1 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 20:47:06.65 ID:43+TirLU0

(´・ω・`)「……」

彼女とこの喫茶店に入ってから、十五分がたった。
その十五分で、僕が聞いたデレの言葉は「アイスティ、ミルク付きで」という一言だけ。

それ以来デレは、忙しそうに手元の携帯電話をいじっている。

(´・ω・`)「まぁ……急ぐ理由もないし」

呟いて、僕は煙草を取り出す。
煙草に火をつけ、何となく外に目をやった。

デレと知り合って、そろそろ一年になる。
今日は三度目のライブの打ち合わせのために、集合していた。


4 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 20:49:31.23 ID:43+TirLU0

(´・ω・`)「……ライブのことだけど」

煙草を吸い終えてしばらくしてから、僕は口を開く。
デレはちらっと僕に目をやり、

ζ(゚ー゚*ζ「あ、うん。ごめんね。全部任せちゃって」

(´・ω・`)「別に。僕もシャキンさんに伝えただけだし」

シャキンさんというのは、僕達が利用する練習用スタジオの偉い人だ。
人当たりの柔らかい人で、面倒見がいいことからたくさんの人に慕われている。

(´・ω・`)「それで、ライブは来週の土曜日に決まったから。ライブハウスはいつもと同じ」

ζ(゚ー゚*ζ「うん」

(´・ω・`)「演奏する曲のことなんだけど」

デレに目を向ける。
その親指が止まる気配はない。


7 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 20:54:01.20 ID:43+TirLU0

(´・ω・`)「……メール?」

そう尋ねた。

デレは今度こそ僕を見て、

ζ(゚ー゚*ζ「ご、ごめん」

(´・ω・`)「そういうつもりじゃなくて……なんか熱心だったから」

そう言って、僕は再び煙草をくわえる。

(´・ω・`)「こっちこそごめん。邪魔するつもりはなくて……終わるまで待ってるよ」

ζ(゚ー゚*ζ「……ショボン君が謝るのはなんか違うね」

苦笑するようにデレは言った。


8 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 20:56:11.43 ID:43+TirLU0

ζ(゚ー゚*ζ「今はちょっと、頭に浮かんだ歌詞とか、コードとか、メモする感覚で……」

(´・ω・`)「あぁ……デレって、音感ある人だもんね」

ζ(゚ー゚*ζ「ごめんね、夢中になってて……わっ、三十分も……」

(´・ω・`)「僕のことはそんなに気にしないで」

煙草に火をつける。
僕は煙草さえあれば何時間だって待っていられるタイプの人間だ。

(´・ω・`)「これから用事があるわけでもないし」

ζ(゚ー゚*ζ「でも……」

(´・ω・`)「新曲ができるなら、それは僕達にとっていいことだし」

僕の言葉に、デレは微笑んだ。


10 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 20:57:37.04 ID:43+TirLU0

ζ(゚ー゚*ζ「新曲やろうか」

折り畳み式の携帯電話を閉じて、デレは言う。

ζ(゚ー゚*ζ「練習でずっとやってたやつ」

(´・ω・`)「二曲とも?」

ζ(゚ー゚*ζ「うん。二つとももう出来上がってるし……あとは、いつもの三曲で」

(´・ω・`)「シャキンさんが言ってたけど、バンドの集まり悪いから、少し時間増やしてもいいって」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、どうしようか……」

(´・ω・`)「無理矢理増やす必要もないと思うよ。この五曲ならバランスも悪くないし」


11 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 20:59:18.39 ID:43+TirLU0

僕達のバンドのメンバーは、僕とデレの二人だけだった。
パソコンで曲作りを始めてしまうと、ドラムやベースといったリズム隊の必要性は、極端に薄くなる。

もちろんアドリブが利かなかったりノリが演出しにくかったりと、弊害もある。
だが、それも曲を選べば誤魔化しはきく。

デレの作る曲は、そういった要素をあまり必要としていなかった。

このバンドで演奏する曲の全てを、デレが作っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、この五曲で」

