2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 21:51:51.40 ID:k6kVuyBi0

 ダイ1ワ セカイ ハ カワラヌ ワタシ ハ アサ ニ オモウ 


ピピピピピ♪ ピピピピピ♪ ピピ──

1日の始まりを告げる音がワンルームの部屋に響き渡る。単調で残酷な機械音。
BGMとしては、もっと優雅で耳に障らない音色の方が好みだが、それだと彼が本来果たすべき役割を全う出来なくなる故に、
斯様な表現方法を取らざるを得ないのだろう。

川う、-)つ 「むぅ……」

眠い目を擦りながらもう片方の手を伸ばす。
程なくして音は止み、再びまどろみに落ちようとする間際、今度は幾分温かみのある人間の声が静かに響く。

「続いてのニュースは──VIP────が──ました──現場の──」

オンタイマーに設定されたテレビから伝わるニュースが、世界がそう平和でもないことを知らしめるが、それはどこか遠い場所の話。
大概において自分には何の影響ももたらさない。

自分にとって、今問題にすべき事は、ここで寝てしまうと確実に遅刻してしまうという事だけだ。

川 ゚ -゚) 「……朝か」

わかりきった事を口にし、ベッドから起き上がる。
目覚まし用に多少音量を上げていたテレビのボリュームを絞り、洗面所に足を運ぶ。
それなりには防音のしっかりした部屋ではあるから、そのままでも良いのだが、以前住んでた部屋が壁が薄かったのでその時の名残だろう。


3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 21:54:06.74 ID:k6kVuyBi0

川∩-∩) ザバザバ……

冷たい水で顔を洗い、眠気も一緒に洗い流す。
季節は春も半ば過ぎ。
水はまだ少し冷たいが、季候的には程よい頃だ。

乾いたタオルで顔を拭い、Yシャツに袖を通し、パンツスーツに着替える。

川 ゚ -゚)つ ガチャ

冷蔵庫を開け、野菜ジュースを取り出し、コップに注ぐ。
朝はちゃんと取るべきなのだろうが、生憎、寝起きにあまり食欲がある方ではない。

コップに口をつけながら、観るとは無くテレビを眺め、聴くとは無くニュースを拾う。
国家公務員として、多少は世情にも通じておくべきなのだろうが、やはり興味のない分野の話はそのまま頭を素通りして行く。

「続いて天気予報です──さん──」

「はい──です──地方は今日一日晴天に恵まれ──」

川 ゚ -゚) 「よし……」

占いは観ない。そんな根拠のない物、信じていないから。
いつもの様に天気を確認し、今日は手荷物が増えない事にささやかながらも感謝してテレビを消す。


5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 21:56:13.07 ID:k6kVuyBi0

川 ゚ -゚) 「行くか……」

このタイミングで出ないと、いつものバスに乗り遅れてしまう。
乗り遅れる、イコール遅刻となってしまうので、日々の重要な分水嶺であると言える。

ほんの些細な事が、平穏な日々では重要な事なのだと、この数年の宮仕えで理解した。

川 ゚ -゚) 「いってきます」

無人の部屋に別れを告げ、マンションの階段を降りる。
バス停までは数分、この状況では遅れ様も無い。

川うo-) 「ふあ……」

昨夜の負債が口をつく。
何とは無く流していた深夜映画を、結局最後まで観てしまった。
ストーリーも役者もB級、演出やら衣装はC級のどうしようもない物だった。

しかも初見ではないそんな物を、最後まで観てしまう自分もどうしようもないのだが。

川 ゚ -゚) 「何度観てもあの半漁人はないな……」

思わず口から漏れた愚痴に、すれ違った人が頷いたように見えたのは気のせいだろうか。


6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:00:37.91 ID:k6kVuyBi0

バス停に着き、待つ事数分、定刻よりは数分遅れでバスが到着する。
遅れた割にはさほど車内は混みあって無く、ギリギリ座れるかどうかという所だ。

まだまだ若いと自覚している私は、予め寄り掛かれる柱の側を確保して立っておく事にする。
バスが出発する前に、鞄から文庫本を取り出そうと思ったが、昨日で読み終えてしまっていた事を思い出す。

川 ゚ -゚) (……帰りに本屋でも覗いて帰るか)

車内でやる事も無くなった私は、緩やかに走り出したバスの中でため息を1つ吐く。
これから外務省までの数十分、これといってやる事もない。

何とも代わり映えのしない毎日だ。

唐突に、そんな声が自分の内から響いた。

川 - -) (……)

私は目を閉じ、取り留めのない思考の海に漂う事にした。

・・・・
・・・


9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:04:49.02 ID:k6kVuyBi0

央暦2010年。

何度滅んだかわからない世界は、その都度しぶとく生き延びた人間によって作り直された。

そんな事を繰り返してたら、いつの間にか西も東もなくなり、世界は1つの国になった。

人類の歴史が、どのくらい続いているのか、正確に把握しているものはいない。
色んな物を得て、色んな物を失った。

歴史は繰り返す。

そんな言葉が綺麗に当てはまる。

今と比べて想像もつかない程発達した世界の記録もあれば、石で獣を狩るような原始的な世界の記録もある。
時系列的には、どうやら後者の方が新しい事を知れば、如何に人類が偉大で愚かな物か想像出来る。

