3 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:17:00.69 ID:+bxalQSW0
あの日、tanasinnからの"警告"を受けた。
自分の体の奥深く、薄紫色をした、ケロイドのようなものにも見る事ができるそれでは無くて、もう一つの、双子の片割れとでも言えるものからだった。ただ、その時に抱いたものは、純粋な恐怖や、マイナスなものだけではなくて、
何か悲しいような、少しこちらが手をさし伸ばしてあげれば届きそうな、向こうからの歩み寄り。
もしくは、助けを請う、むせび泣くような息が薄い声のようにもとれた。

一秒、いや、それよりも早い瞬間で、一面一面違う顔を見せる。それももう慣れていた。
だが、決して慣れたいという訳では無かった。

非現実に適応する人間は、いずれか日常から外れていってしまう、そんな風に思う節もあった。
そうなってしまったであろう人を、目の前に何人か見ていたから。
しかし、その日常から外れていった人達に、少し格好良いとも思っていたのだ。

( ∵A∵)『……これで終わりなんて、なんかあっけない感じもします』
( ・∀・)「まあ、そうだな!! でもよ、そのゲートくぐれば、すぐそこに真っ当な世界が広がるって訳だ!!」

こうやって、目の前にいる。
非現実が、現実となってしまった人を。
そして、そう考えている自分もそうだということにも気づいていた。

でも、そんな事を考えると、また自分の中の薄紫色の部分が飛び出そうで、抑え付けているつもりが、抑え付けられてしまいそうなそんな気がして、
グッと心の中で歯を食いしばった。現実逃避でも何でもいい、終わるまでは、こうやって顔をそむけようと思っていた。


5 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:19:08.60 ID:+bxalQSW0
恐らく、あの刑事もそんな事を考えているのかもしれない。
もしかしたら、向こうの思考が、こっちの思考とリンクしているのかもしれない。
そんな下らない考えが、浮かんでは消え、浮かんでは消える。
ぐっと、視点が遠くに離れる。

( ∵A∵)『もらラーさん』
( ・∀・)「なんだ?」

くそっ。痒い、ものすごく痒い。
近づいてきているのがわかると、我慢が出来なくなる。
好奇心が、とめどなく体の芯に染みていくのがわかる。精神的にも、肉体的にも、敏感になってしまってしょうがない。
体の裏側、絶対届かないその場所が痒い。

決して一人では掻くことの出来ない、誰もが、誰かを欲して悦に浸ることの出来る場所が。
それは、知りたいという欲の一つ。
聞きたいとは思っていたが、なぜか自分のフィルターにバチッと引っかかってしまい、口から言葉にして発し、人に伝えることの出来ない事。

( ∵A∵)『フサギコを……、殺しタんですカ?』


空白。


もやがかかる視点から見るモララーは、ばつが悪そうな、そんな顔をして頭を二、三回軽く掻いた。
ふぅ。そう、耳に聞こえる程のため息を一つつくと、ドクオの方を向き、少しだけ口をゆがませて、こう言った。

( ・∀・)「……ごめんな。今は答えられない。でもよ、ちゃんと言うからさ」

7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/24(日) 11:20:40.75 ID:+bxalQSW0
その答えは、誰が聞こうとYesにとれる。
だが、それ以上追求はしない。終われば全て聞かせてくれるだろう、そう信じているから。
出会って、それほど間もないし、信用しきれる関係とは自他共に言い難い。

しかし、何か見えないものがあったし、それを手繰れば笑顔になれるような気が、ドクオにはしていた。
触れるに触れられないという表現が、正しかったような気がする。

( ∵A∵)『……そうデすか。じカんは大丈夫デすか?あと2時間きりマしたね』
( ・∀・)「だな。よし、待ち伏せするぞ」

なぜか人気が無く、生気の感じられない二輪車がずらりと並ぶ、地下駐輪場へと足を踏み入れる。
いつもなら深夜まで開いており、係員が必ず4人程はいるのだが、tanasinnのせいか?人っ子一人もいないのだ。
その癖、電気はしっかりと点いている。不思議な空間。仕組んでいたが、仕組まれていたように感じる。
明るい空間に感じる怖さというものは、新鮮なものであった。