デレは言った。

ζ(゚ー゚*ζ「色々付け加えて良くなるとも思わないし」

(´・ω・`)「そうだね……リハは三時からだって。会場は午後ならいつでも入れるって」

ζ(゚ー゚*ζ「うん、わかった」


13 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:02:23.81 ID:43+TirLU0

(´・ω・`)「連絡することはこれで終わりかな……」
 
カバンから手帳を取り出し、シャキンさんから聞いたライブについての事柄を確認する。
小さな字で書かれた項目を確認していき……、

(´・ω・`)「……あ、あともう一つ」

ζ(゚ー゚*ζ「なに?」

(´・ω・`)「MD持ってくれば、録音してくれるって」

ζ(゚ー゚*ζ「へぇ。そんなサービス始めたんだ」

(´・ω・`)「どうする?」

尋ねると、デレは小さく微笑み……そして、迷いなく首を振った。



15 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:04:54.84 ID:43+TirLU0

ζ(゚ー゚*ζ「いいよ。ライブやるんだから、その場で聞いてもらわないと意味ないし」

(´・ω・`)「そう? 一応でも録っておけば、友達とかに聞いてもらえるんじゃない?」

ζ(゚ー゚*ζ「ショボン君は録りたい?」

(´・ω・`)「僕、友達少ないから」

ζ(゚ー゚*ζ「知らなかった」

言いながらデレは微笑んだ。

それから僅かに残っていたアイスティを飲み干し、携帯電話を手に取る。
お開きの合図だろう。



17 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:08:02.00 ID:43+TirLU0

ζ(゚ー゚*ζ「わたし、演奏に集中したいかな。あとから聞くって、あんまり興味ない」

(´・ω・`)「そう」

ζ(゚ー゚*ζ「宅録ならいくらでもできるし」

デレが立ち上がる。
僕もそれに合わせて立ち上がり、煙草を灰皿に押し付ける。

ζ(゚ー゚*ζ「ステージ上で頑張りましょう」

(´・ω・`)「だね……しっかり練習してくるよ」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃ、またね」