現在は歴史的に比較して見ても、かなりの安定期に当たるようだ。
程ほどの発展と多少の問題、織り交ざりながらも世はそれなりに平和である。


川 - -) (……そろそろか)


11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:08:01.88 ID:k6kVuyBi0

庁舎の前にバスは止まり、数人の人間と共に降り立つ。

川 ゚ -゚) 「さて……」

8階建ての、この辺りでは随一の大きさを誇る庁舎を左手に角を曲がる。
いつも通り、こちらに向かうのはただ1人。

歩く事約5分、平屋造りの別棟が見えてくる。
前近代的でレトロスペクティブな趣ではあるが、元来、庁舎というものは、もっと国民が近寄り安い雰囲気を醸し出し、広く門戸を
開放すべきであるからして、これは理に適った造りと言えるだろう。

川 ゚ -゚) 「まあ、守衛ぐらいは常時置いて欲しいとこだが」

無人の受付カウンターを素通りし、飾りっ気のない廊下を進む。
守衛はいないわけでないのだが、来るのが私より少し遅く、帰るのも私より少し早いだけだ。
  _,
川 ゚ -゚) 「む……またか……」

職場の前に辿り着いた私は、そこにある違和感に気付く。
すぐさま鞄からルーズリーフを取り出し、リフィルにマジックで“省”の一文字を書き付ける。

それをセロハンテープで厳しい字面の末尾に被せて貼り付けた。


12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:12:33.62 ID:k6kVuyBi0

川 ゚ -゚) 「これで良し……と」

最早日課とも言える作業に満足し、ドアノブを回す。

川 ゚ -゚) 「おはようございます」

(‘_L’) 「おはようございます」

当然の様に帰ってくる上司からの挨拶。
先程の作業でいる事はわかっていたが、いつもながらの早いご出勤だ。

これといって報告もないので、軽く机の前を掃除して、業務を開始する事しにした。
タイムカードはない。自己申告という名の上司の信頼から成り立っている。

ざっと先日までの書類等に目を通して見ても、緊急を要する件は1つもない。

川 ゚ -゚) 「課長、何かありますか?」

一通りの工程に時間を費やした後、いつもの様に上司にお伺いを立ててみる。


13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:16:39.55 ID:k6kVuyBi0

(‘_L’) 「特にはないね。現状維持だね」
  _,
川 ゚ -゚) 「はあ……そうですか」

(;‘_L’) 「あー……うん、そうだ、お茶でも淹れようか?」
  _,
川 ゚ -゚) 「お気遣い無く。と言いますか、それは私がやるべきでは?」

課長の返事を待たず、席を立ち、給湯室に向かう。
給湯室と言っても、この室内にあるわけではないので、一旦廊下へ出る。

給湯室で電気ポットの再沸騰ボタンを押し、沸くのを待つ。

川 ゚ -゚) 「悪い人ではないのだがな……」

唯一の同僚であり、上司であるフィレンクト賀茂志田は、良くも悪くも静かな人である。
与えられた職務を黙々とこなし、生真面目な仕事人間という印象だ。
そこには一切の私情を感じさせず、公務に徹する姿は、尊敬すべき点かもしれない。

与えられた職務があればの話だが。


17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:20:33.99 ID:k6kVuyBi0

川 ゚ -゚) 「もう少し自発的に仕事が作れないものかね……」

誰に聞かせるでも無く口を吐く言葉。
まだお湯は沸騰していないが、猫舌な課長と執務室までの距離を考え、少し早めにお湯を急須に注ぐ。

課長がその境地に至ったのは、私の倍は重ねた年月のせいかもしれない。
それとも、単に生来の性格故か、その辺りは知り様もないし、本人に聞く気もない。

ただ、少なくとも私なら、閑職という現状をただ甘んじて受け入れる事は出来ないと思う。

川 ゚ -゚) 「閑職の官職か……。笑えんな」

急須を片手に、湯飲み2つをもう片方の手に持ち、廊下を逆戻りする。

川 ゚ -゚) 「どうぞ」

急須から湯飲みにお茶を注ぎ、課長の机へ置く。
短い返礼を受け、自分の席に着くが、既に本日の業務は打ち止めとなっている身の上は、取り留めない思索を繰り返す。


18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:23:32.02 ID:k6kVuyBi0

ジリリリリン♪ ジリリリリン♪

そんな折、静寂を破る冗談の様な、しかしこの場に即している様な古めかしい黒い電話が鳴り響く。
こんな前世代の遺物が現役で稼動している役所など、ここぐらいのものだろう。

川 ゚ -゚) 「はい、外務省です」

(;‘_L’) 「素直君、課、外務課ね?」

ほんの少し、困ったように顔を歪めて咎める課長を無視し、電話の用件を聞く。

関係ないが、課長は普通より少し長めの下睫毛がチャームポイントらしい。
いや、そう呼んでいるのは私だけだが、その下睫毛で何となく感情がわかるので便利といえば便利だ。

