャルは一般の人を遥かに凌駕していた。
目撃者のあの証言は偽りでは無かったのだ。
そして、ヤツは何が目的だったのだろう。
心臓を抜き取る行動からしてヤツは間違いなく私が追っている一連の事件の犯人だ。
川#゚ -゚)「……!」
私は何か人の範疇を越えているようなヤツへ対して、形容できない恐怖を抱きつつも、
怒りとふがいなさを篭めた拳を握り締めた。
- 30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:42:43.64 ID:Jcd7lIP7O
- 男は真っ赤に染まった口と手を水で洗い流し、
激しい吐き気に襲われながらおぼつかない足取りでベッドに向かい、そのまま倒れ込んだ。
暮れかけて紅い日光が、時計の音だけが響く部屋に差し込んでいる。
「お疲れ」
何処からともなく、男とは声色の異なる男性の声がした。
「……」
男はその一言が自らへの厭味を含んだ労いの一言だと分かっていたが、返事をする気にはならなかった。
「とうとう奴らもなりふり構っていられなくなったようだね」
返事がこないことを当然のように、声は語り続ける。
「あと5体。君が救えるか、奴らの餌食になるか……
……どちらにしても待っているのが死だというのは……」
「黙れ」
男は体勢を変えずに言った。
「……また来よう。
君がやり遂げる事を祈っているよ」
声はそういったきり二度と聞こえなくなった。
- 32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:43:42.68 ID:Jcd7lIP7O
- 翌日。
私は署で、事件に関するありとあらゆる資料に目を通していた。
が、どれもこれも鍵になるような情報を与えてはくれない。
被害者達に一切の繋がりを見出せない事実は、
「常識の範囲内で考えれば」この事件が正しく無差別殺人事件であることを示唆しているのだろう。
しかし、この事件はどうも例外に当て嵌まるようだった。
- 34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:46:03.00 ID:Jcd7lIP7O
- 署のテレビに映し出されているチャンネルでは、
「あの瞬間」にたまたま居合わせた人から投稿された映像を放映していた。
異形の容貌と人外の能力を持った化物が、車を踏み潰し、乗車していた男性の心臓を引き抜いて去っていく。
その映像が世間に与える衝撃を、私は身を持って思い知っていた。
ニュースはアナウンサーが警察の対応を問う部分でCMに入った。
( ゚∀゚)「ムカつきませんか?」
いつの間にかジョルジュが脇に立っていて、TVを見ながら憎々しげにそう尋ねてきた。
- 36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:49:03.11 ID:Jcd7lIP7O
- 川 ゚ -゚)「……報道内容は事実だ」
( ゚∀゚)「いや、何て言うか報道の仕方が厭味ったらしいというか、
まるで俺達が役立たずみたいな言い方じゃないですか」
川 ゚ -゚)「役立たずだろう、実際」
( ゚∀゚)「……相変わらず自分に厳しいですね、クーさん」
川 ゚ -゚)「厳しくなどないさ。客観的に見れば極当然の見解だろう。
民衆は我々が努力することを望んでるわけじゃない。
要点はあの殺人鬼を捕まえられるか、られないかだ」
( ゚∀゚)「……そうですね」
しかし、結局進展はないまま、数日が過ぎる。
しかし、実に呆気なく、その時は訪れたのだった。
- 38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:51:34.39 ID:Jcd7lIP7O
- 私はその日、深夜に帰路についた。
辺りを照らすのは等間隔に立っている頼りない街灯だけで、私はその明暗の差が激しい夜道を歩いている。
その時、唐突に声が響いた。
それは獣のような不気味な叫び声だった。
川 ゚ -゚)「……!」
その声にただならぬ感覚を感じ、私はすぐにその声のした方角に向かった。
最初に聞いたその叫び声だけを頼りに歩いていくと、
今度は何かがぶつかるような、あるいは倒れるような音が不定期に聞こえ、
その音に導かれるまま私は人気の少ない路地へと入り込んだ。
音は断続的ながらも絶えず、音量もまばらだった。
そして私は、とうとうその音の発生源にたどり着いた。
- 40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:52:47.48 ID:Jcd7lIP7O
- そこは回りをビルに囲まれながらある程度のスペースを確保した陰湿な雰囲気の漂う場所で、
そこで二つの影が動いていた。
光を十分に取り込まないような場所の為に、私はそれが人の形をしていることにしか気付けなかった。
二つの影は互いに殴り合い、掴み合い、あるいは片方が片方を投げ飛ばし、ビルの側面にたたき付けたりしている。
私はその不気味な光景に呆然として、その影達の行動を止めることをさっぱりと失念していた。
