1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:05:38.42 ID:MjlwuLGg0

     『お前だって、人を刺してみたいだろう――?』
 
『お前だって、人を殴ってみたいだろう――?』
         

 『お前の胸の内にあるそれを、ナイフの切っ先に詰めて、胸に、顔に突き刺すんだよ』
  
         『ほら、そのストレスを拳に集めて、殴るんだよ』

   『力強くな』
                『そうすれば、何もかもスッキリしちまう』


『どうだ?』

                『気持ち、いいだろ?』

 『どうだ?』


『それが、tanasinnって言うんだよ』




    
('A`)にはノルマがあるようです

3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:08:00.66 ID:MjlwuLGg0


――憂鬱だ。

('A`)「……すいませんでした」
ミ#,,゚Д゚彡「あのなぁ……。何回も口をすっぱくして言ってるけどな、
謝って済む問題じゃ無いんだよ!お前のこのノルマグラフ見てみろ!」

毎朝、毎朝。
呼び出されては怒鳴られて、愚痴を言われて。

辞めればいいのに、それでも会社に足を運ぶ俺も俺だ。
『辞めます』とも言えない根性無し。
『辞めろ』と言われるのを待っている根性無し。

ミ,,゚Д゚彡「お前のこの三ヶ月の業績、2件しか取れてないじゃないか。
タナカや、サトウと30近く違うんだぞ?
お前は、こいつらが外から仕事持ってくる間に何をしてたんだ?」

('A`)「……私も、精一杯仕事をt」
ミ#,,゚Д゚彡「じゃあ取れてるはずだろう!?
なら、この2って数字はおかしいんじゃないのか!?」  

もう、言ってくれ。
頼むから、頼むから。

俺を楽にしてくれ。

4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:09:36.41 ID:MjlwuLGg0

ミ,,゚Д゚彡「……。何も弁解出来ないんだな。
もういい。早くするべきだったんだろうが……」

('A`)「……」

そう。
その言葉の続きを――。

ミ,,゚Д゚彡「今日付けで、クビだ。もう明日から来なくていい」



……あれ。
なんでだろう。
スッキリして、心に喜びが広がると思っていた。

なのに、何も生まれない。




俺は、会社『スクイズ商事』をクビになった。



('A`)にはノルマがあるようです 第一話 『上司』

6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:10:56.05 ID:MjlwuLGg0

この会社に入社して、4年。
まあ、未練なんて無い。

友人はネット上にしかいないし、恋人もいない。

これからどうしようか。
俺みたいな、資格も学歴も無いような人材を求めている会社なんてどこにもないだろう。
貯金が無くならない内に、日雇いのバイトを見つけて、なんとか食いつなぐしか……。

('A`)「……ありがとうございました」

『……』


小さなダンボール箱を抱えて、ドクオはビル内にある商事から出て行く。
その背中には、力が篭っていなかった。

トボトボと、器だけが歩いているようであった。
ビルから出ると、秋に入る前の明るい太陽が、ドクオの体に降り注ぐ。
少し目を顰めて、そのままビジネス街に消えていった。

時計をふと見る。
『11時30分』

時間も時間か。
周りを見渡すと、スーツを着た人間がたくさんいた。

9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:12:14.48 ID:MjlwuLGg0

('A`)「あ、俺もか」

でもそれも今日まで。
明日からは、昼に起きて、朝に寝る。
そんな生活が始まるんだろう。

('A`)「すっすいません」

何回か肩をぶつけ、小さく謝る事を繰り返し、駅へと着く。

そして、いつものように定期をパスケースを鞄から取り出したその時、
急に会社をクビになった実感が沸いてきた。

余っている定期の日付。
『2ヶ月と13日』も余っていた。

('A`)「はぁ……」

帰ったら、仕事関連の書類は全部燃やしてやろう。

そうだ。あのアパート近くの銭湯の焼却炉に全部入れて……。
フサギコ部長の写っている慰安旅行の写真も一緒にだ。

そんな事を、ドクオは考えながら、電車に揺られていた。

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:14:00.44 ID:MjlwuLGg0

『次は、ウツダ町。ウツダ町。テンゴク線は、乗り換えです』

ドクオが住むアパートがある街は、会社から30分程『ニチャン環状線』に乗った所にある、ウツダ町。
駅前の風俗街が大きいことで有名である。

人の少ない車両から乗り降りて、改札を……。

通ろうとしたその時、ブザーが鳴り、バーが出てきてドクオの行く先を遮った。

(;'A`)「え゛」

どうやら機械の認識ミスだったようだ。
泣きっ面に蜂。とまではいかないが、やはり悪い事は重なって起きるようだ。
駅員の平謝りを受けて、そのままドクオは地下の駐輪場へと足を運んだ。


