- 1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 01:22:34.53 ID:SPJGL0Ab0
鍵をかけるのって、どういう時?
部屋に入られたくない時?
お金を隠す時?
誰にも見られたくない時?
それとも――。
¢絶望の鍵¢
- 3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 01:41:25.65 ID:SPJGL0Ab0
−1−
その日は、世界が一回り大きくなったような、晴天の日だった。
空には青の水彩絵の具を引き伸ばしたような色が広がっている。
少女は並木の影にあるベンチに座り、陽光から身を隠していた。
そこは都市の真ん中にある、巨大な森林公園の通路の一つだ。
等間隔で並べられた木々が、真っ直ぐに伸びる道の両側を挟んで続いている。
道の先を見据えると、遠近法によって木の壁が迫っているように錯覚してしまう。
少女は、ベンチから眺める事が出来る、その錯覚の風景が好きだった。
o川*゚ー゚)o <……あ>
- 4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 01:42:18.32 ID:SPJGL0Ab0
道を挟んだ向こう側に、もう一つベンチが置いてある。
そこに、一人の青年が座っていた。
手を膝の上に置き、俯いたまま動かないでいる。
o川*゚ー゚)o <あの人……>
少女はその青年に見覚えがあった。
この森林公園で、何度か見かけた者であった。
ある時は噴水のある広場で、またある時はサイクリングロードで。
一体何の用事があるのか知らないが、とにかくよく見る者だった。
- 6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 01:44:25.61 ID:SPJGL0Ab0
o川*゚ー゚)o <……>
数瞬の間、少女は声をかけようかと迷った。
知らない相手、それも年の離れた異性だ。
用もないのに声をかけるのは躊躇われた。
しかし気になって仕方がない。
何でも良いから話がしてみたい。
彼女は遂に、その衝動を抑える事が出来なかった。
ベンチから立ち上がり、綺麗に塗装された道を渡っていく。
彼女が動き出したのを歓迎するかの如く、横から風が吹いた。
肌を滑るような心地よい風が、彼女の髪を流し、スカートを翻す。
- 7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 01:49:21.61 ID:SPJGL0Ab0
冷涼な空気を感じながら、青年の前まで歩み寄った。
彼女が傍に近づいても、青年はじっと動かないでいた。
o川*゚ー゚)o ……あのぉ
間延びした声をかけた。膝の上で組んでいる青年の手が、ぴくりと反応する。
緩慢な動作で青年の首が持ち上がる。
( ^ω^) ……
見上げた顔は、少女の瞳を真っ直ぐに射貫いた。
『待っていたお』高くもなく、低くもない声が、風のように流れた。
o川*゚ー゚)o ……待ってた、て?
- 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 01:49:57.05 ID:SPJGL0Ab0
( ^ω^) いつか、声をかけてくると思ってたお
o川*゚−゚)o ……ストーカー?
( ^ω^) 違うお
青年は薄く微笑んでいた。
得体の知れない、しかし何処か心を落ち着かせるような笑みだった。
o川*゚ー゚)o ……隣座っても良いですか?
『いいお』一陣の風と共に、返事が返ってきた。
新しい事が始まる予感がする。
彼女はそんな期待感を膨らませ、青年の隣に腰を下ろした。
- 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 01:51:54.82 ID:SPJGL0Ab0
−2−
『私、キュートって言います』ベンチに座った少女は、満面の笑みで言った。
警戒心を微塵も感じさせなかった。今の時代、危機感が薄いと言われても仕方の無い娘だ。
( ^ω^) ブーン
o川*゚ー゚)o ……ブーン、さん
青年が言った言葉を、確認するようにキュートは唱和した。
何処からか鳥の鳴く声が聞こえてくる。おだやかな時間の流れだった。
( ^ω^) 学校はどうしたんだお
キュートは、童顔という可能性もあるにしろ、見た目はどう考えても中学生だった。
義務教育の最終過程。そのまっただ中にいる者なら、平日の昼間から公園にいるのはおかしい。
- 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 01:55:16.34 ID:SPJGL0Ab0
o川*゚ー゚)o 登校拒否してるんです
毛ほども気にしていない調子で、さらっと言ってのけた。
( ^ω^) へえ
短い相づちに、感情は感じられなかった。
興味が無いのか、それとも、知っていたのか。
とにかくブーンは、彼女の返答に驚くことも無く、次の質問へ移った。
( ^ω^) どうして?