- 42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:55:22.48 ID:Jcd7lIP7O
- やがて、しばしの格闘の末に、片方が片方の上に馬乗りになった。
上に乗った影が腕を振りかぶる。
川;゚ -゚)「待て!」
私はそこでようやく我に帰り、バッグに忍ばせていた拳銃をバッグの中で掴みながらそう叫んだ。
しかし影は止めなかった。
影が振った腕はもう一つの影の胸に突き刺さり、なにかを強引に抜き取った。
私はその行動に目を見張りつつも、半ば反射的に拳銃を構えた。
川 ゚ -゚)「動くな!」
私は感覚で悟った。
たった今、目の前で起きたのは「ヤツが人の心臓を抜き取った」ということだと。
そしてそれは的中していた。
影……たった今殺人犯となった人影は、その手に痙攣する何かを掴みながら立ち上がった。
その顔や性別までは暗闇に紛れて判別できないが、視線がこちらに向いてはいないことは分かった。
- 43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:56:55.89 ID:Jcd7lIP7O
- 川 ゚ -゚)「警察だ!手を挙げて地面に伏せろ!」
殺人犯はようやくこちらを向いたが、私の言うことはまるで聞いていないかのようだった。
川#゚ -゚)「伏せろと言っている!」
私がもう一度叫ぶと、殺人犯はしばらくそのままこちらを見た後、私に背を向けた。
川 ゚ -゚)「!」
咄嗟に発砲した弾丸が殺人犯の左手の甲に命中したのを何とか確認したが、
殺人犯はそのまま常人では考えられない跳躍力を発揮して、ビルの屋上へ消えた。
川;゚ -゚)「……」
心臓の無い死体だけを残して去っていった殺人犯に、私は形容出来ない恐怖を抱いて、その場にしばし立ち尽くしたのだった。
- 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 20:59:01.61 ID:Jcd7lIP7O
- 「これで5。残り3か」
淡々と事実を述べる声を聞き流しながら、男は洗面台に突っ伏して必死に込み上げるモノをせき止めていた。
吐いてしまえば全てが台なしだ。
「そろそろこちら側も隠し切れなくなるだろうな」
「……」
「まぁ、だからと言って君を止められる者はいないのだろうが」
「……」
男は全て聞き流し、
何とか吐き気から回復して洗面台から離れ、鏡に映る自分の顔を見た。
酷い顔だと男は思った。
むしろそうでなければ発狂するとも思った。
今の彼を支えているのは、無いも同然な細い糸だった。
「まぁ、頑張ってくれ」
耳障りな声が聞こえなくなって、男は一人部屋の中でしばらく自分の顔を見ていた。
- 48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:00:45.41 ID:Jcd7lIP7O
- 自分が殺人鬼と再び遭遇してから数日後。
私は久々に休暇を取り、後回しにし続けていた部屋の片付けを熟し、
同時に溜まっていた家事も一気に済ませてしまおうと思っていた。
捜査は依然進展を見せていないが、根を詰めていた私を見兼ねたのか、上司が本庁に内緒で休暇を与えてくれたのだ。
部屋の中の大半を占拠している段ボールの中身をそれぞれ部屋に置き、
一段落ついたところで洗濯を終えていた衣類を干そうとベランダに出た。
ハンガーに掛けた衣類を物干し竿に掛けていると、その内の一枚がハンガーから外れ、
風に乗って隣のベランダの手摺りにかかってしまった。
- 50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:03:52.37 ID:Jcd7lIP7O
- 川;゚ -゚)「む……」
仕方が無いので隣の部屋に向かう。
呼び鈴を鳴らして暫くすると、相変わらず不機嫌そうな顔の青年……ドクオがドアを最小限なだけ開けて顔を出した。
('A`)「……何」
目の下に隈を作って、彼は小さくそう尋ねた。
川 ゚ -゚)「すいませんが、洗濯物がそちらのベランダに飛んでしまいまして」
そう言うと、彼は無言でドアを閉めてしまった。
しばらく待つと再びドアが開いて、ドアから私の洗濯物がヌッ、と突き出された。
('A`)「どうぞ」
川;゚ -゚)「……!」
私は彼が渡してきた洗濯物をしばし受け取れなかった。
何故なら、彼の手の甲に包帯が巻かれていたからだ。
それは私があの殺人鬼に与えた微かな傷と同じ位置だった。
- 53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:05:52.50 ID:Jcd7lIP7O
- 川;゚ -゚)「……すいません」
洗濯物を受け取り、お礼を述べる。
('A`)「……じゃ」
短く呟いて、彼はドアを閉めた。
川 ゚ -゚)「……」
間違いない。
あの手の傷の位置は、先日私があの殺人鬼に負わせた傷と一致していた。
それは偶然だったのかも知れない。
しかし、その時の私は奇妙な違和感を感じていたのだった。
- 55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:07:24.59 ID:Jcd7lIP7O