露骨に顔を背けて無視してみたら、下睫毛がしゅんと下がっていた。

川 ゚ -゚) 「それでご用件は……ってペニサスばあちゃんか。元気してるか? あ──?」

何の事はない、この市内に住む住民、ペニサスさんからだった。
別に外務省とは関係ないのだが、公務員の義務として、たまに面倒ごとを片付けたり、相談に乗ったり
乗ってもらったりしている内に、自然に仲良くなっていた。

川 ゚ -゚) 「あ? 牛? いや、だからばあちゃん、外務省はそういう仕事をするとこじゃないって──」


20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:26:11.91 ID:k6kVuyBi0

川#゚ -゚) 「だから、確かに外で務めるとは書くけども、外の仕事を何でもやるわけじゃないんだってば!」

それから数分の問答の後、電話は切れた、と言うか切った。
全くあのおばあちゃんは……

川#゚ -゚) 「外務省は何でも屋じゃないっての」

(;‘_L’) 「あははは、素直君は面倒見が良いからね。市民に愛されてる証拠だよ」

課長の取り成しを無視し、勢いよく立ち上がる。
話の内容次第では、この服では不向きな気もするが、代えはないので仕方がない。

川 ゚ -゚) 「課長──」

(‘_L’) 「うん、わかってる。場合によっては直帰でも構わないよ」

私は課長に頭を下げ、執務室を出る。
外務省と書かれた看板を後目で眺め、肩を1つすくめながらも出口に向かう。

守衛さんに軽く挨拶をし、青く広がる春空の下へ歩き出した。

・・・・
・・・


23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:29:24.29 ID:k6kVuyBi0

世界は1つの国になった。

故に、対外折衝を主な公務とする外務省はほとんどの仕事を失った。

通商は国土交通省、農林水産省、経済産業省が国内産業として扱う事になり、
唯一対外折衝の可能性があった宇宙開発は、今の所立ち遅れ、公務自体も主に防衛省が担う事になっている。

最初から争いを想定したこの措置はどうかと思うが、それ以外に宇宙開発局も有り、外務省が出張る余地はない。

その結果、外務省は規模縮小、課に格下げという体たらくだ。
最近の、でもないが、動向では不要論まで出て来ており、その内無くならないとも言えない状況である。

実際、私もその現状をよく理解しており、冷静に判断するならば、その存在意義に疑問を禁じ得ない。
先程の電話からも推測出来るように、国民からの認知度も、今となっては覚束無い物だ。


それでも私が外務課、いや、外務省に拘る訳は、理屈ではなく、感情の部分に因る。


・・・・
・・・


25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:31:45.47 ID:k6kVuyBi0

('、`*川 「いやぁー、ホントありがとうね、クーちゃん」

川#゚ -゚) 「今度からこういう事には、お巡りさん呼ぼうな?」

町中から少し離れると、明らかに毛色の異なる田園風景が広がっている。
狩猟こそ行われていない物の、農耕は今の時代でも都市部の近くでごく普通に営まれている。

私は、何かに怯え、グズって動かなくなった牛を追い立てる事に辛くも成功し、
ペニサスさんにやんわりと筋違いを諭している所だ。

('、`*川 「んまあ、でも、お巡りさんはちょっと怖かし、花子はクーちゃんによぉーく懐いとるからねー」

ペニサスさんの言葉に同意するかのようなタイミングで牛、花子がモーと合いの手を入れた。
牛に好かれてもあまり嬉しくはないのだが、他人から感謝されて嬉しくない人間はいないだろう。

私は、呆れた様に諦めた顔で苦笑を浮かべ、次から気を付けてくれと軽く言っておいた。

多分、また何かあれば電話がかかってくるのかもしれないが、公務員としては、国民の為に働くのは吝かではないので、
きっとまた来る事になるのだろう。


28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:34:46.02 ID:k6kVuyBi0

川 ゚ -゚) 「しかし、まあ、ばあちゃんももう若くないんだから、1人で牛を連れたりは考え直した方がいい」

('、`*川 「わかっとるよ、ホント、ごめんね、ありがとう」

本当にわかっているかは甚だ疑問に感じる軽い返事に再び苦笑を浮かべながら、私は軽く首を振った。
どうやら思ったより衣服は汚れていなかったので、このまま庁舎に戻っても差し支えはないだろう。

川 ゚ -゚) 「そう言えば、何で牛──花子はこんなに怯えてたんだ?」

('、`*川 「それが、ようわからんとよね。急にびっくりして走り出したとよ」

川 ゚ -゚) 「急に……?」

('、`*川 「そうよ、なーんもなか道やったとけ、急にやけん、こっちも驚いたとよ」

川 ゚ -゚) 「何もない……」

話している本人も、自分が不思議な事を言っているのを自覚しているのか、ペニサスさんは自信無げに訥々と語る。
しかし、何の脈絡も無いかの様なペニサスさんの言葉に、私の頭はある1つの答えを導き出した。