( ・∀・)「――でよ、ここまで来ちまったわけだ」

そう言って、立ち止まる。
気づいて見回せば、あの日、あの時のあの場所。歪んだ空間があった、コンクリート壁の箱の中。ひんやりとしている。
だがその景色も、もうあの時とは違って、少しtanasinnに齧りとられているようで、ほんの2ケ月程前の出来事なのに、鮮明に浮かばない。
もうこの部分は食い散らかしてくれても構わないな。などと、ドクオは一つ心の中で頷いた。これが終われば、全て忘れたい気もする。

もちろん、忘れたくない事も多い。間違いは無い。

8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/24(日) 11:22:13.09 ID:+bxalQSW0
しかし鼻をつく過去の香り。
灰色をしたコンクリート、色々な色を塗られた自転車の金属の安っぽい臭いに紛れ込んだ、あの血の臭いが。

グルリと見回す。
少し体が震えた。よくよく考えれば、自分が今から、ここで一人の人間を殺すんだ、そう考えていた。
恐ろしい事を、頭の中に描いていると。だけど、それは仕方が無い気がして、自分の中でそれを肯定してるような気がして。
そしてモララーを見る限り、顔色一つ変えていないということは、それなりにその筋の経験があるという事なのだろうか。

頼もしく感じてしまった。

( ・∀・)「さぁて、待つか。殺す条件、わかってるな?」
( ∵A∵)『……厄介でスね。tanasinnを引きずり出して、tanasinn、刑事の順番で殺さないといけないなんて』
( ・∀・)「だな。お前に人殺しは極力させたく無い。巻き込んだ俺が、本体の方を殺す。だから、tanasinnは頼んだぞ」


9 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:24:08.18 ID:+bxalQSW0
――――
―――
――

もう一人のtanasinn持ちから、宣戦布告とされるメールを、ドクオが受け取ってから1ヶ月と少し。
ドクオが、もう一人のtanasinn持ちを感知できるようになってから、2週間と少し。
そして、ドクオの死亡猶予期間は、残り約20時間となっていた。

感知できるようになってからの2週間。
ドクオ達は、24時間体制でゾウリ総合ビルの入り口を見張っていた。
もちろん、理由はドクオが向こうの存在を感じ取る事ができるようになったから、である。
ドクオが感知できるのであれば、向こう側も感知できると考えて正しい。
ジョルジュ、ペニサス、ミセリ、モララー、ノルノ、そしてドクオ本人で、侵入可能なゾウリ総合ビル正面玄関前を24時間押さえた。
ドクオが言う痒さというものが、向こうにもあるならば、確実に向こうは襲ってくるだろうと考えたから。

('、`*川『それにしても、驚きよね。あなた、tanasinnにより深く侵食されているのにも関わらず、正気を失わないなんて』
('A`)『……。こ、怖い事言わないでください』

ミセ*゚ー゚)リ『やっぱり、もう一人のそのtanasinnを持つ人って……』
('、`*川『推測の域を出ていないけど、自我を乗っ取られている可能性があるわ。もしかしたら、その乗っ取られている時間も、
     決まった時間のみの侵食かもしれないし、散発的に起こる発作的なものかもしれない。それもわかったのはごく最近。
     ……知ってて資料を渡さなかったあなたが悪いのよ?モララーちゃん』

(;・∀・)『ちゃん付けは止めろって言ってんだろ……。悪いと思ってるよ』

10 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:27:02.65 ID:+bxalQSW0
( ゚∀゚)『まあ、お前はいっつも肝心な事を最後に言うからな。俺達は本当に信用されてるのか、不安になる時があるぞ』

( ・∀・)『……すまない』
ノル゚-゚ノ『ミセリさん。ドクオさん。お時間です。この錠剤を呑んでください』

昔から、情報を多く知るものというのは、長く生き永らえることが出来ない。
出来たとしても、それは極少数。取捨選択を胸に常に置いており、何が大切か、誰を信じるかを重んじてきた人間。
それは、誰にでも出来る事ではない。
戦国に生きた知将であっても、現代戦において百戦錬磨なブレインであってもだ。
何か、何か一つでも歪が生まれれば、そこから一気に下り落ちる。
知あるものは、知の強さしか誇れない。知あるものは、武を極められない。