- 翌日。
(;゚∀゚)「本当に張り込むんですか」
川 ゚ -゚)「張り込むと言ったって自宅だ」
(;゚∀゚)「でも、隣人の動向を探るんでしょう?」
私の住むアパートに面した道路に停まる車の中で、私はジョルジュにドクオの動向を探る為に自宅で待機することを告げた。
川 ゚ -゚)「どうしても気になってな。
何も無ければそれでいいんだ。
その場合は君に余計な苦労をさせることになってしまうが……」
( ゚∀゚)「まぁ、クーさんの考える事ですから何かあっての事でしょう。
別にその位は苦になりませんよ。
それに、上の連中も俺らの行動なんか気にしないでしょ」
川 ゚ -゚)「……すまんな」
( ゚∀゚)「じゃ、5時に一旦駅前で待ち合わせっつー事で良いですか」
川 ゚ -゚)「ああ」
( ゚∀゚)「了解しました」
- 56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:09:55.58 ID:Jcd7lIP7O
- ジョルジュが運転する車がエンジン音と共に去って行った後、私はマンションの自室に戻り、玄関付近にて隣の部屋から彼が出て来るのを待った。
……我ながら突拍子もない行動だと思う。
他の証拠も無しに、たかが傷の位置だけで疑いを持っていたらキリがないことなど分かりきっている。
それにこの目で二度遭遇した殺人鬼はニュースで怪物呼ばわりされる程のとんでもない身体能力の持ち主だ。
その異常性からしても彼のような体格の男性が犯人だなどという考えがどれだけ理に反しているか。
そこまで分かっていながら、私は沸き上がる気持ちを抑え切れなかった。
- 58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:11:21.68 ID:Jcd7lIP7O
- 何事もないまま数時間が経った。
私が自宅に戻った時、ドクオが部屋の中にいることは確認済みなので、ドアが開かない限り彼が外出することは不可能だ。
そして今までドアは開いていない。
つまり彼は依然部屋の中にいるのだ。何ら奇妙な事も無く。
あらかじめ買っておいた昼食を食べながら、やはり自分の考え過ぎであったかと考える。
しかし5時までは粘ってみようと、辛抱強く玄関に座り込んでいた私の耳に、
ドアノブが回って鋼鉄製のドアが軋みながら開く音を聞いたのは、昼も過ぎた頃だった。
それは間違いなく隣室のドアが開いた音で、私は除き穴から外の様子を見る。
真っ黒な上下に身を包んだドクオが鍵も閉めずに部屋を後にするのが見えた。
彼が私の部屋の前を過ぎて階段を降りてから少しの間を置いて、私は彼の後を追った。
- 60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:14:17.23 ID:Jcd7lIP7O
- 彼は駅前の大通りに向かって歩いていく。
私はそれを一定の距離を取って尾行する。
彼に不審な素振りは無いまま、大通りへと到着した。
平日の昼間ながらもそれなりの人数が行き交う中、私が彼を見失わないように距離を詰めて尾行を続けていると、
彼はその大通りに面している、全国にチェーンを展開する大型ドラッグストアに入った。
後に続いて店に入る。
ドクオは迷う事なく一番安価なミネラルウォーターとスティック状の携帯食を買い、すぐに店を出た。
まるで最低限の行動で用事を済まそうとしているかのようだった。
そして彼は来た道を戻っていく。
川 ゚ -゚)(やはり無駄手間だったか……)
ジョルジュとの待ち合わせの時間までにも余り余裕が無い。
予想はしていた結果に、私が半ば緊張を解いた時だった。
- 64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:17:42.41 ID:Jcd7lIP7O
- 突然ドクオの歩みが止まって、こちらを向いた。
川;゚ -゚)「!」
尾行に感づかれたのか。
一瞬焦りながらも、私はあくまで大通りを歩く一市民を演じた。
気付かれたなら気付かれたなりの行動を取るまでだ。
しかし、彼は私など眼中にないようだった。
そして次の瞬間、買ったばかりの食料の入った袋をその場に投げ落として勢いよくこちらに向かって走り出し、
身軽に人を避けながら、彼はあっという間に私を通り過ぎて大通りの奥、最も人の密度が高い駅前へと走り去った。
川 ゚ -゚)「何だ……?」
何が起こったというのだろう。
私が彼の行動の理由を考えながらとりあえず彼を追おうとするのと、
彼が走り去って行った方向から悲鳴が聞こえてきたのはほぼ同時だった。
川 ゚ -゚)「!」
私はすぐに駆け出した。
- 65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:18:49.05 ID:Jcd7lIP7O
- 悲鳴が上がったのは駅前のスクランブル交差点らしかった。
私が初めて殺人鬼を目にした場所だ。
そこから蜘蛛の子を散らすように人々が逃げる中、状況を把握しようと私はその流れに逆らってスクランブル交差点を目指した。
赤信号で停止している車が並ぶ車道すら逃走経路にしている人々の焦り様を見て、