o川*゚ー゚)o ……
キュートが押し黙る。目線を下げて、両足をぷらぷらと揺らし始めた。
スカートがめくれ、白い太ももが少しだけ露わとなった。
ブーンはまるで興味が無いらしく、一瞥しただけでまた前を向いた。
- 13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 01:57:19.49 ID:SPJGL0Ab0
( ^ω^) ……
o川* ー )o ……
雲一つ無かった空に、白い塊が現れていた。
小さな雲がゆったりと、空を満たす大海原を漂流している。
それが視界に現れ、視界から消えていくまで、キュートは黙り込んでいた。
o川*゚ー゚)o 秘密です
見上げた顔は、黙り込む前と変わりない、快活な少女そのものだった。
キュートは立ち上がり、スカートを手で払うと、『帰ります』と言った。
( ^ω^) じゃあ、また
二人の視線がぶつかる。キュートは、『また』と短く返事をして、その場から歩いていった。
- 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 01:59:17.88 ID:SPJGL0Ab0
−3−
次の日、ブーンとキュートは、同じ公園の、同じベンチの前で再び出会った。
『こんにちわ』『こんにちわ』短い挨拶の後、二人は同時にベンチに座る。
まるでその場所、その時間に、会うことを約束していたような雰囲気だった。
o川*゚ー゚)o 音楽とか聞きます?
耳に付けていたイヤホンを外しながら、キュートが尋ねる。
イヤホンからは小五月蠅い音楽が微かに漏れていた。
( ^ω^) 聞かないお
o川*゚ー゚)o そんな気がしました
彼女は持っていた手提げ鞄から、CDケースを一枚取りだした。
ジャケットには特徴的なフォントで‘Jet Lag’と書かれている。
- 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:00:38.66 ID:SPJGL0Ab0
o川*゚ー゚)o 最近再結成した、インディーズのバンドなんです
( ^ω^) ……ふうん
ブーンの目は、ジャケットに印刷されている写真に釘付けになっていた。
バンドのメンバーらしき四人が、各々のポーズで映っている写真だ。
その中の一人に、見覚えがあった。
o川*゚ー゚)o 時差ぼけ(Jet Lag)するほど痺れるロック、ていう意味らしいですよ
( ^ω^) ……
o川*゚ー゚)o 良いですよね、音楽って。いつでも何処でも誰でも聞けるから
- 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:03:31.73 ID:SPJGL0Ab0
( ^ω^) そうは思わないお
キュートが顔をしかめる。唇をすぼめて、
o川*゚−゚)o 何でですか?
やや棘のある口調で言った。
ブーンは依然、穏やかに笑っている。
( ^ω^) 音楽を聴いている時、他の音が聞こえなくなるから
o川*゚−゚)o まあ、そりゃあ……
( ^ω^) 本当に大切な音があったら、一体どうするんだお?
- 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:05:29.76 ID:SPJGL0Ab0
風が二人の間を通り抜ける。
( ^ω^) ……
o川*゚−゚)o ……
( ^ω^) ……
o川*゚ー゚)o ……後でたっぷり後悔します
( ^ω^) 人間らしいお
声を上げてキュートは笑った。
『何かブーンさん、人間じゃないみたい』。
ケラケラ、ケラケラと笑い続ける。
ブーンは黙って、彼女が笑い止むのを待っていた。
- 20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:08:28.14 ID:SPJGL0Ab0
−4−
o川*゚ー゚)o <いた>
晴れ渡った空の下、キュートはまた公園に来ていた。
ただしいつものベンチではなく、大理石のオブジェがある広場の方だった。
扇形の角が生えた、円形の像だ。‘生命の嘆き’を表現したもの、である。
ただし、キュートにはどうでも良いことだった。
それよりも、オブジェの前で立ちつくしている者の方を気にしていた。
後ろから近づき、前に回り込んで、下から顔をのぞき込む。
o川*゚ー゚)o こんにちわ
( ^ω^) ……
- 21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:10:37.91 ID:SPJGL0Ab0
ブーンは、声をかけてきた彼女を無視して、オブジェを見続けていた。
その態度に、少しだけ拗ねた口調で彼女は続けた。
o川*゚−゚)o ブーンさーん。どうしたんですか
( ^ω^) この像……
ゆっくりと手が持ち上がる。像を指さしていた。
キュートは今一度、人の背丈ほどある像を見据えた。
( ^ω^) 生命を表しているらしい
o川*゚ー゚)o はい、知ってますよ。小学生の時、遠足でここに来て、先生から説明……
( ^ω^) でも違うお
- 22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:12:43.58 ID:SPJGL0Ab0
o川*゚−゚)o 違うって?