( ・∀・)『でもよ、きっちりと約束は守るもんだ!!ドクオも、もちろんお前ら皆守ってやるってんだ!!』
(;゚∀゚)『は、はぁ……』

(;・∀・)『あ、あれ?空回りしてる?』
('A`)『ははっ』
ミセ*;゚ー゚)リ『お兄ちゃん相変わらずだね』

11 :Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:27:51.30 ID:+bxalQSW0
モララーは、全てを背負おうとしていた。我侭だと言われても、強欲だと言われてもいい。それも一生懸命だ。
時には空回りもするし、それも人間だから仕方が無い。

( ・∀・)『じゃあ俺、表見張ってるぞ』

モララーは、全てを背負おうとした。ドクオや、仲間を巻き込んでしまった責任も。
関係の無い、過去の柵、人間が人間に抱く、濃くて深い悲しみでさえも、全て。
全てを背負おうとした重荷だったのかもしれない。
モララーは、仲間へ言っておく事が、あまりにも少なすぎた。


だが、その男には悔いは無かったようだ。
最後に見せた笑顔は、清清しいものであった。





('A`)にはノルマがあるようです 第13話『ラスト・グッバイ』

14 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:32:14.82 ID:+bxalQSW0
安物の革靴が地下の駐輪場の、コンクリートを踏む音が響き始めた。
その少し前から、ドクオはその存在に気づいていた。近くに来るにつれて、相手の息遣いから、心音。

もしかしたら、もっと近づけば、ちょっとした体の不具合までわかりそうな程、その対象に敏感になっていた。
距離が縮まるにつれ、その感覚と共に恐怖感が徐々に強まってくるのも感じた。
右手をぐっと握り締め、拳を作る。中はすぐに蒸れて汗ばむ。

来るべき時が来た、というものなのだろうか――。

( ∵A∵)『きマすね……』
( ・∀・)「お、おおそうか。とりあえず、ここは地下駐輪場の入り口から見えない場所だ。落ち着け」

この地下駐輪場の入り口は、二つある。
一つは、利用者達がスロープを使って自転車を入れ込むメインの搬入口。そして、自転車を置きおえた人たちが出る為の、出口が一つ。
それともう一つ、駅と直結しているエレベーターがあるのだが、入る際、管理室の窓を破り、キーを入手して、そのままエレベーターの電源を止めた。
よって、侵入してくるとしても、二箇所のどちらかになり、その二つの浸入口は向かい合って存在している。

( ∵A∵)『どうするんですか?』
( ・∀・)「まず……。もう卑怯とかそういう事は考えない。とりあえずアイツの足でもぶち抜いてやる」

それもそうだった。
生きる為には、汚い事だってしないといけないんだ。
汚れたって、涙を流したって、生きていればどうにかなるもんだ。そう、あの時思っていたんだから。
揺らめく紫色の世界。体の芯が浮いてしまって、どこかへ風が吹くと飛んでいってしまいそうなあの感覚の中で。

15 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:36:04.75 ID:+bxalQSW0
( ∵A∵)『え……えげツないですね』
( ・∀・)「しょうがねぇんだ。俺もお前も、まだ生きたい。そうだろ?」
( ∵A∵)『……ッ』

何も答えないドクオを、モララーは見て少しだけ笑った。
生きたいです。なんてそんな青臭い事は言えない、ドクオの性分を知っての微笑みだったのだろうか、それはさだかではなかったが。
そして、もう一度。ドクオのパーカーのポケットの中に入っている拳銃について、念を押した。

すると――。

( ∵A∵)『……聞こえましたか?』

小声で、ドクオが耳打ちをする。
モララーは何も言わず口をつぐみ、首を縦に振った。
中に着たシャツに括りつけたホルダーから、半自動拳銃を取り出し、レバーを外す。
カチッと、軽い金属の音が鳴り、モララーの額に汗が一筋だけ流れた。モララーにも、何かがいるその存在はわかっていた。
一歩一歩、迫り来る感覚。中の物を押しつぶされそうな気分になっていた。一種の吐き気のような、嫌悪感。

16 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:38:14.53 ID:+bxalQSW0
(;・∀・)「……はぁ、はぁ……」
( ∵A∵)『……モララーさん!!!』