短くそう言って、デレは歩き出した。
喫茶店を出る頃には、また親指が忙しく動いていた。


19 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:12:22.34 ID:43+TirLU0



今年二十歳になる僕は、いわゆる流行のフリーターだ。
大学受験に失敗し、アルバイト先を見つけて家を出た。

惰性で大学を受験した僕は、また一年間必死に勉強するほどの強い意志を持っていなかった。

深夜のコンビニでのバイトで月十五万は稼げる。
とりあえずの生活に事足りてしまった僕は、就職先を探すとか、勉強して専門学校に入るとか……

そういった将来に対する努力を、何一つしていなかった。

( ゚∀゚)「なに考えてるん?」

一人も客のいない店内で、同僚であるジョルジュさんに声をかけられる。
僕は漂わせていた視線をジョルジュさんに向け、

(´・ω・`)「特になにも」

呟くように答える。
時計を見ると、午前二時を過ぎたところだった。


21 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:16:41.91 ID:43+TirLU0

( ゚∀゚)「暇は暇で耐えられないっつーんだから、人間ってのも贅沢な生き物だよなー」

ジョルジュさんが言った。相当退屈らしい。

( ゚∀゚)「俺は苦手なんだよね、暇な時間って。どーも無駄っぽくて」

(´・ω・`)「お金もらってるじゃないですか」

( ゚∀゚)「それが今の俺の拠り所」

どこか空虚にジョルジュさんは笑う。

(´・ω・`)「趣味とか、多い人なんですか?」

暇な時間が全く苦にならない僕は、ジョルジュさんにそう尋ねる。

煙草が吸えないのは辛いことだが、いつもいつも必要とするほどのホリックでもない。


24 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:20:33.27 ID:43+TirLU0

( ゚∀゚)「金にならない趣味は多いよ」

ジョルジュさんは苦笑いしながら、そう答えた。

( ゚∀゚)「俺は何事も楽しめる人だからね。金がかかるだけで何一つ生産的なことはしてないけど」

(´・ω・`)「僕も生産的なことって苦手です」

( ゚∀゚)「学生でもないくせにこんなとこに何ヶ月もいる時点でな。
     将来的なビジョンはどーなのよって疑問浮かぶし」

僕がこのコンビニで働き始めてから、一年半ほどの時間がたつ。
僕の記憶では、学生をのぞけば、当時から残っている店員はジョルジュさんだけだった。


26 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:23:14.09 ID:43+TirLU0

( ゚∀゚)「俺の夢はね、ITバブルの中小ベンチャーに乗っかって漁夫の利成金になることなのよ」

(´・ω・`)「まさしく夢ですね」

( ゚∀゚)「現実味のないとこなんか最高に夢って感じだろ?」

ジョルジュさんの言葉に苦笑する。
夢という単語をどう受け取るかという問題。

( ゚∀゚)「君はどうなん?」

(´・ω・`)「僕ですか?」

( ゚∀゚)「そうそう。若者なんだから夢の一つや二つ抱かねば」

(´・ω・`)「……」


27 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:25:55.71 ID:43+TirLU0

言われて、考える。
言葉の通りの夢想だったら、ただ生きていきたいと言う僕の希望も夢になりうるだろうか。

僕の通うスタジオで、はしゃぐように音楽に身を浸す彼らが口にする夢という言葉。
それは、本来は目標であるべきなのだろう。

努力次第では実現可能の夢。

夢という言葉を使うのは、己の不完全さを隠すためだろうか。

(´・ω・`)「僕って、やる気というものが全くないんですよね」

( ゚∀゚)「それはどーゆーこと?」

(´・ω・`)「例えて言うなら、趣味のないジョルジュさんというか」

( ゚∀゚)「趣味がなかったら俺は俺じゃねーよ」

答えて、ジョルジュさんは笑った。


28 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:28:07.87 ID:43+TirLU0

(´・ω・`)「例えば僕は、たぶん今でもちゃんと勉強すれば大学入れる程度の学力はあるはずなんですよ。
      これでも高校の時は上位グループにいたし」

( ゚∀゚)「でも、やる気がない?」

(´・ω・`)「そうです。いくら僕だって、動き出すための武器を何一つ持ってないわけじゃない。
      でも、その武器を磨くとか……そういった発想、浮かんでこないんですよ」

( ゚∀゚)「真性の人間失格君やね」

(´・ω・`)「そんな気はしてました」

何となくで二十年の月日を重ねた僕の人生。
気付けば僕はここにいた。
大学受験で躓いたことさえ、大きな痛みにはならなかった。

後悔というものはそれに見合った努力をした者だけが感じられると言うことを、最近になって知った。

音楽を武器と信じて突き進むのも、一つの道なのかもしれないと思ったことはある。

でもやっぱり、思っただけだった。


32 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:30:51.35 ID:43+TirLU0

( ゚∀゚)「まー……あれだね。俺と君は同類と言うことだね」

(´・ω・`)「ジョルジュさんは可能性秘めてるじゃないですか」

( ゚∀゚)「その可能性を所有するためにこうして働いてるわけか、俺は」

(´・ω・`)「いつ趣味が生き甲斐に変わるかなんて、誰にもわかりませんよ」

( ゚∀゚)「変わったってなー」

(´・ω・`)「盲信でも信じ続ければ大物になれる世の中でしょう」

僕はデレのことを思い出す。
彼女は僕と同類のような気がした。

( ゚∀゚)「じゃ、俺、漁夫の利成金ね」

楽しそうにジョルジュさんは言う。

久しぶりに客が店内に入ってきて、会話はそこで途切れた。



34 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:33:40.59 ID:43+TirLU0



(`・ω・´)「お前達はもう少し客を呼ぶことに努力は出来ねぇのか」

僕の隣で呆れるようにそう言ったのは、このライブの企画者であるシャキンさん。
ライブ当日、ステージの入れ替えの様子を何となく眺めていた僕の隣に、シャキンさんが立っていた。