私はスクランブル交差点で起こったのがただ事ではないと悟る。
そしてそれは実際ただ事では無かった。
- 67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:19:44.62 ID:Jcd7lIP7O
- ようやく辿り着いたスクランブル交差点には、三つの人影だけが見て取れた。
内一人は他の二人とは少し離れた場所で倒れている。
しかしそれより異様なのは、残りの二人だった。
両方ともが衣類を着ているせいとは思えないような黒い身体で、片方がもう片方を押さえ付けるような恰好で揉み合っている。
それはあの殺人鬼と同じ風体だ。
しかしながら二人には微妙な容貌の違いがあって、
上に覆いかぶさっている方は正しく殺人鬼の姿をしていて、
覆いかぶさられている方はより凶暴的なフォルムだった。
- 68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:21:15.29 ID:Jcd7lIP7O
- しばしの揉み合いの後、恐らくは殺人鬼であろう黒い人がもう片方の人型に腹を蹴られて吹っ飛んだ。
上に被さっていた邪魔者を蹴っ飛ばした人型は素早く起き上がり、ダミ声のような叫びを上げた。
吹っ飛ばされた殺人鬼は殺人鬼で、素早く体勢を立て直し、突進してくる人型に向けて構える。
川;゚ -゚)「……」
まるで映画のワンシーンのような光景に、私はすっかり気を取られてしまっていた。
殺人鬼に突進した人型は、ラリアットの様に振り上げた右腕を、
殺人鬼の側面にたたき付けるように振るった。
殺人鬼はそれを左の二の腕で受け止める。
再び吠えながら人型が残った左腕を殺人鬼の胸目掛けて突き出したが、
殺人鬼は右腕を掴みながら上半身を捻ってかわした。
- 69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:22:03.51 ID:Jcd7lIP7O
- 今度は殺人鬼が掴んだ人型の右腕を自分の身体を軸にして振り回し、人型を宙に浮かせて何回転かしたところでぶん投げる。
人型は地面に平行に投げ飛ばされ、地面をバウンドし、十数メートルは転がった。
人型が呻きながら起き上がろうとしたとき、空中に舞い上がっていた殺人鬼の強烈な蹴りが人型の腹部に減り込んで、
人型は起き上がれなくなった。
そして、そんな人型を見下ろしている殺人鬼に、私は嫌な予感を感じ、それは的中した。
殺人鬼は人型の首下を踏み付け、鋭利な指先をその胸に突き立てたのだ。
川;゚ -゚)「!」
私は息を呑んだ。
- 70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:23:50.72 ID:Jcd7lIP7O
- 胸に手を突っ込まれた人型は身体を大きくのけ反らせて抵抗したが、
その手に心臓を握られ、揚句身体から無理矢理分離させられてしまい、
細かく痙攣した後動かなくなる。
同時に人型の身体を包んでいた黒色が消えた。
私はゆらりと上半身を起こした殺人鬼に視線を向けた。
右手にはまだ微かに動く心臓。
そして左手の甲には包帯が巻かれていた。
川 ゚ -゚)「毒島ドクオ!!」
私は叫んだ。
そしてその叫びに、殺人鬼の動きが止まった。
- 72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:26:37.09 ID:Jcd7lIP7O
- 川;゚ -゚)「君は……毒島ドクオだな」
もう一度、その事を確かめるように言う。
「……」
殺人鬼……恐らくは毒島ドクオ……は、ゆっくりとこちらを向いた。
先程の彼とは掛け離れた容姿がそこにあった。
服装もあいまい、真っ黒な身体があり、のっぺりした顔は目の位置に二つの白い円が付いている以外は何も無い。
川;゚ -゚)「何故こんなことをする!」
私は続けざまに叫んだ。
「……」
彼は答えない。
ただその不気味な双眸でこちらを見ているだけだ。
川#゚ -゚)「答えろ!」
私は怒りを露にして怒鳴った。
「……」
彼は、答えなかった。
- 73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:27:18.38 ID:Jcd7lIP7O
- 「クーさん!」
川 ゚ -゚)「!」
ふと呼ばれ、振り返るとジョルジュがこちらに駆け寄って来ていた。
(#゚∀゚)「テメェ!待て!」
それが自分ではなく背後のドクオに向けられたものだと理解して再度前を向いた時、
そこには倒れ込んだ人、二人しかいなかった。
川 ゚ -゚)「……」
駆け寄ってきたジョルジュが何か話しかけて来たが、私の耳には届かなかった。
- 75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:30:43.00 ID:Jcd7lIP7O
- 男はドアを使わずに部屋の中に入ると、流し台に向かい、
右手でまだ僅かに動いていた心臓を躊躇い無く喰らった。
心筋をブチブチと引きちぎる音が聞こえた。
溜まっていた血液が男が噛み切った部分から溢れ出して男の口と流し台を真っ赤に染めたはずだったが、