足元を、深い緑色をした粘液のような"霧"が這っていた。
『ひっ……!』モララーが、そう小さく声を上げると、それに反応するかのように、その霧がモララーの体を狙いすまし飛び掛る。
その霧は、液体と気体が混ざったような、中途半端な形状を取っていた。それがモララーの履く革靴にスルッと取り付く。

( ∵A∵)『……ぅッ!!!』

手にナイフを意識し、ぐっと握ったその意識の塊で霧を切りつけた。
モララーの体自体に触れる前に、分断する事に成功したが、その音、声、感覚が、向こうに伝わった事になった。
輝く目が、こちらを向いたのがわかった。
モララーは体を震えさせていたが、それを我慢して、カチカチとなる歯を食いしばり、拳銃をその手から離すことは無かった。
なぜそこまで触れることを怯えるか、それはモララーが一番よくわかっている事であった。
健常な精神を持つ人の精神に介入し、一瞬にしてのっとり、破壊する。人間に適応する、インターネット内にも適応する事の出来る、最強、最凶のウィルス。

そして、賢いモララーは、そのtanasinnの恐ろしさを身をもって再認識した。
あの日に起こした、ドクオの上司のtanasinnとは全然違う、親の怖さ。元凶の強さ。全てを上回るものを感じ取った。
何がここまで恨みを増幅させているのか。何がここまで人をこう動かさせるのか。


17 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:39:57.28 ID:+bxalQSW0
(; ∀ )「くそ!!糞ッ!!!糞ォォ!!!」

だが、引く事は出来ない。頭の中に広がる怖さを、家族を守る為に打ち消す。
ミセリ、ツン、ジョルジュ……。ずっと、一緒に生きてきた家族。助けられないまま、死ぬわけにはいかないのだ。
そして、ドクオ。

死にたくない。

その前に、守りたい。
死ぬ前に、守りたい。

(; ∀ )「ちっくしょぉぉぉ!!!」

銃口を、目を輝かせている男に向けて二、三発撃つ。
硝煙が立ち昇り、小さい頃嗅いだような臭いが、周囲に立ち込めた。ドクオは、その音に驚きつつも、ナイフを右手に構え、相手にじりじりと近づく。
距離は、自転車列を二つはさんだ向こう。弾丸は、二発は自転車のボディに当たり、そこに減り込んだようだ。
そして、もう一発は、刑事の目の前に浮いていた。
信じられないが、言葉のとおり、霧……、いや、tanasinnが受け止めていた。

( ∴∋∴)『待ち伏せしとイてそれカい!!』

男は、右腕を上に上げる。
すると、地下駐輪場、全ての蛍光灯が、爆発するかの如く弾けとんだ。

18 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:42:22.53 ID:+bxalQSW0
( ∵A∵)『……!!』
(;・∀・)「電気を……」

パラパラと、頭に硝子の破片が降り注ぐのがわかった。
だが、その欠片も掃っていられないほど、張り詰めた緊張感がそこにはあったのだ。目を一回でも閉じれば、次にはもう同じ景色が見れなくなっても不思議では無い。
まるで日本刀を持ち、殺すか殺されるか……。一対一で対峙している様な、そんな感覚。
こっちは二人いる。二人いるが、何かが違うのだ。
それが飢餓感とわかるまでは、まだもう少し時間がかかった。クックルは、自分を捨てて、その空いた腹を埋めようとしている。
手段は選ばない。野性的な勘で動いている。頭で動く前に、体で動くのだ。その点が、一番二人とは違う。
薄い理詰めでは、どうにも止める事が出来ない。
相手は鼻で場所を探り、息の根を止めようと伺い、実行してきているのだから。

( ∴∋∴)『光はあト、あの非常口の光だケ……。お互い目が見えンのは承知やデ。けどなァ、俺には見えル』

クックルが、一人語りを始める。
黙って、息を飲んでその場にいるしか無かったのだ。

( ∴∋∴)『こウやってナ、この力が手に入ってから、わしはかわッタで。偉い世界を見るメが変わった。
       これがアる限り、俺は強者でアりつづけるんや。わかルか?お前達ナんかよリ……ずっとヤ』

19 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:46:27.56 ID:+bxalQSW0
(; ∀ )「……お、思い過ごしも!!!いい加減にしやがれ!!!」