(`・ω・´)「チケットはどれだけ売ったんだ?」

(´・ω・`)「僕、友達いないんです」

(`・ω・´)「それにしたってなんかあるだろうが……」

言って、シャキンさんは頭を抱える。

(`・ω・´)「フリーターだったか、ショボンは」

(´・ω・`)「コンビニの店員です」

(`・ω・´)「仕事友達とかいるだろう」

(´・ω・`)「僕、バンドやってることは言ってないので」

(`・ω・´)「はっ?」

僕の言葉に、シャキンさんはのぞき込むようにして僕の顔を見た。


35 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:36:19.09 ID:43+TirLU0

(`・ω・´)「隠してるのか? 恥ずかしがるような曲はやってないだろ?」

(´・ω・`)「ありがとうございます」

(`・ω・´)「はぐらかすな」

肩を小突かれる。
そして、

(`・ω・´)「俺はな、いいバンドが出てるライブの客が少ねぇのは、どうにも許せねぇんだ」

憮然とした声で言った。

僕は苦笑した。
苦笑しか出来なかった自分が、何となく気になった。

(`・ω・´)「女の子の方は学生だったよな?」

(´・ω・`)「デレです」

(`・ω・´)「あぁ……そうだ、それだ。ほとんど話したことねぇから覚えてなくてな」

悪びれるでもなくシャキンさんは言う。

僕は、シャキンさんのこういうところが好きだ。


36 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:38:47.52 ID:43+TirLU0

(`・ω・´)「あの子の方は友達とか呼ばないのか?」

(´・ω・`)「どうでしょうね……」

僕は曖昧に呟く。

その場で聞いてもらわないと意味はないと、デレは言った。
その言葉から考えれば、友達を呼んでいてもおかしくはないが……。

控え室の様子を見る限りでは、そんな雰囲気はない。

(´・ω・`)「人当たりの悪いバンドって、やっぱり不利なんでしょうかね」

(`・ω・´)「あの子も人付き合いは苦手か」

(´・ω・`)「僕にそう見えるというだけですけど」

ステージ上で、ボーカルが手をあげる。
SEがフェイドアウトしていく。

(`・ω・´)「もう少し色んな場面で頑張ってみろ」

シャキンさんはそう言って、僕の隣を離れた。


38 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:40:40.99 ID:43+TirLU0



控え室で、デレはやっぱり携帯電話をいじっていた。

(´・ω・`)「次だよ」

僕はそう声をかける。

ζ(゚ー゚*ζ「あ……うん。わかってる」

(´・ω・`)「また曲作り?」

ζ(゚ー゚*ζ「……」
 
尋ねると、デレは曖昧に微笑んだ。

シャキンさんにあんなことを言われたせいかもしれない。
僕はさらに言葉を続けた。

(´・ω・`)「デレは大学の友達とか呼ばないの?」

ζ(゚ー゚*ζ「えっ?」

(´・ω・`)「ライブにさ。大学生だったよね?」

尋ねた僕の言葉に、デレは何故か力無くうなずく。


39 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:42:20.71 ID:43+TirLU0

ζ(゚ー゚*ζ「わたしもショボン君と同じ。友達少ないの」

(´・ω・`)「あ、それ訂正」

ζ(゚ー゚*ζ「えっ? なに?」

(´・ω・`)「僕、友達いない人」

ζ(゚ー゚*ζ「あぁ……もう、何かと思った」

言って、デレは微笑む。

それから携帯電話に目を戻し、ボタンを一つ押して、それを閉じる。

ζ(゚ー゚*ζ「大学もね、入学してこれだけ時間がたっちゃうと、少し恥ずかしくて」

(´・ω・`)「シャキンさんが誉めてたよ、デレの曲」

ついさっきのことを思い出し、僕は言う。

(´・ω・`)「いい曲やってるんだから、もっと客呼べって」

ζ(゚ー゚*ζ「出来ることと出来ないことがあるかなぁ」


40 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:44:17.88 ID:43+TirLU0

(´・ω・`)「……」

僕はそこで、少し考える。
僕がライブに客を呼ばないのは、出来ないからではない。
僕は自分の意志でしないだけ。

シャキンさんが言ったとおり、僕に足りないのは頑張りだ。

僕の現状全てにおいて、頑張り……つまり能動的な意志が足りていない。

(´・ω・`)「呼ぼうかなって思ったことはあるんだよ」

僕は呟くように言う。
努力次第で実現可能の目標……それに対して、僕が何もしない理由。


41 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:46:14.60 ID:43+TirLU0

(´・ω・`)「バイト先に、それなりに仲のいい人がいて……で、その人なら来てくれるかなって」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、うん」

(´・ω・`)「でも、なんか違うんだ。見せたいものとか、そもそも見て欲しいっていう気持ちとか。
      そういうのが僕にはないから、なんか違うと思ってる」

僕はそこで言葉を切る。
デレは僕を見たまま沈黙した。

やがて控え室には、演奏を終えたバンドがステージから退いてくる。
騒がしくなったその場所で、僕は自分のギター、そして機材を持ち、立ち上がる。

ボーカル兼キーボードのデレも、同じく立ち上がる。

狭い出入り口からステージに出ようとして、声をかけられた。

ζ(゚ー゚*ζ「……わたしがお客さん呼ばないのは」

(´・ω・`)「えっ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ショボン君が自分の曲を持ってこないのと、同じ理由だと思うよ」

