- 3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 01:50:03.83 ID:UPR+YJ8p0
1 夏の病室
- 4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 01:51:43.17 ID:UPR+YJ8p0
- 林檎を剥くのもだいぶ上達した。
病院の廊下の、冷ややかな空気にも慣れてきた。行き交うパジャマ姿の、俯いた顔にも。
ξ゚听)ξ「何ぼーっとしてるの?」
( ^ω^)「あ、いや。 今日は空がきれいだなって思ってたんだお」
ξ゚听)ξ「そうかなあ。いつもと変わらないよ。
君は、あいかわらず平和ね」
しゃくしゃくと林檎をかじる音が、蝉のまばらな鳴き声と重なった。
夏を感じた。
それでも、彼女にとってこの空間で起こり得る事象は、全て退屈となるのだな、と
つまらなさそうな横顔を見て思う。
- 5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 01:54:27.33 ID:UPR+YJ8p0
- 残り半分の林檎を手にとって呟いた。
( ^ω^)「何か欲しいものあるお?」
ξ゚听)ξ「何よ唐突に」
( ^ω^)「臨時ボーナスみたいなもんが入ったんだお」
ξ゚听)ξ「ふぅん」
ξ゚听)ξ「…」
ξ゚听)ξ「東京タワーが欲しいな」
(;^ω^)「それは無理お」
ξ゚听)ξ「じゃあツチノコ」
(;^ω^)「うーむ…」
細く小さな溜息がツンの口から漏れる。
彼女は、入院する以前から、時折こういう無理難題を提示する娘だ。
- 7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 01:59:12.27 ID:UPR+YJ8p0
- ξ゚听)ξ「…じゃあね、綺麗な洋服」
( ^ω^)「よしきた!」
ツンはにこりと笑ったけれど、口元は固まっていた。
左手は、着ているパジャマの端を握っていた。
そして僕は、ベッドの下に、着る機会が見送られたいくつもの洋服が仕舞われていることを知っている。
窓で切り抜かれた滅茶苦茶に青い空に向かい、彼女は呟く。
ξ゚听)ξ「こんな空みたいに青いワンピースが欲しいな。それとね、あんな雲みたいに白い帽子」
ξ゚听)ξ「そして、おしゃれな日傘持って… 海辺、歩きたいな」
ξ;゚听)ξ「なんて」
( ^ω^)「素敵だお! 相変らずツンはロマンチックだお!」
- 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:01:35.87 ID:UPR+YJ8p0
- ξ゚听)ξ「ねえ、ブーン」
( ^ω^)「はい、林檎だお」
ξ゚听)ξ「……今日は、暑いね」
( ^ω^)「……うん」
帰り道、ツンの主治医に呼び止められた。
深刻そうな顔を作っていたから、うすうす予感したんだけど。
うん。以下省略。
ちろちろと涙なんか流しながら僕は洋服店に車を走らせた。
- 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:04:29.99 ID:UPR+YJ8p0
8月10日
明日は街でお祭りがある。毎年毎年騒ぎがこっちまで響いてくるからうざい。
だけど、窓から見える花火を見るとなんだかほっとする。
「輪」に混ざれたというか? よくわからないけど。
そういえば、ブーンに服を買ってもらえることになった。うれちー!
最近、体調がいいの。ブーンの前ではわざと陰鬱にしてたけど、このまま快方に向かえばいいな。
あ、今、うるさく鳴いてた蝉が、木にしがみついてた蝉がぽろっと落ちた。
病室、静かになっちゃったなあ。なんだか悲しくなるなあ。
……本当に本当に悲しいなあ。
(何と重ねているの?)