川;゚ -゚) 「ばあちゃん、それ、大体でいいからどの辺か場所わかる?」

・・・・
・・・

30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:37:40.46 ID:k6kVuyBi0

川;゚ -゚) 「やはりか……」

ペニサスさんから教わった場所まで歩いて行くと、そこには果たして想像通りのものが転がっていた。
いや、正しくは宙に浮いていた。

よく注意して見ないと気付かない、ほんのわずかな違和感。

そこには数センチ程度の長さの、不思議な裂け目が胸の高さほどの中空に存在していた。

川 ゚ -゚) 「花子はこれに触れたんだろうな……」

私は、内ポケットから携帯電話を取り出し、緊急用の番号を素早くプッシュした。

川 ゚ -゚) 「あ、もしもし──」

・・・・
・・・


35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:39:29.65 ID:k6kVuyBi0

世界は何度も壊れた。

その都度世界は作り直された。

それは、文明は、という話であり、実際の入れ物である地球は、傷を負ったまま、簡単に直すことは出来ずにいる。

山は崩れ、川は溢れ、大陸が沈んだ。

それでも人類は生き続けた。
世界を騙し騙しに誤魔化しながら。

しかし、そのつけが、いつの頃からか溢れ出る様になった。

世界は膨らんで、縮んで、その結果、成り立ちに齟齬を来たす。

次元の裂け目と呼ばれるその現象は、今の所原因不明で、何をもたらすのか特定出来ていない。
わかっている事は強力な力場であるという事と、その一時的な対処方法のみ。


「──すみません、通報された方はあなたでしょうか?」


37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:41:08.74 ID:k6kVuyBi0

程なくして、対策班の連中が到着した様で、私に声を掛けてくる。
ここには私しかいないのだから、尋ねるまでも無いだろうが、まあ、向こうも形式的に聞いているだけなのだろう。

川 ゚ -゚) 「そうだ。この場所に次元の裂け目が出来ているようだったんでな」

(゚、゚トソン 「……先輩?」

川 ゚ -゚) 「ん……? お前は……」

(゚、゚*トソン 「やっぱりクー先輩ですね! お久しぶりです、都村です」

黒基調のジャケットを羽織り、ごちゃごちゃとした機材をぶら下げた女性が頬を染めて興奮気味に詰め寄ってくる。
駆けつけた数名の対策班の責任者は、どうやら私の知人だったようだ。
都村トソン、大学時代の後輩で、中々頭も良く、妙に私に懐いていた覚えがある。

川 ゚ -゚) 「ああ、久しぶりだな、トソン。……てか、お前、いつからこっちに?」

(゚、゚*トソン 「つい2週間ほど前です。先輩もこちらと聞き及んでいましたので、落ち着いたらご挨拶に伺うつもりでしたが──」

子供の様にはしゃぐトソンの前に、右手を広げて制し、一先ず公務に当たらせる事にした。
立場上、上司が部下の前で公務を放り出して世間話というのも頂けないだろう。


38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:43:45.66 ID:k6kVuyBi0

(゚、゚トソン 「すみませんでした。すぐ片付けますね」

トソンはぺろりと舌を出し、満面の笑みを一瞬にして引き締め、迅速に指示を出し始めた。
冷静に、的確に仕事に当たるその姿の方が、昔のトソンの面影を髣髴させる。

川 ゚ -゚) (コイツが他人の前でこうもはしゃいだのは初めて見たかもしれない……)

親しくない人からのは仏頂面で取っ付きにくいと思われがちで、実際に、結構キツい物言いをするやつではあった。
もっとも、言うだけの能力は有り、有るからこそこの歳でこの対策班の責任者の任されているのだろう。

親しい人間の前では、割と普通、と言うか、むしろ甘えたがりな面もあったのだが。

川;゚ -゚) (そういえばコイツ……)

そこまで考えてとある事に思い当たり、その喜びようにも納得がいったと同時にある種のエマージェンシーが脳内に響き渡った。
その事を知ったのは卒業以降だったから事の真偽はわからないが、私は、危険を避ける本能に従うかの様に反射的に言葉を発していた。

川;゚ -゚) 「取り敢えず、私は公務中なんで、もう行くぞ? ちゃんと伝えたからな?」

(゚、゚トソン 「お待ちください。一応、調書という形で発見時の状況を記録しなければなりませんので」

川;゚ -゚) 「だが、しかし、外務──」

(゚ー゚トソン 「職場の方には先程御一報しておきましたので、お時間は十分にありますよ?」

川;゚ -゚) 「いつの間に……」


39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:47:56.46 ID:k6kVuyBi0

公務員とは言え、国民であることには変わり無く、この件には協力の義務を負っている。
これ以上の言い逃れは無理と諦めた私は、大人しくその仕事振りを見学する事にした。

(゚、゚トソン 「……まだ初期段階ですね」

既に何度もこなしているのだろう。
淀みなく指示を出し、的確に行動を重ねて行く。

あまり詳しい対処は知らないのだが、テレビで見た様な記憶と同じ作業が眼前で繰り広げられている。

(゚、゚トソン 「スプレーを」

部下の1人が、裂け目に向かって何かを噴霧した。
そのまま全員で成り行きを見守り、大体3分ぐらい経った辺りで再びトソンが指示を出す。

(゚、゚トソン 「ナイフを」

ナイフ、という言葉に部下が差し出したのは、パレットナイフのような形状の金属性の物だった。
それを手に、先ほど吹き付けた裂け目の上をペタペタと押し付ける。

初めて間近で見る補修作業は、中々興味深いものではあった。


41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:51:06.60 ID:k6kVuyBi0

川 ゚ -゚) (……ふむ…………しかし)