(´・ω・`)「……」


43 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:48:23.05 ID:43+TirLU0



音楽が楽しくなり始めるのは、いつからだと思う?
僕は自分で曲を作り始めたその瞬間からだった。

ギターの練習は、少なくとも僕にとっては、盲目的に延々と続けられるほど楽しいことではなかった。

教本に載った簡単な練習用フレーズさえ弾きこなせない自分と対峙する、そんな行為が楽しいはずもない。
高校時代のバンドでは、高度なテクニックなんて必要とされなかったから、その場凌ぎの練習で事足りていた。

DTMに僅かでも触れていたことが、僕が変わる一つのきっかけだった。

最初はデレと同じ、頭に残ったメロディをメモする感覚だった。
パソコンのディスプレイに映る五線譜に、慣れない手つきで音符を置いていく。

一通りメロディパートが完成すると、今度はドラム、ベースとパートを加えていき……気付けば曲が出来ていた。



45 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:50:46.86 ID:43+TirLU0

僕は今までの自分と何ら変わらない。
流れに身を任せて、気付けばそこに立っていた感覚。

ただ、そこから先が異なった。

僕はそれから、真面目にギターの練習に取り組んだ。
自分の作った曲を弾きこなすための練習だ。

インターネットや雑誌を見て、DTMの知識も少しずつだが深めていった。
デレとバンドを組む頃には、自分で作ったオリジナルが数曲、パソコンの中で眠っていた。


じゃあ、僕はどうして、その曲をデレに聴かせなかった?
理由は簡単だ。

本当に聞いて欲しいメッセージが、その曲にはこめられていなかった。

今の自分を変えられる……それだけの意志を持てる感情が。

僕には、なかった。



47 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:53:12.19 ID:43+TirLU0



(´・ω・`)「聞いていいかな?」

ライブを終えた僕達は、暗い夜道を駅に向かって歩いていた。

(´・ω・`)「デレが人を呼ばないのは、本当に来て欲しい人は来てくれないから?」

ζ(゚ー゚*ζ「……やっぱりわかっちゃたか」

少し後悔するようにデレは笑った。

ζ(゚ー゚*ζ「何となく思ってたけど……わたしとショボン君って、似てるよね」

(´・ω・`)「そうだね」

デレの言葉に、僕はジョルジュさんとの会話を思い出す。

ζ(゚ー゚*ζ「少し座ろうか」

そう言って、デレは道端の花壇を指し示した。


52 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:56:16.74 ID:43+TirLU0

ζ(゚ー゚*ζ「なんか長くなりそうな雰囲気」

(´・ω・`)「あぁ……うん」

うなずいて、僕は花壇にギターを立てかけ、その縁に腰を下ろす。
デレはその隣に並ぶ。

そして、

ζ(゚ー゚*ζ「来て欲しい人、いるよ」

その言葉は真っ直ぐに発せられた。

(´・ω・`)「彼氏?」

ζ(゚ー゚*ζ「違う」

(´・ω・`)「じゃあ……思い人」

ζ(゚ー゚*ζ「正解」

言って、デレはどこか虚ろに微笑む。
この微笑みは、今までに何度か目にしてきた。


53 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 21:58:21.72 ID:43+TirLU0

デレはそれから携帯電話を取り出し、

ζ(゚ー゚*ζ「これでしか、会話出来ない人なの」

(´・ω・`)「……えっ?」

思わず聞き返していた。
親指でのコミュニケーション……それだけしか術を持たない人。

ζ(゚ー゚*ζ「高校時代に……なんか、結構ひどいイジメにあっちゃったみたいで。
     わたし、違う高校に通ってたから、そんなの全然知らなくて」

(´・ω・`)「……ひきこもり?」

ζ(゚ー゚*ζ「どうなのかな、わからないけど……その人とは幼馴染みだから、お母さんとかは会えるんだけど。
     本人とはもうずっと顔合わせてなくて……でも、メールなら返事くれるの」