- 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:06:24.17 ID:UPR+YJ8p0
2 秋の海
- 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:08:51.93 ID:UPR+YJ8p0
- ( ^ω^)「いい天気だお」
ξ゚听)ξ「うん!」
海は嫌いだ。 理由は簡潔で泳げないから。
ビーチパラソルの下で、妹とお父さんが遊んでいるのを体育座りで見ていた。
それなのに、あのときの空は何個も太陽があって本当に眩しかった、な。
ξ゚听)ξ「まなつのー かじつがー♪」
いつもはアングラなアーティストばかり聞いてるツンが
珍しくサザンなんか口ずさんでる。
でも、真夏の果実がはち切れる季節は終わったんだな。
僕は青黒い海にくらげがプカプカ浮かんでいるのを想像していた。
- 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:11:27.34 ID:UPR+YJ8p0
- ξ゚听)ξ「ねえねえ! 風、気持ちいいね!」
( ^ω^)「うん」
ξ゚听)ξ「空も、青いし!」
( ^ω^)「そうだおねー」
ξ゚听)ξ「雲も、しーーろーーいぞーーー!」
夏休みが終わった高速道路に、白のオープンカーは似合わない。
それでもツンは子供みたいに、なんてことないことを取り上げては、はしゃいでいた。
白い帽子を細い腕で押えて、「もっとスピード出して!」などと言う。
流れる髪の毛の香り。シャンプーの香り。
良かった。君を「女の子させる」ことができて。
- 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:15:09.11 ID:UPR+YJ8p0
- 病院から遠路40キロ。僕らは目的地へ辿り着く。
ξ゚听)ξ「海は広いな!! おおきいなーーー!!」
(;^ω^)「そんなに大声出したらー… あうあう」
9月の海は意外なほどに穏やかだった。
ξ゚听)ξ「誰もいないねー」
( ^ω^)「そりゃそうだお。シーズンはとっくに過ぎちゃったお」
ξ゚听)ξ「あ、海の家の看板が壊れちゃってる」
ξ゚听)ξ「なんだか、哀愁だねー! ぷぷぷ」
- 21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:18:52.51 ID:UPR+YJ8p0
- 静かで穏やかな海に、ツンの利発な笑顔はとてもミスマッチに見えた。
それと同時に、僕にとっての哀愁となる。
( ´ω`)「…」
主治医の言葉が頭の中で転がる。
もう長くないから好きなところに連れてってやれだなんて、
僕に縁がある言葉とは到底思ってなかったよ。
ξ゚听)ξ「海辺、ここからあっちまでずうっと歩こうよ」
( ^ω^)「うん」
かもめがゆらゆら飛んでいる。
僕らもゆらゆら進んでいく。
- 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:21:47.63 ID:UPR+YJ8p0
- 海辺をまっすぐに歩いた。
言葉は特になかった。ただサザナミの音が優しく僕等を導いた。
時々、波が僅かに足元を濡らして、
そのときだけツンは「冷たいっ!」なんて、笑って呟くのだった。
僕は悲壮に浸ることも、やたら哲学的なことを考えることもしなかった。
帰り道はどこに寄ろうかなあ とか、そんなことを浮かばせていた。
アイスクリーム。買ってやろうかなあ とか、ね。
( ^ω^)「…」
ξ゚听)ξ「…」
- 24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:23:49.71 ID:UPR+YJ8p0
- ツンは時々しゃがんで貝を手にとってみたり、
好きな曲をくちずさんで呑気に振舞っていた。
彼女は、何を考えていたのだろうか。
もし、この海のように、穏やかな未来を考えていたのなら、それはそれで吐くほど切ないし。
自分の死期を悟って、この一瞬を全身で楽しもうと考えているのも、やはり悲しい。
どっちにしろ僕は、ちょっとだけ泣くのだった。
- 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:26:36.78 ID:UPR+YJ8p0
- ξ゚听)ξ「まつ毛が濡れてる」
( ^ω^)「あくびだお」
ξ゚听)ξ「ごめんね。つまらない?」
( ^ω^)「いや、こういうのって好きだお。頭からっぽにして歩くの」
ξ゚听)ξ「ふふ。だよね。私も、こうして歩いていると頭の中身が抜け落ちちゃう」
( ^ω^)「…」
( ^ω^)「あっ」
僕は足元に触れた透明な物体を拾った。 砂塗れだったので、海水で洗う。
冷たい、冷たい。 だけど、どこかぬくい。
ξ゚听)ξ「なにそれ?」
( ^ω^)「くらげのしたいだお」
- 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:30:14.38 ID:UPR+YJ8p0
ξ゚听)ξ「へええ…」
( ^ω^)「触ってみ」
ξ;゚听)ξ「う、なんかぶよぶよする」
( ^ω^)「透明で綺麗だお。しかもでっかい。多分死んで間もないお」
( ^ω^)「見てみ、ツン」
くらげの体を通してツンと空を見た。
太陽の輪郭がぼやけて光の輪のように見えた。空の青さは変わらなかった。
そしてその後、ゆっくりと海へ還した。
まるで生きているときと同じようにふわふわと波にさらわれていく。
白い頭が見えなくなるまで、二人で座ってじっと見ていた。
「海って全てのはじまりなんだよね」 なんてことを彼女は言った。
- 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:32:51.22 ID:UPR+YJ8p0
- 海岸の西側に着いた。
堤防に座って僕は煙草をふかす。
白い煙は、切なさと虚しさを乗せて空に吸い込まれていく。
ツンは砂の城を作っていた。
にこにこと緩んだ頬は、本当に子供のようだ。
僕は彼女に気付かれないように、そーっと写真を撮る。
世界で一番素敵な笑顔を撮れたと、思う。
ξ゚听)ξ「見てーー!! できたよ! すごいでしょ!」
( ^ω^)「うーむ。バロック様式だお。 いや…」
( ^ω^)「…」
( ^ω^)(もうすぐ帰らなきゃ)