拳銃をいるであろう方向に一発撃ち込む。
暗闇の中で、目だけが輝いていた。

その輝きが、くるりとこっちを向くのを、モララーは感じた。後ろ手で、壁がどこにあるかとっさに探す。
少し、一歩二歩後ろに下がり、自転車のサドルに手が触れる。それを伝って、ジリジリと右側へと移動を始めた。
もちろん向こうには、この滑稽な姿は丸見えだろう。先ほども考えていたとおり、形振りなんて、やり方なんて関係ない。

( ・∀・)「暗闇だとしても……!!ドクオ!!!」
( ∵A∵)『はイ!!』

あれから、ずっと練習していたナイフの使い方。刃を自分の方向へ向けて、爛々と光る目に"目"をやる。
ここは相手の独壇場などでは無かった。むしろ、細工を施す事の出来る時間が十分あったのだ。それこそが、残されたチャンス。
コンクリートに背を当てたモララーは、ちょうどクックルと真っ直ぐ。直線状にあたる場所にたどたどしくも移動する。
伝う手の元でカチャカチャと音を立てて、給水口に置いておいたスタンドライトに光をつける。
それくらい、想定の範囲内だと言わんばかりのモララーの笑みが、クックルに映る。すると、クックルはすぐにその右手をスタンドライトに向けた。


20 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:48:44.80 ID:+bxalQSW0
( ∴∋∴)『なメた事しくさりやがって……』

手に力を入れた瞬間、紫色の塵がクックルの体を伝った。
途端に、動かなくなる体。支配されていくこの感覚、あの日、自分の頬を駆け抜けた塵と似た感覚を背筋に染み込んでいく。
すぐ隣に、ドクオはいた。憎たらしい奴だ、と小さく口でつぶやく。
ライトが点いたのを確認すると、近くまで走って駆け寄り、tanasinnをクックルに当てたのだ。

2段階用意された作戦が成功し、少しだけドクオは安心する。
そして、動こうと力み、振るえるクックルの首筋。細い血管の一本をプツッと切り、ナイフを当てる。
赤い血が、サーッと流れ、ドラマなどで刑事がよく着ているような、少しこけた色のコートにポタポタと落ちていく。

(;・∀・)「お、おいドクオ!!お前は"しなくてもいいんだ"!!」

クックルがドクオをぎぬろと睨む。少し怖気そうになったが、ドクオは目をそらさなかった。
そして、tanasinnで体を制御している体。首筋に当てたナイフ。
そのとどめにと、左手でパーカーのポケットから拳銃を取り出してクックルの左わき腹にあてる。

( ∵A∵)『……オとなしくしていて下さい。あなタを殺すんじゃナいんです。あなたの体にとりツいたのを……ころスんです』
(;・∀・)「止めろって……。何言ってんだよ。おい!!!お前!!!何言ってんだ!!」

ドクオの言い方から、その思惑がモララーに伝わる。
助けようとしているのだ。この男を。それは、一番の誤算。間違い。
元と、その宿主を殺さないと意味が無いのだ。どちらかが、どちらかの宿主を殺さない限り、tanasinnはこの世から消えてなくならない。
そう、あのノートに書いてあった。最後の、最後のページに。

21 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:53:25.46 ID:+bxalQSW0
( ∴∋∴)『……。お前が、お前がこの世の創造主なら、なぜここまデ酷い仕打ちをする』
(#・∀・)「ドクオォォ!!!止めろって言ってんだよ!!!!」

クックルの上部に、緑色の塊が現れ始める。
それに呼応するかのように、ドクオの上にもそれが、モクモクと湧き上がる。
この光景を、この行為の危険さをモララーは知っていた。あの時と同じ、ミセリを助け出したのと同じなのだ。
ドクオの精神は、果てしなく弱い。それでは、何も解決しないというのに、誰も幸せになれないというのにだ。

モララーは喉が枯れそうなほど大きな声で叫ぶ。その場に行って止めたかった。だがその足は動かない。体も動かない。
動くのは首の上からだけで、その場で氷付けにされたかのように、ピクリとも動かなかった。ただ、情け無いくらい手足の感覚だけがあった。