54 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:00:05.09 ID:43+TirLU0

デレは携帯電話に目をやる。
それから僕にはわからない操作をして、

ζ(゚ー゚*ζ「ほら」

(´・ω・`)「……」

見せられたディスプレイには、おつかれ、という短い一言が浮かんでいた。

ζ(゚ー゚*ζ「ショボン君には悪いとは思ってたの」

(´・ω・`)「携帯電話のことなら、本当に気にしないでよ。
      僕、待つのとか本当に平気な人だから」

ζ(゚ー゚*ζ「そうじゃなくて。……バンドのこと」

(´・ω・`)「えっ?」

ζ(゚ー゚*ζ「このバンド、わたしの自己満足のために始めたようなものなの。
     ……何かきっかけになったらって」

(´・ω・`)「……」


56 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:02:07.37 ID:43+TirLU0

そう言われて、僕はやっと気付く。
デレがライブに人を呼ばなかった理由、どうしてかバンド活動に熱心ではなかった理由。
それなのに曲作りには必死だった、その理由。

聞いて欲しい言葉があったから。

たった一人のために。

ζ(゚ー゚*ζ「ダメだね……もう何回も誘ってるのに、全然来てくれないもん」

自嘲するようにデレは笑う。

ζ(゚ー゚*ζ「頑張って自分で曲作ったら、聞いてくれるかなって、そう思ってたの。
     辛いことって、そう簡単に忘れられないと思うし。どうやったら忘れられるかなんて……。
     そんなの、わたしは知らないから。だから、辛くても、それよりずっと楽しいことが待ってれば、動き出せるかなって」

その、純粋すぎるほどの言葉を、僕は黙って聞く。
今まで、スタジオやステージ上で、何度も耳にしていたはずの言葉。

心を傾けていれば、きっと伝わっていたはずの気持ち。

同類なんてとんでもない勘違いじゃないか。


57 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:04:56.97 ID:43+TirLU0

ζ(゚ー゚*ζ「ショボン君って、アルバイトやってるんだよね?」

(´・ω・`)「あ……うん」

突然尋ねられ、僕は慌ててうなずく。

(´・ω・`)「コンビニで……それが?」

ζ(゚ー゚*ζ「こんなこと聞いたら怒られるかもしれないけど……」

(´・ω・`)「気にしないで」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ……」

うなずいたデレは、それでも考えるように間をおいた。

そして、

ζ(゚ー゚*ζ「ショボン君は、どうしてバンドやってるの?」


59 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:07:19.06 ID:43+TirLU0



ニヒリストやペシミストを気取るのは、それはそれで気楽なんだ。
現実に見切りをつけたふりをすれば、怠惰な今の自分さえ肯定できるから。

例えば、ラブソングを嗤うこと。

世の中に出回っているラブソングの何割に、本当に伝えたい気持ちがこめられているか。
大量生産するようにわかりやすい感動を詰め込み、受け入れられれば大ヒットという世界。