△ ペタペタ
.ヽ(゚、゚トソン

川 ゚ -゚) (……何と言うか)

△ ペタペタ ペタペタ
.ヽ(゚、゚トソン

川;゚ -゚) (……遊んでいるようにしか見えんな)

作業に当たっている者たちの表情は至って真剣で、時折、トソンの厳し目な調子の指示が飛ぶ。
それなりに危険で、切羽詰った作業なのかもしれないが、良くて精々、左官職人にしか見えない。

川 ゚ -゚) (まあ、危険はそうないのかもしれないな……)

危険なら、私をもう少し下がらせるだろう。
それか、自分の腕に相当の自信を持っているのかだが。

目が合うと、ほんの少しだけ口元を緩めた笑顔を見せるトソン。
馴染みがないと、それが笑っているのかの判断は付け難いが、私にはそれがわかるだけの付き合いはあった。


43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:53:34.13 ID:k6kVuyBi0

(゚、゚トソン 「……安定しました? ……そうですか。では、後はお任せします」

一通りの作業を終え、私の方へ向かって歩いてくるトソン。
どうやら作業は上手くいったのか、その表情からは安堵のそれが見て取れる。

川 ゚ -゚) 「お疲れさん。無事に済んだのか?」

(゚、゚トソン 「ありがとうございます。ええ、滞りなく。発見が早かったので楽な部類でした」

先輩に感謝です、とトソンは続けるが、第一発見者が私でないことを告げると、ほんの少し難色を示した。

(゚、゚トソン 「そうなのですか? それは困りましたね……。規則では、その方からお話を伺わなければなりません」

川 ゚ -゚) 「面倒な話だな」

(゚、゚トソン 「ええ、ですが規則は規則なので、その方のお名前と職業、連絡先をお教え願いますか?」

川 ゚ -゚) 「そうだな……、名前は花子、職業は牛、連絡先は……知らん」

(゚、゚トソン 「ええっと……花子さんで、職業は……牛……」


45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:55:48.42 ID:k6kVuyBi0
 _, ,_
..(゚、゚;トソン 「牛?」

川 ゚ー゚) 「ああ、牛だ。モーと鳴くな」

意地の悪い笑みを浮かべ、私はトソンにそう告げた。
トソンはえーとかあーとか、意味不明なことを呟きながら手に持ったペンを指でくるくると回す。

いつの間にか、例の裂け目があった場所には、黄色と黒で彩られた三角ポールが置かれており、
防衛省の名で立ち入りと除去の禁止の旨が記されていた。

(゚、゚トソン 「完全に塞がるまでは人が近付かないようにしてるんですよ」

塞がったら、あれも撤去しますと、私の視線の向きに気付いたトソンが説明をしてくれた。
牛は諦めて、私を第一発見者にすることに決めたらしい。

川 ゚ -゚) 「公務員が事実を曲げるのか」

(゚、゚;トソン 「そ、そういう言い方は止めてください。超法規的措置と言うか、已む無くと言うか……」

私の言葉に、しどろもどろになるトソン。
もちろん、冗談で言っているのだが、大学時代と変わらぬ真面目さは未だ持ち合わせているのか、
必死に理由の正当性を説明しようとする。


46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 22:59:48.02 ID:k6kVuyBi0

(゚、゚;トソン 「ですからこの場合、特殊対策法案の第八百三条にあるように──」

川 ゚ー゚) 「冗談だ、冗談。どれ、何を書けばいいんだ?」

私はトソンの左手に抱えられたボードに乗せられた紙を覗き込む。
型通りの調書の用紙らしく、大した事は書く必要もないようだ。

(゚、゚*トソン 「い、いえ、書くのは私が。先輩はご質問にお答え頂ければ……」

ここでは何だから、という言葉に従い、トソン達が乗ってきた車に私も乗り込む。
しかし、乗ったのは私とトソンだけで、他の人間は乗り込んでこなかった。

川 ゚ -゚) 「ん……? 部下の方々はいいのか?」

(゚、゚トソン 「別の車がありますので」

そう答えるなり、トソンは車を走らせた。
確か、大学時代は免許を持っていなかったはずだから、私が卒業した後にでも取ったのだろう。
その性格に似つかわしく、丁寧な運転で、舗装のあまりよろしくない田舎道の割にはあまり車は揺れなかった。


47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:02:03.30 ID:k6kVuyBi0

(゚、゚トソン 「大学時代と逆ですね」

川 ゚ -゚) 「ん? ああ、そうだな。丁度私もその事を考えていた所だよ」

私は在学中から免許を持っていたので、よく友人や後輩を家まで送ってやったりしていたものだった。
たまにドライブに連れて行ったりもしたのだが、どうも私の運転は彼女達からすると荒いらしく、
2度目の誘いに応じる人間はほとんどいなかった。

(゚、゚*トソン 「はい、昔はよく乗せて頂きました。お陰で色々と助かりましたよ」

彼女は数少ない、私のドライブに度々付き合った人間だ。
今の運転を見てもわかるように、彼女は特にスピード狂というわけでも無く、むしろ、全体的に物静かな事を好む傾向にあった。
それでも私に付き合ってくれていたという事は、私の事を慕っていてくれたのか、もしくは、打算的に考えた結果なのだろう。