締め切られた部屋の中には色を明確にしてくれる光が届かず、黒い液体としか認識できなかった。
全てを胃の中に押し込んだ男は口を拭い、蛇口を捻って手と流し台を洗った。
もはや吐き気すら起こらなくなってしまった事に気がついて、男は心の中で自嘲した。
何と言う化け物だろう。
人外の力を持ち、罪の無い人々を殺し、逃げ去って行く自分は。
- 77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:31:47.84 ID:Jcd7lIP7O
- 「後2だ。君はそれで解放される」
声が響いた。男の頭の中で。
「正直、君の精神力には感服するよ。
まさか耐え抜くとは思わなかった」
声は続く。
「神の選択はやはり正しかった。
お陰で貴重なモノを一つ救えると喜ぶだろう」
男は流し台に手をついて、血が流れていく排水溝を見つめたまま無言を貫いた。
「……では、君がやり遂げる事を願っている」
声は消えた。
男は口元を拭って流し台から手を離してゆらり、と直立した。
ここはすぐに出ていかなければならない。
そして向かう先は彼自身の中で明白だった。
- 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:32:57.23 ID:Jcd7lIP7O
- 再び大衆の中堂々と行われた6度目の殺人は、何事よりも優先されてメディアが報じた。
内容はその殺人鬼にスポットが当てられ、その正体は何なのかについて様々な議論が交わされていた。
もっとも、その時の私に、そんなことは全く関係の無い物だった。
毒島ドクオは姿を消した。
6度目の殺人が起きてから彼は一度も自分の住むマンションに戻って来ていない。
私は彼の自宅を捜索した。
- 82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:35:56.50 ID:Jcd7lIP7O
- 人間として生きるための最低限の部屋と言えるような彼の住み処は、
ベッドと携帯テレビ、小さな引き出し箪笥、冷蔵庫とそこに入れられた僅かな食料以外は、
元々部屋の設備として整えられていた物しか無かった。
箪笥の引き出しの上には一枚の写真立てに飾られた写真があった。
その写真はドクオと女性らしき人物のツーショットだった。
ドクオの隣に写っているであろう人物を女性だと断定できないのは、
その人物が女性物のバッグを握っている手以外を真っ黒に塗り潰されていたからだ。
私は引き出しの中を確かめる。
何も入っていなかった。
箪笥はただ写真をある程度の高さの場所に置くためだけに存在しているようだった。
私はその写真をもう一度見る。
そしてあることに気付いた。
- 84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:36:28.39 ID:Jcd7lIP7O
- 川 ゚ -゚)「この指輪……何処かで……」
それは写真の中の女性らしき人物が嵌めていた指輪だった。
金のリングに小さなエメラルドがはめ込まれた指輪。
私は記憶の中から必死にその指輪の糸を手繰った。
そして、思い出した。
私はドクオの部屋を飛び出し、後にした。
- 87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:42:59.37 ID:Jcd7lIP7O
- 川;゚ -゚)「やはり……!」
警察署に戻った私は、目の前の机に置かれている資料を見て呟いた。
その指輪は、殺人鬼に最初に殺害された女性が、その瞬間に嵌めていた指輪と同じだった。
私はその女性についての資料を再び読みあさった。
そして見つけた。
川 ゚ -゚)「……!」
夫に早く旅立たれた彼女には、一人息子がいた。
名前は、ドクオ。
私の中で揺れていた犯人像はしっかりと固定された。
- 89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:43:44.83 ID:Jcd7lIP7O
- 男は一つの墓の前に立っていた。
墓には男が供えた一本の線香が立っている。
「……カーチャン……」
男は隣に立っていても聞こえるかどうかの声で小さく呟いた。
「……もうすぐ会えるよ……」
囁くように言って、しばし墓を見つめた後、男は踵を反した。
そしてそこには一人の女性が立っていた。
「……」
「……」
二人はしばし無言だった。
男は何故女性がここに来たのか知っていたし、どうやってここに自分がいる事を突き止めたのかも分かっていた。
- 90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:45:08.51 ID:Jcd7lIP7O
- 川 ゚ -゚)「……何故殺したのか、聞かせてくれないか」
私は彼に……毒島ドクオに尋ねた。
('A`)「……アンタには関係ない」
川 ゚ -゚)「関係なくとも、私には君のした、常人には理解できない悪魔の所業のような行動の動機を聞く必要がある」
私はあえて辛辣な言葉で切り返した。
('A`)「……言うつもりは無い」
川 ゚ -゚)「ならば連れて帰る」