(  ∋ )『お前がこの世の創造主なら……。なぜ、なぜ私達に喜びを与えない』
( ∵A∵)『……ぐぅぅぅっ!!!』

上空に浮かぶ霧が混ざり合い、一つになっていく。
陰と陽が交じり合うかのように、磁石のSとNが交じり合うかのように、その正反対の事物は一つへとなっていく。


ドクン……。


空間に、血の一滴が染み渡るような音がした。
その音と同時に、ドクオとクックルが倒れ、モララーに動きが戻る。

フラフラと、二人の元へ歩いていくモララー。
なぜか全身が筋肉痛になったような、鈍痛が響き渡り、足も覚束無かった。


23 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 11:58:25.70 ID:+bxalQSW0
……いつだってそうだ。肝心な時に何も出来ない自分が、またそこに、いや、ここにいた。
歯を食いしばり、目を瞑る。苛立ちが頭の先にまで駆け抜けるのを体で認識したモララーは、怒りをどこかへぶつけない様に我慢しとおした。
声を出しても止まらないのなら、自分には何も出来ないと知ってしまった以上、これ以上の無力を痛感することは無い。

右手に握った拳銃の弾数を確認する……、後3発。予備の弾倉は1つある。十分だった。

倒れているクックルに拳銃を構える。慣れているのに、手が震える。これは鈍痛のせいでは無いことはわかっていた。
何回も、何回も心の中で悔しがる。
クックルを殺せば、あとはドクオがもう一つの親のtanasinnを喰うだけなのに、それだけなのに、それが上手くいかない。
決して上手くいかないのをドクオのせいにはしたくはなかった。ドクオの考え、決断なのだ。
それがドクオにとって最善の手段であるならば、自分は手出しをするべきでは無いと考えた。

(  ∀ )「……でもよぉ、でも……。お前の優しさが、すげぇ痛ぇんだよ」

あの日、フサギコを殺した日に会った男の事。
ドクオにクビを宣告した、後の休憩時間に攫い、背中に拳銃を押し当てた。
はぁはぁと声をあげながら冷や汗、脂汗を垂らし、自分の身の危険を感じている人間を、躊躇無く撃ち殺したあの日。
あの時の自分から、何か変わっただろうか?



……いいや、変わっていない。

24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/24(日) 12:01:03.20 ID:+bxalQSW0
人から貰う優しさは、凄く痛い。それが怖い。
だから人に優しさを与えよう。そう決めた。
だから家族を守ろう。無限大の愛の印として。

( ;∀;)「痛くてよぉ……。引き金一つ、引けやしねぇ……」

だから、決めた。
今、決めたんだ。

――――
―――
――

( ∴∋∴)『……。うマかったぞ!!!ふハ、ふひハははハ!!!』

ドクオが……いや、家族が無事なら。

( ・∀・)「最後の晩餐には相応しかったかい?」
( ∴∋∴)『そうダな……。このすッキリした気分ニは、デザートがほしイな』

もう俺は死んでもいい気がするんだよ。
諦めとか、そんなんじゃない、決して。

( ∴∋∴)『さあ、にゲろ。動かない的はツまらんからナぁ!!!!』

口調が違っていた。
完全に乗っ取られたんだろう……、ドクオは死んでいるかどうかだけが気がかりだった。
だけどもう、確かめている時間も何も無いようだ。

26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/24(日) 12:03:52.33 ID:+bxalQSW0
tanasinnが、クックルの体を包み込み、肌が緑色に変色していく。
熱を加えた鉄のような輝きを持ち、艶やかな色をした緑の体が、クックルの黄色く輝く瞳をよりいっそう不気味に立てていた。
モララーは、逃げようとしない。むしろ、挑発しているような態度にもとれた。
クックルがじわじわと距離を詰めてくるが、気にも留めない。

( ∴∋∴)『しニたいのか?抵抗もシないで、何がエられるというのだ』
( ・∀・)「優しさ……」

( ∴∋∴)『……!!』
(#・∀・)「そうだよ!!優しさだよ!!悪いか!!」

一気に駆け出すと、クックルの肩へと飛び乗る。
軽い身のこなしで、そのままクックルの頭と肩に足を乗せると、モララーはそのまま頭に向かって拳銃を撃ちはなった。
ズボズボと、三発の弾丸が頭を貫通し、クックルは鼻と耳から血を噴出す。噴出すその色は、群青色で、もう人間では無いということを再認識させた。
ビクビクと体を震えさせ、その場にクックルが倒れる。しかし息は途切れない。すぐに起き上がると、モララーに襲い掛かった。