( ^ω^) 生命は、こんなに綺麗な形はしてないお
o川*゚ー゚)o へえ……
( ^ω^) もっと複雑で、歪んでるものだお
『私もそう思います』。
二人は視線をオブジェに固定しながら、会話を続ける。
o川*゚ー゚)o 生きるって、何て言うか、もっと絡まったものなんですよね
( ^ω^) ……
- 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:14:50.36 ID:SPJGL0Ab0
o川*゚ー゚)o いろんなものが絡まって、煩わしいもののはずなんですよ
( ^ω^) ……
o川*゚ー゚)o こんなにスッキリしたものじゃないよなあって、前から思ってたんです
( ^ω^) なるほど
o川*゚ー゚)o ブーンさんって、私と気が合うのかも
( ^ω^) お前は普通の子と違うお
o川*^ー^)o だから、友達が出来ないんですかね
( ^ω^) どうして死にたがってるんだお?
キュートから、笑顔が消えた。
- 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:20:10.83 ID:SPJGL0Ab0
−5−
いつものベンチに向かって歩いている時、二人は一言も喋らなかった。
二人とも歩きながら喋るのが嫌いだったからだ。
錯覚の景色、並木道を、二人は並んで歩いていく。
整列した木の列が、同じ顔を見せながら視界を流れていった。
ベンチにたどり着くと、二人は全く同じ動作で座った。
見慣れた並木道の錯覚が現れる。
同じ景色を共有していると思うと、キュートの心は何故か安らいだ。
o川*゚ー゚)o どうしてわかったんですか?
開口一番、キュートが言った。
いつもの笑顔が、少しだけしおらしくなっていた。
- 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:23:19.48 ID:SPJGL0Ab0
( ^ω^) お前の笑い方には、特徴がある
o川*゚ー゚)o 特徴って?
( ^ω^) 明日が見えていないんだお
o川*゚ー゚)o ……意味わかりません
木漏れ日が二人に差し込む。
広場にいた時と同じように、二人はじっと前を見据えて、目を合わせない。
( ^ω^) ずっと前に、死ぬ直前だった奴らと話をしたお
- 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:25:56.14 ID:SPJGL0Ab0
『何ですか、それ』踊るような声色で、キュートが尋ねる。
‘死’という言葉に、敏感に反応している。
( ^ω^) そいつらは笑ってたお。お前と同じ笑い方で
o川*゚ー゚)o ……そうなんですか
( ^ω^) どうして死のうとするんだお。お前は、奴らとは違う
o川*゚ー゚)o 何処が違うんですか?
( ^ω^) 鍵がかかっていないんだお
- 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:29:10.44 ID:SPJGL0Ab0
o川*゚−゚)o ……鍵
( ^ω^) ……
o川*゚−゚)o どういう意味ですか?