私は拳銃を彼に向けた。
ドクオの後ろには、私と同様に拳銃を構えるジョルジュの姿がある。
('A`)「……」
彼は私の目を睨み、私は決して目線を逸らすまいとそれに対抗した。
「やれやれ」
緊迫した空間に、突然、呆れたような溜め息混じりの声が聞こえた。
- 93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:49:58.77 ID:Jcd7lIP7O
- ( ・∀・)「もう少し無能ならば完遂まで何の支障も無かったのに……、
どうやらある程度は有能な者もいるものか」
川;゚ -゚)「な!?」
私は目を疑った。
私とドクオの間、明白に何も無い空間から、人が突然現れたからだ。
( ・∀・)「まぁ支障も微々たるものだ。
君の仕事に問題は無いさ」
その唐突に姿を現した人は、目線はこちらに向けつつもドクオに問い掛けた。
( ・∀・)「もうすぐ現れる。場所は分かる。
それで十分だろう。行きたまえ」
('A`)「……」
その人の言葉に諭されるように、ドクオはその場を後にしようとした。
川;゚ -゚)「待て!」
咄嗟に彼に詰め寄ろうとした私は、違和感に気がついた。
足が、動かない。
- 95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:52:44.93 ID:Jcd7lIP7O
- ( ・∀・)「あの化け物達には気休め程度だが、君達になら十分な枷になるな」
人は穏やかな笑顔を浮かべながら言った。
川;゚ -゚)「何なんだ、一体……!」
私は驚愕を隠し切れずに呟いた。
( ・∀・)「なに。彼の邪魔はされたくないものでね。
拳銃も引き金を抜かせてもらった」
その言葉に、私は握っている拳銃に引き金が無いことに気付いた。
ジョルジュも同様のようだ。
ドクオはそんな私達を無視して場を後にし、私の視界から消え去っていた。
- 97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:55:31.39 ID:Jcd7lIP7O
- ( ・∀・)「さて。君達には暫くこのままでいてもらう」
焦る私に人は微笑みを投げかける。
( ・∀・)「まずは自己紹介だな。
私はモララーだ。よろしく」
モララーと名乗った人は、実際は被っていない帽子を取る真似をしながら、深々と礼をした。
( ・∀・)「さて、君達は真実を知りたがっている。
彼は話す気が無いようだから、親切な私が教えてあげよう」
モララーは唐突にそう切り出した。
( ・∀・)「まずは……そうだな。
君達は神を信じるかい?」
川;゚ -゚)「何?」
( ・∀・)「神だよ。人々が崇め奉る絶対の存在を君達は信じるかと聞いているんだ」
川;゚ -゚)「……」
私は答えなかった。
( ・∀・)「まぁ、君達がイエスと言おうがノーと言おうが、どちらだっていい。
ただ、僕は神がいる世界の話をする」
そして、モララーはまるで料理の作り方を説明する料理番組のシェフの様に気軽な口調で語り出した。
- 98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:56:06.91 ID:Jcd7lIP7O
- ( ・∀・)「ある時、神は世界を創造した。
世界は拡大し、成長し、やがてその中で「生命」が誕生した。
神はそれを気に入って、生命が生まれたいくつかの環境を観察し始めた。
しかし、神と同時に、生命に目を掛けた存在があった。」
( ・∀・)「彼等はある種の生命だったけれど、神によって創られた存在ではなく、むしろ神に盾突く存在だった。
実体を持たず、凶悪な破壊願望を持つ彼等は、神が生み出した生命をその破壊願望の標的にした」
( ・∀・)「彼等のやり口は非常にシンプルだ。
狙った生命の一個体の身体を乗っ取り、自分好みに改造して操り、他の生命を殺戮する。
君は乗っ取る瞬間も、乗っ取られた哀れな個体も見ただろう」
私の脳裏にあの二つの瞬間の映像が生々しく浮かび上がった。
- 101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 21:59:42.11 ID:Jcd7lIP7O
- ( ・∀・)「しかし神とてそれを黙って見ている程無力ではなかった。
神はその力を使って彼等が狙っている、生命が存在する環境に先手を打った。
結果、その環境の「ただ一人の男性」が彼等に対抗し得る力を手に入れた」
( ・∀・)「そこからが僕の出番だ。
僕は神の命を受けて彼の下に赴き、事実を告げて選択を迫った。
……ここまで話せば、君も彼の選択の結果を予測出来るだろう」
モララーは私個人にそう尋ねた。
- 102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:01:15.53 ID:Jcd7lIP7O
- (#゚∀゚)「訳わかんねぇ事言ってんじゃねぇ!」
ジョルジュが怒鳴った。
(#゚∀゚)「8人も殺しておいて、言い訳が神の啓示だなんて誰が信じるんだ!」
( ・∀・)「君達が信じるか信じないかはどうでもいいと言わなかったか?