(; ∀ )「ぐぅあぁああぁ!!!」

一瞬の出来事。
モララーの左腕を強烈な手刀が打ち切る。打ち切るというよりは、ちぎりとる、といったような断面であった。
すぐさま、赤がコンクリートを染める。そして人間の肩から離れたその腕は、勢いよく水の出るホースの先端のように、
ボトボトッと動きに緩急をつけたままコンクリートへと落ちた。その狭い空間は、人外と、人間の流す生の液体によって色づけられ、臭いが充満していく。
怯むモララーの首根っこをつかみあげると、そのまま腹に、その手刀を突っ込む。大きく体が一つ波打つ。
口から夥しいほどの血液を逆流させると、モララーはそのまま動かなくなった。

27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/24(日) 12:04:26.36 ID:+bxalQSW0
( ∴∋∴)『いいデザートだッタ。ふひハは……くひハあは!!』

そして、その首から手を離し、腹に突き刺さった左腕を抜こうとするクックル。
しかしその腕は、何かみっちりとしたものがつっかえていて抜く事が出来なかった。
筋肉だろうか?グイグイと徐々に締め付けていく。

( ∴∋∴)『……? なンだ?』

すると、何かが気体が抜けるような感覚がした。
クックル……、いや、tanasinnは少し上を向く。


( ∴∀∴)『……アめぇよ。馬鹿』



親のtanasinnが見た最後の光景は、死体から飛び出た、人の形をした塵の塊。
強力な思念が生み出した、恨みの塊。tanasinnであった。
その手と思しき部分には、ドクオと同じ、紫色をしたナイフがキラキラと輝いており、逆手に持ったそれを、胸に突き刺そうと構えていたのだ。
モララーは、クックルと対峙する前に確認をさせた。

『お前に人殺しは極力させたく無い。巻き込んだ俺が、本体の方を撃ち殺す』

そう、確かに言っていた。
最後の最後に、自分がやろうとしていた目標を達成させたのだ。
だが、その後に言っていた、tanasinnを任せるという発言は、意とは違う結果になってしまったが、胸に深々と、
恨みのナイフを突き刺すモララーの顔は、笑顔だった。震える男の体を、全て止めるために、その力を緩めることは無かった。


28 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 12:05:59.14 ID:+bxalQSW0
( ∴∀∴)『……』

ボトッ。
生々しい音を立て、その場に二つの死体が倒れこむ。自分の死体を、少し離れた真上から見るなんて事は中々無いだろう。
死を確認した時でさえ、そんな気軽な事を考えていた。今気持ちの中に浮かぶものは、特に無かった。
それでも、なぜかドクオに謝らなければいけない気がして、モララーを象った霧は、少しずつ砕けていく。時間が無い。だが、なぜか声も出ない。

ああ……。
それでも全ては叶わないのか。

でも……。
でもだ、俺の願いは叶わなくとも、俺以外の願いが叶うならば、それもいい。
俺を除いた願いなら、叶うのは容易いものだと思うから。
消えていく命の事は気に留めないで欲しい。
特定地域だとか、宗教だとか、金、権力。
鎖は全て断ち切ったはずだから。

――――
―――
――

29 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 12:08:04.28 ID:+bxalQSW0
音も無く崩れていく二人の体を、ドクオは見る事が無かった。
目を覚ますと、少し朝日が差し込もうとしていた朝の5時。場所は駅前のベンチ。あの後何が起きていたか覚えていない。
ただ、そこから見えた世界は、少なくとも平和では無い世界では無かったのだ。
悪意の無い悲しみが空気に混じっていて、どうともいえない気分になる。吐き気は無い。

('A`)「あ……あれからどうなって……」

右手に何かを握っていた。
見ると、あの拳銃。昨晩の出来事は夢などでは無いと確信する。
tanasinnを取り込み、あの刑事を助けようとしたところまではすぐに思い出せた。

なのになぜ?