ただ、夜の高速を法定速度の5割増しで走った時の引きつった表情を思い出せば、打算ではなかったのだろうと思わざるを得ないが。

川 ゚ -゚) 「久々に車を飛ばしてみたくなったな……」

(゚、゚;トソン 「公務員なんですから、あまり無茶は……」

至極真っ当な意見を進言してくるトソンに、冗談だと軽く笑ってみせる。


50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:04:01.99 ID:k6kVuyBi0

川 ゚ -゚) 「で、どこへ行くんだ?」

(゚、゚*トソン 「どこか、落ち着いて休憩できる所です」

川 ゚ -゚) 「そうか」

シートに背を預け、窓の外を見る。
まだ田園風景からは抜けられておらず、牧歌的な空気が心を落ち着かせてくれる。
そんな空気を察したのか、トソンは無言で車を走らせてくれていた。

しばらくの後、牛との格闘で肉体的に疲れている私は、この静かな空気と共に纏わり付く睡魔に屈服しそうになっていた。

川 - -) (……眠い……休憩…………休憩?)

ぼやけた頭の中で浮かんだその言葉に、弾かれた様に身を起こした。

川;゚ -゚) 「……休憩場所というのは、お茶でも飲みながら話せるカフェ的な場所の事だよな?」

(゚、゚トソン 「……やはりそういう場所の方がよろしいですかね?」


52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:06:28.00 ID:k6kVuyBi0

川;゚ -゚) 「うん、そういう場所がよろしいね、いや、ホント」

何となく残念そうに上目遣いでこちらを見るトソンの姿に軽い戦慄を覚え、乾いた笑いを浮かべながら言葉を捲し立てた。
考え過ぎだとは思いたいが、避けれる危険は避けておくのが私の信条だ。

川;゚ -゚) 「そう言えば私は昼食とってなかったな。トソン、お前は取ったのか? まだ? じゃあ、私が奢るから飯食いに行こう、な?」

(゚、゚トソン 「それは構いませんが、こちらがご迷惑をおかけしてお連れしてるのですから、奢っていただくのは流石に……」

川 ゚ -゚) 「そう言うな。再会を祝す意味も兼ねてだな……」

(゚、゚トソン 「でしたら、本日は公務もありますし、それは後日改めて夜にお酒でも飲みながらという事にしませんか?」

今日は割り勘で、と提案するトソンに、私は取り敢えず目前の危機さえ回避出来ればいいと、安易に頷いてしまった。
よくよく考えれば、そちらの方が危険は増してそうだが、それはまた後で考える事にする。

(゚、゚*トソン 「では、行きましょうか。パスタの美味しい、穴場の店があるんですよ」

川 ゚ -゚) 「あんまり小洒落た所は勘弁な。……しかし、赴任してきたばかりでよくそういうの知ってるな」

女性ならそんな物じゃないですかと言うトソンに曖昧に頷く。
多分、トソンが言う事は一般的には正しく、私が一般的ではないだけなのだろう。

パスタよりはラーメンの方がいいなと考えつつも、それは口に出さずに閉まっておいた。

・・・・
・・・


55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:09:45.85 ID:k6kVuyBi0

とある学者は次元の裂け目は、人類が負った債務だと言う。

だがしかし、それは世界が受けた傷でもある。

長い年月の間、酷使され続けた世界は、その有り様に破綻を来たし始めている。
発生原因の特定は出来ず、唯一取られている対処は、何とも他力本願な物だと、目の前の旧友が教えてくれた。

曰く、活性を促す事による、自浄作用だと。

傷つけられた被害者に、自分で治せと言う。

根本解決はされないまま、日増しにその数は増え続けている事により、対策に当たる部署はその規模を拡大された。
それが防衛省であり、彼女の勤務先でもある。

その重要性から予算も大きく割り振られ、最先端の設備や施設も完備し、加えて高給取りという、現在の花形職業だ。
いわゆる、エリートという存在であろう。


(゚、゚トソン 「そんないいものではないですけどね」

防衛省特務対策課主任、主任は恐らく係長クラスという所か、そんな名刺を差し出しながらトソンは言った。
裏にはプライベートの物と思われる携帯電話の番号とメールアドレスを書き添えて。

大学時代は、電話の類を一切持っていなかったから、番号は知らなかった。


57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:12:45.16 ID:k6kVuyBi0

(゚、゚トソン 「今の所、これといって次元の裂け目での大きな被害も出てませんからね」

触っても精々びっくりする程度で、更に好き好んで弄くり回す人も出ていないので、国民の危機感はあまり高くないと言う。
私はペペロンチーノの味に満足し、量には不満を持ちながら、トソンの話の続きを促した。

(゚、゚トソン 「やってる事は雑用に近い作業です。現場を飛び回り、補修作業を繰り返す様な」

調書の方は料理が運ばれてくる前に既に取り終えている。
この量ならあの場で取ってしまっても良かったとも思うが、私も久しぶりの再会を祝したい気持ちはあったので、それはそれで構わないと思う。