それは僕が夢として語った、生きていられればそれでいいという言葉と同じだ。

全ては結果論。ヒットすれば名曲、成功すれば幸せ。

でも、だったら本当の感情が込められたラブソングはどうなる?
きっと、耳を澄ませば聞こえてきたはずなんだ。
現実と向き合うこと……感情を肯定することだ。



61 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:09:11.14 ID:43+TirLU0

旋律はこっちの都合なんて無視して流れていく。
気付けばそこにいたというスタイルそのもの。
歌詞の中で泣いたり笑ったりする彼女は、いつも自分勝手に悲しみを抱えた。

リリシズムに彩られた世界がいつか幸せに包まれることを願ったって、結末は変わらない。

僕は傍観者だ。
何も感じず、ただ現実の奏でるメロディを聞いていた。

自分の内側から溢れてくる不協和音に目を逸らして。

誰かのために何かをすることは、本当に難しいんだ。
否定される可能性を多分に含んでいるから。

でも……それを、言い訳ではなく、理由として口に出せたら。
心からの笑顔が見たいと、口に出せたら。

(´・ω・`)「曲、か……」

僕は初めて、『意志』を持った。




62 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:11:35.55 ID:43+TirLU0



( ゚∀゚)「なに? マジで? バンドとかやっちゃってたの?」

ジョルジュさんはまだ客のいる店内で、人目をはばからずにそんな声をあげた。
僕は苦笑しながら、

(´・ω・`)「マジです。少し大袈裟ですよ」

( ゚∀゚)「なんだよー。何が同類だよ。しっかり動いてんじゃんか」

(´・ω・`)「お金を食い潰すだけの趣味ですよ」

( ゚∀゚)「あー、なるほどね。だから今回は、せめてその趣味で金を稼ごうと」

(´・ω・`)「正解です」

僕はポケットからチケットを取り出す。
まだ勤務中だが、深夜の立ち読みの客は、平気で何時間も時間を潰す。
店内にいる客は二人、その両方が立ち読み中だ。


63 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:13:35.07 ID:43+TirLU0

( ゚∀゚)「いくら?」

(´・ω・`)「来てくれるんですか?」

( ゚∀゚)「来週の土曜日だろ? 俺、十一時からバイト入ってるから、聞くだけ聞いてすぐに帰ると思うけど」

(´・ω・`)「それで十分です。定価千五百円のところ、五百円に大サービスです」

( ゚∀゚)「当日千二百円という文字が見えるが」

ジョルジュさんは楽しそうに笑った。

( ゚∀゚)「気持ちの変化か?」

(´・ω・`)「なんというか……ほら、自分の言葉を聞いて欲しかったら。
      まずは自分が真摯にならなければダメじゃないですか」

( ゚∀゚)「選挙行かない奴が政治に文句言うなってことか?」

(´・ω・`)「あぁ、それいいですね。そんな感じです」


64 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:16:04.81 ID:43+TirLU0

単純に幸せな結末を望んだのだ。
声援の一つでもかけようと思ったら、まずは同じフィールドに立つ必要があった。

音楽を続けてきたその過程で、僕はなんの意志も持たなかったとでも?

そんなことはないんだ。

ギターを弾いている瞬間は、最高に楽しかった。

(´・ω・`)「……自分で自分に言い聞かせていたんですよ。
      本気になったら、たくさんのことを後悔しそうだったから」

( ゚∀゚)「あん?」

(´・ω・`)「ほら、いろんなこと真剣に考えると、やめたくなったりするじゃないですか」

( ゚∀゚)「年金とか一票の格差とか?」

(´・ω・`)「いや……まぁ、なんでもいいんですけどね」

ジョルジュさんの言葉に苦笑する。
そして何となく思う、漁夫の利成金は無理だろうと。

漁夫の利を狙うには、ジョルジュさんは人が良すぎる。


67 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:18:58.15 ID:43+TirLU0

(´・ω・`)「少し攻撃的に生きようと思いまして」

( ゚∀゚)「あー、そりゃいいな」

(´・ω・`)「同類になりたいと思って」

( ゚∀゚)「俺とか? あんまお薦めは出来ないけど……まぁ、でも楽しいからいいか」

(´・ω・`)「お金はかかるけど」

( ゚∀゚)「そうそうっ。ま、嫌いなものが多い代わりに、好きなものはさらに多いって生き方だ。
     金ぐらい稼がにゃ」

言って、ジョルジュさんは僕の肩に手を置いた。

( ゚∀゚)「しっかりやれよ?
     聞く価値があると俺が判断したら、次の機会には応援団引き連れて見に行くからよ」




68 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:21:21.25 ID:43+TirLU0



変化の予感はあった。

なんの関係もない出来事が同時に変化を始めることは、そう珍しいことじゃない。

ζ(゚ー゚*ζ「いい曲だよね」

ライブを翌日に控えたその日、僕達は練習のためスタジオに入っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「わたし、歌詞覚えるの苦手だから、何回も何回も聞いて」

(´・ω・`)「恥ずかしいな、なんか……」

ζ(゚ー゚*ζ「でも、一生懸命なラブソングって、わたし、好きだよ」

僕は曲を作った。
このバンドでやるための曲だ。

伝えたい感情というものが、やっと見つかった。



71 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:23:28.44 ID:43+TirLU0

(´・ω・`)「デレの気持ちになって考えてみたんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「えっ?」

(´・ω・`)「ほら、来て欲しい人がそこにいたとして、じゃあ何を伝えたいかってこと」

ζ(゚ー゚*ζ「あ……」

悲鳴を上げるように小さく声をこぼして、デレはうつむいた。

ζ(゚ー゚*ζ「……は、恥ずかしいかな、かなり」

(´・ω・`)「本当は僕、そんなに恥ずかしくなかったり」

ζ(゚ー゚*ζ「ずるいなぁ」

(´・ω・`)「言い訳は用意しておかないと」

戯けるように僕はそう言う。
そして、

(´・ω・`)「それで……愛しの彼は、来てくれそう?」

そう尋ねた。



72 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:25:15.44 ID:43+TirLU0
また力無い笑顔を見せられると思っていた僕は、しかし、全く異なる表情を目にする。