モララーがいない。刑事もいない。
そして、体の中に、tanasinnがいない。

('A`)「……」

何から、どう考えればいいのかわからなくなった。
とりあえずそのベンチから立ち上がる。少しフラついたが、その足でタクシーを拾おうと思ったのだ。
モララーはいないが、ビルに帰れば何か起こったのかがわかるはず。死んだなんて事は頭の中には無かった。
いや、意図的に考えないようにしていた。
朝の駅は、人がまだまばらな状態で、キリッとした顔つきのサラリーマンや、疲れた顔で、大きなカバンを持った学生が目に付いた。
ただ少し不自然なのが、あの地下駐輪場がいつも通り機能しているという事。
入り口にも係員はいるし、今だって自転車を持ち込んでいる人がポツポツと見受けられる。


30 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 12:11:04.53 ID:+bxalQSW0
ドクオがタクシーを呼ぼうと道路に出ようとすると、近くの公衆電話が鳴った。
まるで、ドクオを待っていたかのようにだ。
このタイミング、空気、感覚をドクオは覚えている。そう、tanasinnだ。
少し顔をこわばらせながらも、間違いなく自分にかかってきている電話の為に、受話器を耳に当てる。

('A`)「……もしもし」

電話の向こうからしてきたのは、少し高めの声。30歳から40歳くらいであろうか?男だった。
少しこちらの様子を伺う感じの声で、こう言った。

『君かお?』

もしもし、の次に言われるような言葉では無かった。それに何だろうか、この語尾につく"お"は。
不思議な人間、という事が、このたった一言でわかってしまった。

('A`)「えっと……。どちら様でしょうか?」
『ああ……申し訳無かったお。私の名前は内藤ホライゾン。tanasinnを飼っていた男だお』
(;'A`)「……え?飼っていた?」

『そうだお。飼っていたんだお。結局、こうやって食い殺されて通信の世界の中でブラブラしてるだけの精神体になってしまったんだけど……。困ったもんだお』
(;'A`)「ち、ちょっと待ってください!!意味がよくわかりません!!」

『……わからなくてもいいお。説明はする気もないお。だから、意味もわからない内に、この言葉を君に伝えるお。
 何も色づけされていない頭で、無色透明の真実を受け取るといいお』

一方的に、話を進める内藤という男。
ドクオは不審がるも、一語一句聞き逃してはいけない気がした。

31 :◆Cy/9gwA.RE:2008/02/24(日) 12:12:11.95 ID:+bxalQSW0
『ん〜……おほん』


『 "ミセリを頼む。ジョルジュを頼む。ツンを頼む。みんなを頼む" 以上だお』
(; A )「……え?」

『私も、君には感謝しているんだお。私の呪縛も、今解け始めてきたんだお。これでようやく、何も考えられずに死んでいけるお』
( A )「……。 その一言を言っていった人の顔、見ましたか?」

『……? 見たけど、それがどうかしたのかお?』
( A )「笑ってましたか?」

『笑ってたお』
('A`)「そうですか……ありがとうございます」

公衆電話の受話器の耳元で聞こえた、その声は、プツッという音と共に切れる。
ドクオは、受話器を元に戻しトボトボと早朝のタクシーを捕まえて、ビルに向かった。
そこで、タクシーの運転手が口にする。

『お客さん。ここらへんでテーマパークの建設予定があったの知ってます?』


32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/24(日) 12:14:05.55 ID:+bxalQSW0
二代目社長の失敗でしょ?と、生気無く返すと、運転手は話を続けた。
昨晩、匿名の電話、マスコミへのファックスが元で白骨化死体が見つかったらしい。
そして、家を捜索していると、一冊のノートと共に、犯行を供述する文があったという。
その話を聞いて、ドクオは、ツンやジョルジュがうまく情報を流したんだと気づいた。そこに書かれていた犯行の手口というのが、呪詛。
古くから、怪談などで使われるような類の物。そして、その地域が特定地域に住む、代々続くイタコの家系だった。

('A`)「呪詛だなんて……、信じますか?」
『いやぁ、私はまったくわからないですけどね!お客さんは信じるんですか?
 イタコといえば、ここらへんにもそういう類の力を持った人がいたらしいですよ。そのテーマパークで揉めていたとかなんとか……』

('A`)「いえ僕も……」



窓の外に目をやる。
まばらに立つビルから覗く朝日は、グニャグニャと光っていて綺麗だった。


頭を整理するには、涙を流すには、ちょうどいい光加減だったのだ。





('A`)にはノルマがあるようです 第13話『ラスト・グッバイ』 完


  次へ戻る inserted by FC2 system