悪いことは、重なって起きる。
泣きっ面に蜂。

――だが。ここまでは、普通だった。

いや、会社をクビになるだとか、肩をぶつけて怖い顔されたりだとか。

さっきみたいな事は『普通』じゃないが、
今から起こる事物の前では『普通』であったのだ。

12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:15:57.44 ID:MjlwuLGg0

('A`)「……」

地下の駐輪場。
緑色に淡く輝く蛍光灯に照らされる多くの自転車や、ミニバイクがある。
だが、今日は違っていた。

人がいない。
いつもいる、あの髭を蓄えた白髪混じりのおじいちゃんもいなかった。
それどころじゃない。
人っ子一人いない。正にこの表現が正しかった。

何か見えない怖さを感じながらも、自転車の場所へと歩いていく。

(;'A`)「……ひっ」


大きな駐輪場の隅に、ドクオの自転車は置いてある。
そこには自転車はあった。
確かにあった。

13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:17:38.57 ID:MjlwuLGg0

あったが、大きく歪み、赤い何かがついていたのである。
すぐにその『赤』は何かがわかった。

『血』

いや、血だろうか?
うん。たしかに血だ。

そして、徐々に震えてくる手足を動かさずに、首だけを動かし、右……左と見渡す。
『血』の他にも、得体のわからない『何か』がある事はわかった。
すぐにでも逃げ出して、駅員にすぐにでも伝えようとした。

だが、足が動かない。
声が出せない。

目を、瞑れない。
現実からは逃げられない事を知った。

目に映った事を、知らないようにしたかったんだ。
頭から消そうとしたんだ。

でも、消えなかった。
もう一度見てしまいそうだ。

もう、次に見れば『確実なもの』になってしまう。

14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:18:56.24 ID:MjlwuLGg0
(;'A`)「はぁっ……!はぁっ……!!」

汗が額を、頬を、首筋を伝う。
喉に唾液が溜まり、時折咽そうになる。

ドクオは、自転車についてある血液を目で追っていってしまう。
その先には、先程記憶から消そうとした『モノ』。


頭が割れ。

じゃがいもを湯で解した様な物が流れ落ち。

胸に大きくほじくられた跡が残る。


死体。


その人物は。

紛れもない。


ドクオの上司。


フサギコ。

フサギコの死体がそこにあった。

17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:21:17.03 ID:MjlwuLGg0

(; A )「な、なんだよこれ……。なんなんだよ……」


ドクオの中で『確実なもの』となったそれ。

その死体が目からはなれず、体の中から、何かが口を介して飛び出ようとする。
咄嗟にダンボールを地面に落とし、口を押さえる。

体をくの字に折り曲げ、蹲り、嘔吐を我慢していると、後ろから声が聞こえた。

『死体に決まってんじゃん』

(; A )「う゛ぁっおぇえぇ!!」

急に背後からした声に、驚いてしまい、その拍子に吐いてしまったドクオ。
咳と同じタイミングで出してしまったのか、鼻からも吐瀉物がたれ流れていた。

そんなドクオを見て、嫌味なのか、鼻で笑うような顔をしている男。
ドクオは弱り目で、その男を見た。


( ・∀・)「そいつ、お前の上司だろ?」
(;'A`)「……」

死体に指をさし、ドクオに訊ねる”その男”。
全身に黒のスーツを身に纏い、一見風俗街の黒服にも見える。

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:22:41.34 ID:MjlwuLGg0

だが、ドクオの目に映るその姿は、明らかにそれでは無かった。
少し目を凝らせば見えそうなくらいに、その男は黒い。
それだけは、ドクオであろうともわかっていた。

死体の恐怖より、密度の高い恐怖。

(;'A`)「なっ…、何者なんですか!?
    あなたも……、うぇっ…フサギコ部長も…」

蹲り、男を見上げるドクオに近寄り、肩をポンと叩くと、男はこう答えた。

( ・∀・)「俺は、モララーだ。こいつは、お前の上司だ」
(;'A`)「……」

モララー。
何だろうか、どこかで聞いたような名前だった。

だが、今はそんな事を考えられている状況ではない。
目の前にある上司の死体。この男。


そして、なぜか人がいない地下駐輪場。

( ・∀・)「さて……と。あんたはこいつに今日、クビを宣告された。違うか?」

血なまぐさいこの空間で、淡々と話を進めようとするモララー。

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:24:32.13 ID:MjlwuLGg0

時たまビクリと動く、元上司の体を、
目の端に入れながら、ドクオは気力を絞り耳を働かせる。

もう何が起きているかも把握し切れていないこの状況では、
このモララーという男の言うことが正しいような気がしてくるのである。

(;'A`)「はぁ…はぁ……」
( ・∀・)「な?そうなんだろ?でも今こいつは死んでしまってるんだよな」

耳元で、小さく、小さく声を放つモララー。
その言い方は、まるで赤子をあやすかのよう。
混乱しているドクオの頭の中に、きっちりと入っていくように一言一言はなしていく。