キュートは首を捻り、ブーンの顔をのぞき込んだ。
人の顔をのぞき込むのが、好きらしい。
( ^ω^) そういう意味だお
目だけを動かし、キュートを見つめ返す。
彼女は視線から逃れるように、顔を戻した。
- 31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:31:15.95 ID:SPJGL0Ab0
o川*゚ー゚)o 小学生にあがってから、人に謝った事が無いんです
彼女はブーンと見つめ合った時、全てを覗かれた気がした。
心の奥の、彼女自身知覚出来ないような場所まで。全てを、である。
o川*゚ー゚)o だって私、悪いと思ってる事はしませんから
( ^ω^) 悪いと思っていない事はたくさんしたんだろう?
o川*゚ー゚)o しました。それで、いつも怒られます
( ^ω^) 何をした?
o川*゚ー゚)o 校則を守っていない人に注意したり
- 32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:33:36.84 ID:SPJGL0Ab0
( ^ω^) 何故?
o川*゚ー゚)o 先生はいつも注意する人を選ぶんです。仲の良い生徒は、見逃してるみたい
( ^ω^) お前は何故見逃さなかった?
o川*゚ー゚)o だって、不公平じゃないですか、そんなの。だからですよ
( ^ω^) ……
それから先は、ブーンの質問を必要としなかった。
堰を切ったかのように言葉があふれ出てくる。
彼女は笑っていた。そして泣いていた。
- 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:35:26.34 ID:SPJGL0Ab0
o川*゚ー゚)o 似合ってない髪型をしてる人に、似合ってないよって言ったり
( ^ω^) へえ
o川*゚ー゚)o 自慢話ばかりする人に、つまらない話はよしてよって言ったり
( ^ω^) ほう
o川*゚ー゚)o 陰口の言い合いが始まったら、陰気臭い話はやめようって言ったり
( ^ω^) ふーん
o川*゚ー゚)o いろんな事を言いました。いろんな人に怒られました
( ^ω^) それでも、お前は
o川*゚ー゚)o 謝りませんでした
- 34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:39:19.15 ID:SPJGL0Ab0
いつの間にか、いつもの並木道が消えていた。
目の前に広がるのは、どこまでも真っ白な空間だった。
不安になるほど何もない場所で、ベンチに座っている二人だけが存在していた。
o川*゚−゚)o 私は悪くない
彼女は無表情だった。
血の気が引いた、青い顔をしていた。
( ^ω^) 悪い悪くないは、この世に存在しない
o川*゚−゚)o でも! でも、でも、私は……
( ^ω^) ただ、お前の事、僕は好きだお
- 35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:41:36.43 ID:SPJGL0Ab0
−6−
目を開けると、真っ白な壁が目に映った。
それが壁では無く、天井だと気がついたのは、キュートの溶け出していた意識が固まってからだ。
ベッドの中にいる事と、そこが病室だという事は、ほぼ同時に悟った。
全身が気だるい。まるで見えない糸で拘束されているようだった。
布団からはみ出した腕に、点滴が繋がれている。
o川*゚−゚)o ……
彼女の頭に、徐々に記憶の断片が浮かび上がってきた。
森林公園、並木道、ベンチの傍に生えていた木で、首を吊った。
記憶のパズルは、やがてその形で完成した。
- 36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:43:08.59 ID:SPJGL0Ab0
o川*゚ー゚)o ……えへへへ
彼女は笑っていた。そして泣いていた。
自分の声が、自分の声とは思えなかった。
心が鉛のように重くなった感覚を覚える。
だが、彼女はもう、死のうなんて考えていなかった。
o川*゚ー゚)o <お母さんに、何て言えばいいんだろう>
今まで感じた事の無かった、‘罪悪感’という感情が、彼女に芽生えていた。
吐き気がするほどおぞましい物が、彼女の心からわき上がってくる。
それは誰かが‘愛’と呼び、誰かが‘優しさ’と呼ぶ物だ。
錠前がついてしまった心で、彼女はそれに気がつけなかった。
- 38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:44:38.69 ID:SPJGL0Ab0
人は誰でも、心に鍵をかける。
誰かを傷つけたくないからでは無い。
自分が傷つきたくないからだ。
閉ざされた世界は、歪み、絡み合っている。
答えが隠されたその世界で、人は正解を探し続けた。
矛盾さえ気付けない、暗闇の世界の中で。
- 39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/28(水) 02:46:10.74 ID:SPJGL0Ab0
( ^ω^) <……>
( ^ω) <それでも僕は、探さないといけない>
( ) <この世界の何処かに、‘真実’があるはずだから>
¢終わり¢
次へ/
戻る