- 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:36:01.63 ID:UPR+YJ8p0
少しずつ重たくなる空は時間の経過を知らせる。
僕とツンは海辺で黄昏れていた。
華奢な体が僕の肩に力無く寄り掛かる。
ξ゚听)ξ「太陽が沈むの、見たいな」
( ^ω^)「残念ながら、無理だお。車から見るお」
ξ゚听)ξ「うん」
二人の間に緩やかな沈黙が流れた。
テトラポットの上。かもめの行き来が激しい。彼らにも帰る場所はあるのだろう。
なんてことを考えていたら、
突然、ツンが海に向かってゆらゆらと歩き始めた。
- 30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:38:49.21 ID:UPR+YJ8p0
- ( ゚ω゚)「ツ、ツン!? 何やってるんだお? 戻るお!!!」
「だいじょぶだいじょぶー」
乾いた砂の地から、10メートルくらい離れた所でツンは立ち止まった。
海水は彼女の膝あたりまでを浸していた。
そして、ツンは両手を大きく広げる。
( ゚ω゚)「??? あ、波が……」
盛り上がった波が、彼女の小さな体躯を呑んだ。
ドミノみたいに、ぱたりと倒れた。
- 32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:41:37.78 ID:UPR+YJ8p0
波に運ばれ、ツンは駆け寄った僕の足元に辿り着いた。
髪も服も何もかもがずぶ濡れだ。
それでも彼女は何故か微笑んでいる。
(;^ω^)「な、なにやってんだお! 風邪ひいたら大変だお!」
彼女は依然砂浜に寝転がったまま、叫んだ。
ξ゚听)ξ「あー! 逆らえなかったあ!!!!」
(;^ω^)「え?」
ξ゚听)ξ「これでも精一杯踏ん張ったんだけどね、やっぱり、逆らえなかったよ、波に
抗えなかったよ……」
ξ゚听)ξ「こんなこと、世の中にはたくさんあるよね?」
( ω )「…」
ξ゚听)ξ「でもさ、気持ちよかった」
- 36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:44:40.78 ID:UPR+YJ8p0
- ξ゚听)ξ「生きてる。私、生きてるね。まだ、生きてるね」
ξ゚听)ξ「空、海、雲、風、鳥 何もかもが素晴らしいよ」
ξ゚听)ξ「ありがとう。ありがとう、ブーン」
僕がそのとき流した涙は、全て大海の一滴となり、消えていったが、
それは、少なくとも僕と彼女の周りを浸す水を、僅かに温かくしているようだった。
ξ゚听)ξ「ねえ、ブーン」
( ;ω^)「?」
キスして
- 37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:48:16.01 ID:UPR+YJ8p0
9月3日
明日はブーンと海に行く!
いやー、あの頑固医者、ついに私に外出許可を出してくれたわ。
はははー! ってことは、私、たぶんもうすぐ死ぬンだな……
まあいいや! よくないけど!
あー。晴れるといいなー…
今日の日記はこれだけです!
これだけっ!!
- 38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(山形県):2008/09/15(月) 02:50:05.77 ID:UPR+YJ8p0
3 冬の夜
- 40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします (山形県):2008/09/15(月) 02:52:48.88 ID:UPR+YJ8p0
彼女の遺物の中に日記があった。
ぺらぺらとページをめくるだけで涙が零れるほどだったが、
今ではどこかの文学者みたいに精読していた。
「ここで彼女はどんなことを考え文字にしたのだろう」なんて
必死に推測していた。
ここで小説や映画なんかだったら、
その日記に隠された真実なんかが記してあったりする。
だけど、赤い手帳型のそれには、少しも秘密なんかなかった。
僕への思いと退屈な日々とおぼろげな未来が、女の子の筆で書かれていた。
ほっとしたような、なんとやら、だ。
- 43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします (山形県):2008/09/15(月) 02:56:09.35 ID:UPR+YJ8p0
後半部分は、ほとんどが僕への遺言のようになっていた。
私が死んだら、私に縛られず、誰か素敵な人を見つけてシアワセになってください。
それが私のシアワセです。
なんて、泣かせるじゃねえか なんてことも書いてあった。
僕はこれに素直に従って、違う女の子と付き合ってみた。
結末は察しの通り。
やがて冬がきた。
「JR二番線にお乗りになるお客様はー」
「おーっ、ブーン。やっとかえってきたがばがむすこめ」
「んだな。去年の夏以来だお」
- 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします (山形県):2008/09/15(月) 02:59:41.11 ID:UPR+YJ8p0
実家に帰っていた。
窓の外は雪が降っている。 街灯に照らされきらきら光っている。
まるであの日くらげを透かして見た太陽みたいだ。
ツンが連想されて、僕は久しぶりに彼女の顔を見たくなった。
手帳の中の彼女は、無邪気に砂の城を作っている。
季節の変化を強く感じた。
時は、過ぎるさ。
これも、逆らえないモノゴトの、一つだねぇ、ツン。
僕は、恋人達の、よくある悲しい結末を夜空に想った。
本当に本当にありふれた悲しい結末。
何度も見たことがある。本や映画の中で。
( ^ω^)「…」
( ^ω^)「みかんでも食べるお」
( ^ω^)(時は、過ぎるさ)
- 47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします (山形県):2008/09/15(月) 03:01:39.12 ID:UPR+YJ8p0
――それでも
また、来年、海に行こう。一人で。
夏じゃなくて、秋に。
空みたいに青いワンピース。
雲みたいに白い帽子。
そして、おしゃれな日傘。
(おわり)
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