(゚、゚*トソン 「うん、カルボナーラも美味しいですね」

私よりはかなり遅いペースでパスタを食べ終えたトソン。
相変わらず食べるのが遅いと揶揄すると、先輩が早いだけだと笑って反論してくる。

川 ゚ -゚) 「ふむ、では毎日大変だな」

(゚、゚トソン 「忙しくはありますね。遣り甲斐もありますが」

昔から、真面目なやつだったと思う。
あの頃と変わらず、1つ1つ生真面目に言葉を返してくる。

仕事にもきっと、真摯に打ち込んでいるのだろう。


58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:15:06.14 ID:k6kVuyBi0

川 ゚ -゚) 「さて、そろそろ仕事に戻らないとまずいんじゃないか?」

私はともかく、という言葉は飲み込んだ。

(゚、゚トソン 「名残惜しいですが、確かにもう、こんな時間ですね……」

立ち上がり、伝票を取ろうとすると先に奪われた。
眉根を寄せ、その意図を問いただすと、どうせ奢らせてはくれないでしょうから、せめて割り勘で、と両手を合わせた。
  _,
川 ゚ -゚) 「最初からその予定だろ? ……そんなに信用してないか?」

(゚、゚;トソン 「そういう訳ではないのですが、こういう時の先輩は、大体自分がお持ちになるので……」

こちらの思惑を簡単に見透かされた私は、代金を釣り銭のない様に手渡す。
先に出てると一声かけ、店を出た。

川 ゚ -゚) (……よく見てるもんだな)

天気予報の精度は優秀で、穏やかな青空をゆっくりと雲が流れていた。

・・・・
・・・


61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:18:03.45 ID:k6kVuyBi0

川 ゚ -゚) 「ただいま」

出た時と同様、無人の部屋に帰りを告げ、まずはシャワーを浴びた。
牛との触れ合いで、少し汗ばんでいた身体を洗い流す。

川 ゚ -゚) 「さて……」

食欲はあまり無いが、朝を取らない習慣なので、何かしら腹に入れておくべきだろう。
冷蔵庫には期待せず、食器棚の下段から、インスタントラーメンを取り出す。
カップじゃない事がほんのわずかな抵抗かもしれない。
大差はないかもしれない。

川 ゚ -゚) (そもそも、何に対する抵抗なのかと……)

鍋を火にかけ、保温されていたお湯を注ぐ。
程なくして沸騰したお湯に乾燥した麺を放り込んだところで、昼も麺だった事を思い出すが、気にしない事にした。

この時間帯にニュースをやっているのは国営放送ぐらいなので、チャンネルは朝のまま、テレビを点けた。
出来上がったラーメンをテーブルに置き、フローリングの床に座る。
テレビに映る開園したばかりの動物園からのリポートを見ながら無心で麺を啜った。

いや、無心というのは嘘だ。


64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:21:39.50 ID:k6kVuyBi0

私はずっと昼の事を考えていた。

・・・・
・・・

(゚、゚トソン 「送らなくてよろしいのですか?」

川 ゚ -゚) 「庁舎に戻るわけじゃないんだろ? ここからならバスもあるから心配するな」

(゚、゚トソン 「でも……わかりました。先輩がそう仰るのであれば」

川 ゚ -゚) 「久しぶりに会えて良かったよ。気軽にメールでも電話でもしてくれ」

(゚、゚*トソン 「はい! 毎日朝昼晩メールします!」

川;゚ -゚) 「うん、まあ、用事がある時だけでもいいからな?」

(゚、゚トソン 「では、その内改めて飲みにでもお誘いしますね」

川 ゚ -゚) 「ああ、またな」


66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:24:35.28 ID:k6kVuyBi0

(゚、゚トソン 「……」

川 ゚ -゚) 「ん? どうした? バスはまだ来ないから先に行っていいぞ?」

(゚、゚トソン 「……何で」

川 ゚ -゚) 「……」

(゚、゚トソン 「何で外務課だったのですか?」

川 ゚ -゚) 「何で、とは?」

(゚、゚トソン 「先輩ほどのお人なら、防衛省だろうが内閣府だろうが、もっといい所に──」

川 ゚ -゚) 「おいおい、随分だな。……それは少々買い被り過ぎじゃないか?」

(゚、゚トソン 「そんな事はないと思います。先輩はとても優秀な方でした」

川 ゚ -゚) 「そうでもないさ……。それに、外務省も言われるほど悪くない」

(゚、゚トソン 「先輩……」

川 ゚ー゚) 「私は好きでここにいるんだ。それを察してくれ」

・・・・
・・・


67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:26:32.50 ID:k6kVuyBi0

私の言葉に深く謝罪して、トソンは去っていた。
どう見ても納得した顔ではなかったが、それも仕方のないことだろう。

他ならぬ私も、多分納得した顔はしていなかっただろうから。

川 ゚ -゚) 「私は好きで外務省にいる」

食べ終えた器をシンクに放り込み、はっきりとそう口に出してみた。
言葉に嘘はないはずだが、疑問を感じている事もまた事実だ。

いや、ほんの少し、嘘も混じっている。
正しくは“好きで”では無く“好きだった”から外務省にいる。

川 - -) (……なあ、じいちゃん。あなたが誇らしげに語っていたあの場所は、もうないのかな?)