( ・∀・)「でよぉ、こっからが本題。今日クビにされた……えっと、ドクオ。
      そして”なぜか”ここにいる”元”お前の上司。
      このまま俺が帰って、お前が腰を抜かしたままここにいるとする……」

(;'A`)「……」

ジリ……。
革靴が、地面の砂利を踏みしめる音。

22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:26:15.87 ID:MjlwuLGg0

( ・∀・)「今は『1時45分』だ。お前がこいつからクビ宣告を受けてから約二時間。
      ……二時間あれば十分だな。ああ十分だ」

(;'A`)「……本当に、なんなんですか……?」

( ・∀・)「何か答えてやる前に、一つ質問だ。こいつが、憎かったか?」
(;'A`)「……?」

何だ?
一体こいつは何を言っているんだ?

もう……、何もかもわからない。
仕事をクビになって、落ち込んで家に帰っている途中だった。

そうだ。
途中だったんだ。

俺はこのまま家に帰って、次の仕事の事を考えて……。
チャットでみんなにクビになったこと笑って伝えて、仮初だけど励まされて……。

それで済むんじゃなかったのかよ……。

あれ?

なんで、なんで部長が死んでるんだ?
俺をクビにした部長がなんで死んでるんだ?

24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:28:00.74 ID:MjlwuLGg0

……。

…………。

………………。


おい。ちょっと待てよ。


こいつが死んで、よかったんじゃないか?
どっかで喜んでるんじゃないのか?


俺。


(;'A`)「……はっ!」
( ・∀・)「ほら。憎かったんだろ?お前の口の端。ひどく歪んでたぜ?」

ドクオの心を読んでいるかのように、するりするりと口から言葉を紡ぎだすモララー。
話術というのは、こういうものなのだろうか。
そうドクオは考えた。

( ・∀・)「憎かったんだろ?『はい』か『いいえ』か、どっちだ?」
(;'A`)「…はっ……はい」

( ・∀・)「そうだろうそうだろう。だから、お前にいい事を教えてやる」
(;'A`)「いい事……?」

28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:29:50.89 ID:MjlwuLGg0

( ・∀・)「いや、いい事では無いかもしれないな。持ちつ持たれつ……だからな」

意味不明の独り言を繰り返すモララー。
気付けば、ドクオも近くにある死体に慣れてしまっていた。

( ・∀・)「ああ。言い忘れてた。こいつ『吹き返す』ぜ。
      さっきから5分……。そうだな、あと15秒くらいか?」

(;'A`)「……えっ」

突風が吹いたかのように、ドクオとモララーの服をなびかせて、衝撃が地下駐輪場を伝う。
恐怖のあまり頭を抑えて丸くなるドクオ。
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、腕を組んでいるモララー。

……何が、何が起きた?

いや、違う。
何が起きるんだ?

(;'A`)「……!!」

( ・∀・)「ほらほら。お前の目の前。
      汚らしい”内容物”をダラダラと流しているお前の元上司が……」

29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/16(日) 23:31:31.28 ID:MjlwuLGg0
紫色に輝く光が、男の死体を包みはじめる。
ギチギチと、何かが詰まるような音を立てて。

立ち上がった。

(; A )「ひっ!!!うわぁああぁあぁぁあ!!!!!!」
( ・∀・)「そんなにいいもんじゃなかったみてぇだな。お前の上司。」



( ・∀・)「すげぇ臭ぇ」

∴※Дж彡「……業セきを……あゲろ」
(; A )「たっ!!!助けて!!!助けっ!!」

( ・∀・)「よーく見とけよ。お前、もう戻れ無いからな」


( ・∀・)「こいつは紛れもなくお前の上司。だけど、ちょこーっとだけ違うんだぜ?」


何が起こったかなんてわからない。
無知だとか、そんなものでもない。

俺は、知らない、黒い世界に足を踏み入れさせられてしまったんだ。


('A`)にはノルマがあるようです 第1話 『上司』 完


  次へ戻る inserted by FC2 system