ζ(゚ー゚*ζ「……電話がね、繋がらないの」

(´・ω・`)「えっ?」

ζ(゚ー゚*ζ「三日くらい前から、返事がなくて……」

そこに現れたのは、言葉にするなら不安。
ただし、大きすぎるほどの期待を内包した……動き始めることへの、前向きな怖れ。

ζ(゚ー゚*ζ「何かあったのかと思って、お母さんに聞いたら……別にいつも通りだって」

(´・ω・`)「迷ってるのかもね」

ζ(゚ー゚*ζ「……そう思う?」

(´・ω・`)「初めて本気で迷ってるんだよ、きっと」
 


75 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:27:03.30 ID:43+TirLU0
 
僕は笑顔を作る。
そしてギターを持ち、

(´・ω・`)「ほら、練習再開」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、うん」

(´・ω・`)「せっかく来てくれるかもしれないんだから、下手な演奏出来ないでしょ?」

ζ(゚ー゚*ζ「……そうだね」

デレは微笑んだ。

それは本当に綺麗な笑顔だった。




77 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:29:43.64 ID:43+TirLU0

――――…

――…


ステージ上では勢いのあるパンクバンドがエンジン全開で演奏している。
狭い控え室に、エイトビートで刻まれるドラムの音が響く。

(´・ω・`)「客席見てきたの?」

デレが部屋に入ってきた。
ついさっきまでここにはシャキンさんがいて、煙草の煙が残り香のように漂っている。

ζ(゚ー゚*ζ「と、トイレに行ってただけだよ。見るなんて、そんな……」

デレは首を振った。

ζ(゚ー゚*ζ「怖いもん……だって、本当にいたら――」

(´・ω・`)「良いことじゃない」

ζ(゚ー゚*ζ「……でも」



78 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:31:42.13 ID:43+TirLU0

怖くて当然だと、僕も思う。
恐れているのは彼がそこにいることではなく、彼がそこにいないこと。
つまり、期待が裏切られることだ。

傷つくことを怖がり、動き出そうとしないのは、以前の僕と同じで、そして絶対的に異なる。

本当は今だって、傷つくことが怖いのに変わりはない。
受け止める覚悟が出来たかどうか、ただそれだけの違い。

デレはもう覚悟の出来ている人だ。
結果はあと十分もすればわかるのだ、怖れたって逃げられることじゃない。

僕も同じ……まだ不器用でも自分の心をさらけ出した。

やっとスタートラインに立った。

本当の意味での同類……それは、求めた上の結果を受け入れること。




79 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:34:16.70 ID:43+TirLU0

(´・ω・`)「時間だね」

僕は呟く。
響いていた音が消えた。

ζ(゚ー゚*ζ「……緊張する」

デレが言った。
これだけ彼女に影響を与える彼が、素直に羨ましい。

言い訳の背中に隠された僕の本心は、誰かに届くだろうか。

弱々しく紡いだ僕の感情は。

(´・ω・`)「行こうか」

ζ(゚ー゚*ζ「……うん」

人のいなくなったステージを出入り口から眺めて、僕は言う。
デレは強ばった表情で立ち上がり


――――そして、結果を見た。




81 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:35:48.16 ID:43+TirLU0

ζ(゚ー゚*ζ「……あ」

ステージに上がったデレは、小さくこぼした。

それは悲鳴のようだった。

口元を押さえたまま、デレは動きを止める。

その視線は、薄い照明が照らす客席の一点に注がれ、動こうとしない。

(´・ω・`)「これからが勝負」

僕は言う。

(´・ω・`)「来てくれたんだから、伝えないと」

ζ(゚ー゚*ζ「……」

デレはうなずく。

何度も、何度も……確かめるように。



85 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:37:29.41 ID:43+TirLU0

(´・ω・`)「ほら」

僕はその背中を押す。
そして、


(´・ω・`)「届くよ、きっと」


会場が歓声に包まれた。



――気持ちは、歌声となって



きっと、届く。




fin



登場キャラクター


90 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:39:37.15 ID:43+TirLU0
推奨BGM:http://jp.youtube.com/watch?v=Ohi6TQqNK-c

・登場キャラクター

(´・ω・`)ショボン
ζ(゚ー゚*ζデレ
( ゚∀゚)ジョルジュ
(`・ω・´)シャキン

で、お送りいたしました

95 :◆/60jxFY0kY:2007/08/14(火) 22:42:28.30 ID:43+TirLU0
バンドシリーズ第三弾でした。
ちなみに、この作品のジョルジュはモラギタにもちょこっと出てます。

ではさよおなら


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