僕は事実を述べた。それに対して君達がどう噛み付こうが知った事じゃない。
例え世界中の人々が馬鹿馬鹿しいと嘲笑おうが、真実は変わらない」
モララーはジョルジュの言い分に素早く切り返した。
川;゚ -゚)「……もしそれが事実だとして、何故神は自分で戦わないんだ」
私はその質問がいかに馬鹿げているかを知りながら、モララーに尋ねた。
( ・∀・)「一々そんな事をしていたら神はそれだけに全ての時間を費やさねばならなくなる。
確かに神は生命に深い関心を抱いているが、そこまでして守りたい物でもないのさ。
だからこそ僕がここにいて、彼を見守っている」
川;゚ -゚)「その神と彼等とやらの争いの決着はどうなる」
( ・∀・)「このまま行けば、神の勝ちだろう。
彼は実に素晴らしい働きをしてくれる」
彼、という単語に、私は噛み付いた。
- 104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:01:51.29 ID:Jcd7lIP7O
- 川 ゚ -゚)「……彼は自分の意志で行動しているのか?」
( ・∀・)「そうだ。もっとも、彼には残酷な二択を迫ったがね。
世界が滅ぶか、未曾有の殺人鬼になるか。
実に残酷な二択だろう?」
モララーは質問に淡々と答えた。
川 ゚ -゚)「今まで彼が殺したのは……その彼等に乗っ取られた人々だったのか」
( ・∀・)「そうだ。
哀れな子羊を救うには死を持ってして、
そして悪魔を滅ぼすには奴らが生命を乗っ取っている時にその生命の核を彼が喰らうしかない」
川 ゚ -゚)「……」
私はそこで質問を止めた。
もう十分だった。
彼の話と、私が知っている紛れも無い事実には幾つもの合致がある。
ただソレさえ知れれば十分だった。
その話の真偽がどうであれ、彼は、毒島ドクオはそれに従って行動したのだという、事実さえ。
- 105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:02:40.63 ID:Jcd7lIP7O
- ( ・∀・)「実を言うと、彼が殺せば良いのは後一人だ。
そうすれば彼等は敗北する」
聞いてもいないのに、モララーは饒舌に語った。
( ・∀・)「そして今、彼はその戦いに身を投じている」
川 ゚ -゚)「何だと……!?」
( ・∀・)「もう足止めは十分だろう。行きたまえ。
君ならば彼を見送る資格があると私個人は思う」
ふと、足が軽くなった気がした。
( ・∀・)「それに、神は無慈悲などではないと、少しぐらいは証明する必要があるのでね」
不可解な言葉を残して、モララーは消え去った。
- 106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:04:15.48 ID:Jcd7lIP7O
- (;゚∀゚)「クーさん……」
ジョルジュが恐れの入り交じった声で呟く。
拳銃の引き金は元に戻っていた。
川 ゚ -゚)「……行くぞ。時間が無いようだ」
私はそう言って、ついてくるジョルジュと共にその場を後にした。
- 109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:06:42.66 ID:Jcd7lIP7O
- 男は、毒島ドクオは、ようやくこの時が来た事を、
彼の右肩をその鋭利な腕で貫いたまま目の前で崩す折れる、
悪魔に乗っ取られた人を見据えながら悟った。
永い地獄に終止符が打たれた。
次の瞬間、彼の身体から力が抜けて、彼は仰向けに倒れた。
まだだ、と彼は思った。
地獄は終わったが、自分にはまだやるべき事が残っている。
彼は最後の力を振り絞って痛む身体を動かし、何とか両膝をつく体勢に直った。
- 113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:08:11.36 ID:Jcd7lIP7O
- 「毒島ドクオ!!」
皆逃げ去った筈の空間に、聞き覚えのある声が響いて、ドクオはそちらを向いた。
川 ゚ -゚)「……モララーから、話は、聞いた」
('A`)「……!」
彼から数メートルの所にまでいつの間にか来ていたクーが、静かにそう言って、
ドクオは一瞬驚いたが、それはあくまでも「一瞬」だった。
('A`)「……俺の部屋の写真立ての中に、手紙を入れてある。
俺が死んだら取りに行ってくれ」
冷静に、首と視線だけをクーに向けて、ドクオは言った。
- 115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:09:38.47 ID:Jcd7lIP7O
- 川;゚ -゚)「……」
クーには彼に掛ける言葉が見つからなかった。
何を言えというのだろう。
もはや彼の行動の理由は明らかになり、たった今それは終わった。
クーはただ、彼に会う一心だけでここに来たのだ。
そんな互いに無言な時間は、ドクオが身体のバランスを崩して横倒しになったことによって終わった。