私に外務省のことを教えてくれた人、今は亡き私の祖父は、私と同じ様に外務省に勤めていた。

・・・・
・・・


69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:30:31.81 ID:k6kVuyBi0

( ФωФ) 「うちはな、代々外務官僚、時に外務大臣も輩出してきた由緒ある家系なんじゃ」

ノll ・-・) 「がいむしょー?」

( ФωФ) 「そうじゃ、外務省といってな、他の国の人々と話し合いをするお仕事じゃ」

ノll ・-・) 「ふーん……どんなお話するの?」

( ФωФ) 「そうじゃな、ケンカはやめて仲良くしようとか、いっしょに世界を綺麗にしようとかじゃな」

ノll*・-・) 「じゃあ、お花とかいっぱい咲かせるの?」

(;ФωФ) 「む、花は……うん、まあ、記念に樹を植えたりするのお。仲良くなった印に」

ノll*・-・) 「そっかー。外務省ってすごいんだねー」

(*ФωФ) 「うむ、外務省は人々の為、世界の為のお仕事をしてるんじゃよ」

・・・・
・・・

71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:32:24.89 ID:k6kVuyBi0

世界が1つになったのは、もう随分前のことだ。
多分、祖父が勤めていた頃には既に、閑職となって久しいはずだった。

その辺りの事は、就職する前に調べた。
外務省の状況がどんな風なのかわかった上で、私はこの道を選んだわけだ。

祖父は何故、子供だった私に、そんな話をしたのだろう?
代々伝わってきた昔話をしただけだったのか、それとも、実際にそんな仕事がまだ出来ていたのか、
今となってはその意図はわからない。

ただ、祖父の事は好きだった。
優しいおじいちゃんだった。

私が外務省に拘っている理由はそれだけではないが、少なからず幼少期の想いを引きずっている事も確かだ。

川 - -) (……しかし、まあ、お花はないだろ、子供の頃の私よ)

その愚かさに頭を痛め、その純粋さに心を痛める。
どちらにしろ、今の自分には直視できない類の物だ。

昔は大人になれば、わからなかった事が全部わかると信じていたけれど、実際になってみると、
わからない事がどんどん積み重なって行くだけだった。

わからない事が、どうやってもわかりようもない事だというのはいくらでもわかったが。



72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:35:01.45 ID:k6kVuyBi0

川 ゚ -゚) 「まあ、今となってはどうでもいい事だ」

私は考える事を止め、視線をテレビに移した。
ニュースはスポーツ中継になっており、野球などに興味のない私には、甚だ退屈極まりない単語が飛び交うだけであった。

かと言って、バラエティやらドラマやらも見る気がせず、充電器に刺していた携帯電話に手を伸ばした。

川 ゚ -゚) 「……」
 つ【】⊂

川;゚ -゚) 「早速メールが着てるな……」
 つ【】⊂

もちろん、トソンからのメールだ。
内容は当たり障りのない再会の挨拶やら今日の事ではあったが、普段の物腰とは対極のハイテンションな文体に軽く眩暈を覚えた。
返事は明日にするかと思ったが、返事を出さないと続けて送ってきそうな勢いに諦めて返事を出す事にした。

川 ゚ -゚) 「今日は……ありがとう……またな……おやすみ……と」
  つ】

川 ゚ -゚) 「よし、送信……と」

川 ゚ -゚) 「さて、やる事もないし……あ、本屋に寄るの忘れた──」



73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:38:13.77 ID:k6kVuyBi0

【】< PiPiPiPiP♪

川 ゚ -゚) 「!」

送信してさしたる時間も経たない内に、すぐさまメールの着信を告げるマイ携帯。

川;゚ -゚) 「いや、流石に……」

それはないだろうと思いつつも、確認してみると果たしてトソンからの返信である。

川;゚ -゚) 「え? この短時間でこれ打ったの?」

そこには1通目と変わらぬ濃い文面で、世間話やら思い出話がびっしりと打ち込まれていたメールがあった。
PCのキーボードならまだしも、携帯電話だと1文に分単位でかかってしまう私から見れば未知の領域だ。

川;゚ -゚) (……返事を出したのは失敗だったかも知れんな)

斯くして暇は潰れたものの、何の因果か私は昨夜と同じく、夜更かしを余儀なくされる羽目になった。

・・・・
・・・


76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/16(木) 23:41:48.94 ID:k6kVuyBi0

ピピピピピ♪ ピピピピピ♪ ピピ──

今日も1日の始まりを告げる音がワンルームの部屋に響き渡る。

「続いてのニュースは──次元の────が──ました──過去最大の──」

言葉は違えど本質には大差のないニュースもいつも通り。

川 ゚ -゚) 「……朝か」

身体を起こし、無意識に何事かを呟く。
そこに意味は無く、ただ繰り返すのみ。

川 ゚ -゚) 「……朝だな」

私はベッドから起き上がり、いつものように洗面所へ向かった。
変わらない1日を、いつも通りこなすために。





 第1話 了 〜 そしてまた、私は新しい同じ朝に目を覚ます 〜


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