川;゚ -゚)「ドクオ!」
クーはドクオに駆け寄り、その肩を抱えて抱き起こした。
彼の呼吸は弱々しい。
('A`)「無様だろ……。
母親を殺して、沢山の人の命を奪い続けた奴の最後はこんな様だ」
へへ、と掠れる声で呟く。
川;゚ -゚)「……」
クーはやはり言葉を見つけられずにいた。
- 117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:11:00.34 ID:Jcd7lIP7O
- ('A`)「あの訳の分からない糞野郎がやってきて、カーチャンが狂って俺を殺そうとして、俺は逆に殺した。
糞野郎が提示した二択の内、血に塗れても生き縋る道を選んだんだ。
これだけ狂っても、その時の事を夢に見る度に怯えてた。
夢の中で俺はカーチャンの心臓を喰らいつづけてた」
彼の独白のような呟きは続く。
('A`)「もう終わりにしたいんだ。
自分の存在を消し去って何も無い虚無にしてしまいたい。
……お誂え向きなシチュエーションも整ってる。
俺も悪魔に乗っ取られかけてるんだ。
カミサマがアタエテクダサッタ、力の代償でね。
無理矢理押さえ付けて言う事を聞かせてきたけれど、もう無理だ」
彼の右腕が震えながら挙がって……しかし途中で糸が切れたように力を失って地に落ちた。
('A`)「……もう自分で決着をつけることすら出来ない」
彼はまた自嘲するようにヘヘ、と笑った。
- 118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:11:43.17 ID:Jcd7lIP7O
- ('A`)「殺してくれ」
ドクオはクーの目を見て言った。
('A`)「頼む」
川;゚ -゚)「それは……」
クーは動揺した。
('A`)「俺を殺さないと元の木阿弥だぞ」
それを読み取ったドクオが彼女の躊躇いを溶かすかのように諭した。
('A`)「頼む……俺はもう……」
ドクオの目から一筋の涙が流れ落ちた。
(;A;)「殺したくない」
- 120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:14:38.94 ID:Jcd7lIP7O
- クーが、右手に拳銃を握った。
その銃口をドクオの左胸……心臓に向ける。
その時、サイレンの音が鳴り響いた。
川 ゚ -゚)「!」
クーと分かれて署に向かったジョルジュがクーの命令通り動いたのだ。
やがてパトカーがクーから見てドクオの背後から現れた。
その時、ドクオが突如立ち上がり、クーの首を片手で掴み、彼女の身体ごと持ち上げた。
('A`)「殺せ。この状況なら誰もアンタを責めない」
もはやそうしているのも心底辛そうに、ドクオが囁いた。
彼の頬に、もう涙は無かった。
- 121 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:15:44.10 ID:Jcd7lIP7O
- 川 - )「……ありがとう」
それが、クーがようやく見つけ出した一言だった。
川 - )「私は、君を忘れない」
クーの手に握られた拳銃の引き金が、引かれた。
…………銃声が、響いた。
- 125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:18:24.26 ID:Jcd7lIP7O
- −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
それから、私は彼の部屋に赴き、彼の言う通り写真立ての中から手紙を見つけ出した。
それは、彼の遺書だった。
彼自身の事は全く書かれず、彼が殺した被害者の遺族への謝罪の言葉だけが綴られていた。
それが、彼の意志だと私は理解した。
「自らの欲望の為に非人道的な行動を取った未曾有の連続猟奇殺人事件の犯人は、
勇敢な警官の射殺によって死亡した」ということを真実として欲しいと、彼が望んでいたのだと。
- 130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/11/18(日) 22:22:01.33 ID:Jcd7lIP7O
- 結局私は彼を殺しただけだった。
今や本当の事実は私にすら確かな物として確認できるものではなくなり、
人々には全く触れられないまま朽ち果てようとしている。
彼の絶望も、孤独な戦いも、何もかも無かったかのように。
だから私は誓ったのだ。
彼を忘れないと。
失われた真実を完全に知る事も出来ず、彼を救う事も出来ず、ただ見届けた自分が、
その目で見て、耳で聞いたことを、決して忘れない。
自分勝手な考えかもしれない。
しかし、それだけが、私に出来る唯一の彼への手向けであり、終止符を打った者の責任だと、……そう思った。
川 ゚ -゚)クーは彼を忘れないようです 終
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